山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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9話

 

 

 

 

 

 

 

 リスの二つの健脚が黒い女性の顔面を正面から捉え、僅かに明かりが灯る非常口の扉を突き破りながら体ごと吹き飛ばす。

 水を纏った様に重い体は軽やかに、飛び蹴りの勢いを利用しながら宙を返って着地する。

 流れる静寂。否、困惑ゆえに語る言葉を持たない周囲の様子。

 当たり前だ。誰がハッカーだと思っていた着ぐるみが敵とは言え初対面の女性に両脚顔面飛び蹴りを繰り出すと思うだろうか。驚きより混乱が勝るのも頷けるというもの。

 

 その中には当然、千束の姿もあるワケで。

 疑問が確信に変わった様子にはぁと、溜息を一つ零す。

 

「流石に誤魔化しきかないよな……」

「えっ」

 

 むしろ割りとボロを出していた自覚があったのでこれまでバレなかったのは本当に運が良かったのだろう。

マイクを切り、頭の着ぐるみをすぽっと抜き取った。マイクから口が離れれば当然のこと、クルミさんが合成した変声機越しの作りものの声からよく聞き慣れた声が戻ってくる。

 露わになる視界。閉じられ剥き出しになった五感から感じ取る空気はいっそ新鮮だ。久方ぶりにすら思える肉眼による視覚情報を修正する様に、乱れた眼鏡を整えた。

 

 そんな僕の下では、ぽかんと間抜けな表情を浮かべている千束の様子に、思わず苦笑いが零れる。

 

「よう、千束」

「か、カナメくんっ!? やっぱカナメくんだ! なんで!?」

「物騒な登場になって申し訳ない。なにぶん、相手があまりにもおっかなかったから、思わず口より先に手が出てしまった」

「いや、それに関しては本当に助かったから良いんだけど……ってか、ハッカさんはどうしたのハッカさんは!? 着ぐるみの中がカナメくんなら、肝心の本人どこいった!?」

「さて、な……それは説明をするとなると長くなるんだが……よっと。ミズキさんの細工もこれじゃ形無しだな、うん」

 

 どちゃ、とクソ重い胴体の着ぐるみもその場に脱ぎ捨てながら戦闘態勢を整えていく。

 千束にこそさっさと説明してやりたいところだが、今現在吹き飛ばした相手の練度を考えればすぐにでも準備万端にしておきたいというのが正直なところだ。

 

 この場で言うのは都合が悪い、というのもある。

 

 だがそれ以上に、相手が悪すぎる。

 

 本来であればこの戦闘だって想定していたものじゃなかった。隠密性に比重を傾けた結果、用意できた装備は予備を含めたナイフ二本のみとなんと心許ないことか。

 誰が想像するだろうか――この襲撃に、千束以上の使い手を投入するなどということを。

 

「おい、自分たちで動けるのか。アンタらは」

「……どうにか、な」

「よし。なら仲間を連れて早く此処から離れろ。ぶっちゃけアンタらを庇いながら戦うのはしんどい。出来るだけ早く、あの人の間合いから離れていて欲しい」

「……お前も、俺たちを助けるというのか」

「当たり前だ。千束が助けた以上、何が何でも生きて貰うからな。それに――あの人、同業者がいようとお構いなしだ」

 

 ぎぃ、と突き破った扉が軋み開かれる音がした。

 かつかつと、音調を変えず徐々に大きくなって近づいてくる。ただ歩くという何気ない動作だというのに、()()()()()()()()()()にはこの状況も相まって否が応でも冷や汗が流れ出るのを感じた。

 

 ナイフを構える。隣の千束も視線だけは逸らさず、静かに非殺傷弾を装填する。

 

 かくして現れたのは――黒い女性だった。

 右手には時代を後追いする刀。左手には時代を先取りする短機関銃を携えている。

 ソレは悠々と、かなりの勢いをつけて放った蹴りをものともせず、コートについた埃を払いながら、バイザーで隠されている双眸が却って日本人形じみた無機質さを醸し出しながら此方へ歩み寄ってくる。

 暗所の中、鈍く光りを放つ麗刀。滑らかな刀身、陶器染みた輝きを放つそれは武器と称するにはあまりにも美し過ぎた。

 

「千束」

「わかってるよ――ヤバいね、あの人。先生の全盛期……いや、やっぱそれ以上かも」

 

