山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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11話

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて、デタラメな……ッ」

 

 ――思わず見惚れる様な剣技だった。

 

 千束を庇う様に前で立つたきなは戦慄する。

 ぐちゃぐちゃの体で、かろうじて繋がっている左腕をぶら下げ魔速を以て繰り出した『突き』。

 その踏み込み、突き出した腕。脚運びから膂力にかけて人間離れした力によって放たれたソレは、まさしく魔人染みている。

 

 だが、もっとも驚愕したのは――。

 

「今のは、驚かされた」

 

 ――――そんな絶技を片手で容易に受け止めた剣士の技量だった。

 

 それに認識したのは、この場でたきなのみ。

 カナメは残心すらせずに、文字通り精魂が尽き果てた様子で、技を放った体勢のまま再び意識を失っている。

 そんな全然驚いた様な素振りを微塵も見せずに言う剣士は、その証拠を見せつける様に受け止めた左腕を見せつけた。

 

「まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()とはな」

 

 尋常じゃない血の量だった。

 黒い装いに包まれた左腕は、嘘みたいな量の血痕と裂傷を作り上げている。調子を確かめる様に開閉を繰り返すたびに、ぐちゃりと音を立てながら生傷から鮮血を吹き出していた。

 

 その一部始終を見ていたたきなには、もう意味がわからない。

 防御不可の攻撃。内側から剣で貫かれた様な傷痕を作り上げたそれは、人の所業からかけ離れた絶技であった。

 そしてそれが防がれたこと。否、防げていないがまだ戦闘可能な状態を維持していることに、たきなはとっくのとうに理解が追い付かなかった。

 そんな負傷に対して一周回ってその剣士の異様さを際立たせている。

 

「……!」

 

 ぴしりと、剣士の双眸を覆うバイザーに亀裂が奔った。

 これまでの戦闘のダメージが蓄積し、その形を保てなくなったのだろうか。ぼろぼろと、朽ちた鉄の様に、適当に繋ぎ合わせた硝子細工みたくその残骸を地面へ晒す。

 

 

 そして露わになった顔に――たきなの感情は死んだ。

 

 

「――そんな、なんで」

 

 

 それは今日何度目の驚愕だろう。 

 最初にたきなの目を引いたのは――爛れた皮膚に覆われた両目であった。

 焼け爛れ、薄く濁ったその瞳ではまずもって視力など碌に機能していないのだろう。

 実際、その認識は正しい。色や形がかろうじてわかる程度で、この剣士にはおよそ視力と呼べるものがほとんどその役割を果たしていないと言って良い。

 

 それはつまり、人間が活動の上で八割を担う五感の一つを封じたうえで、千束とカナメをほぼ完封していたという事実であり。

 もし彼女が、全開だったのなら。

 この状況さえもどれだけの奇跡が重なって引き起こされた出来事なのか。それがわからないたきなでは無かった。

 

「たきな、と言ったな」

 

 無機質に剣士が振り向いた。

 濁った瞳はカナメではなく、寸分違わずたきなを見据えている。

 そして――。

 

「ならば姓は、井ノ上か?」

 

 在り得ざる断定を、たきなは一人耳にすることになった。

 

「――――」

 

 変化はない。たきなは勿論、剣士にはそれ以上答える言葉を持ち合わせていない。

 感情も情緒もない。終始冷め切った反応はおよそ人間らしさが存在しない。

 その筈、なのに。

 刀を握っていた手がたきなの顔に触れる。手の甲をすり合わせ、前髪を持ち上げて、親指で目元を撫でるその姿は、見間違いではない。

 

 ――その剣士の所作はなんの間違いか。

 

 ――――愛おしそうに、たきなの頬を撫でていた。

 

「今回は退こう……とうに私の目的は達している。これ以上此処に留まるのは面白くない……それに」

 

 頬から手が離れるのとほぼ同時に、たきなと剣士はそれを認識する。

 振り向いた先には――とっくに意識を失っている筈のカナメが、光の宿らない瞳で力強く剣士を見据えていた。

 それ以上何かをすれば片腕じゃすまないと、生気を根こそぎ毟り取られた虚ろな

 

