山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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遅くなって申し訳ない。では、どうぞ。


「There in body, but not in spirit ③」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして居間で半裸になっていた!? いやらしくなったのか! 治療中で肌が触れ合ってこう、アレな雰囲気になったのか!」

「知らんて」

「具体的にはアタシにも出来るのか!? それとも出来ないほどエッグイことなのか! さぁ、言え!」

「クルミさーん、ミズキさんがアルコール摂取したのって何分前?」

「一時間前」

「断酒には長すぎたか……アレ? 一時間って長いのか? どうなのたきな」

「そもそも断酒になっていないのですが……それはそれとして、まだ営業時間中ですよカナメさん。その、千束さんとよろしくやるのはどうかと」

「よし、たきなもイイ感じで誤解してるな?」

 

 

 

 ――――以上が、吉松が『喫茶リコリコ』を去った直後のやり取りである。

 

 

 

 意味深な発言をした吉松が退室した後のこと、あの決して広いとは言えない居間における出来事は、そりゃあもう大変であった。

 

 まず僕が半裸になって千束と一緒にいる現場をよりにもよってミズキさんが目撃するわ。

 そんな酒乱眼鏡の絶叫にたきなやクルミさんが駆けつけてより誤解が加速するわで、吉松との対面も相まって非っっ常に喧しく疲れる現場と成り果てた。

 

 それこそ、一瞬前までお互いに首元でナイフを構えたままと錯覚しかねない緊張感を抱いていたことなど無かったかのように。

 

 ……まぁそれも、『喫茶リコリコ』らしいと誇れば悪くない。

 

 なにはどうであれ、ものの見事に混沌と化した現場への理解と説明責任を放棄した当時の僕の頭では知る由もないことである。

 

 

 

 そし肝心の現在はと言えば――。

 

 

 

「挽肉とー玉ねぎとー……カナメくーん、にんじんあったっけ?」

「あるけどルーを切らしてたかもしれない」

「じゃ買ってこっか……あ、それはそれとして実は前から試したいものが――」

「僕の目が黒いうちは食べ物で遊ばせないぞ――だからやめなさい、キーマカレーの材料にスイカを入れようとするとか正気かキミは」

「いやいや、カレーの材料とは限らないでしょー……だから手を放して、ね?」

「じゃあ手を緩めようか、千束。ん?」

 

 どうにかこうにか営業終了にまで持ち込めた『喫茶リコリコ』の業務を無事に完遂して帰路についた頃。

 

 その直後に『付き合って欲しい』という言葉に愚かにも脳を茹で上がらせた僕は千束と夕飯の買い出しのために庶民の戦場――スーパーへと足を運んでいた。

 

 その結果、がやがやと忙しなく人でごった返す喧騒を背景に、尊き未来の夕飯をあかいあくまの狂気から護るべくスイカを取り合うという頭の痛い光景が広がっている。

 きっとこれも全部吉松ってやつが悪いんだ。きっと。多分。

 ……というか、ミズキさんらの追及から逃れるべく半ば勢いで『喫茶リコリコ』を飛び出してきたからタイミング的に聞きそびれていたことがあるのだが……。

 

「あのあの、千束さんや。僕もあまり気に掛けないようにしていたんだけどさ」

「ん~?」

「もしかしなくともウチでご飯食べるの前提?」

「え、うん」

「そっかぁ――って違うだろ」

「お、ノリツッコミだ」

 

 やかましい。

 吉松のこととか、その正体はなんなのかとか、色々考えるべきことはあるだろう。

 ……あとこれは千束に明かすつもりはないが、僕を殺そうとした男が僕を治療した理由の推測もしなきゃならないし、放置しておくにはあまりにも大きな問題があるのもまぁわかる。

 

 だがそれはそれ、これはこれである。

 最近は斬ったり斬られたりばかりで忘れそうになるが、僕はこれでもれっきとした男子高校生なのだ。

 女子高生とのアフターの過ごし方というのは、色んな意味で命を懸けなけねばならない事態なのである。

 

「そもそもさ、今朝のことといい今のことといい、店長はこのこと知っているの?」

「知ってるよー。カナメくんのことはしばらく任せてって」

「……一応聞くけど、それそのまんま言ってないよね?」

「いんや?」

「…………」

 