 その姿を見て確信する。

 まず間違いなく、アレに追いつかれれば後ろで倒れている彼らは今度こそ終わる。

あの女性であれば『近くにいたお前が悪い』くらいは平気で言うだろう。

 それほどの重圧が、目の前の黒い剣士には存在していた。

 

「アンタもこの子に助けられたクチだろ?」

「……」

「なら護り通せ。それが助けられた側の義務で、助けた側の報酬だよ。もし万が一にでも千束を人殺しにしたら、化けてでも出て末代まで呪ってやる」

「化けたら死んでるよねカナメくん。嫌だよ私そんなの」

「言葉の綾なんだから野暮なこと言わない」

「…………ふん、皮肉だな。殺そうとしていた連中に命を救われるなんざ」

 

 そしてそいつは侮る様に、嘲る様に、自虐する様に小さな声でありがとう、と口にしてここからの移動を始めた。

 いや、皮肉なのはお互い様だ。

 どいつもこいつも馬鹿ばっかり。こうやって助けた誰かに敵であってもお礼を言う様な人間が、銃を握らなくちゃいけない。人を殺す武器で人を助けたがる子がいる。

 

 無論、僕なんかはその中でも選りすぐりだろう。

 

 現に今の僕はこうして、人を殺しうる技を使って誰かを助けようとしているのだから。

 

「――――」

「――ッと!」

 

 色の無い殺気と轟く銃撃。それらを隙と見た黒い剣士が短機関銃より弾丸をばら撒いた。

 廊下を奔る鉄の飛礫(つぶて)。乱雑に放たれたかの様に見えるそれらは弾の一つ一つが正確に、千束や背後で撤退する男たちを狙い撃つ。

 銀閃が一つ、ナイフを振るう。手数を増やし、もう一本の予備ナイフを抜く。

 鉄の盾となる双刃。千束と襲撃した彼らへ被弾するだろう弾丸のみを捌き、必殺をただの鉄くれに変えた。

 

 ……思った通り、彼女はここから誰一人逃がす気はないらしい。

 

 

 ――――なら、考えるまでもない。

 

 

 

「――行ってくれ千束。あとで僕も追いつく」

「――だめ」

 

 

 

 ぎゅ、と裾を握られる。平静を保った声に紛れる、震えた本音が腕から否が応でも伝わってくる。その心配と不安が、痛いほどよくわかった。

 わかっている。千束がそんなことを許す様な人じゃないってことも。戦う人間としてどれほどの使い手なのかも、勿論知っている。

 本当は、そんな千束の手をすぐにでも握って安心させてあげたい。すぐにでも触れて、その温かさを確かめさせたい。

 

 それでも、今だけは駄目なんだ。

 この手は、その震える彼女を護る為にある。ここで構えを解いて、ナイフを下ろせばすぐにでもあの黒い剣士は僕と彼女のどちらかを確実に殺すだろう。

 それだけは絶対に駄目だ。

 護るって、決めたのだから。

 

「カナメくん、気づいてるでしょ。()()()()()

「……」

 

 当たり前だ。

 それは対面した僕が、先程千束を斬り飛ばす寸前で止めた僕が何よりわかっている。

 必死である止められない斬撃を止められたのは他でも無い、その動きにある根幹の部分を熟知し行使していたからに他ならない。

 

 相手は未知でなく既知。

 

 知らないものなど何ひとつなくて――僕という暗殺者(アサシン)が目指すべき到達点の一つ。

 

「――――」

 

 ……刃が鈍る様な事は考えるな。

 この身に宿る未知を証明したとて、何になる。呑まれれば喰うと物言わず語っている剣士が、僕に都合の良い答えなど授ける筈もない。

 

 

 ――だから考えるな。

 

 

 ――――あの『夢』に出てきたダレカに似ているなんて。

 

 

「だけど、たきなの方もカバーしなくちゃならないのも事実だ」

 

 屋外に続く道からは銃声が絶え間なく聞こえてくる。想定より増えているソレに、たきなが単独で制圧し敵の前線の押し上げを防ごうと頑張っているのがわかった。

 恐らくは先程千束が助けた男たちの運用する部隊とは別の部隊。可能性として挙げられるのが、この目の前の黒い剣士が作戦の最終段階にあたって用意した私兵。

 

 生き残って貰う為の技術はここ一ヶ月で出来る限り教えたが、それでも本格的な運用が今日で初めてである以上、付け焼刃にしかならない。

 しかもこの建物の外は遮蔽物が極端に少なく、もし増援なんてものがあれば外に出るなり一斉射撃によって包囲されてまともに身動きが取れないだろう。

 いくら今のたきなでも、面による全方位からの集中砲火を喰らえばひとたまりもないのだ。

 

