「なんで助けられる側が颯爽と現れるのよ普通逆でしょ……あああ、乗りたかったよすーぱーかぁー……」
「えーっと……ほら千束さん。あの液晶とかスーパーカーっぽいのでは? 店で渡してくれた映画のパッケージみたいです」
今日も空が青いなぁ、なんて現実逃避をしてみる。
その場はまさしく混沌としていた。
わいのわいのと雑談混じりに演歌が流れる車内は喧しく、ゆったりと流れる景色は敵の追跡を感じるべくもないゆったりとした安全運転。
女子高生に扮した千束、たきなの二人。そしてリスに扮した僕こと竜胆要人が一匹。
道行く余人は知るまい。通りすがるこの古き良き日本車の中身が、この国の後ろ暗い部分がこれ以上ないってくらいぎちぎちになるまで満たされている状況だということ。情報過多によるキャパオーバ―などとっくのとうに通りこしている。
だが生憎と今の僕はリス、擬態というか訳あってコスプレしている身だ。
……加えて絶賛、違法運転中だというのだから僕も焼きが回ったモノである。
「え、マジ? ニトロ使えるの? このボタンとか?」
「千束さん。それエアコンです」
『おい、遊ぶな。というかそんな機能知らないし、あったとしても使わないからな』
「えぇ~……ぽちっとな」
『やめろ』
緊張感ゼロだなこいつら、と声を大にしてツッコミたくなった。いつもは抑える側のたきなも既に許容限界を起こしてコントの一部に加わっている。この地獄にフキさんとか加えたらもっと面白いことになるんじゃなかろーか。
もっとも、先程からの会話全てを助手席で固定しているクルミさんから着ぐるみに仕込んだマイクを通じて話している所為で、ツッコミすら叶わないのが現状なのだが。
そしてどういう偶然なのか。
うぃ~んと何やらソレっぽい赤と黄の電源ボタンが出現し、点滅を始めた。
そんな光景に、四人で息を呑む。
『……いいか、使うなよ? リコリス。いいな、絶対に使うなよ? というかチューンナップどうなってるんだこの車。乗り換え予定の車にそんなモノ積むとか正気の沙汰じゃないぞこれ』
「……」
『おい、よせよ。フリじゃないからな!』
「使う気ッ、満々ですねこれは……っ」
『正気か……!?』
ゆっくりとボタンに向けて伸びる千束の指を、たきなは万力が如き力で腕ごと抑え込む。
助手席のスーツケースからはそんな千束へ明らかにドン引きしている気配を否が応でも感じ取れた。
ごめん。でもそういう所も可愛いくて堪らないんだこの子。
『はぁ……既に知っているとは思うが、ウォールナットだ』
「はいはい……千束です。こっちの可愛いのはたきなね」
「千束さん、その紹介の仕方は如何なものかと」
『いちいちコントを挟まないと会話が出来ないのかお前らは』
「……ファーストコンタクトに失敗。なんてことをしてくれるんですか千束さん」
「ちゃうちゃう、これも全部ウォールナットって奴の仕業なんだよ、たきな」
『だからそれやめろ』
自由奔放な千束に振り回されているたきなを、クルミさんはどうにか舵を切ろうとしている。
なお、第三者の僕から見ていてもクルミさんも十分漫才トリオの一員として機能している様に見えるのは気のせいじゃないだろう。
「というか……なんかイメージしてたハッカさんと違いますね。さっきの合言葉? もなんかダサかったし。しかも着ぐるみだしで意味わからん」
『底意地の悪い眼鏡小僧だとても? だとしたら映画の見過ぎだな。あとダサいは余計だ』
「いや、私でもどうかと思うよあれ。ね、たきな」
「………………あ、いえ。大変個性的かと」
『厚かましいなこいつら』
三人の会話を聞きながらアクセルを吹かし、目的地である空港を目指してハンドルを回す。見知らぬ顔をして歩いている外の一般人が少し羨ましくなる今日この頃。
着ぐるみ越しに感じる視線は、たきなや千束だけじゃない。スーツケース越しに非難染みた感情が毒電波みたいに送られてきている気さえしてくる。
本当にこの二人で大丈夫かということだろう。まぁ自分の命を預ける相手が隙あらばコントをしていればそんな気持ちになるのもわからなくはない。
けれど、そこは安心して欲しい。
