山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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熱が出て遅れたので投稿です。


7話

 

 

 

 

 

 

 

 

『――すまない。公園辺りで振り切られた』

「気にしなくていい。特段期待していないからな」

 

 ビルの一角から覗く、青空に浮かぶ影があった。

 黒い装い。百年経過してなお廃刀令を知らないのかと言わんばかりに帯びた刀。左手に下げた短機関銃は物騒な輝きを放ちながらビルがもたらす風に晒されている。

 バイザーに隠れた無機質な双眸はもはや物質化したと錯覚する強い視線となって、ひたすら静かにただ一点を見つめていた。

 

『じゃあ、プランをBに変更か?』

「ああ。奴らを例の廃墟へ誘導する。待機させていた別動隊を出動させろ。今なら高速に乗る前に合流できる。お前たちのハッカーが仕事を(こな)せるなら、確実に標的の足を奪うことが出来るだろう」

『了解した……アンタはどうするんだ? そこから移動して間に合うのか』

「――()()()()()()()()()()()()()いらん」

 

 にべもなし。

 冷然とした物言いには金の為に目的を達成する熱だとか、誰かを打倒して名誉を勝ち取るだとかそういう人間らしい情緒とか情動などは微塵も感じない。

 

 人の形をした殺意。

 

 人間に生まれてしまった『刃』。

 

 電話越しでも伝わるソレらに対して、雇われの傭兵でしかない彼らはどれだけ反感を持とうとその返礼を口にすることは叶わない。

 それほどまでに、この女性は狩人として危険すぎた。

 

『……情報にあった例の黒服の男、今回は確認していないのか?』

「さてな。伏兵か、欠員か。なんにせよ私が確認したのは二名の護衛だけだ」

『……俺の仲間を危険に晒すなら許さないぞ』

「――気骨があるのは結構だが、肝心の力が無ければ話にならない。護る義理もないな」

 

 つまりはいざとなれば見捨てると。

 電話越しの男はそれにいきり立つが、女からすれば呆れるしかない言い分だった。

 茶番とは言わない。信頼と信用は、部隊運用にて時に命を繋げるモノになるからだ。

 

 だが所詮は雇われの傭兵。

()()()()()()()()()()が、同じ依頼を熟しているだけの傭兵に仲間を預けるなど言語道断。ましてや実戦経験に乏しいハッカーにそのバックアップを任せるというのだから愚昧極まりない。

 それすらわかっていないのだから、女からすれば戦場に立つ以前の問題であった。

 

 

 だからこそ――。

 

 

『――別動隊が逃走車を確認した。いつでも狙い撃てるぞ』

「ハッカーに合図を送れ。速度を上げつつ、制御を奪う様に仕向けろ」

『狙うのは護衛だけで良いのか』

「決まっているだろう」

 

 

 

 

「――鏖殺(おうさつ)だ。一人も生かして帰すな」

 

 

 

 

 ――――中途半端な『刃物』が生きているというのは、それだけで気色が悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車内に迸るノイズ。

 嘲笑う画面は赤く細切れに点滅し、この事態を引き起こした下手人の愉しむ顔が否が応でも脳裏に浮かぶ。

 ブレーキはおろかアクセルさえ制御が利かない。車が想定したルートを操縦者の意に反してどんどん外れていく光景が、何よりの証明だった。

 

「ハッキング……!?」

『ロボ太か……あれだけ痛めつけてやったのに懲りないなアイツ』

「言ってる場合かっ! ルート的に多分コレ海に向かってるんじゃ――どわっ!?」

『――――ッ』

 

 瞬間、景色が加速した。

 法定速度を食い破らんとメーターを振り切らせる速度計は、勝手に右や左に動くハンドルも相まって西洋映画の暴走機関車を彷彿させる。

 

 唸るエンジンが醸し出すスピードに置いて行かれる千束の体を、咄嗟に運転席から千束の手を掴んで支える。

 そんな状況で確認した車内の液晶画面には、デフォルメされたロボ頭が赤く嗤っていた。

 