「頼む。たきなも、あの人たちも、死んで欲しくない」

「……りょーかい――カナメくんも、死んじゃ駄目だよ」

「死んでたまるか――死んだらカレー食べられないだろ」

 

 

 ――――だがそれでも僕の命は保障しかねる。

 

 

 なにぶん相手が相手だ。いったいどれだけ保つか測れるものじゃない。

 なにせこの状況は――僕が死ぬか千束達が死ぬかという領域の話なのだから。

 天秤に掛けるべき選択肢など考えるまでもない。

 

 確実に、助けられる方を選ぶだけのこと。

 

 ――――だが、どうしてだろう。

 

 

 僕はこの黒い女性、こんな物騒な人なら忘れる筈が無いのにどうしても思い出せない。

 しかも。

 この女性の剣を見る度に、僕は。

 

 

 ――――尋常じゃない寒気と、吐き気に襲われるのだ。

 

「――――」

 

 背中に一瞬だけ背中に千束の温もりを感じる。自分の気配を馴染ませるが如くぐりぐりとすり込んだそれらにちょっとだけ勇気を貰って、彼女はその場を後にする。

 流れる静寂。間合いは三間。五メートル以上離れた距離で介在するのは、遠くに聞こえてくる銃声のみ。戦場のもたらす喧騒から遠ざかり、敵意や殺気すらも希薄な僕と剣士の間には存在しない。

 

 あるのは、ただ死合うという事実のみ。

 

「今にも死にそうな面構えだな、カナメ」

「……僕を知っているのか」

「よく知っている――戦いに呪われてるのは、何もお前だけではない」

 

 ……どいつもこいつも、当事者の僕より僕のことに詳しいヒトばかりに最近出くわして、いい加減嫌になってくる。

 とは言っても僕がやることは変わらない。

 現在進行形で聞き捨てならない新事実ばかりが晒されて、それこそ聞きたいことなんて腐るほどあるが、それもこれも戦ってみなくちゃ話にならない。

 

「まるで傀儡(かいらい)だな。あの女という操り糸が無ければ此処に立つ理由もなければ役割も見いだせない。挙句の果てに敵を助けるというのだから笑えん」

「心外だな。僕は僕の意思で此処に立っている。役割がなんのと、そんな生き方をしていても悲しいだけだ」

「はなからお前の意思など皆無だろうに――借り物の理想で何が出来る」

 

 そう吐き捨てる彼女はゆったりと、手にした鉄刃を此方に向ける。

 

 

 それらは言葉による語らいなど無意味であると、残酷なほど敵対者である僕に示していた。

 

 

「元々このようなことは予定になかったが、此処でお前の性能を測るのも悪くはない」

 

 

 

 

「剣を取れ――それが人型の武器でしかないお前にできる、私からの最大の返礼だ」

 

 

 

「違う、最初から僕は人間だ――!」

 

 

 ――――燻っていた小さな疑問が確信に変わる音が、剣戟と共に廃墟へ響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『来たぞ、今度は五人だ』

 

 乱れる射線。もはや轟音と言っても過言ではないこの状況で、冷ややかな思考は鮮明にそのハッカーからの通信による言伝を拾い上げた。

宙に音速で描かれる黒い線、発射と着弾によって耳を叩き続ける鉄の霰は、それだけで此方の動きを阻害する。

小さな火花が遮蔽物を通じて無数に咲き続ける視界の中、観測手として機能を果たすハッカーの声をたきなは拾った。

声に従い捉えた敵は複数。薄い青で仕立て上げた『つなぎ』を纏いサングラスをかけるという必要最低限の隠蔽と機能性に重きを置いた見た目は、お世辞にも脅威とは言い難い。

 

 問題は、その頭数。

 

 どこから湧いてきたのか、あるいは通信を傍受でもしたのか、襲撃者たちの装備とは似ても似つかない見てくれをした多数の兵士に、たきなは応戦していた。

 

『ここも前情報と随分違う……最初にボクを襲撃した連中が都合の良いように利用されたのは確定だが、だとすればコイツ等一体どこから嗅ぎ付けた……? アイツらの中にそんな鼻が利くヤツはどこにも居なかったと思うが』