「――――今のカナメを、私は殺せやしないだろう」

 

 どうやら見誤っていたのは此方の方だったらしい。

 そう皮肉気に、それでいて露わになった瞳を僅かに緩ませながら呟いたソレは何事も無かったかのように、影へと消えていった。

 

「――……」

 

 銃声は遠ざかり、戦いに静けさが訪れる。

 鉄火場を超え、屋内を満たしていた戦意が消えて、戦場だったその場所はようやくただの廃墟へと巻き戻った。

 たった一人がほぼ無傷の戦場。

 一人は死に、一人は戦闘不能。もう一人は――今すぐ手当を施さなければ確実に死ぬであろう人が今度こそ、その活動を放棄し地面に沈んだ。

 

「……店長……応答を、お願いします……」

 

 呆然と口にする。

 たきなはリコリコへの『任務失敗』を告げるのと同時に、その意識は徐々にかろうじて灯っていた光を失っていく。

 それが意識の暗転であると自然と理解する。おそらくあの動きによって傷が開いて、千束の施した応急処置が無為に終わっただろうから、自分が代わりにやらなくちゃいけないのに。たきなの体は今やそんな命令すら受け付けない。

 反転する視界。光は影へ、現実は暗がりの霞へと溶けていく。

 極限は緩慢し、張り詰めた戦意の糸は容易くその意識を手放した。

 

 

 

 

 ――何も、出来なかった。

 

 

 

 

 

 そんな後悔を最後に口にして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠くの意識に響く、嵐の様な剣戟を思い出す。

 乱れる息遣い。朽ちる肉体は酸素を渇望し、無様に戦場を踏みしめる脚はなんとも覚束ない。

 ぐしゃぐしゃになった体は生存を手放す寸前。穿ち、斬られ、削がれた傷だらけの身体(ぶき)を手に、暗転間近の薄れゆく精神だけでその風を追う。

 

 さらに先。もっと先に。

 

 その暴風の中心で顔色一つ変えず――『彼女』は立っている。

 

 手を伸ばす。千束を護れる力、たきなを救う力、()()()()()の具現へ分を弁えず、手を伸ばし続ける。

 鋼を鍛つ。傷つき、打ちつけられ、鉄を鍛える火花みたいに鮮血は戦場を無残に染めていく。麗しき曲線を描くしなやかな金属はその儚さをものともせず、血肉へくべた刃を振るう。

 

 そして嵐の向こう側に居る影へ踏み込んだ、その瞬間。

 

 ――――ずくんと、破裂せんばかりの脈動が全身を貫く。

 

「ぃ、ッ――――、が――――」

 

 ――――熱い。

 熱の出所は外からではなく内側から。流し込まれた熱い鉄を吐き出そうと、体中を巡る血管は体内から肉を食い破らんとする勢いで押し上げる。

 ぐちぐち、という音は生々しく、その機能を忘れかけた聴覚へ鮮明に到達した。

 何かが、変わっている。

 変わりたくないモノに、変わっていく。

 伝わる痛みと聞こえてくる音は筋線維の一本一本に至る変容であり、それに伴って狂い軋む骨格の断末魔にも等しい悲鳴。

 現在進行形で在り得ざる肉体の変遷を理性でなくこの尋常ならざる感覚より引きずり出される本能がそれを認識させる。

 

「ぐ――――ぎ――――…………!」

 

 そして散った。

 ぱしん、と膨張を続ける筋線維が、変動する肉体に追いつかず骨格と共に弾けた。それを何度繰り返したのか、数えることすら痛覚に支配された脳と神経は許容しない。

 数時間、あるいは数分。いや、数秒かもしれない。

 僅かな時間でも死を予見する痛みが何の悪い冗談か全身を巡っている。

 このままだと破裂する。

 このままでは爆散する。

()()()()をコロス為だけに作られた技は返しの刃となって、自らを殺そうとしている。

 

