山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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12話

 

 

 

 

 

 

 

 

「クルミさん……! 良かった、無事で……!」

「……まずは自分の心配をしろ馬鹿。本当に危なかったんだからなお前」

 

 やれやれ、と言った具合で設けられた座席に腰掛ける金髪幼女――クルミさん。

 だが言動に反してその視線はどこか憂い気に、治療が施された僕の傷を見据えていた。

 

「……というか、ここ『DA』の息が掛かった場所だと思うんだけど……ぶっちゃけクルミさんが来ていいの? 危なくない?」

「そんなの対策済みに決まってるだろ」

「そんなのってアンタねぇクルミ……こんなんでも一応、公的機密組織なんだけどアタシ達」

「にしてはセキュリティが杜撰(ずさん)じゃないかここ。カナメを治した技術が流出したらそれこそ問題だろ」

「おいオッサン、やっぱコイツ危険人物だって! 監視とはいかずともせめて管理せい管理!」

「そんなこと言ったって私にどうしろと……」

 

 呆れかえるミズキさんと店長には全面的に同意するしかない。

 いや、確かにこんな隠れの医療施設に『ラジアータ』のシステムが適用されているとは思えないというのもわかる気がするが……だとしてもである。

 本人はざっくばらんに言ってるけどかなり無茶したのではないだろうか。難易度どうこうの話じゃなくて。

 

「……そういうお前こそ、相当無茶をしただろ。護った挙句死にかけてたら元も子もないってことくらいわかってたと思っていたんだがな?」

「あー……いや、返す言葉もない、本当に。僕が足止めとしてちゃんとしていれば今回の様な結果にはならなかった」

 

 あの場を一人で引き受けると言ってこのザマだ。

 結果として僕は死にかけ、危うく依頼主であるクルミちゃんを危険に晒すところだったのだ。一歩間違えれば全滅していたのは想像に難くない。

 

 まぁ、でも。

 

「けど良かったよ。円満に解決したし、危うくマジで死にかけたけど()()()()()()

「それだけ……?」

 

 ひし、と空気に亀裂が入ったことを錯覚する。

 

「……? いや、あの場で切り捨てられるべき人間が誰なのかくらいは、考えるまでもないでしょっていう簡単な計算……なんですが」

「は?」

「カナメくん……」

 

 ……今の発言で僕は何を間違えたのか。

 悲壮さを感じる表情でたきなや店長は顔を沈めている。

 

 そして千束は――今にも泣きそうな顔を、もっとくしゃくしゃに歪めていた。

 

「えっとあの、店長とたきな……? 千束もなんで……」

「いやーアンタ、今のは……ないわ」

 

 思わぬ周囲の反応にボクは完全に置いてけぼりだ。唯一説明してくれそうなミズキさんも、先程のクルミさんに向けていたもの以上に呆れている始末。

 

 千束と僕。

 たきなと僕。

 クルミさんと僕。

 

 今回の戦いとはつまり、その小さな二択がいくつも重なった結果だった。

 

 計算と称するまでもない二者択一。

 故にどれが大切かなんて、一目瞭然な筈なんだ。

 

 ……ちょっと寂しいことだけども。

 

 

 

 僕はきっと――戦う為に生まれてきたのだから。

 

 

 

「……今のは適当に流すところだ。そう神妙に言われちゃ依頼主のボクは立つ瀬がない。あんなイレギュラーにも対応して、お前はしっかりやっていた」

「いや、危うく護衛失敗しかけたのは実行者である僕に非があると思うが……たきなは僕の指示通り動いてくれただけだし」

「っ違います! カナメさんは私と千束さんを――」

「はいはいそこまで。そういう反省会は色々済ませてからにしなさーい。ほらオッサン、仕切り直し。多分コイツ全く自分の状況理解していないみたいだから。カナメもほら、提案者なんだからたきなと千束に改めて説明の義務を果たせ。はよ」

「ああ……」

「……はい」

 

 打ち水の如く展開された泥沼の会話を、ミズキさんが一声で断ち切る。

 ……この場で唯一いつも通りのミズキさんが今は凄く頼もしい。たきなは自分の非があると抱え込もうとするだろうし、クルミさんもどういうワケかどことなく責任を感じてるみたいだったから。

