『――つまりは取り逃がしたと?』
「拠点の特定までは出来たのですが、護りを固めることでミスリードをされていた形です。前提として拠点としていたという情報そのものがダミーだった可能性も考えられますが、ただ……」
『ただ?』
「部屋を調べたところ――奴には既に隠れ家が無いという事は間違いないかと」
『ほう……』
灯かりが停止した高層マンションの一室。
割れた窓から入り込む雨を伴った冷ややかな風をその身で感じ取る。
そして耳から入り込むその柔らかくも底を感じさせない声は、端末の向こう側にいる人物を思い浮かばせた。
癪ではあるが、端末からは熟考する様に唸っている仕草ははたから見ればきっと、余人など比べるべくもない優雅さを兼ね備えているだろうことが伺えた。
『その根拠を聞かせてくれるかな?』
「ドローンを数十機行動不能にしました。少なくとも、戦闘用のドローンは全滅したかと」
『……全てかい?』
「全てです」
別に嘘は言っていない。
実際、あの爆発から攻撃らしい攻撃は停止していた。
仮に機能していたとしたら、僕が行った屋上からこの部屋へのハイジャンプを邪魔することなど容易い筈だからだ。
それがなかったということはつまり、そういうことである。
「このまま調査を続行しますか?」
『いや、敵がすばしっこい尾をようやく見せたんだ。あとはその手のプロに任せよう。報告を聞いた限りでは彼の戦闘能力の要だったドローンはあらかた撃ち落としたのだろう? それだけで十分大金星だ』
「…………了解しました」
大金星なんて絶対に思っていない声色に、思わず眉を顰める。
ある意味で落胆を隠す気がない会話の内容だ。こんなんだったらいっそのことあからさまで大っぴらな演技をされた方がまだ気が収まるってものだ。
『先日からの仕事は以上だ。ご苦労だったね……キミの本来の性能を確認できなかったことは実に残念ではあるが』
「……出来ることなら金輪際会いたくないんですが」
『ははは、それが出来るかは――それこそ神のみぞ知る、ってものだよ』
それでは、ごきげんよう。
その言葉を最後に通話が切れる。
重い溜息がじとっとした空気に消えていく。この妙に辛く息苦しい感覚はこの悪天候によるものじゃないだろう。
うん、アレだ。少なくとも僕はアイツ嫌いだ。なんというかこう、徹底して自分のはらわたを見せない仕草や話し方がどうにもやりにくい。
早くリコリコに帰って千束に会いたいなぁ、なんて憂鬱な気分を抱えたまま、視線を隣の少女へと移した。
「……」
「なんだ。チベットスナギツネみたいな顔して」
「いや、人は見かけによらないなって」
「その言葉そっくり返してやる」
「そんなバカな……あ、こら。そこガラス飛び散ってるから歩かないで」
よたよたとガラスの破片だらけの部屋を素足で歩いている様は非常に危なっかしく、どうみてもインドアな幼女にしか見えない。
ネット黎明期から存在している老人と事前の情報で聞いていた僕が、実際に『ウォールナット』を前にして狼狽えるのも無理はないだろう。
なにせ目の前にいるハッカーはひと目でわかる、十代半ばの少女だったのだから。
腰まで伸びた金色の長髪は、黒いリボン付きのカチューシャがアクセントになって、外に出れば否が応でも人目を惹くことだろう。
僕のお腹くらいまでしかない身長と、大きさの合わないリスの絵柄がプリントされているだぼだぼのパーカーはその実年齢を覆い隠している。
…………いや、にしたって本当に幼いな。
「――持ち上げようとしたらぶっ飛ばすからな」
「そ、そんな命知らずなことはしないぞ……多分」
なんて言いながら両脇に手を差し込んで持ち上げれば、普通に手に持ったヘッドセットで頭を引っ張たかれた。痛い。