 マズイ、非っっ常にマズイ。千束のテキトーっぷりに思わず言葉を失う。

 何がマズイって、千束への過保護っぷりが静かに天元突破している店長のことだ。

 その過保護っぷりは任務のために国内でも貴重な日本車を千束カラーで提供したり、『喫茶リコリコ』だって千束が始めたいと言って始めたことだというのだからその程度がしれるというもの。

 

 それほど大事にしている一人娘が無断で男の家に上がり浸るのは流石にアウト判定だろう。

 

 そして僕は店長には逆らえない不可逆の相関図――その後の結末は容易に想像がつく。

 

「少し席を外させていただきます」

「ちょちょちょーい、何処へ行こうとしてる」

「スーパーって防弾になりそうなもの売ってたかなぁって」

「いやいや流石に気にし過ぎだから。たきなに頼まれた手前テキトーにするわけにもいかないんだから、先生だって怒りやしないって」

「だからと言ってあんな怪奇物件に再訪問するの?」

「それ自分で言っちゃうのかよ……」

 

 いやだって、ねぇ……?

 言うなれば僕の家は高熱を出した時に見る悪夢じみたソレである。

 入室と一緒に始まる罠罠罠罠……転倒すら計算に入れたその構造は悪夢と言う他ない。

 

 フキさんの様な人間が踏み入ろうものなら、後日報復として僕の体にいくつの弾痕がつけられるかわかったもんじゃない。無料券三枚出しだしても足りないだろうという確信がある。

 僕は今の僕になる前から住んでいたから今更違和感なんて抱いたりしやしないが、千束が上がるとなれば別問題だ。

 

 ……あ、でも。

 

 初見の千束が罠を捌いて朝食を作っていたという状況からして――バレてるなこれ。

 

「あとさ」

「……ハイ」

「クルミを先に家に上げたことについては本人含めて後で話があるからそのつもりで」

「…………ウス」

「うむ、ではレジへ行こうカナメ隊員!」

 

 うむ、じゃないのだが。

 だが……これは……仕方ないと思うことにしよう、うん。

 状況的に不可抗力だったりと色々理不尽な気がしなくもないが、千束へ意図的に伝えなかったのは事実。ここは甘んじて受け入れることにしよう。

 

 取り敢えず今度のクルミさんに振る舞う賄いはピーマン尽くしにすることは確定する。

 

 ……あぁ、でも。

 

「……」

「んー? どしたどした、レジ混んじゃうよ」

「……なんか、良かったなって」

「おいこらカナメくん、これでも私は結構真面目に言ってるんだけど?」

「ああ、いや。そういうんじゃなくてさ」

 

 千束がいつもの千束で、なんだかホッとしてしまった。

 ……一応説教確定コースという全く安心できない未来へ突入しているけど、それが余計にいつも通りに感じるからイーブンと言ったところだろうか。

 

「……もしかしてクルミ以外の女の子が家に来たことがある……?」

「違う違う全然違う。ほらさっき、吉松……さんが帰った時、千束の様子おかしかったからさ」

 

 問題が更にややこしくなる気配がして、即座に静止しすると同時に先程の光景が頭に浮かんでくる。

 

 本当に、初めて見る彼女の姿だったんだ。

 

 焦がれる瞳。言葉すら覆い尽くす大きな感情を持て余した、千束の姿。

 毎日の小さな幸福を、誰かの小さな幸せを当人以上に喜べる女の子が浮かべる『羨望』とも言うべき情動を、僕は確かに見た。

 

 それはまるで、戦う千束を見るたきなみたいで。

 

 

 

 ――自分の命を()使()()()()()()()()()()()彼女を見る自分を見てるみたいだった。

 

 

 

「あー……そんなに顔に出てましたかね?」

「うん、出てた」

「ふぅーん……一年くらい前まで無表情がデフォだったのに、言うようになったなキサマ」

「いやいや、千束が居なきゃこうはなってないから」

「……どういう意味?」

「千束が僕の救世主ってこと」

 