「言っている場合ですか……! 先程から千束さんと通信が繋がりませんし、あなたは突然建物内に居なくなりますし、絶対に中で何かあった筈ですっ」

『なら退いて立て直せば良い。このまま敵が火力を維持したまま迎撃するって言うならいずれにしてもジリ貧になるぞ』

 

 ウォールナットはあくまでも冷静に戦況を分析する。

 実際、その言い分は正しい。今のたきなには弾幕を斬り払う『技』もなければ、弾丸の雨が舞う死地を難なく乗り越える『眼』を持っているわけでもない。

 だからこそ一旦退いて立て直す必要があることは、たきな自身もわかっている。

 

 だが――傷ついた千束を見たあの人がどんな顔をするんだろうという可能性が、たきなの思考を煮沸する。

 

「戦線を引き上げて弾が掠りでもしたらどうするんですか……! 千束さんが傷つく様なことがあったらそれこそカナメさんに顔向けできませんっ」

『お、おう』

 

 銃弾と銃声が混じり、紛れて投げられる手榴弾の爆発を感じ取る。そんな中、どこで通信しているのか呑気なことを口にするウォールナットに、たきなは叱責する様に声を張り上げる。

 その声音には普段の冷静沈着さは感じない。彼女を知る者からすれば彼女らしくない、実直に事態を観測こそしているが、今の彼女にはどうしようもなく切羽詰まった様子を隠せていなかった。

 

 今更、頭数を揃えた程度の敵など千束はおろか今のたきなにとって脅威にはなり得ない。

 であれば、何がたきなをそれほどに駆り立てるのか。

 そんなことは、決まっている。

 

「あの二人は()()()()()()()()()()()()()()()。だから少しでも助けにならないと……!」

 

 このタイミングの増援と奇襲。

 まるで建物内の()()()()()を目的としているかの如き弾幕の嵐に、嫌な予感が止まらない。

 それはリコリスとしての感覚で導き出されるものでなく、ましてや彼女が元々持ちえた能力というわけでもない。

 

 ――たった一ヶ月間。されど一ヶ月間、千束やカナメと過ごした日々。

 

 失いたくない。いなくなって欲しくない。

 

 消えて、欲しくない。

 

 たきな自身、どんなモノかすら言語化出来ない感情。

 それが一度の戦闘で全て失われる可能性が、発展途上の幼い彼女の心に火が着いた導火線の如き焦燥を生み出している。

 

「な、なんだコイツ等! あのハッカー、俺たちを裏切ったのかっ!?」

「見ての通りです! あなた達はもっと退いてください! 今度こそ本当に死にますよ!」

「す、すまん!」

『焦るなよリコリス。ボクも出来る限りのことはする。幸いカナメのヤツが『準備』を整えてくれたからな。それに――来たぞ』

「準備って、何を言って――」

 

 ――――刹那。

 

 屋内に通じる重々しい扉が勢いをつけて軽々と開かれ。

 

 赤い背中が、弾幕の中心に降り立った。

 

「速過ぎ――ッッ!?」

 

 敵の懐に抉り込む様に弾丸の雨を潜る赤い背中――千束の姿。

 

 それは雨粒を避けて駆け抜ける所業に等しく、襲撃者の目にはそれこそ人間の形をした恐ろしいナニカにでも見えたことだろう。

 短機関銃じみた連射が耳を刻む。一呼吸で絶え間なく咲いて宙へ消えていくそれは名の如く閃光じみている。

 

 勝算は誰がどうみても明らかだ。

 

 取り囲む銃口は意味を成さず、瞬く間に歩兵としての機能を容易く奪っていく。

 

 ――だと、言うのに。

 

「千束、さん――?」

 

 そこで見たものにたきなは戦慄した。

 

「――――」

 

 戦場を駆ける赤い影。また一人、また一人と声を上げる間もなく、その戦場の気配が静寂へと向かっていく。

 範囲攻撃ならばと投擲される爆炎を縫って移動し、散弾ならばと放たれる閃光が瞬いたと思えば詰められている間合いに、敵はただ圧倒されるしかない。

 鮮血が如く空間を彩る不殺(ころさず)の赤い塵が的確に敵の意識を穿ち、圧倒される敵勢はもはや人型の的と相違が無い。

 

 ――――勝勢はこちらにある。

 

 理由はわからない。理由はわからないが、たきなが見た千束の姿を見て思ったことは一つ。

 相変わらず、否、いつも以上に暴君じみた強さを発揮する彼女の表情。

 沈んだ赤い瞳を奔る気迫。戦闘中でさえ崩れなかった明るさを象る表情は凍てつき、その専心がひたすら敵のみに向けられているのがたきなでもわかる。

 