千束はもちろん、たきなをリコリコに来てから色々と見てきた身としては、少なくとも戦闘においてこの二人以上に信用できる人を僕は知らない。
「いやぁ、そういう固定観念に身を寄せた方が案外見つからなかったりするかもよ?」
『それが映画の見過ぎだと言っている。ハッカーの世界では顔を隠した方が長生き出来るんだ』
「それが、そのヘンテコな着ぐるみに繋がったのですか」
『少なくともJKの殺し屋よりは全然まともだろう?』
――こん、とスーツケースを手の甲で軽く叩く。
作戦の支障になるのではと考えつつも、抗議の意を込めてじっ、と僕はスーツケースを見つめた。
理由は言うべくもない。今のクルミさんの話した内容の中に少し、聞き捨てならない発言があったからだ。
「……ウォールナット?」
『……いや、なんでもない……すまん』
頭の着ぐるみから密かに聞こえてきた謝罪に、こちらこそごめんと小さな声で返す。
ただまぁ、わからなくはない話だ。
だが、それでも今の言い分だけは認められないのだ。
これまで戦うことでしか生きることが出来なかったたきなや、その使命に抗って生きてきた千束を侮辱する言葉にしかならない。
まるで
「……クマのハッカーよりは合理的です。それに私はともかく、千束さんは殺し屋ではありません」
「たきな、イヌだよイッヌ」
『リスだ』
えぇ、という空気が車内に流れる。少しだけ張り詰めた空気が緩慢する。
……まぁ、うん。リコリスの云々はともかく、この着ぐるみに関しては僕も思うところがあるのは事実だ。公的視線から鑑みれば、だいぶ
まぁ要するに、女の子の前で変な
『それで、女子高生に
「まー、この制服にヒミツがあるんだけどね。要するに、日本で一番警戒されない姿だってことですよ、これ」
『……JKの制服は都会の迷彩服というワケか』
そこに実際の女子高生と同じ年齢の少女を起用するかどうかは別問題である。その点、本当にその方針で採用する辺り『DA』の本気具合が伺えるだろう。
身寄りのない女の子に選択肢を与えずに戦場に送ることは、反吐が出る話だが。
「このスーツケースは?」
『ボクの全て。国外逃亡には身軽な方が良いだろう?』
「いやあんたの服装」
『着ぐるみ一つと考えれば身軽だろ』
「そもそも国外逃亡に着ぐるみは向かないのでは……?」
全くもってその通りである。
「にしても海外、か」
そこで少し、千束が窓の外に広がっている空を見た。
バックミラーから伺える彼女の赤い視線は、黒い電線が入り交じりコンクリートで覆われた街並みによって生まれた空の隙間を、穏やかな表情で辿っている。
彼女が発したソレは、何かを羨むモノ。
一瞬を文字通り全力で生きている彼女にとっては大変珍しい、誰かの『生き方』を知った時の声音。
彼女がこういうことを口にする時は決まって――何かを
「千束さん?」
「いんや、私も海外行ってみたいなって」
『……とてもそれだけじゃない様に聞こえたが?』
「え、いやいや、外国に行ってみたいのは本当のことだよ? ただ、ねぇ」
『ただ?』
「――一回くらい、大事なヒトと海外旅行してみたかったなって」
……?
どういう、ことだろう。
リコリスは十八歳という年齢を終えればいわゆる『任期』を完了して、他の諜報機関に送られることになっている。
だが、千束ほどの力があればそれは自由の身になったのも同然のハズなのだ。
店長やミズキさん、あわよくばたきなも一緒であれば、『喫茶リコリコ』に行けない場所なんてあるハズが無い。
だというのに何故。
まるで
「その、千束さんの大事なヒトって」
『カナメのことだな』
――咄嗟にブレーキをかけた。
ぐわんと揺れる視界。摩擦を示す車輪の音。慣性に従う車はベルトに縛られた体を跳ね返す。
背後と隣のスーツケースからは当然、非難染みた視線が突き刺さった。
「うおーっとと。たきな、大丈夫?」
「だ、大丈夫です……それよりウォールナットさん。よろしければ運転を代わりますが」
『大丈夫だ。問題ない……危なかったな』
「いや、運転してるのアンタだからね?」
い、いや、赤信号に気づいていなかっただけだったし、歩行者いたし……今の僕はリスだし。止まる理由なんて探せばいくらでも見つかる。
というか!