「回線の切断を……!」

『駄目だ、物理的に切らなきゃすぐにロボ太に上書きされる』

「う、うぇー、じゃルーター壊すのはナシ?」

『ナシだ。ルーターの位置を知らん。ボクの車じゃないからな』

「なら、これ以上加速して手遅れになる前に脱出の準備を――」

『――いや、敵はどうやらそれすら織り込み済みみたいだぞ』

 

 クルミさんの声に従うまま、窓の外へ視線を移した。

 

「あれは……」

「あー、(やっこ)さんが追ってこないなって思ってたらそういう……」

 

 遠めの左から。それより近くの後方より右から。高速道路へ搭乗する筈だった此方の中型車に対して、追いすがるワゴン車が二つ。

 高速化する視界の中で、武装した兵士が五、六名確認できる。

 ハッキングのタイミングといい、高速道路に入る前の手順や駐車場付近でのカーチェイスといい、相手方にはどうにもこっちのリアクションを正確に予測できる良い指揮官がいる。

 

 そしてこの先、僕の土地勘が間違っていなければ『旧電波塔事件』以降でまだ再開発が進んでいない地域だったハズ。つまりは人通りも少なければ()()()()()()()

 人目が無いってことは、この国じゃ暗黙の射撃許可証みたいなもので。

 そして噂をすれば――ワゴン車の開けた窓から黒い銃口が連続して火を吹いた。

 

「どわぁ!? あんにゃろ、撃ってきた! たきな、どうする、どうなるー!」

「意外と余裕ありますよね千束さん……!」

『うわっ、ちょ……! 失敗しても海に突き落とすかなにかで足を奪う算段かっ……! この絶妙な隙の無さ、絶対にロボ太の考えた作戦じゃないだろ――!』

「どうすんのーハッカさん!」

 

 確かに、状況はひっ迫している。

 びきりと甲高い音を立てる窓の(びび)割れはどんどん広がり、車の側面を叩く弾丸はその数を徐々に増やしてきている。

 

 最低限の防弾加工はしてはあるが、この火力の前では焼け石に水。タイヤなどをやられれば致命的だ。この状況で足を奪われ、怪我を負えばそれこそ全員共倒れなのは目に見えてる。

 加えて今の僕にナイフは握れない。同様にクルミさんもドローンと最低限の電子装備しかない現状では手足を()がれているに等しい。

 

 故に、頃合いだろう。

 

『オホン』

 

 リス頭に内蔵されたボイスチェンジャーに変換された()()()。外からは僕とクルミさんの声じゃ判別がつかないだろう。

 手筈通りなのはこちらとて同じ。

 護送中の襲撃は予想していた。だからもし作戦通りに行かず今みたいに物騒な状況になった時、僕の『声』を合図にクルミさんと僕が入れ替わる。

 

――――(お、おい、頼むぞ)

――――(大丈夫、任せて)

 

 千束たちには聞こえるべくもない小さなやり取り。既に状況の解析は完了している。

 入れ替わりの狙いは――たきなの力をより効果的に発揮させるためだ。

 

『あー、この場を切り抜ける作戦を思いついた』

「マジ!?」

『この状況を観測しているぼ、……カナメによると、現状を打破可能なのはたきな、お前だ』

 

 僕自身が矢面に立って武装が出来ない現状、二人に頑張って貰うしかない。

 よって、要となるのは僕がここ一ヶ月の鍛錬で仕込んだたきなの『機動力』である。

 

「千束さんでなく、私ですか……?」

「えー私はーハッカさん」

『そんなの言うまでもないだろ――ってカナメの奴が言ってた』

「あ、ホントだカナメくんっぽい」

『緊張感皆無かお前』

 

 なお、現在進行形で後ろや側面から弾丸の雨に晒されている真っただ中である。

 というかこの調子では僕がクルミさんとして発言する度に自分の首を絞めていくことになるのだろうか。

 

『まずは、ハッキングの発信源を特定する。ルーターに直接干渉してる何かがあの二つの車両のどちらか、よしんばどこかに存在する筈だ』

「この弾幕でそんな無茶を……!」

『大丈夫――隙は僕が作る』

 