 だからありがたく、その会話の流れに便乗することにした。

 

「店長、クルミさんが此処にいるってことはつまり」

「ああ、依頼は無事に完遂した。追手からの襲撃も無ければ彼女への干渉もない。当初の予定通り、ハッカーの死の偽装は上手くことが運んだということだな」

 

 まぁ、すごく簡単に言えば二段構え。

 今回用意した『ダミー』は着ぐるみに入った僕と、()()()()()()()()()()()()()()の二つだったという話である。

 

「店長の話が本当なら……たきなはもう聞いている?」

「はい、あの時ですよね。私と千束さんが屋内で最初に襲撃へ対処した際……急に居なくなったと思いました」

「あ、そうそう。その時」

 

 あの時――車を降りて千束とたきなが遭遇した最初の銃撃戦の時だ。

 二人の意識が戦闘に向いていたことで、気づいたら僕が居なくなっていた様に見えたことだろう。

 そこでクルミさんに扮した僕はあの廃墟に潜伏していたミズキさんと合流し、中身を派手に血が噴き出るダミーとクルミさんの入った素スーツケースを交換したということになる。

 

 だからこそこの作戦の肝は、敵だけでなく味方である千束とたきなの二人を如何に最後まで騙し通すことが出来るか否かだった。

 

「だからごめん。たきなも千束も騙す様な真似をして」

「……その手順で任務を遂行するのであれば現場で実働する人間こそ、その意図から遠ざけるべきというのは、理解はできます」

 

 つまりは未だに納得のいかない部分があると。

 まぁ、次があるのならもっと巧くやろうじゃないか。

 

「随分慎重な作戦を立ててくれたな。慎重過ぎて逆に不安になった……結果的にボクはその慎重さのお陰で助かったわけだが」

「あの廃墟での戦闘は何となく予想出来てたし。まぁそれだけに、車の制御を奪われた時は結構焦ったけどね」

 

 廃墟での戦闘を想定していたのは敵だけじゃなく、僕らも同様だった。

 だからもし廃墟への誘導が失敗した時、その時は僕が銃撃を受けて死を偽装するつもりだったから、本当に念には念を入れるって意味合いの蛇足に成り兼ねない作戦だったわけだけど。実際、ミズキさんには経費がかかるからって反対されたし。

 だがその蛇足が、今回に限って言えば非常に巧く噛み合ったわけなんだが。

 

「アンタがそんな状態だったからたきな達がこの子見ても驚くタイミングを逃したカンジはあったけどねー」

 

「当然です――だってあの時、カナメさんの心臓は間違いなく止まっていたのですから」

「え」

「――――」

 

 ――感覚の無い右手を握る力が強くなったのを、感じ取った。

 

「……なにか今、聞き捨てならない言葉を聞いた気がしたんですけど……店長?」

「驚かされたのはこっちだ。たきなの連絡を受けて駆け付けてみれば、血まみれのお前が二人を抱えて外に出ていたんだ。まさか、本当に死んでるとは思わないだろう。あの時のお前は間違いなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いやにしたって……え?

 信じられない発言に思わず心臓に手を当ててみるが、その活動は正常であることを示す様に一定のリズムでその在り処を示している。

 っていうことはなにか、僕はあの時本当に一瞬だけ『死体』になって、それでもなお僕は動き続けていたということになるん、だよな。

 

 

「…………そっか……そうだよな」

 

 

 思わず湧いてきた寂寥を苦笑いで押し殺す。

 こんなに僕の周りには良いヒトがいるのに独りになった気がして。

 なんか、ますます人間離れしてきた事実に茶化す気にもなれない。

 この技をモノにすれば人間でなくなると、『夢』の内容から知った。だがまさか、こうも簡単にこんな人の命を冒涜するようなことをするなんて。

 

「え、じゃあ今の僕がこうしているのはどういう……」

「アンタの『DA』へ定期的に提出している『伊之神幹也』の論文のお陰よ。あんな眉唾の代物がアンタ本人によって実証されたってワケよ。皮肉なことにね」

「人体ってあそこからでも持ち直すんだなって関心したぞ……いや、カナメ自身の回復力あってのことか……?」

「クルミ」

「…………すまない」

 

