山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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推奨BGM:「Emiya」「魔眼覚醒」


10話

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――嘘だと思った。

 どちゃりと無機質なコンクリートに叩きつけられる四肢。鼻腔を満たす鉄の香りの出所は未だに、その(もと)となるものを無慈悲に流出していく。際限なく広がる(おびただ)しい有機物の気配は瞬く間に、音を忘れたこの灰色の一室を満たしていった。

 

 ――嘘だと、思った。

 赤いリコリス――千束は自身の顔を染め上げたソレを拭う。ペンキみたくへばり付くそれらは塗料というにはあまりにも生物としてのモノに近く、流血というにはあり得ざる量だった。

 

 生存に必要な量が一瞬で欠如している。

 生命を機能させる部分が停止している。

 生存を保証してる前提が崩壊している。

 拭えど拭えど。鉄の海に沈むのは紛れもない、黒を真っ赤に染めた彼の姿。

 

「カナメくん」

 

 茫然とその名を呟く。

 ()()に語り掛けても無駄だと、暗殺者として刷り込まれた本能が囁く。

 

 わかっている。

 どれだけ延命措置を施そうとも既に手遅れなことなど、わかっている。

 

 刀傷は左肩から斜めにばっさりと袈裟に斬られている。かろうじて繋がっている左腕は、立ち上がろうものならそれこそ瞬く間に大事な中身を地面に落としていくことだろう。

 今行っている虚しい応急処置は、なんの意味も持たない。

 

 致命傷、それが今の彼に与えられる唯一の結論だった。

 

「カナメくん」

 

 だが彼女の正常な部分は。

 彼女が切望していた平穏が。

 本来ならば手に入れられるべくもないまともさが――受け入れがたい現実を否定している。

 

「カナメ、くん」

 

 ゆらり、ふらふらと。視覚は光を失い、思考は収束をみるみる失っていく。現実感の無い足取りはやがて、残酷な夢の名残へ辿り着く。

 ひたりと、血で汚れる千束の白い御手。何者の血で染められることが叶わなかった指先が、彼の大事なもので赤く染みを作った。

 

 そんな手が、血の池に身を投げ出す彼の頬を撫でる。

 最近になってようやく、動くことが多くなった彼の顔はもう動かず。少しずつ、少しずつ、周囲の人間の温もりを覚えた黒い瞳は虚ろになって、生気がまるで宿っていない。

 

 

 

 まるで当然の如く――心の臓は止まっていた。

 

 

 

「中々にしぶとかった」

 

 黒い剣士が携える鞘に刃が奔る。鳴らされる鍔口は否が応でも死合の終了を告げる。

 否、この剣士は死合とすら思っていないかもしれない。鈍らとなった『同類』をその手で処理しただけ。出荷もままならない『家畜』を使えない肉として処理するだけの、簡単な作業でしかないのだろう。

 

 その冷たさ。その人間を人間とも思わないその振る舞いに――千束は思考が焼き切れる灼熱を抱く。

 

「最初に首を狙ったが、肩を斬らされた。だから腕を斬って、脚を削いで、腹を穿った――だがそれでも、ソイツは動いた」

「――――」

 

 言葉にならない。

 剣士と銃士。兵器としての質も、武器としての間合いもどちらも明白の筈だというのに、その旧時代然とした姿へ傍らのたきなは動く術を持たない。

 ――だが、それがなんになる。

 この剣士の前では間合いなど関係がないとたきなは悟る。

 

 簡単な話だ。

 ただただ、兵器として優れている方が勝つ。

銃弾を放ち、剣を振るう担い手たる『人間』すら兵器の一つとして換算するのであれば、目の前の剣士においては()()()()()()()()()()()()()()を持っていただけとのこと。

 そんな魔物じみた術理を人の身で体現するのが、この剣士が内包する正体の一端だった。

 

「千束、さん」

 

 肺の機能が断絶させられるが如き重圧が支配するその場所で、たきなの緊張で渇き切った口がその名を紡いだ。

 

 なにも、たきなが動けない理由はそれだけじゃない。

 目の前に立ちはだかる敵が挑むこと自体が無謀なほどの使い手であろうとも、リコリスとして生まれた以上戦闘への逃走という選択肢は初めから存在しない。

 懸念することは一つ。

 

 剣士と同様――それ以上踏み込めば殺すと告げている錦木千束の殺気に近い憤怒にあった。

 