「実は黒ずくめに変な薬飲まされて若返った老齢のハッカーだったりしない……?」
「んなわけあるか。ボクからしたらお前の方がよっぽどファンタジーな存在だぞ。この非常識め。あ、こら、だから持つな。揺れる、揺れるぅ」
ぐわんぐわん、と両脇を持って縦に上下させれば、目を回すぱやぱやの幼女の姿が。
幼い容姿に反した雰囲気と目を回している垂れ気味の大きな青い瞳は、僕より絶対に幼い癖に口を開けば下手をすればミズキさんより大人に思える内容が飛んでくる。
何というか、本当に外から見たら肉体と精神の整合性が取れてないと思わず唸った。
「っと、遊んでる場合じゃないな……えっと、キミのことは何と呼べば?」
「絶対に後で殺す……普通にウォールナットで良い。ただし、外でその名前は絶対に呼ぶなよ」
「了解……あ、じゃあいっそクルミさんってどう? 安直だけど」
「…………好きにしろ。だけど『さん』はいらない」
「じゃあクルミちゃん。僕もカナメって呼んでくれれば良いから」
「…………もう何でもいい」
何やらもにょもにょしているクルミちゃん。つまりはクルミちゃん呼びでも良いということだろう。わかっていたことではあるが、どうにも吉松よりは全然マシみたいである。
これなら、彼女が切り出した『交渉』とやらもスムーズに話が進みそうである。
もっとも、それが一番の懸念事項であり無理難題に等しいのが現状なのだが。
「あのさ、クルミちゃん」
「なんだ」
「死亡を偽装するってマジ?」
「マジ」
「マジか」
――敵からの追跡を振り切る為の死亡の偽装。
それが吉松の依頼に代わる、ウォールナットもといクルミちゃんからの新たな依頼であった。
それを
「言っておくがボクに他のあてはないからな。お前が生きていればなおさら」
「んな今更告発なんて外道な真似しないって……だから一応それっぽく報告したし。けど多分連中はすぐに気づくかもしれないぞ?」
僕の懸念はそこだ。
その作戦自体は問題ないだろう。狙撃にせよ爆破にせよ銃撃にせよ、彼女が世間に顔が知られていないというのならやりようはいくらでもある。
だが個人的にはどうにも、吉松が率いる連中がどれだけ死体に対して鼻を利かせられるかがわからない以上、この依頼は難しいものになるのは目に見ている。
……いや、待てよ。もしかして、『そこ』が狙い目なのか。
「……確実に死体を認識させれば連中の追跡を振り切るのは確実になる……?」
「そういうことだ。顔が知られていないとはいえ、元々ボクは有名になり過ぎていたし、連中は殺すとなったら死体を確認するまで止まらないだろうからな。それにボクが死ぬにはちょうど良い頃合いだと思っていたところだし」
「何やら不穏な言葉が聞こえたような……」
「交渉内容を聞く前に依頼を承諾した奴の言葉じゃないな」
そうだったか、と先程の光景を思い浮かべて即座にそうだったなと思い直す。改めて振り返ってみると確かに変な奴でしかないことを思い浮かべて、思わず自身に対して呆れが隠せなくなる。
そしてそれはクルミちゃんも同様らしかった。
「……ボクとしてはビジネスライクにいきたいんだが……お前、戦闘技術はともかく弁舌に関してはドがつく素人だろ」
「ごめん、なんか色々困らせて」
とはいえ性分というかそういう生態になってしまったと言うべきか。
何ぶん身近に効率とか合理性とか全部ぶっ飛ばすパワータイプの子がいればこうなるのも仕方のないことなのではないだろうか。
実際、千束の在り方は僕からしても眩し過ぎるくらいだし。
そしてそんな僕の様子にクルミちゃんは、何やらやりにくそうに
「……ボクから提案しておいてこういうことを言うのはどうかと思うが……ホントに良いのか。見たところ、お前は僕を狙ったソイツのこと嫌ってる……いや、