 ……ああ、この診療所の担当医が此処に不在なのはそういう理由か。となると、今は僕の身柄を店長に預けて本部へ報告しているといったところだろう。

 鮮明に蘇ってきた記憶を頼りに、未だに健全な痛覚を訴える肩の傷をなぞる。

 ほぼ胴体から別れかけていた左腕は包帯が巻かれているだけでその傷そのものは伺えないが、今では何事も無かった様に凄惨であった患部は包帯に巻かれている。

 当初は千束を『喫茶リコリコ』に留めるため、今では僕を『DA』に匿う大義名分として提供を続けている僕の父が残した論文の実践。

 

 

「――――再生医療の極致、か」

 

 

 錬金術やら、現代における最先端の医療やらがキメラ化している技術やらで、僕には未だに正確なことは不明なまま。

 もっとも、それでも持ちこたえられたのはその技術だけと一概には言えないのだが。

 

 ……いやはや、一応渡す論文や情報は選ぶ過程で目を通してから渡していたのだけども。『DA』の様な裏側の機関を通じた情報を以てしても表向きの情報しか出てこない人物だったから、何やら知らないところで物騒な実験でもあるのかと思っていたのだが。

 こうして医者であれば誰でも使える技術として落とし込めるあたり、その凄さが伝わってくるというかなんというか。

 今回の僕に対する結果を見るに、どうにも我が父は医者としても学者としても大変優秀であると同時に、相応にまともだったということが伺えた。

 

「カナメ、その……すまなかった」

「え、なにが?」

「え、なにがってお前……え?」

「え?」

 

 僕が謝るならともかく、クルミさんが謝る理由がわからないので思わず聞き返してしまった。

 

「……結果としてボクはお前を囮に使ったんだぞ……もっとこう、ないのか」

「追手から逃げ切るには、その死を偽装するのが一番手っ取り速い。クルミさんが言ってたし、実際僕もその通りだと思ったから実行したんだけど……?」

 

 確かに滅茶苦茶痛い思いもしたし、というか皆の証言が正しければ死にかけたどころか死んでたらしいし。

 だが、今回の依頼のきな臭さは無視するにはあまりにも不確定要素としてデカすぎた。

 依頼直前の吉松とのやり取り。そして発生した正体不明、予想外の武力介入。

 

 つまりは予想外と言う名の、誰かにとっての予定調和だ。

 

 前後の繋がりに確信があるわけじゃないが、何かがあると。そう考えるのが普通だった。

 だから元の作戦に僕とミズキさん、店長の共同で策に一捻り加えたワケだ。

 あと、これはあまり言うべきことじゃないかもしれないけど――。

 

 

「それに――実際に戦って、なおさら僕が斬られて良かったって思った」

 

 

 本当に、それで良かったと思う。自身の未熟さだけでなく、色々な意味でそれを痛感させられた戦闘だった。

 殺さずに戦って、殺さずに護ろうとして。そんな難しいことを、一〇年以上選択をし続けて。

 だがそれも、たきなやクルミさんを含めたその命が一人の剣士によって脅かされた。

 

 だから僕はあの時、()()()()()()()

 

 もし千束が居なければ。

 千束の『不殺(ころさず)』を知らなければ。

 僕はきっと、千束とたきな以外を救わない選択を取ったことだろう。

 

 

 それは僕が成りたかったものとは――あまりにもかけ離れ過ぎている。

 

 

「――――ッ……ああ、そうだ僕は……」

「……カナメくん……? ねぇ、大丈夫……?」

 

 思考が白く擦り切れて、灼熱を抱いて真っ赤に染まった感情が眼球から飛び出そうとして、気づけば歯を食いしばっていた。

 千束にこんな顔をさせている自分に腹が立って仕方がない。

 正しいことをした筈なのにこんな顔にさせて、報われないなんて嘘だ。弱かったから貫き通せないなんて理不尽な道理、許して良い筈が無い。

僕に出来ないことを逃げずにやってのけて大事なものを護った筈なのに、彼女がこんなに曇っているなんて嘘だ。そんな間違いは、僕が認めない。

 