 実際、その言葉はそれほど間違っていない。

 あの雨の日に『喫茶リコリコ』に連れてってくれなければ、僕は今もこうして千束と話すことも無ければ、こうして生きてすらいないだろう。

 

 それだけじゃない。

 僕に傘を差しだしてくれたのも、濡れっぱなしになった僕を放っておかないでくれたのも、どれもが僕が体験したことが無いことばかり。

 

 文字通り僕の世界を変えてくれた。

 

 紛れもなくあの日に錦木千束の手で――僕の世界は救われたのだ。

 

「――…………」

「……あれ千束? いま僕おかしなこと言った?」

「え、ああ、ううん。ただちょっと、びっくりしちゃって……やるな、この千束に一泡吹かせるとか」

「この一年毎日顔合わせしてるからそりゃね」

 

 ふふん、と心なしか胸を張って告げる様は我ながら自慢げだ。それを見て千束が笑ってくれるのが、やっぱり嬉しくもある。

 

 だが同時に誰も見た事がないであろう千束の新たな側面を引き出したという事実に、直面して思わず表情が渋面に染まるのが否が応でもわかる。

 

 脳内では喜色に染まった脳内が一気に吉松の胡散臭い笑顔で手を振っていた。

 

「……………………」

 

別に気にしてなんかないぞ。なにせ僕の方が千束との付き合いは長いワケだし、うん。まだ負けてない。

 

 だから実は千束って年上の人が好みなのかなーとかっ!

 

 僕ももう少し身なりに気を配ろうかなーとかっ! そんなことは一切考えていない!

 

「ていうか、私からすればヨシさんと知り合いだったことに驚きなんだけどな」

「えぇ……そこ気になる?」

「ヨシさんと漫才できる人って珍しいぜ?」

「漫才じゃないからな決っっして。僕とヤツはえーと……ハブとマングースみたいな関係なアレだ、うん」

「一方的に食べられる関係じゃんそれ」

「やめて」

 

 自分で展開しておいてアレだが、あの何処か湿度を感じるというかしっとりとした視線を送ってくる男と食う食われるの関係など笑うに笑えない。

 

 というか千束の言い分だとそれだとアイツと仲良しみたい聞こえるではないかっ。

 断じて、断じてそんなことはない。やはりヤツは僕を悪い方向に色々狂わせる要因、天敵であると断定する。

 

 ……かと言って夕飯の買い出しのついでに説明するにはあまりにも経緯が複雑というか、説明が困難極まりないと言うべきか。

 

「……」

 

 だからこそ気になるんだ。

 僕を殺しかけて、今回はクルミさんを殺しかけた吉松シンジという男の正体は未だに不明だが、暗躍の果てにアレだけの人間を巻き込める人物を『危険』でないと判断するには多少どころではない無理があった。

 

 そんな男に送られる千束の『羨望』とはなんだ。

 

 自分の命を懸けて不殺を実行する彼女が、あの男が惹かれるものってなんなんだ。

 

 ……あんな視線、僕だって見たことが無いというのに。

 

「あーあー……鬱だ」

「うぇ!? ど、どうしたの急に!? もしかしてまだ体調悪かった!?」

「別に。ただの自己嫌悪だから」

 

 具体的には自分の器の小ささというか矮小さに対して。

 

「それよりレジ行こう。これ以上吉松のこと考えたら僕が先にどうにかなりそうだ」

「余計に何故!? そ、そんなに私と一緒に居るとアレだったら別にまた今度でも――」

「そこは! 決して! 断じて! 嫌なんかじゃないのであしからず!」

「おおう、食い気味……そ、そんなに?」

「うん、そんなに」

 

 ――それはそれとして、千束と一緒に居れる時間は少しでも増やしたいという意思だけは彼女に留意して貰いたいものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スーパーから出る頃、日は完全に沈み切っていた。

 

 始まったばかりの夜ゆえに人波は多く、道往く自動車も途切れる様子は無い。

 

 歪に空へ延びる『旧電波塔』は静かにその夜景を彩り、季節外れの大樹に仕込まれたイルミネーションを見てるよう。

 

 それらの光景は通りを走る車と多くの店の灯りも相まって、日中とはまた別の街のようにすら感じる。

 