「……」
「『こっち側』に生きてきた人間として忠告するけどな――向いていることをやることが、必ずしもソイツにとって幸せになるとは限らないんだぞ」
あくまで僕を案じている問いに思わず押し黙る。真っすぐ此方を見ている青い瞳には気のせいでなければ、どこかチグハグな僕を案じている様にさえ見えた。
そんなの、決まっている。
そうやって何かを失ったり。
千束が、たきなが、ミズキさんが、店長が僕の過去のごたごたに巻き込まれて。
その果てに大事なモノが見えないモノになって、また独りになるかもしれないという恐怖だ。
「怖がってるように、見えるかな」
「あくまで赤の他人のボクから見ればだけどな」
「……いや、クルミちゃんの目は正確だよ。流石天才ハッカーだ」
道理で、と先日の千束の態度に納得がいった。顔に出てしまっているのはそれはそれで問題ではあるが、それも僕が指摘されないとわからない本音の一部なのだろう。
ふと、握られた手とそれを伝った千束の肌の温もりを思い出す。
本当だったらこんな戦い、さっさと終わらせて皆の元に、千束の元に帰りたい。
……だけど、それでも僕は。
大事な誰かが傷つき、僕の目の前から居なくなる可能性があるというのなら。
「――――自分が倒れる方が百倍良い」
結局のところ、そういうことなのだ。
なにより、僕は僕の抱える業で苦しんでいる。これから来たるあらゆる苦行は、僕が甘んじて受け入れるべきなのかもしれない。
……なんてことを考えていたからか。意識したつもりは無いが、どうにも表情では隠せたものではないらしい。
何やら息を呑むクルミちゃんの姿があった。
「……お前という人間をなんとなく理解できた」
「……やっぱり頼りない?」
「当たり前だ。お前に依頼したこと、今更になって正直後悔しているくらいだ。お人好しなんてこっち側じゃ体のいい奴隷にされるのが分からないのか、お前は」
「うぐ」
ぐちりと見えない心の臓に突き抉る言葉。
すまし顔のお陰で僕を侮ってるわけじゃなく、愕然とした事実を告げているのを否が応でもわかってしまうのがツライ。
精神的ダメージを受けておののく僕を見てクルミちゃんはそれに、と続ける。
「仮にもボクを護衛する人間がそんなのだと、危なっかしくて見てられない……が、お前みたいな奴は正直死なれても目覚めが悪いのも事実だ」
「えっと……つまり?」
「――黙ってお前に助けられてやる。だからあれだ、お前も傷つかない様に努力するんだな」
ふん、と顔を背ける彼女は見つけた当初から変わらないどこか素っ気なく感じる態度ではあるが、その小さな身の丈より頼もしく感じるのは気のせいじゃないだろう。
というかクルミちゃん……否、クルミさん。男前過ぎやしないだろうか。
自分だって命の危険に晒されているというのに、所々にある小さいながら気の利いた気遣いがリコリコだと店長以外では珍しい『大人』の包容力を感じるものだった。
これはそう、あれだな。
「やっぱクルミさんって呼んでいい?」
「だから好きにして良いって言ってるだろ」
僕は目の前の天才ハッカーのこと、物凄く好きかもしれない。
「というか依頼を請け負うのは僕の方じゃ……」
「ホントに野暮なやつだな……まぁいい。それよりも、お前の元の依頼人も仕事の成果を把握した筈だろ。そろそろ追手が来る頃合いじゃないか?」
「あぁ、そうだった」
一応クルミちゃんは追われる身だったということを思い出す。
とは言ってもこの現場の処理自体はクルミさんとやり取りをしている時点であらかた終わっている。
破壊したドローンは既にクリーナーを手配して回収済み。回収された破片は吉松側も確認が取れるだろうから、僕の口裏はあちらが勝手に合わせてくれることだろう。