 ――――半端ものの僕が、こんな綺麗なものを汚して良い筈が無いんだ。

 

 ……なんだ、こんな簡単なことに、どうして気づかなかったのだろう。

 なりたい自分になる以前に、僕にはそれを語る中身がどこにもなかった。何もかも中途半端で破綻していた僕は――人間として生きる以前の問題だったのだ。

 何より――。

 

 

 

「何よりそんな不完全な僕自身を――()()()()()()()()()()

 

 

 

「カナメお前……」

「あー、それは……ないわ、、もっとないわ、うん」

「カナメ、本気で言ってるのか。それは」

「……? 本気もなにも、そうでもしなきゃ二人が殺されてましたし……」

 

 千束もたきなも強いとはいえ女の子だし、傷物になるのは男の僕で十分だろう。

 ……と、思っていたのだが。

 

「っとと、ちょっと千束……千束?」

 

 なんだろう、この空気。

 千束は僕の背中に腕を回して震えるし、クルミさんを含めた大人組は何やら考え込む始末。いや、ミズキさんだけが呆れる様に溜息を吐いてるけど。

 

あと、たきなの目が据わり始めてる。

 

「えーと、たきな? つまりは今回はそういう作戦だったんだ……流石に、あんな人が出てくるのは予想がだったけど。僕も二人を騙す真似をしたんだ。その、ごめんなさい」

 

騙したことに対する負い目がたきなの中で再燃したのかもしれないと思って、当たり障りのない謝罪を口にする。

 で、それすら間違いだったのか――ぷつんと、たきなの中から何かが切れる様な音が聞こえた気がした。

 

「……だそうだ、たきな……ほら、カナメもこう言っている。だからお前も――」

 

 たきなの変調を察した店長が彼女を諫めようとするが、マズイと思った頃にはもう遅くて。

 

 

「――千束さん」

 

 

 ――――絶対零度で放たれた一瞬の一声が病室を支配した。

 部屋にいる誰かが息を呑む。

 底冷えする様な声でありながら、力強く店長の言葉を遮るたきなは、今まで見た事のない表情を浮かべた。

 そこに攻撃的な意図は感じない。責任がどうとか、リコリスとしての使命がどうだとか、そういうのは一切汲み取ることは出来ない。

だというのに、たきなの矛先は千束へと向けられていた。

 

「これがカナメさんです。()()()()()()()()()()()()()()()のが、この人です」

 

 いや、その認識はおかしいと言いたいところだが、たきなの有無を言わせない気迫がそれを許さない。

 

 これは、僕がただたきなの気迫に押されたわけじゃなくて。

 

 その言い分にどこか納得している自分が居たから、言い返せなかったんだ。

 

「人一倍に誰かへ生きて欲しいって思えるのに、そこに全く自分が入っていないのがカナメさんなんです……!」

 

 血を吐くような静かな叫びだった。滅多なことで感情を荒立てないたきなのその姿は、ただ一人を除いて部屋にいる人間全員を戦慄させた。

 そう、ただ一人。

 この病室で千束だけが真っすぐと、僕の手を握ったまま持て余す感情のあらん限りを尽くして叫ぶたきなを真っ直ぐと見据えていた。

 

「たきなは、私が人を殺さないことを許せない?」

「――違います」

「カナメくんが私と同じことをしていることが、許せない?」

「――――違います。私はカナメさんを、千束さんをそんな風にさせた私が、許せない」

 

 その言葉に目を見開く。

 だってそれは、つい今しがた僕が放った言葉と同じものである筈なのに。

 

「だから、私がやります」

 

 出した結論は、僕が出したモノとはかけ離れたものだったからだ。

 

 

 

「千束さんが危なかったら、カナメさんがもう一度こんな目にあうくらいなら――その時は私が、あなたの代わりに引き鉄を引きます」

 

 

 

 それがたとえ、人を殺すことになったとしても。

 今まで散々貫き通してきたその道理。

 たきながこれまで何度も繰り返してきた筈であろうそれらは、かつてない重みを帯びていた。

 だから、と言葉を続けようとして――他ならぬ店長とミズキさんによって阻まれた。

 