僕としてはその、店長とかミズキさんやたきなをすっ飛ばして二人が僕を指名した理由はいかほどかとっ!
そんな風にハンドルを震わせながら、千束の発言に僕で良いんでしょうかという思いに駆られている。
「っていうか、ハッカさんカナメくんと会ってたんだ。どうだったー?」
『馬鹿だったから印象的だった』
「わかるぅ~」
「…………いや、そんなことは」
馬鹿は余計だろう、馬鹿は。
あと千束もたきなも少しくらい否定する素振りを見せて欲しい。なんならたきなの曖昧な反応が一番堪える。キミやっぱり僕に対してそんな印象を抱いていたのか。
「真面目っぽい眼鏡くんなのにポンコツだし。力加減下手だから物をよく壊すし。あと料理に関しては私を上回るで腹立つし」
『あいつどこ行っても料理してるのな』
「前半はともかく最後のは別に良いのでは……?」
そこは是非とも前半も許して欲しいモノだ。
ていうかリコリコに来た当初はともかく、今も僕ってそうなのか? 本当なのか? 言葉通りだとしたら僕は相当のポンコツということが証明されてしまうのだが、それは。
教えてくれ酒臭い人、と酒瓶抱えた妖怪の姿を思い浮かべた。
『だが良いのか? お前たちはともかく、便宜上はカナメの奴も一般人なのだろう。そんな奴をこんな実戦に投入するなんて、ボクには正気とは思えない』
「その点は問題ないかと。後始末はともかく、カナメさんは順当に仕事を割り振れば仕事はきっちりこなしてくれます……後始末は、ともかく」
「爆発が無ければねー」
『違う。この国の裏事情にアイツを巻き込み続けて良いのか、と聞いている……大事な人間なんだろう。その言葉の通りなら、遠ざけるのが最適なんじゃないのか?』
う~んと千束は唸ったかと思うと、閃いた様にその明るい表情を悪戯っ気全開に歪めた。
「ははーん。ハッカさん、もしかしてカナメくんのことを心配してくれてる?」
『……言っただろ。ハッカーは身軽の方が良い。誰かに深入りするなんてもっての外だ』
「……では何故、そんな深入りとも勘ぐられない様なことを千束さんに?」
『それこそ決まってる。カナメの奴は、明らかにお前たち以上の厄ネタだからだ』
真面目な声音に車内の空気が引き締まる。ただでさえ狭い車の中が、さらに収縮していくのを感じる。そんな雰囲気も千束も感じ取って、緩まっていた表情に力が入ったのがわかる。
クルミさんのそんな意見に最初に異を唱えたのは、静かに話を聞いていたたきなだった。
「……カナメさんは、別にそんな人では」
『第三者だから言えることもあるってことだ。最初に言っておくが、ボクは別に彼を罵る意図があるわけじゃない――ただそれを抜きにしても、彼は異常だぞ。その経歴も、能力も』
改めて言われると、その事実を認識させられる。
だが言われずとも、何となくわかっていたことだ。
見なければ、それは無いに等しいから見てこなかっただけ。
これは千束やたきなの前に居る資格がないとか、そういう気障ったらしい意味じゃなくて。
――――その綻びがいずれ破滅へと繋がると、そう確信しているが故のことだ。
『彼の経歴を勝手に調べさせて貰った』
「おいこら」
『まぁ聞け。確かに不自然な点が無い。完璧だ。それこそ此方側に関わることが無ければお前たちと一生関わることは無かっただろうと思うほどにな。だが、だからこそ
「……」
『カナメのあの戦闘技術は決して彼だけのモノじゃない。人間が構築し、人間が行使する『術理』が根底にあった――つまり、まず間違いなく彼に殺しの術を授けた人間がいる。加えて本人はそれを覚えてないと来た……ボクからしてみれば、厄ネタの香りしかしない』
するすると耳に馴染む正論に次ぐ正論に、たきなは押し黙るしかない。たとえ僕本人が対面したとて、僕には返せる言葉など存在しないだろう。
当然だ。
結局の所、僕は吉松の様な連中と本質は同じ。
たまたま導火線に火が着いていないだけの爆弾を、どうして容認できよう。