「ほ~、たい焼きうまうま。やはり粒あん侮りがたしー」

「ご飯前なのによりにもよって大きいの頼むのな……」

「カナメくんだって食べてるじゃん」

「僕だけ食べなかったらなんか仲間外れみたいで嫌でしょ」

「なんて繊細な心をしとるんだおのれは……」

 

 そんな少し賑やかな帰路を、千束と一緒に辿っている。

 

 無論、ゆったりと目指すのは我が家。

 

 当然家に踏み入ればあの不健全だが強力なセキュリティが待ち受けているわけだが、千束の軽やかな足取りを見るにその点の気負いは一切ないことが幸いと言うべきか。

 

 今だって赤い視線が交われば、にへらと気が抜けるような、はにかんだ笑顔が僕の視線を迎えてくれた。

 

「……」

「照れたな」

「う、うるさい」

 

 それが妙に照れ臭くなって、もしゃもしゃと誤魔化す様に片手に持ったたい焼きを口に詰め込む。

 

 僕のそんな行動に満足したのか、やがてたい焼きを頬張る隣の彼女の楽し気な視線は、僕が右手に持つ買い物袋に向けられた。

 

「……ホントに治ってるんだね、カナメくん。私持たなくて大丈夫?」

「回復した経緯がちょっと複雑だけど……あ、治ってなくても千束に持たせる気はゼロなんで悪しからず」

「ちぇ~、それこそ仲間外れじゃんかよー」

「少しくらい男らしいところ見せたい男心を理解して」

 

 とはいえ、リハビリにちょうど良いというのは本当だ。

 右手には今晩の夕飯の材料になる食材の諸々が入ったレジ袋がぶら下がっており、長らく動かなかった右腕のリハビリにはちょうど良い重量を感じている。

 

 否、()()()調()()()()()のだ。

 

 つまるところ、僕の体で起きている現象は回復ではなく『活性』。

 以前の状態がどれだけ調子を落としていたんだろうと感じる程度にはその違いを明確に感じ取っている。

 

 この分ならば、明日からでもたきなに機能回復訓練に付き合って貰っても良いかもしれない。

 

「うん、ホントに良かった――カナメくんも、いつもみたいになってくれて」

「……あー」

「ああ、いいよ別に。無理して言葉にしなくても」

 

 そして千束のその言葉に確信する。

 この買い物への付き添いとアフターでも僕と一緒に居た理由はこの半身不随のリハビリ、というだけではないらしい。

 

「……うん、お陰様で。その……ごめん、千束が気になってる人にあんな態度取っちゃって」

「ううん。私は良いの。むしろカナメくんの見た事ない態度見れたし、私としてはイーブンかも?」

 

 ……何と釣り合いを取っているか問い質したいところだが、今は置いておく。

 

 それよりも、千束がこうした反応を僕に見せるということは、多分なんとなくだが気づいているのだろう。

 

「僕と吉松の間であったこと、聞かないのか。あんな態度を取った理由、聞かないのか」

「カナメくんは理由もなくそんなことする人じゃない」

「……意外とそうじゃないかもよ?」

「そういうことする人はそういうこと言わないから」

「……確かに。一本取られた」

 

 だが話せないことは幸いと言うべきだろう。あるいは、これも千束の配慮の賜物なのかもしれない。

 

しかもだ、たったいま千束が言ったことを要約するとつまり――。

 

「では次回からは見つけ次第門前払いってことで」

「それはヤメロ。お店に悪い噂が立ったらどーしてくれる」

「だって気になってる人とか危険ワード出すから……」

「なっ……き、気になるってそういう意味じゃないしっ!」

「僕を弄んだな、千束……!」

「ち、違うぞっ! 本当に違うからね! ヨシさんとはもしかしなくともナシだからっ! はいっ、この話題終了!」

 

 わっしゃーと喚き散らす千束に、ようやく今朝からの意趣返しが出来たと思えた。

 

 まぁ流石に門前払いは冗談だ。

 ……いや、気持ち半分くらいは本気だったかもしれないけど、僕も奴が『客』としてリコリコを訪ねるというのなら店員として最低限の義務は果たす所存だ。

 