「たきな」

「……」

「今は、カナメと千束を二人にしてやれ――お前のためにも、二人にしてやれ」

「っ…………はい……」

 

 水気を伴って震えるたきなの声がそれを引き連れる店長と一緒に遠ざかっていく。

 

「ほらクルミ、あんたも」

「……その、ごめん」

「いーのよ。コイツらの不思議なことに誰一人アンタに怒ってないから。そういうお人好し(バカ)の集まりなのよ」

「その馬鹿は余計では……?」

「カナメ、お前は大馬鹿野郎ね――ま、アタシとしてはアンタの本音が聞けたから結果オーライだけど」

 

 だってあんた、自分のことは滅多に喋んないし。

 そう言い残して、ミズキさんも病室を去っていた。

 

 寂しさを感じる静けさが室内を満たす。

 誰かが間違っていたのか、それとも僕が居たからこうなったのか。

 何も口に出来ない自分が今では恨めしい。動いている心臓が、なんとも疎ましいことか。

 

 それを教えてくれる千束も――悲しそうに僕を見つめているだけ。

 

「見た事ない顔してるね、カナメくん」

「……いや、そんなことは」

「ううん、してるよ。なんか、誰に道を聞いて良いかわかんない迷子みたい」

「……なにそれ」

 

 言われて動く左手で自分の顔に触れるが、そこには涙も無ければ表情を歪めた様子もない。鏡でもあれば大分違ったのだろうが、そういうわけにもいかない。

 

 ただ、千束の迷子という言葉が、何故だか胸の奥にストンと落ち着いていた。

 

「カナメくんは、強いよ?」

 

 白い手が僕の頭に伸びた。

 くしゃくしゃと。髪に触れていた手は次第に目元へ、あるべきカタチへと持っていこうとする様にぐりぐりと、触れたり擦ったりを繰り返す。

 

 まるでこうするんだよって、言ってるみたいだった。

 

「自分が大事なものに対して命を懸けられる、強いヒト。沢山褒められて、沢山嬉しくなんないと釣り合わない――でも人を助ける時のカナメくんはいつも、自分を助ける気が全くない」

 

 そんなの考えたことない。

 意味なんかなくたって生きても良いって、千束は教えてくれた。それは今も変わらない。

 なら、戦う為に生まれたであろう僕が出来ることは、壊すことで得られるナニカしかない。

 

 だから自分を助けるなんて、考える余地もなかった。

 

 

 

「それでも」

 

 

 

「それでもカナメくんは――自分のことが好きじゃない?」

 

 

 

 

「――うん」

 

 

 

 

 ――――大嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――以上で今回の依頼は達成したと、思われますが……その、いかがでしょう?』

「……彼女たち二人は護衛かい?」

『……殺した方が良かったですか?』

「いや……寧ろ良い引き際だよ、ロボ太くん。どうにもキミは、随分と引きの強い星の下に生まれているみたいだ。無論いい意味で、ね」

 

 はぁ、と困惑が声から漏れる協力者を見て伊達男――吉松シンジは優雅に微笑んだ。

 空を焼く西日の茜。夕陽の空より来たる淡い光線は東京にあるその一室を徐々に暗く、夜の黒い気配で塗り潰していく。

 日暮れの灯かりに照らされ、座して佇む様は貴族然とした余裕と高貴さが滲んでいる。

 そしてその視線の先。

 色が乗らない透明なソレはその優し気な印象とは真逆に今回の依頼の成果――血の海に沈むスーツケースと黒い暗殺者の姿があった。

 

「良い仕事だった。先月からの依頼はこれで終わりだ。あのリスは相当手強かっただろうに、よく達成してくれたね――そのうち、また頼まれてくれるかな」

 

 吉松の視線はやがて端末から液晶画面へと移った。

 文字通り『ロボ』をデフォルメしたその先にいるであろうハッカー――ロボ太は吉松の今の言葉に満足気に息を呑む。

 最強のハッカーは死んだ。

 長らくその椅子を空けなかった老人が去り、邪魔するものは誰もいない。

 その甘露な響きに打ちひしがれているであろうハッカーの姿を思い浮かべて、吉松はほんの少し笑みを深める。

  