「――――」

 

 煮沸する激情を抱え、口を開くことなく剣士を見据える赤い暗殺者を象る言葉をこの場で誰も持たない。

 思考はその熱によってその精細さを崩壊させ――波濤となって、思想、理念を削ぎ落す。

 グリップをいつも以上に上手く握り、全身の筋肉は緩慢による爆発へ備える様に今まで以上に脱力し、これまでの戦闘経験によって構築したあらゆる技術を最適化させる。

 

 熱く、激しく。

 冷ややかに、静かに。

 

 

 

 ――――それでも、『無い筈』の心臓に空いた穴が塞がれることは無くて。

 

 

 

「――――、あ」

 

 

 

 眼球が揺れる。内側で灰に成り兼ねない激情とはまた違った熱に、千束の視界は歪んだ。

 一筋の雫が彼女の頬を伝う。

 それをいつか拭ってくれた彼は、もういない。

 自分が巻き込んで、自分が一番幸せになって欲しかった人は斬られて。

 

 

 

 もう、どこにもいないのだ。

 

 

 

「――――ッッッ……!」

 

 

 

 まるで大気を引き裂く悲鳴の様に――血濡れの赤い華は黒い剣士へ突貫した。

 

「――来るか」

 

 渦巻く突風。

 不殺の猟銃を手に、殺気にすら届き得る烈火の如き怒気を伴って疾走する。

 迎え撃つは黒い剣士が持つ短機関銃による音速で飛来する鏃。その光景はさながら、射線を無視した神風が如き疾駆による特攻に見えたことだろう。

 だが侮ることなかれ。

 赤い暗殺者には、幾多の死線を見抜く『視界』がある。

 

「――――ッ!」

 

 火花が暗中の屋内に橙色の線を描く。

 背後のたきなへ当たるであろう弾丸を背負った鞄を盾に軌道を逸らし、引いた引鉄はその火線の軌跡を縫った。

 都合三連。

 瞬きすら許さんと言わんばかりに放たれたそれらは、絶対的な死の領域を齎していた剣士の間合いを容易く塗り潰す。

 

「フン」

 

 すかさず抜刀。銃撃による戦闘は不利になると判断した剣士は即座にその鞘から自らの得物を抜く。ただ処理すべき『障害』から、明確な『敵』になったという昇華の証明。

 

 曲芸みたく鉄刃が回る。

初速から一瞬で弾丸すら超え得る速度で振り抜かれたソレは圧倒的な技量を以て()()()()()()()()()()()()()()()()()その軌道を容易にずらす。

 直後、腰溜めに構えられた刀。番えるのは矢ではなく一刀、引き絞られるのは弦ではなく剣士の全身を余すことなく巡る強靭な筋肉。

 

 その構えに――眼前の千束は鮮烈な死を確信する。

 

「ハァッ――――!」

 

 射貫く鉄光。ゼロから百へ、初速は容易く人体の限界を超えて一呼吸で絶速へと至る。

 ――だが、目の前の赤い暗殺者も伊達に最強のリコリスなどとは呼ばれていない。

 憤怒に支配されようとも、その業は紛れもなく敵を打倒する術理は消え去ることなく研ぎ澄まされている。

 

 敵が最強の『剣』を持っているというのなら。

 

 此方は最強の『眼』を以てこの敵を打倒してみせよう。

 

「――――ッ!」

 

 ここで初めて、剣士が応えた様な素振りを見せる。

 引き鉄は引かれ、剣士の腹に赤い華が咲いている。着弾と共に舞うそれらは、普段とは比にならない量を伴っている。通常の非殺傷弾では生み出すことが出来ない衝撃と威力を生み出した証明であった。

 

 先程の弾は牽制。

 この剣士がもう今はいない黒い暗殺者と『同じ』ものであるのなら、弾は避けるのではなく受けるのが定石。音速を以て飛ぶ鋼を鋭利な鋼を以てねじ伏せる。

 

 だから、()()()()()()()()()()

 彼女の弾丸は穿通ではなく衝撃。衝撃は物質の抵抗へぶつかり、その衝突の瞬間に二撃目の非殺傷弾を放てば――どれだけ頑丈な肉体に対してもそのダメージを全て伝えることが可能となる。

 

 足りないのは威力。不殺では黒い『死』に届き得ない。

 だがこのリコリスにとって、不殺の弾丸を死の階位へ引き上げることなど造作もなかった。

 