 

 どういうわけか今の千束は――鬼神めいた強さを発揮していた。

 

 

『あれだけの数がものの数秒で全滅か』

 

 静まり返る戦場。誰一人とて再起が叶わない、死なずの死屍累々。

 その中心に君臨する、凍てついた後ろ姿を見せる千束にたきなは掛ける言葉が見つからない。

 

「――たきな、大丈夫?」

「え、あ…………はい」

 

 ようやく口を開けたと思えば、そんな生返事しか出来ない自分をたきなは内心歯噛みした。

 その横顔はいつも通り。冷徹さは消え去り、普段の温かさがその可憐な表情に乗る。アレがただの見間違いだったのではないかと思うくらい、今の千束は普段通りだった。

 その視線は負傷し応急処置を施された先の襲撃者へと向けられている。

 それらはまるで何かを堪える様に、僅かに揺らいでいた。

 

「誰も殺さなかったんだね」

「……千束さんの頼みで無ければこんなことしません」

 

 それは紛れもないたきなの本音だった。

 カナメと千束、名前も知らない敵。どちらかを取るかなんて、彼女からしてみれば言うまでもないことである。

 それをわかってか、千束は薄く微笑んだ。

 

「中に行こう。カナメくんが一人で戦ってる」

「――待ってください、ということはウォールナットが」

「死んでないよ。というかあの着ぐるみがカナメくんだった」

「は?」

『アイツほんとに……』

 

 怒涛の種明かしに、いよいよたきなはらしくない素っ頓狂な声が漏れ出る。さしもウォールナットも、『準備』を整えたのはこのためかと呆れを隠さない。

 

「だからあなた達もここからは私抜き。助かったんだから、死なないでね」

 

 背後の扉からは屋内で負傷した襲撃者たちが出てくる。

 敵の存在へ反射的に銃を構えるたきなを手で制する千束。

 武装を解除している襲撃者たちの様子を見て敵意が無いと判断し、たきなは武器を下ろした。

 

「今の所、敵の増援は確認できません。逃げるなら今です」

「……恩に着る。おい、聞いただろお前ら、引き上げだ」

「お、おい、良いのか」

「『あの女』が裏切った。いや、元々利用されたんだよ俺達は。だっていうならむざむざ利用されてやる理由もない。とにかく引き上げて、すぐにでもここから離れるぞ。いいな?」

「り、了解」

「お前たちも早く行ってやれ――アイツの言う通り、あの女は尋常じゃないぞ」

 

 その会話を聞いたたきなは、はたと思い至る。それがカナメが着ぐるみから出てきた理由であると。

 僅かにたきなの視線が建物の中に向けられる。

 知らずに彼女の拳銃のグリップを握る手に力が入った。それほどの使い手がこの中にいると確信し、負傷者を運び出している襲撃者たちに視線を送りつつもたきなは言われずとも自分のやるべきことを理解する。

 

 ――そして何より。

 千束の隠しきれない『焦り』を、これ以上見ていられなかったからだった。

 

「たきな」

「はい」

 

 狙撃も追撃らしい追撃もなく無事に彼らの撤退をを確認した瞬間――二人は駆け出した。

 

「状況は!」

「カナメくんがやばい」

「一大事ですかやっぱり……!」

 

 スーツケースを抱えているとは思えない俊足にはまるで淀みがない。

 これから戦闘に入る。

 特にたきなは、千束がここまで感情を露わにする程の使い手の存在に、思う所がないわけがなかった。

 自分が果たして役に立てるのか。

 あの敵襲に手こずっていた自分が、彼女たちの戦いに着いていけるのか。

 

 そもそも――彼が無事でいるのか。

 

 静まり返った屋内は、その不安を安堵に変えてくれない。

 

「たきな、焦らないで」

「ですがっ、既に()()()()()()()()()()!」

 

 嫌な予感は止まらない。一瞬から時間だけがごっそり抜かれたかのような感覚がたきなの中で迸っている。

 

 戦闘音はやはり、聞こえない。

 

 

 

 

「カナ、――――」

 

 

 

 そして扉を押開き。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――嘘みたいに真っ赤な鮮血が千束の顔を染めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。

毎話感想、誤字報告を送ってくれてるユーザーには本当に感謝しかない。
まだ送ったことがないって人も感想くれると嬉しい。

それでは。
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