 それは額面以上のものでしかない、上辺だけの言葉に容易に転がされる男を嗤うものであると、画面の向こう側のハッカーが気づくことはなく、彼は仰々しく一時の別れを告げる。

 

 

『ハッ――この日本最高のハッカーとなったこのロボ太にご用命とあらば、いつでもまた』

 

そして画面の表示はオフラインへ。連絡は終わり、吉松は一息つく。

 立つ鳥跡を濁さず。

 地位や権力、執着する俗っぽい人間はこれだから利用しやすい、と興味も関心もまるで感じない様子で吉松は夕日が差し込む窓の外を見据える。

 それが良い所である、と評価すると同時に。

 

 それがどうしようもない詰めの甘さに繋がっていると、吉松は理解していた。

 

「その方が道具らしくて良い、そうは思わないかい――竜胆いずなくん」

 

 なにせその原因が――彼のいる一室に血の香りを充満させていたのだから。

 それでもなお、吉松はその佇まいを崩すことはない。

当然だろう。予定調和の出来事に何を感じろというのだろうか。予測出来たことゆえに、警戒する段階などとっくのとうに通り越している。

吉松の目の前にいるのは黒い剣士――竜胆いずなの姿だった。

 端末に表示された画像の中で血の海を晒す黒い暗殺者によって与えられた傷は未だ顕在。

 晒された生傷は深刻なれど、衰えは微塵もみせず。

最低限の応急処置と止血を施した腕には血を滲ませたまま、焼け爛れた両目を晒すソレはデスク越しに、吉松を見据えていた。

 

「生憎と、殺す人間以外のことは考えないようにしている」

「ではその殺気はそういった意味で捉えて良いということかな?」

「こちらも暇ではないからな。手早く済ませたいというのは察せるだろう? アラン機関」

 

 つまりは『今』は殺す気はないと吉松は思考し解釈する。

 この間合い。彼女ほどの使い手であれば喋る間もなく命を奪えることは目に見ている。片腕の負傷など、この女にはハンデにすらなり得ない。

 知る人間が限られているその名を告げても、なにか反応した様子はない。名前という決定的な情報開示が何らこたえていないとなれば、それすらも見越しての今回の行動なのだろう。

 なら、それでもお喋りを続けている理由はなにか。

 それは――元より交渉の余地用意されている証左だった。

 

「要求はなんだい? まさか本当にお喋りをしに来ただけというわけでもあるまいに」

「簡単だ――お前が今後も決行するであろう竜胆要人の暗殺指令を停止する。それだけだ」

「ほう」

 

 そこまで知っているのか、と吉松は素直に関心する。

 ここまでの交渉の段取り、自分が優位かつ相手が妥協を見せられる段階で示談を持ち掛ける手腕。加えて、戦闘面でも腕が立つと来ている。

 無論、ここから巻き返す手がないわけじゃない。

 だがここで彼女とことを構えるのは面白くない。それをわかったうえでこの剣士はこの話を持ち掛けてきた。

 

「ロボ太くんがキミを戦力に加えたのはつまり、そういうことかい?」

「渡りをつけるために決まっているだろう。閉鎖的なハッカーは思考も閉鎖的で助かるな」

 

 それを聞いて、是非とも手駒に欲しいと強く感じた。

 偶然だったとはいえ、とても日本最高のハッカー程度に使わせて良い存在じゃなかったと、あの吉松を以てして唸らせるには十分過ぎるものだった。

 しかし、だからこそ事は慎重に運ばなければならない。

 此方に巻き返す手がないわけじゃないというのは事実だが、逆もまた然り。否、それすらもわかったうえでこの場に現れている可能性もある。

 こういう相手とビジネスライクにやり取りをするには――その『地雷』を最短で見抜く必要があるのだ。

 