 なにを、と彼女らが問う前に、ワゴン車が此方にその車体を寄せてくる。此方が反撃を出来かねていると判断して、あわよくば一気に車内の人間を殺すと見たのだろう。

 短期決戦、一撃離脱。この速度で繰り返す銃撃戦で危険なのは彼らも同じだ。故に、その判断は間違っていない。

 

『よっと――!』

 

 ――それも僕が底意地の悪い眼鏡小僧じゃなければの話だ。

 

 ずどんと車両全体を揺らす衝撃。

 戦闘仕様に切り替えた筋力は速度による重さが積載されたことも相まって、高速で接近してきた車両を容易につんのめらせた。

 

 衝撃の出所はワゴン車、この車からは運転席の扉より。最低限とはいえ防弾加工を施したそれらは盾としては勿論、鈍器としては十分すぎる。

 そして浮かび上がった鈍重な車両など、後方の赤いリコリスにとってはひっくり返ったカニも同然だろう。

 

『ほら、撃てよ』

「いや、何ですか今の――」

「でもハッカさんナイス――!」

 

 三叉の赤い軌道。千束が車両に向けて非殺傷弾を放つ。

 弾丸に切り取られる一瞬、停止した弾幕の空白を縫う赤い弾頭は運転手だけでなく、ライフルを構えた後部座席の兵士の意識を一人残らず刈り取った。

 

「ほーらたきなも撃って! 左ぃ、右っ!」

「ああ、もうわかりました……! ですからあまり揺らさないで下さい千束さん!」

 

 それに応じて、たきなも拳銃を取り出して応戦する。

 車は再起不能となった側面をもう一つの車両と入れ替わる(スイッチ)。側面で張っていた弾幕による優位を立て直す算段だろう。

 だがそれで良い。

 時間と距離を置けば置くほど、たきなや千束が動きやすくなるのだから。

 

「ウォールナット! 具体的には何をすればいいんですっ!」

『――現状は相手のペースだ。車に搭載されたシステムを利用されて、こちらは車内で身動きが取れない状態。だからこそ、移動の為にも一時的に制御を此方側で取り戻す必要がある。装甲の関係上、ずるずると戦闘を長引かせるわけにもいかない』

 

 よって、たきなに今からやって貰うことはハッキングによる遠隔操作を経由するルーターを搭載したドローンか何かの機器の特定と、追手たるワゴン車の迎撃の二つになる。

 我ながら無茶振りだ。しかし、この二つは普通であれば両立は困難ではあるが、生憎と此処の乗員と車の機能は普通じゃない。

 

 だからこそ、多少の無茶にも対応できる。

 

「えっと、つまり?」

『僕のハッキングと並行して、車体をハッキングによる操作の及ばない領域に一時的に持っていくことで時間を稼ぐ――そのためにこの車両を、いったん()()()()()()()

「「なんて?」」

 

 なにってほら、丁度そこにおあつらえ向きの()()()()()()()のボタンがあるじゃろ。

 そうして『例』のボタンを指させば、千束は戦闘中とは思えないほど目と表情をにぱぁっと輝かせ、対照的にたきなは信じられないモノを見る目でぬいぐるみ姿の僕を見た。

 びくりと、何やらスーツケースの中身に動揺が迸ったのが否が応でも伝わってくる。

 

『――秘密兵器(大嘘)を使う時が来た……!』

「正気ですか!? そんなゲテモノを実用するなんて!」

『こんな着ぐるみ着て運転するヤツが正気なワケないだろ』

「まともな事を言うのはまともな恰好をしてからにしてください……!」

「はいはーい! 今度こそ私がボタンを押すッ!」

『良いけど、もう少し引き付けてからな。『発射台』は僕が指定する。たきなも今のうちにリロードを済ませておけ』

「は、はい……!」

 