戦禍を呼び戦渦を招く、煙が上がっていない火種そのもの。
戯れの様に出てきた、この車の物騒なスイッチとなんら変わりない。
たきなの目指しているモノを考えれば、
「……カナメさんの『DA』の貢献を考えれば、上層部があの人を手放す理由がないと思います」
『だろうな。爆弾は爆弾だ。使い方次第でどうとでもなる。いざとなればその理由にこじ付けて、排除しようと思えばいつだって排除できるんだ。それこそ合理的だろ』
「――――っ」
息を呑むたきなの声が聞こえる。
そう、だからこその『喫茶リコリコ』だ。
『DA』は僕を協力者という建前を使って、僕が支部にいることを容認している。いつ爆発しても処理できる立場に、『最強のリコリス』という安全装置を傍に置くことによって。
人を殺す可能性の消去。不殺を貫く、磨けば磨くほど洗練されていく生きた凶器の存在。
そんな矛盾の成立を、たきなは許してはならない。
役割を持たなくたって人間は生きていける。そんな人間に溢れかえっている場所を、たきな達は護ってきた。
そんな人間を護る為に、彼女達は命を懸けて戦ってきたのだから。
――だからこそ。
「ハッカさん」
『なん――』
「――ありがとう。カナメくんのこと、心配してくれて」
僕はその中でも、出会いに恵まれているのだろう。
「……ただの注意勧告だ。ボクがお前たちのいざこざに巻き込まれたらたまったモノじゃないからな」
「ううん。だってハッカさん、良い人だもん。憎まれ役を買って出るくらいには、カナメくんのこと気にかけてくれてるし。今だって『DA』からカナメくんを遠ざけようとしてくれていたでしょ」
『……』
「ほーら良いひとー」
今回の依頼だってそうだ。僕が引き受けた依頼に、こうして千束やたきなを巻き込んでいる。クルミさんの言っていることの正しさの証明だ。
だけどそれでも。
「カナメくんを、自由にしてくれようとしたんだよね」
『ボクは結構酷いことを言ったつもりなんだが』
「そんなことないよ。だって――そんな風に叱ってくれる人って、カナメくんにはほとんど居なかったと思うから」
それでも、そんな僕が居ることを許してくれる人がいる。
危険を顧みず、危険とわかっていてもなお、僕が戦場に立つ意思を尊重してくれている人がいる。
僕に人間として生きる為の、居場所をくれた人がいる。
たとえそれが、どれだけ不自由で愚かな選択だったとしても。
それはきっと、幸せなことなのだろう。
『まぁ、いい。そうとなれば話が早いな。三人で一緒に来る気はないかい? ボクとしても、海外でボディーガードがいるのは助かるからな』
「あー無理無理。カナメくんはともかく、そもそも私とたきなは戸籍が無いからパスポート取れないんですよ」
『一度くらいは許されるんじゃないか?』
「いや、別の問題というか、それだけじゃないんだけど」
そこで僅かに、千束が言い淀む。
バックミラーでなく、着ぐるみ越しに直接、彼女の姿を見た。
……それを見た時の感想はなんて言えば良いんだろう。
胸に手を当てたかと思えば――どこか切なそうに、似合わない自嘲に頬を緩めていた。
「……千束さん?」
『どうした?』
「……ここから先は特別料金だぜ? ウォールナット」
『……なるほど。高くつきそうだから聞かないよ。それと、たきなって言ったな。この高速に乗れば良いんだな?』
「え、ああ、はい。その高速に乗って羽田へ向かって下さい。途中で車を乗り換えることもお忘れなく」
『わかった』
疑問は消えないまま、思考は任務に戻る。
だが。
「あれ、高速に乗るのでは?」
『……どうした?』
「いや、こっちの台詞だけど」
突如、
「――これは」
「あちゃ~……勝手に動いてるよね、これ」
『ああ、間違いない』
『――――車を乗っ取られたな』
というわけで今回はここまで。
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それでは。