「はッ――――!」

 

 そして生まれた隙に叩き込まれる上段から来たる蹴り。常人、熟練した戦士でもそれを隙とは判断しかねる敵に生じた空白は、このリコリスにとっては容易く届き得る。

 およそ女子(おなご)から放たれるものとは思えない蹴りは、その烈火の如き千束の機動と相まっていとも簡単に剣士を吹き飛ばす。

 

 だがその気勢が――剣士へ明確にスイッチを入力する。

 

「未だに憤りのさなかだろうに、よくやる――ッ!」

「――――!」

 

 剣士の刀剣が奔る。

 捌き切れねば死あるのみと言わんばかりに剣を振るう速度はみるみる上昇していく。

 だがそれでも――この剣士の力量を以てしても、今の千束は容易に斬り崩せない。

 突きを蹴り落とし。

 斬撃は弾丸を以て迎撃し。

 突きを寸での所で銃身を使って捌く。

 耳を打つ金属音はまるで剣戟の様に、響き合う二つの鋼は火花を散らす。

 

「――――あれでは、駄目です」

 

 だがその攻防を茫然と見据えるたきなには、風前に塵と化す砂上の楼閣を錯覚する。

 両者の戦いはそれこそ真空に近い。近づけば文字通り塵へと帰るであろうそのやり取りが、そう長くは続かないとたきなは確信する。

 決定打が無く、憤怒ではいくら千束と言えど格上の使い手である剣士を抑え込むことは出来ない。そしてなにより、自分では決定打になり得ない。

 

 いつも彼女が必要な時に駆け付けた彼は、たきなが嘆く間もなく息の根を止められてる。

 

 どちらかが欠けたら駄目なのだというのは、紛れもない彼女の言葉だった――。

 

「――なるほど。勘が良いのではなく、眼が良いということか」

「――――!?」

 

 剣士の体が動いた。

 否、それは極限のやり取りの中で研ぎ澄まされた千束の視覚が捉えた、()()()()()()()()()作られた『錯覚』。

 手放された黒い鞘が宙を舞う。

 一進一退。二手三手を読み違えれば待ち侘びている致死は機敏に、怒り狂おうとも染み付いて忘れることのない戦闘の感覚は思考よりも先に体を突き動かしてしまう。

 反射を命令で上書きしようとした所で手遅れ。

 刹那に回避行動を取った千束を待ち伏せていたのは刀剣でもなければ投げられた鞘でもない。

 

「眼が良すぎるから、こうして『不純物』に惑わされる」

 

 かくして楼閣は崩れ落ち。

 短機関銃を捨てた左腕によって容易く、千束の細い首を万力が如き力で持ち上げた。

 

「…………ッ!?」

 

 意識が霞んでいく。気道を圧し潰され必要な酸素すら取り込めない現状では窒息か、あるいはこの人間離れした怪力によって首をへし折られるのが関の山だ。

 非殺傷弾は再装填が必要で、腕に組み付こうにも今の千束には動くことすら叶わない。位置取りと空間の関係上、たきなが援護しようものならそのまま手に持った千束を肉壁として弾避けに使うことだろう

 示すところはつまりは『詰み』であった。

 

「か、は…………ッ!」

 

 ――――逃げて、と。

 声にならない叫びがたきなの耳に届く。そのあまりにも必死な形相に、たきなはたじろいでしまう。

 そして。

 その迷いが、命取りとなった。

 

「――――!?」

 

 たきなの視界を赤い影が覆う。

 剣士はあろうことか敗走しようとしていた敵であるたきなに向けて、千束の首を捉えたまま片腕で彼女を()()()()()

 人体を投球の様に扱う剛速球に、たきなは対応する術を持たない。

 その尋常ならざる速度は重さとなって、千束を砲弾みたくたきなを巻き込んで叩きつけた。

 

 そして今まで手放さなかったスーツケースを――置き去りにしてしまう。

 

「――――ッ!? しま――」

 

 剣士が突貫する。

 狙いは死に体の千束ではなく、黄色いスーツケースの方向。その意図を理解し照準を合わせるが、異常な速度で間合いを縮めるそれに弾を放っても既に届かない。

 

 まるで打ち潮みたいに――刀身から血が奔った。

 