となれば問題は。
「どこに隠れるか、だよな」
「ダメ元で聞くけど、あてはある?」
「あると思うか?」
「デスヨネ……」
あてがあればこんなところにはいないだろう。
リコリコは、駄目だろう。僕でもぎりぎりなのに千束に知られたら絶対に偽装は失敗するに違いない。『DA』本部も論外だろう。
はてどうしたものか、と僕とクルミさんで頭を悩ませていたところで。
「――僕の家でいっか」
「は?」
意外とすんなり妙案が思いついたのだった。
◇
――――僕の家の話をしよう。
町のはずれ、『喫茶リコリコ』からそこそこの距離とそこまで遠くない場所にあるという絶妙な立地の
曰く、元々ヤの付くザの人達から預かりの土地だったのを僕の父である伊之神幹也がワケあって買い取ったモノらしかった。だが当の本人が消息を絶っているという現状、必然的に僕に所有権が移るワケで。
無論、相続税とか資産税とか色々な問題が発生するワケなんだけど、僕にそんなモノを管理する能力などあるわけがない。いや、身に着けたいとは思ってるが如何せん年齢とか社会的身分とかの問題がこの国では大きすぎた。
さて、ここで一つ問題。
この屋敷はその広さも相まって使われていない部屋がほとんどだ。居間などの生活スペースと空室、植物だらけの『庭』を含めて、後は父の書斎扱いになってそこかしこに関連資料がそこかしこに転がっている。
その過程で
その答えが今、僕の目の前で床とちゃぶ台に沈み込んでいる。
「…………」
「クルミさん、大丈夫? 息はある?」
なんて、料理を並行しながら声をかけてみる。我ながら能天気な言葉だ、と思わなくもない。
ぼうっと畳張りの居間で流れているテレビのチャンネルを延々と変え続け、畳に荷物を散らしている姿は仕事に疲れ切ったOLのソレを彷彿させる。
が、そんな呑気な感想は凄い勢いで振り向いたことで判明したクルミさんの怒りの形相で一転する。
「お陰で虫の息だぞ……! これで大丈夫に見えるならお前の目と頭は猿以下だ!」
「うお」
ふんがーといきり立つクルミさんを料理と平行しながらどうにか
まぁ、それは、うん。案の定というか、その通りと言うべきか。慣れてなきゃそうなって当然と言える反応が返ってきた。
何せ電気のスイッチを押したら矢が飛んでくるわ、電源から電気が流れて痺れるわ、避けた反動で他の罠が起動するとかの繰り返なんだもんな。クルミさんの文句は聞いてしかるべき内容である。
「それだけじゃない……! お前、いくら隠密行動とは言えマンションからダイブするヤツがあるか! 落下中に何度人生振り返せる気だお前!」
「だって移動は僕に任せるって言うから……」
「普通は車があるのかと思うだろ! 現代社会の移動の概念を捻じ曲げるな……!」
「むぅ」
「むぅじゃない!」
なんて、尋常じゃない数のドローンを平気な顔して並列処理する最強のハッカーが何かを言っている。
クルミさんが僕の行動に憤慨しているが、こっちからしてみれば彼女も大概非常識の部類に入ると思う。主に電子戦の技術と言う意味で。
だがそれにしたって弁舌に関して弱すぎやしないか僕。
……父の資料がある屋敷の奥に行けば行くほど罠が過酷になるということを知ったら、今のクルミさんはどんな反応をするのだろうか。
「で、でもさ、急場
「……確かに外から見た時は此処に人が住んでるなんて思わなかったが……」
「まぁ、明らかにただの大きな茂みにしか見えないからね」
近所の噂で『幽霊屋敷』なんて呼ばれる様になったのはいつからだったろうか。
ただそう称しても過言ではないほど、この家はどういうわけかアナログ的なセキュリティに優れている。