 ――その痛みを。

 

 ――――僕はどこかで誰よりも知っている筈なのだ。

 

「は、ぁ――――あ″ぁ――――、ず――――!」

 

 これが、不可侵の領域に踏み込んだ代償なのか。

 愚かな選択、凡人が身を(わきま)えず届く筈の無い未来を『先取り』した結果なのか。分不相応の技術の行使、しかもその一端に触れただけでコレだ。

 使える機能が立派でも、容れモノが()()()()()()()なのだから話にならない。

 

 ――だからあの剣士が僕の『親』であることとか。

 

 ――――あのバイザーの下にあった顔が『ダレカ』に似ていたことなど、気にならなかった。

 

「ぎぃ――――ッッ――――ぁ…………!!!!」

 

 狂う。

 このままだと間違いなく狂う。

 だけど狂えない。

 自己への暗示によって調律された精神が、剥離する肉体変化を限界まで許容して、その生命活動に支障をきたした所で止まることはない。

 それどころか思考は更に冴え渡って感覚を研ぎ澄まし――機械みたいに、秒読みで今回の戦闘経験より自身の戦闘情報を割りだしてくる始末。

 

 ――無銘示幻(むめいじげん)

 成り損ないの刃。故に無銘。

 人を刃と示す幻想。故に示幻。

 

 それは多くの『命』をくべて鍛造され。

 どれだけ普通に振る舞おうと。善行を積もうと。その責から逃れることは決して許されない。

 これが、ただ一人の人間を殺す為だけに生み出されたモノだったとしたら。

 この身が、その業を振るう為だけにあったとするならば。

 竜胆要人は――そのためだけに存在していなければならないのだ。

 

「はッ――――ぁ――――……」

 

 ――そうだ。だからお前に狂うことなど許されない。

 

 お前は何の為に生まれた。

 お前の始まりは、お前がナイフを持ち続けた本当の理由はなんだ。

 

 ――肉片となった同胞(はらから)に、お前が斬り殺した友に、報いる為だろう。

 

「ぃ――――づ、ぅ――――」

 

 だから、戦い続けないと。

 意味なんてなくても。大義なんてなくても。たとえ()()()()()()()()()()()、戦い続けなきゃならない。

 

 だってこれは――僕ができる唯一の■■なのだから。

 

 

 

 ――――カナメくん

 

 

 

 その灼熱のさなか。そんな僕の罪すら優しく包み込んでくれる。

 小さく温かに、その名を呼ぶ声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!」

 

 その小さな温もりを頼りに――沈んでいた意識が現実へと浮上する。

 

「……生き、てた……」

 

 眼を開いて最初に認識したのは知らないなんてことはない、見知った天井であった。

 ちょうど半年以上前にみたばかりの味の無い天井に目を焼く白い電灯。嗅覚を撫でる様に刺激する消毒液の香りが、此処がどこなのかを否が応でも認識させられる。

 

「山岸先生のいる病院だよな、ここ」

 

 『DA』の息が掛かったその場所は白くて、清浄な空気と雰囲気を伴ったその空間は最後の記憶にある硝煙と血の香りからは程遠くて、その違いが逆に安心できた。

 間違いなく、僕の良く知る千束の嫌いな病棟のソレだった。

 傷んだ蟹を口にして診療に赴き、注射を嫌がる千束の手を握って耐え忍ばせたのはまだ記憶に新しい出来事だ。

 

「……あれ、と言うか……僕はどうしたんだっけか」

 

 あの剣士に剣捌きで負けて……それから……? 