 何せあの場所は千束の城。

 その主が招きたがっているのだから、僕の所有権を持つ千束に意を達成するのは当然の義務と言えよう。

 

 ……まぁ意思表示として僕流に抗議活動はさせてもらう所存ではあるが。

 

「むぅ……なんかヨシさんに会ってからカナメくんが意地悪になった気がする」

「それよりもっと影響力のある人が近くにいるんだけどなぁ……」

「かぁー、わかってないなーカナメくんはさ? いい? カナメくんに限って言えば些細な変化も見逃したくないの。今日こういう事があったーとか、何食べたらこういう反応するんだーとか、そういうのは全部私が最初に見たいの」

「んな育児日記じゃあるまいに……そもそもそんなに僕の変化って大事なこと?」

「だ・い・じ・なことなんじゃい。少なくとも私にとっては。だって――」

 

 

 

「――今のカナメくんを最初に見つけたのは、私なのにさ」

 

 

 

 ――――……。

 

「だからこうして、僕と一緒に居てくれてるってこと?」

「……っ……わ、私だって、カナメくんとおんなじだってこと……それは、知っておいて欲しい」

「……わかった」

 

 なんとなく、そこから先の言葉を口にするのは憚られた。

 

 ただ一つ、言葉にせずとも確信があるとすれば――僕は千束のものだ、と再認識させられたことだろう。

 

「――」

「――」

 

 音の無い会話を千束とする。

 それは嫌なものでもなく、重苦しく感じるものでもない。

 

 言えなかったこと。言いたかったこと。

 聞けなかったこと。聞きたかったこと。

 

 今の今まで、千束は僕自身から生まれるあらゆる未知に振り回される度に、こうした場を作ってくれた。

 初めて一緒に戦った学校の屋上で弁当を食べた日。

 吉松と中華屋で会った日もそうだ。

 

 なら――今日は僕の番ってことだろう。

 

「――――ねぇ」

「うん」

 

 静かに聞く。

 どれくらいの時間が経ったのか、いつのまにか五感を置き去りに千束の言葉を待つ。

 聞こえるのは帰路を往く街の音くらいで、視界の隅に映り込む夜空の下で彩りを放つ『旧電波塔』の姿だけが時間の経過を教えてくれる。

 

 それでも僕は、以前千束がしてくれたように返事以上の言葉を返さない。

 

「今から言う話は、もしものこと……きっとワケあって助けられた子の話」

 

 ……そうか、もしものことなら話しても問題ないな。そも、起きてないことならいくらでも口にするべきだ。

 

 だから僕も――最も身近な女の子の姿を思い浮かべて彼女の話を聞いた。

 

「前に『役割』があるって言ったでしょ」

「言ったな。いつしかそんなこと」

 

 僕が生まれた理由を、なんとなくだが理解させられて、らしくもなく意気消沈していたのだったか。

 

 そして偶然か必然化。二週間前、朧気だった疑念を確信させられる場面に立ち会った。

 僕の同郷である『母親』のことを知って。

 吉松に僕の体の秘密の一部を暴かれた。

 

 だけど僕は僕のまま、こうして千束と一緒にいることが出来ている。

 

 それは他でも無い。『役割』なんてなくても生きてていいって教えてくれた、千束が居たからだった。

 

「その子が()()()()()()()、何か使命があって今も生きられる『体』になることが出来てるとしたら、さ」

「……うん」

 

 そしてそんなヒーローの様な女の子が吐露する言葉はなんてことない。

 

 救ってくれた人に報いたい。そのために、人生を使いたい。

 

 健気で切実で、僕自身もどこかに覚えのある温かな願いだった。

 

「……求められたもの以外の道を選びたいって思うことは、その人を裏切ることになっちゃうのかなって」

「……役割って、具体的には?」

「……うーん……うん、嫌われちゃうから言わない」

「嫌わないって。どんな千束でもさ」

「………………そりゃ、ども」

 

 でも言いたくないなら仕方ない。

 

 なら僕もそれなりに勝手な言い分を言わせて貰おう。

 

「多分だけどそれは、きっと僕が答えちゃいけないことなんだ」

 