僕が最初に襲われた時も、この屋敷に誘い込めば敵を撒けたか、少なくとも千束が到着するまでの時間稼ぎには確実になったであろうことは確信するくらいにこの屋敷は見つけ辛いし入り辛いのだ。
もっとも、詳しいことなんて僕にもわかる筈もない。
わかるのは隠す意図があってそういう構造にしたから、人に見つかりにくいということぐらい。
はぁ、と精魂尽き果てたと言わんばかりの重い溜息を吐くクルミさんを尻目に、僕は彼女がへばり付くちゃぶ台の上に料理を配膳していく。
「……お前のボスへの連絡、着いたのか?」
「事情も説明してあるから返事待ち。あの報酬だと多分すぐ食い付いてくれる人がいるから、依頼の受諾には問題ないと思うよ?」
「……それで、お前は何で食事の用意をしてる?」
「え、だってお腹減ってない? 美味しいんだぞ生姜焼き」
「誰がメニューについて指摘してると言った」
じゃあなんなんだろうと、白米と味噌汁の間で踏ん反り返っている今晩のおかずに目を見やった。
白い皿の上ではてらてらと良質な脂がのっている豚肉が生姜を
何か問題が、と問いかければこれまた盛大に呆れを隠さない溜息を零した。
……千束然りたきな然り、どうして僕は初対面の人間に対してことごとく呆れられるのだろうか。
そう言えばたきなに最初に呆れられたのもキャラ弁作った辺りからだった気がする。やっぱ料理か、料理なのか。
「いいか。お前とボクの関係性はあくまでビジネスだぞ。しかもお前に至っては一応襲撃者だからな? 食事に何か盛られてるかもなんて心配はあって然るべきだろ」
「いやいやいや、食事に毒を盛るなんて言語道断だぞ。僕の数少ないモットーだ」
「……とにかくボクは結構だ。お前だけで食べてろ」
「…………不味そうだったらその、謝るけど」
……そこまで言うなら、まぁ……無理強いは出来ないな。
「あ、ちが…………あーもうホントにお前、腕前と気質のバランスが取れない奴だな。なんで暗殺者やってるんだ?」
「う、ごめんなさい……」
「だからそこで謝ってどうするんだ……、やっぱお前にそういうこと考えるだけで無駄か……ん」
「……えっと?」
「食べるから、箸くれ」
「あ、はい」
おずおずと箸を差し出せば、渋々夕飯に手をつけ始めるクルミさん。それに合わせて僕も食べ始めることにした。
ちらちらと、クルミさんの表情を確認しながら。浮かべる顔次第では味変も辞さない覚悟である。
「お……!」
手始めに口へ運んだ豚肉がお気に召したのか、白米、青野菜に味噌汁と順調かつ健全に口に含んでいく。それこそその名の通りリスみたく口を膨らませて、もっもっ、と噛み進めていく。
そして、あっという間に白米の入った茶碗が空になった。
「……」
「おかわり、持ってくる」
「……何でお前が嬉しそうなんだ」
「そりゃ嬉しいよ。あ、次はよく噛んで食べるんだぞ」
「…………善処する」
白米を盛り付けた茶碗を素直に受け取るクルミさん。
どこか色が無かった表情。そこに初めて、人間らしい温かみが彼女の表情に乗る。
よく噛んで、よく味わって、口を膨らむ度に無機質な瞳にじわじわと食事の喜びが滲んできているのがわかった。
……それが何だか妙に嬉しくて、つい自分の肉も彼女に差し出してしまう。
「あ、連絡……千束からか」
そんな風しばらく食べ進めながらクルミさんの食事風景を眺めていると、端末から通知を知らせる振動を認識する。相手は千束だった。
……なんとなく嫌な予感がするが、仕事の連絡だったら取返しがつかない。
なのでお行儀が悪いとは思いつつ、そのまま画面を開くと――いくつか写真が送られていることに気づく。
「えっと、なになに――ッ!?」