 ……どうにも記憶が曖昧だ。喉に小骨どころか魚がまるまる出かかっているくらいには思い出せそうなのに、それ以上が思い出せない。

 たきなは、クルミさんは。

 千束は、無事なのだろうか。

 

「誰か、誰かいないのか」

 

 ひゅっと鳩尾が引っ込んだ。思わず悲鳴を上げたくなる焦燥感が胸の中をかきむしる。

 僕がいるこの場所にそれらの人物が誰ひとりいない事実が急に不安になって、半ば反射的に周囲を見渡す。

 カーテンに覆われた視界は、残念ながら未だに朧気な意識とどこか感覚が鈍くなっている全身のお陰で人の気配を辿ることは叶わない。

 

「なんだ……?」

 

 ゆったりと横移動する視界。

 否、これは頭が捻り出す命令に対して体の反応がとんでもなく遅くなっているだけだと認識を改める。

 言うなれば、古いパソコンで入力作業をした時に感じる反応の遅延の時に感じる、非常にもどかしい感覚が今の僕の中でくすぶってる。

 こんなに焦ってるのに、思考は言葉を紡ぐことすら億劫だと訴えてくる。荒波を立てる心とは反対に、ぼうっとする思考はどう足掻いても肉体に追いつかない。

 

 だが清潔感が溢れる白い空間を視線でなぞっていると、いっそ場違いに感じる赤い制服が目に入った。

 それはベッドに突っ伏して、僕の右手を握ってくれている。

 

「……千束」

 

 その温かさを感じる名を口の中で転がす。

 すとんと胸の奥で着地したそれらは驚くほど速やかに、荒波立っていた心を落ち着かせてくれた。その名を呟いただけだというのにバラバラで覚束なかった思考は足並みを揃えて纏まり出すのだから我ながら単純だ。

 もぞもぞと、髪に埋もれた顔が露わになる。

 それを見て少し、浮かれていた気持ちに冷や水が掛けられた。

 なにせそこで見たモノは――何重にもなった涙の跡を刻んだ、千束の疲れ切った顔だったからだ。

 

「っ……」

 

 彼女もまた、僕とは違う意味で酷い状態であった。

 よく見てみれば、普段は生糸の様な白い髪がぼさぼさに傷んでいて、肌もそのきめ細やかさを失って荒れているのがよくわかる。

 加えて、首から覗く何となく手形に浮かび上がる青い痣を視認して、あの戦いで負ったダメージであることが目に見えてわかる。

 それでもなお、意識なんてない筈なのにその左手は僕の手を離さないと言わんばかりに握り締められている。

 

 心配、させたんだろう。

 心配して、くれたのだろう。

 自分も命の危険にあっていた癖に、それでも僕を心配してくれたのだろう。

 

 

 ――――()()()()()()()()()()()()だと思う女の子が、生き永らえてくれた。

 

 

「……よかった……本当によかった……」

 

 噛み締めるのは歓喜ではなく安堵。重油を纏った様な緊張感と不安が熱で溶けだすみたく、みるみるうちに凝り固まった心を解きほぐしていった。

 護れた。僕でも護ることが出来た。人殺しが出来なくても、千束を護ることが出来たのだ。

 散々遅れたであろう返事をするべく、僕の手を握ってくれている千束の手を握り返そうとして――その手が動かないことに気づく。

 

「……あれ?」

 

 否、発覚した問題はそれだけじゃなかった。

 動かないのは手先だけじゃない。右腕、ひいては右半身から先がまるで存在しないみたいに、いっこうに動く気配がない。

 何より、アレだけの傷だったというのに痛みどころかそこに『在る』という感覚すらなくて、単に穴の開いた肉がぶら下がっているみたいに歪な印象を僕に抱かせた。

 その腕は間違いなく僕のもの。

 だというのに痛みもなく、そこに存在しているだけである自分の肉体の存在は、精神的な嫌悪感と異物感が頭の中で混入する。

 それこそ――死体の一部でもくっ付いているかのように。

 

「参ったな……いや、本格的にどうしようか、これ」

 

 腕に関してはバレたら怒られるだろうか。怒られるよなそりゃ。よしんば隠したとしても千束の『眼』ならすぐ異常に気付くだろうし、これでは千束たちの依頼に同行どころか『喫茶リコリコ』の通常営業にすら支障をきたしてしまう。