 ――そして気づいた頃にはあまりにも遅すぎた。

 考えてみれば当然だったのだ。

ぬいぐるみの中身はカナメ自身であった。では『本物』はどこへ行ったのか。

 単純な話だ。身寄りのないハッカーがたきなや千束に支援が出来た理由は他でもない、護衛対象が一緒に居たからに他ならない。

 

 

 スーツケースから()()()()()が何よりも証明だった。

 

 

「ウォール、ナット……ッ! 返事をしてください、ウォールナット……!」

 

 応答はない。

 スーツケースを貫く刀は間違いなく、そのケースの中に存在するであろう人体を貫いていて、ケースの隙間からは徐々に血が滲みコンクリートの床へ流血の波紋をつくり上げている。

 

 生存は、絶望的だった。

 

「店ち――」

 

 任務の失敗をリコリコへ通達しようとして、させるかと音も無く刀を構える剣士。

 動こうものなら斬ると言葉なしに告げているソレは、首元に添えられる冷たい刃も相まってたきなの動きを強制停止させる。

 だが――。

 

「――千束さん」

 

 ふと、たきなは自分に力無く寄りかかる千束の顔を見やった。

 手形の痣が浮かび上がった首。白い肌に浮かび上がる真っ青なソレは、へし折られ命を奪われていないことが奇跡みたいだった。

 

 だけど、たきなの目に留まったのはそんなことではなくて。

 

 意識がないのに悔し気に、悲し気に歪められた表情。

 力強く握られた拳はその悔恨を誰よりも示していて。

 

 ――――涙の跡が浮かび上がる千束の顔を見て、消えかけていたたきなの闘志に業火を灯す。

 拳銃に指を添えて、千束を庇う様にたきなは前に出る。

 首に添えられた刃が首に押し込められ血が滲み、少しでも振るわれれば落ちる首に足が竦みそうになりながら――照準は確実に剣士を捉える。

 

「これ以上手は、出させません………ッ」

「……私の間合いだ。今まで見てるだけしか出来なかったお前に、今更何が出来る」

「……あなたが何と言おうと――これ以上はやらせない」

「なんだ、アレに情でも移ったか」

 

 くだらないと一言で片づける黒い剣士の言い分に、たきなは我慢の限界を超える。

 

「なんてことはない。お前もソイツも、ただ意味なく死ぬ。無論、この私もな。戦いというのはそういうものだ。人形が真っ当出来る『役割』とはそういうものだ」

 

 何も残せず。

 何も成せず。

 何も何も、この世に痕跡を残さずこの世から消える存在。

 それが、この剣士の出した結論だった。

 

「その点で言えばお前達も同類だろう? リコリス。殺す為に生まれた癖に、奪うことこそが本懐の癖に『不殺』などというものを掲げて、何が残った。殺さなかった敵への同情か?」

「――――っ」

 

 それはいつしか聞いた道理。

 どれだけ大義を掲げても。どれだけ、陰から平和に貢献しようとも。その手段が『殺人』である以上、その本質は変わることはない。

 たきなは容赦なく告げられた現実に歯噛みし。

 

 

 

 

 ――――血まみれの死体の指がぴくり、と脈動した。

 

 

 

 

「あなたは、カナメさんのなんなんですか……!?」

「答える義理はないが……同じ『山』の出身であり、教え子であり――誕生した時より、私の殺害対象でもある」

「山……?」

「……なんだ、お前達の親元であれば把握しているものだと思っていたが……ここ一〇年でお前達の上層部は相当耄碌(もうろく)したらしい」

 

 ――――失われた熱が戻っていく。

 剣士が口を開く度に、投げ出されていた四肢が、遺志だったものは意志へと変生する。

 

「だがな、そんな中でもっとも度し難い存在は――この赤いリコリスだ」

 

 熱が廻る。

 熱く熱く、()()()()()()()()()()は、肉塊と化した体に失われた炉心を取り戻す。

 

「ソイツは確かに鈍らだったが――そうしたのは紛れもない、こいつだろう」

「何を、言って」

「事実だ。こいつは不殺を貫いているらしいが、本当は戦い以外で自身への価値を見出せない癖して、反吐が出る。その力の無駄な行使がこの結果を生んだ」

 

 ――その通りだと、死骸の男は思った。

 

 そうだ。全く以て無意味だ。

 どれだけ大義を掲げようと、幸福になりたいと願っても。

 不殺であれど、その手に握るのが冷ややかな鉄の塊である銃である以上、その本質は覆らない。

 今まで散々知ら締めさせてこられた道理。

 