「先月の銃取引現場の襲撃も、キミの仕業かい?」

「あからさまにデカい釣り針だったからな。お前の出資した()()()()()()()()はこちらで有効活用させて貰っている」

「キミほど鼻が利く人間がいるとわかっていれば、此方も然るべき対応をしたのだがね……いや、その点はお互い様か」

「ああ。私もあの日――あの電波塔でとっくのとうに殺されているものだと思っていた」

 

 その言葉を聞いて、吉松は内心ほくそ笑む。

たった一人のリコリスによって解決を迎えた一〇年前の『旧電波塔事件』。強い毒が混じり合い、殺し合う魔境と化した呪われた塔に居たという過去。

 

DA(Direct Attack)』。

『アラン機関』。

そして――『山』の勢力。

 

 文字通りこの国の未来を左右した決戦の結果は、現状を鑑みれば言うまでもない。

 その戦いへ直接介入したのは、どうにも自分だけじゃないようだったと吉松は確信する。

 

 だから、

 

「ではその要求を断る、と言ったら?」

 

 らしくもなく、昂って。

 

 これほどの才能を抱え、開花させた殺しにおける一つの到達点を見据えたことで。

 

 そんな『女』が抱え行動を促すものが何かとはどんなものか気になって、そんなことを聞いてしまった。

 

 

 それがどんな命知らずな行為か、理解することもなく。

 

 

「その場合――今お前が何より欲しいものが、違うものに挿げ替えられることになる」

 

 瞬間、部屋を尋常じゃない圧が支配した。

 ごう、と(うごめ)く人を象るナニカ。

 彼女を中心に発生する重力場染みた殺気は、室内に変化らしい変化を与えていないというのに途端に視界ごと歪曲した様に錯覚する。

 覗く鍔口。静かにその刃を覗かせるソレ、腕を半壊させられてもなお衰えぬ気炎はおのずと『才能』という狂気に囚われ陶酔する男に否が応でも己の末路を想起させられる。

 

「――お前の、命だ」

 

 ――そこが落としどころか。

 吉松にも目的がある。だからこそここで命を落とすのは、実に面白くない。

 あの『喫茶店』にいる赤い暗殺者の姿を思い浮かべながら、これまた危機感をまるで感じない様子で微笑んだ。

 

「フッ、見かけによらずに野蛮じゃないか、かつての『殺人姫(さつじんき)』。あの『山』から出てきた連中はどいつもそうなる様に出来ているのかい?」

「黒幕気取りで神の御使いごっこに興じるフクロウ風情には、ちょうどいい塩梅だろう? 道具らしくてな」

 

 あんまりな意趣返しに、思わず吉松は声を上げて笑う。

 

 だがその物騒な言葉が意味するのは快諾の鬨――つまりは交渉である。

 

「いいだろう。交渉というにはいささか物騒が過ぎるが、生憎と私もまだ死にたくはないんでね。少なくとも()()()()()()()()()()()()、死んでも死にきれない」

「時期がくれば無理やりにでも完成に持っていくだろう。お前のような人間の得意分野だ」

「ははは、違いない……ところで、キミの様な人間がこんな周りくどい会話の場を設けた目的も聞いてみたいところだね。あれだけ容赦なく斬り捨てていたというのに……なにやら利用価値でも、見出したのかな?」

 

 

 

「――どうでも良い」

 

 

 

 ぐちゃりと、生傷だらけの左手を何の躊躇いもなく女は握り締めた。

 

 

「お前も、この国も、リコリスの事情とやらも、全てはどうでも良い」

 

 

 無機質で、機械的。冷め切った声音には情動が宿った様子はない。

 

だというのに。

 

 

「目的など、あるわけがない」

 

 

 吉松は彼女のそんな姿に、人間らしいモノをみた気がした。

 

 

「私は、私の存在意義のために――この国の首を獲る」

 

 

 ――――つまりはこの国を潰す策。

 それこそが交渉によって彼女が差し出すものであると理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで今回はここまで。

山育ちは自分の歪みに気づけないまま、自分の生まれと成りたいものがかけ離れていることに気づかされて。
千束はその山育ちの歪みに気づきながらも、自分の先行きが短いから自分に縛られて欲しくなくて。
たきなはそんな二人が苦しんでることが許せなかった。


山育ちが一番殺したいのは他ならぬ――。


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