 既に海はすぐそこ。ノイズが奔るナビゲート画面を確認すれば、青く塗り潰されたエリアが法定速度を優に超えた速度で迫ってきている。

 がたがたと車両は道なき道で蛇行が続く。後方では態勢を立て直したワゴン車が唸りながら接近しており、猶予などとうに存在しない。

 そしてすぐそこには――絶好の坂道が顔を覗かせていた

 

『あそこで良いか……よし、制御を取り戻すぞ――3――2――1』

 あれだけ空回りしていたハンドルに重みが帰ってきて、制御が戻ったことを確信する。

合計三つの車両が隣り合わせになった瞬間、僕はハンドルを全力で左方向へ切り――。

 

「――あそーれ、ぽちっとな!」

 

 ぴこっ、と間抜けな音と共に――エンジンがヤバい音を立てながら加速する世界へ突入した。

 身軽な車体には過ぎた推力が生み出した四輪駆動によるバレルロール。フロントガラスやサイドウィンドを流れていく景色だけが、今の車のスピードをどんどん上げて宙を舞っているのだと証明していた。

 鉛の様な反動が全身を襲う感覚に(さら)されながら、文字通り宙を行く車両では席にしがみつきながら満面の笑みを浮かべる千束を確認し――そのすぐ下には、一緒に宙に投げ出されたワゴン車と、発信源たるドローンを遠方より確認する。

 

「――――」

 

 視線が絶え間なく後方へと流れて行く絶速の中――たきなは窓から飛び出した。

 

 ――――たきなに伝授した『魔風』の廉価版。

 あらゆる地形、あらゆる戦況、あらゆる空間において移動の活路を見出し駆動する肉体構築。

 それは飛び上がる車すら『足場』に変える力を持ち。

 リコリスという花が舞う黒い風を齎す――。

 

「――――ッ!」

 

 刹那の(まばた)き、呼吸すらもどかしくて億劫になる圧縮された一瞬の中、敵のワゴン車のボンネットの上へ着地するたきな。

その超人染みた機動に、下手人たちは驚く暇もない。

 一射、二射。時間の感覚すら希薄になる視界の中、彼女の照準は運転席と助手席に向けられて火を吹く。

 ゆっくりと空となった弾頭が舞い、続けさまに捩じる様に身体を回転させ跳躍。

 三射、四射。此方の車に戻ってくる要領で、背面より()()()()()()()()()()()、成す術の無い敵は一人残らずたきなの放った鋼鉄の餌食となる。

 

 そして最後――空中より真上の正眼にて、二条の鋼の軌道はそのまま緑のドローンを穿った。

 

「はぁ、はぁッ」

 

 窓の縁を掴んでたきなが車内へ戻り、それとほぼ同時に着地の衝撃が車両全体を揺らす。

 停止した呼吸が蘇えったかのような、彼女の息遣いが聞こえてくる。その消耗具合を証明する様に、汗で張り付いた黒い髪が水気を纏って乱れている。

 そんなアクション映画顔負けの動きに、千束が反応しない筈もなく――。

 

「――――すっげー! たきなすっごい! なんかこう、ぴょんぴょんと!」

「ど、どうも……ウォールナット、敵はどうなりました」

『上手く撒けた――だが、同時に悪い知らせだ」

 

 だがそれでも、止まって良い時間はまだまだこない。

 

 なにせ、エンジンが何やらエグイ音を立てながら黒い煙を巻き上げ始めたではないか。そして、ブレーキをいくら踏んでも一向に停止する気配はない。これはまぁ、まず間違いなく。

 

『――エンジンがイカレた。ブレーキも壊れた。このままだと爆発まであと数秒だぞ』

「結局そういうオチかいっ!」

「次から次へと……ッ! ウォールナット、脱出を! スーツケースは私が!」

『やっぱりか……ニトロなんて日本車に積むなんて無理があったんだ』

「なに冷静に分析してんの! 流石のハッカさんも海の藻屑は嫌でしょ!』

「お互いさまですっ! そんな悠長に話なんかしてたらそれこそ――」

 

 

 

 ――――そして、車体は水飛沫に溶けて消えた。

 




今回はここまで。

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