 いい加減認めるべきなのだろう。

 

 人間を殺さない『彼』に、生きている価値など存在しないと。

 

 ――――だがそれでも。

 大事なヒトが護ると決めたものは、死ぬまで護り切らなきゃならないと思った。

 それがたとえ、破滅の路へと繋がっていたとしても。

 護るだけの価値はあると、思ったのだ。

 

 そして何より。

 

「……心の臓は止まっていた筈だが?」

 

 

 

 

 泣いている女の子がいる。

 男が立つ理由など、それだけでも十分すぎる――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤く視界が点滅している。熱線なんて目じゃないくらい肩口が熱く、抑えても抑えても流血は止まる気配を見せない。

 耳鳴りは酷く、意識は朧気。あらゆる感覚が秒読みに閉じようとしていて、少しでもそれに抗うことを止めれば、今度こそ戻ってこれなくなる。

 

「――、――――!」

 

 たきなが何かを言っている。だけど停止した心臓が、機能を放棄しかけている全身が、あの子の必死の叫びを拾うことすら許さない。

 

 ――――死ぬ。

 このままだと、間違いなく死ぬ。

 鏖殺だと、剣士は言った。それはウォールナットだけじゃない。

 千束も。

 そしてたきなすらも。

 何も護れないまま――死んでしまう。

 

「――ち、さと」

 

 逃げろ、と口にしようとするがそれも叶わない。

 体が喋る機能を放棄している。電線を無理やり断絶された機械と同じ。素となるモノが悉く刀傷から流れ出ているからだ。

 

 ――まだだ。

 

 やるべきことは一つ。

 目の前の女性を退けるために。

 千束を護り、たきなを護るために。

 

 

 ――――僕が知り得る『最強の刃』を以て、この黒い剣士を打倒する。

 

 

「――――は、……ぁ……ずッ……!」

 

 かろうじてまだ繋がっている左腕は、僕の命令への応答を示さない。

 だがそれで良い。

 

 この身を、この生き方を『武器』と称するなら。

 壊れたこの腕でさえ、武器の名残と言うのなら。

 たとえ残骸に成り果てようとも、余すことなく従えてみせよう。

 たとえその先に覆しようの無い『死』が待っていたとしても。

 

 それが千束やたきなの命と対価なら――安いものだ。

 

「――たき、な」

 

 撃鉄を下ろす。込める弾丸は三つ。

 

 ――――【魔風】、装填。

 

 風では嵐に届かない。大地に根差す華すら根こそぎ奪い取る暴風を相手にするには、魔をもたらす風では到達しない。

 目指すは鋼。

 真髄は刃を構築する収斂された(てつ)の極致。

 

 ――――【■■(シエン)】、装填。

 

 内臓がひっくり返る。ごぽりと湧き水の様に噴き出す赤く溶けた鉄分は、傷によって生じたものではない。

 傷が開く。かろうじて繋がっていた左肩からは、もはや痛みすら感じない。痛覚で焼き切れた神経はショートした回路の様に、破裂寸前の情報によって脳が痛みを再現する事すら放棄した。

 

 わかっていたことだ。お前はまだそれらを行使できる領域に達していない。そんな近道は必ずこの身を破滅させるだろう。

 

 それでも――限界を超える。

 

 危険など百も承知。

 今使わないでいつ使う。

 お前が生きるくらいなら()()()()()。選択の余地など端から存在しない。

 このままでは死ぬのは三人だが――こうすれば、確実に二人は助かる。

 

 ――――【■■(レンマ)】、装填。

 

 鉄を()つには風より生まれる砂がいる。

 鉄を鍛えるには風より生まれる炎がいる。

 築きに築いた刀塚。束ねた刃は幾星霜。逃げることを許さない罪過の証明。

 それが『命』によって生まれたものなら、此方も『命』を掛けなけば決して届き得ない。

 

 だから命を燃やす。炉心に血肉をくべる。

 その真髄を掌握し。あらゆる過程に共感し。鋼を超える刃と心を手に入れる。

 

 

 それ即ち――錬鉄の極意。

 

 

 

「――――体は剣で出来ている」

 

 

 

 自分を象る祝詞(のりと)を口にする。

 

 

 

「無銘――――」

 

 

 

 

 その瞬間。

 

 

 

 

「――――示幻(ジゲン)

 

 

 

 

 ――――嵐の如き風を、鋼の刃が捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。

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それでは。
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