 かといって、使わなきゃきっとあの場の人間が全員死んでいたこという確信があるワケで。

折角難しい依頼を()()()()とは言えコレでは目も当てられない。出資したクルミさんも憤慨するのではないだろうか。

 

「……ね、ちさ――」

 

 事態を把握するべく、どうにか動く左手を使って千束の頭に触れようとして――。

 

「――カナメ、さん」

 

 ――僕の名前を呼ぶ声が聞こえて思わず体が反応する。

 病室の入り口、普段なら開く前に扉程度の障壁なら気配を感じ取れるのだが、鈍った体ではそれすらも叶わない。

 だがそこには、顔と首にガーゼや包帯による治療が施されているたきなの姿があった。

 ……それを見て僕の頭はようやく、自分がこうなった経緯を把握する。イマイチ思い出せなかった記憶を脳が鮮明に、今になってその因果と結果を認識した。

 此処にたきなが居るということはつまり、うまく撤退出来たということであると同時に。

 

 あの女性に――僕は見逃されたということになるのだ。

 

「……よかった。色々あったけど無事だったんだな、たきな」

「――」

「あのあと、何があったんだ? どうにも僕は気づけば此処に運ばれてたみたいで」

「――」

「ち、ちょっと、たきなさん? 何か言ってくれないと――」

「て、店長! カナメさんが目を覚ましました! ミズキさんもっ、起きて、下さい!」

 

 廊下を駆ける音が聞こえてくる。やがてばちーんと何やら引っ張だく痛々しい音が聞こえたと思えば、ミズキさんの怒鳴り声が遅れて耳に届いた。

 一人の叫びによって一気に騒然とする病院の一室とその外側。

 それらは僕の傍らで戦闘を生業とする少女の意識を覚醒させるには、あまりにも十分過ぎた。

 

「……ん、ぅ……?」

 

 もぞりと動く千束は苦し気に出したくぐもった声はどこか疑問符混じりだ。

 千束が起きることにちょっとした嬉しさと、その苦しそうな様子に若干の後悔を抱きつつ、先ほどの続きと言わんばかりに千束の頭に触れる。

 乱れた髪先を梳かすみたいに指先を動かして、指の腹で彼女の体温を、感触を噛み締めていると、はっきりしていなかった赤い瞳がぼんやりと僕の輪郭を捉えた。

 

「…………カナメくん?」

「……うん」

「生きてるの……?」

「生きてるのって……まぁ少なくとも幽霊じゃない、のかな?」

 

 なんて冗談めかして言ってみる。

 感覚の無い右腕だったり色々可笑しな点が目立つ所為で、生きていても絶妙に無事なのかわからないラインの話ではあるのだが。

 ……なんて、僕の状態なんてどうでも良い。今なによりも気がかりなのは千束のことだ。

 

「……千束はその、大丈夫?」

「……私は、大丈夫だよ。首を痛めたくらいで、他はなんともない」

「……いや、そうじゃなくて、さ」

 

 何と言うか、暗い。否、それ以上にいつもの明るさが今の千束には感じない。

 というか、僕の覚醒を認識して以降、一向に目を合わせてくれない。

 悲痛さを感じる瞳はどことなく揺れていて、散々泣き腫らしたであろう涙の跡を再びなぞろうとしているのをどうにか堪えて居るのが目に見えてわかった。

 

「――――」

 

 僕の所為だ。僕がちゃんとしなかったから、こんなことになってる。

 なんて傲慢。

 なんて脆弱。

何が護れただ。

 お前の自己満足の結果がコレか。こんなにも曇った顔をしていて、お前は護ったなんて言えるのか。

 ……あー……何と言うか、アレだ。

 このまま目を醒まさず死んでしまえば良かったなんて、千束の表情を見ながら心から思った。

 

「そうじゃ、なくてさ」

 

 千束がそんな顔をしてるのは、僕の所為には違いないんだけど。

 無責任に、無秩序に。論理性もクソもない、身勝手極まりないとわかっていながらも、思ってしまう。

 