ぶふぅと色々と口から吹き出す。ぎょっとするクルミさんの姿が映り込むが、残念ながら焦燥した思考はそれを拾う余裕すら与えない。
そこには、例の寝間着姿の千束が居た。だが注目すべき点はそこではない。
「ななな、なん……!?」
画面の向こう側では――肩紐を片側だけ緩めて、いささか扇情的な格好をしている千束の自撮りがあったのだ。
上からの画角。
羞恥の赤が乗った白い肌。どこか潤いを感じる赤い瞳は、止まっているというのに揺れ動いていると錯覚する麗しさがある。
千束が感じているであろう恥ずかしさは白い髪に隠れた首元にまで及んでいて。
緩められた白い装いの下に覗く、千束の瑞々しさを象徴する豊かな実り。
――――保存は時間の問題だった。
「おい、誰からの連絡だ」
「ウェっ!? い、いやっ、しし、仕事のメールに決まってるんじゃよっ……!」
「ウソだな。ちょっと見えたぞお前の女の写真」
「僕の女ッ!? こ、この子とは、そういうのじゃないしっ!? 畏れ多いぞ!」
「あ、別に恥ずかしがんなくていいぞ。お前の写真フォルダは閲覧済みだ」
「…………今何て言った?」
……ちょっと待って、待ってください。
この流れに乗ってとんでもない事を口にしなかったかこのリス。
「ソイツの写真で一杯だったし――コッソリ撮影したと思わしき寝顔とかな」
「あああああああぁ!?」
「急に面白いなコイツ」
三半規管とか自律神経とかそういうのが一瞬で色々ぐちゃぐちゃになって、穴という穴から水が出ていく。様な気がする。
う、ウォールナット……! これが伝説のハッカーの力だというのか!
というか年頃の男子学生の写真フォルダを覗くとかあなたに人の心とか無いんですかっ……!?
マズイ、マズイ。
何がマズイってこれを引きずったまま仕事をするという事実が耐えられない。
なにか、何か話題を……!
「あ、ナイス店長!」
ちょうど間に差し込む様に、店長の連絡が端末に届く。混乱極まりない僕からしてみればこのタイミングでの連絡は釈迦の説法とか救世主の類のソレであった。
「よしっ、クルミさん。僕の負けだ、だからこれ以上この話題はよそう。仕事の話をしよう仕事の話」
「それは良いが、ちゃんと写真貰ったのなら返事しておけよー。反応欲しくて送ってくれたんだろうからな」
「…………ウス」
元凶たるクルミさんに正論を言われるのは釈然としないが、事実なので黙って従うことにする。まぁ、送ると言っても『可愛い』『綺麗』と言った内容なのだが。
「――カナメ」
「……なんでしょうか」
「そう警戒するな。真面目な話、この仕事の報酬についてだ」
手を合わせて食事を終えるサインを出しながら告げられたソレに、僕も思わず背筋が伸びる。
いや、でも報酬に関してはアレで問題がないと思うが。
「違う。そっちの話じゃない。お前個人に対してだ」
「僕のこと……?」
「お前がやって貰いたいことはないのか、って話だ。言っておくが破格だぞ?」
「……どうして?」
「……まぁアレだ、一宿一飯の恩てやつだ。夕飯、美味かったからな」
もっとも、この仕事が上手く行ってからの話だが、と付け加えたクルミさん。
……にしても、僕がして貰いたいこと、か。
「あ、じゃあさクルミさん――」
「――――僕の父について、調べることって出来る?」
というわけで今回はここまで。次回からはアニメの第二話に行きます。
あとこの山育ち、新キャラ登場する度に飯作ってんなって思った。
そして山育ちの実家というか持ち家。色々あって魔改造されているの巻。
冒頭の傭兵たちが寝込みを襲う為に侵入しなかったのもこれが理由。情報提供者はもちろんアイツ。
毎話感想、誤字報告ありがとうございます。
今後ともヨロしてくれれば幸い。
それでは。