「……我がまま、して良い?」

「……こんな不甲斐ない怪我人で良ければ」

「カナメくんだもん。不甲斐なくても生きてくれているなら、良い」

「……そっか」

 

 ぽふん、と。白い頭が僕の膝の上に置かれる。

 感覚の無い右手を握り締める白い手はいっそう強く、膝に埋めた顔は心なしか熱い。

 言葉の無いそれに何かを言うのは憚られて、なんとか動く左手で千束の頭に触れる。

 

 それが――涙を堪えてるみたいに見えたから、なすがままに彼女の髪を指で梳かしていく。

 いつも笑っている人が曇っているのは、小難しい理由を思い浮かべるまでも無く嫌だ。

 そいつがそいつらしくしてないなんて、そんな間違いは嫌なんだ。

 しかもその原因が自分の弱さから来ているとなれば、沸々と怒りを感じると一緒にそんな自分に嫌気が差す。

 

「……カナメくん、どうしたの?」

「……ごめん、ちょっと」

 

 だけどそれ以上に、千束が生きてることが嬉しくて。

 くすぐったそうにする千束に構わず、動かない体でどうにか彼女の背に手を回しその距離を縮める。

 

「そっか……二週間以上、寝てたんだもんね」

「前より長いね」

「前より酷い怪我だったからね」

 

 同様に僕の背に回される手に、胸から温かいものを覚えた。

 僕の手はやがて彼女の頭に回って、その繋がりをもっともっと、強くしていく。

 鈍くなっていた筈の感覚が千束の温もりを拾って、死合でささくれ立った心がみるみるうちに溶けていく。

 

「――」

「――」

 

 ――そして口と口が触れ合いそうな危ない距離。

 互いの視線が溶けあって、胸の内側がもっとその温もりを求めようと『次』を所望している。

 

 薄く目を閉じる千束。

 

 それで、なにか覚悟が決まって僕も――――。

 

 

 

 

「おい、カナメ! 起きたのか!?」

「カナメ! アンタ本当に目を醒ましたってマジ……あれ、なにこの空気」

 

 そしてタイミングが良いのか悪いのか。白い空間を埋める何やら見覚えのある緑と紫の人が病室へと足を運んでくる。言うまでもなく、ミズキさんと店長である。

 で、『喫茶リコリコ』の大人筆頭である二人が僕と千束の間に流れる空気に気づかない筈もなくて。その表情は歓喜から一転して、訝し気に歪められた。

 

「あー……いや、何でもないですよ。ミズキさんに店長」

「……カナメ、あんた――」

「ミズキさん」

「……ミズキ」

「あー……あー……ナルホド」

 

 千束の様子を見てか、強引に続くであろう会話を僕は断ち切った。その意図を察してか、店長もミズキさんもこれ以上は踏み込んでこない。

 ……ホント、二人には頭が上がらない。

 僕だって本当は、二人とも話しておきたい。自惚れじゃなければ、この二人は僕がこんな体たらくを晒しても心配し続けてくれている唯一の大人なのだから。

 だけど今は、その気遣いに甘んじさせて貰うことにしよう。

 ……少し、複雑ではあるけど。

 

「店長、どういう経緯で僕は此処に?」

「……覚えていないのか?」

「少し前後の記憶が曖昧で……左肩からばっさりいかれたことはまでは覚えているんですけど。詳細は……あ、生々しいのはナシな方向で」

 

「それは、だな」

 

 

 

「簡単だ。お前は死にかけの状態で、そこからさらに振り絞って死にかけたんだよ」

 

 

 ……と。

 背後にたきなを引き連れて、何やら見覚えのある金髪を備えた人物が着ぐるみでない、本来の姿で病室へと足を踏み入れた。

 

 

 それは僕の『仕込み』によってあの剣士の凶刃から逃れ死を偽装することに成功したであろう今回の護衛対象。

 

 

 ウォールナット――もといクルミさんの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。

時間がかかったけど、次回はもう少し早く投稿できそう。泣く泣く削る作業が一番キツイ。

感想、誤字報告ありがとうございました!
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