 そして恐らくは万人が、その答えは紛れもない自分が導き出すことなのだと今は思える。

 僕は数少ない例外だ。

人間の情動らしい情動を放棄していたあの頃ならきっと、僕は()()()()()()()()()吉松の依頼を熟していたことだろう。

 

 その意味を、奪う命の重みを、考えもせずに。

 

 ……だけど千束は違う。

 これまで自分が出した答えのために戦って、そして新たにここで新しい答えを得ようとしている。

 

 だからこそ僕にその答えは言えない。

 

 そしてそれがきっと――千束が望んでいる答えだと信じているからだ。

 

「ああ、でも」

「……でも?」

 

 だがそれでも、言えることがある。

 

 今ここで生きて、話して、悩んでいるこの時間は紛れもなく千束の人生で。

 

 錦木千束という人間にしか生み出せない可能性と答えがいっぱいに詰まっている。

 

 そこに他の人間が介入する余地など、どこにもないということだ。

 

「生きられる体になったんなら、そこからはその人の人生だ」

 

 楽しいことも苦しいことも、生きられこの世界を謳歌出来るようになったのなら、その後の選択はソイツが行っていくべきなのだ。

 

 悩んだって良い。

 その期待だって、時には裏切ったって良い。

 環境によってあるいはその選択を後悔することもあるかもしれない。

 

 でも――『生きる』って、そういうことだと思う。

 

 誰もがそうだ。

 誰もが前を向きたくて、前を向いて生きる為に下を向いたり、後ろを向いたりする。

 だけどその息苦しさこそ掛け替えのない『自由』の証明なんだって、千束と会って変われた僕だからこそそう思えた。

 

「吉松に何を想っているか、僕は知らない」

「……うん」

「けど僕も千束と同じ気持ちだ――誰かの期待で、自分の道を選んで欲しくない」

 

 その選択の結果が胸を張れるものであれば、それで構わない。もし後悔したとしてもそれは失敗しただけで、間違っている筈がないんだから。

 

 だが少なくとも千束は違う。

 

 届かぬ叶わぬと理解したうえで、馬鹿げた理想を掲げた彼女には最後まで、胸を張って生きていて欲しい。

 

「だから千束は、自分の張った意地を最後まで貫き通したって良いんだよ」

「……やりたいこと優先って? それで失敗も多いんだよ私」

「それは失敗しただけだ。千束ならきっと、失敗したとしても胸を張れるだろ。なら、それで良いんだよ。少なくとも僕はこう……その方が自由に感じて好きだ」

「……、自由か……」

 

 ……まぁ、納得しろとは言わない。

 そも、今の僕に人生相談など早すぎるというもの。最近になって人並みの経験を積み出した人間に、納得する形の答えなんて出せようものか。

 無論、答えは否である。

 

 だから今からするこれは――未だに何者にも成れない今の僕が出せる、答えの一つだ。

 

「んで、そういう悩みにはうってつけの特効薬があるんだ」

「え……特効薬?」

「ちょっと待ってて。たしかっ、この辺りに」

 

 がさごそと学生鞄の中やら、制服の中やらをまさぐる。

 

 いやまぁ、実際に特効薬と言うのは方便で、あくまで個人の解釈の範疇を出ない代物ではあるのだけども。実際、僕の口で語れることなどたかが知れている。

 

 だから行動で示してやるんだ。

 

「――――よし」

 

 そしてこれはある意味で決意表明。

 吉松が近づき、千束にこうして変化を与えようとしている。

 

 なら僕だってそうするまでだ。

 

「手出して」

「……手を繋ぐってこと?」

「違うよ。もの渡すから。ほら早く」

「いや、だったらなに渡すか言って――え」

 

 千束の息を呑む声が聞こえた。

 その視線は一点、僕の手に握られる金属へと向けられている。

 

 それが二つ。輪っかへ括られているソレの一つを引き千切って、千束の手元に落とした。

 

「…………え?」

「家、もしリコリコじゃない所にも行きたくなったら使って良いから」

 

 それは古い鍵。

 別々で一つだったものを、いつしか僕の手元に来ていた居場所の片割れ。漠然と一生使うことはないんだろうなって、ずっと考えていた。

 

 何故ってそれは僕の持つ紛れもない、独りぼっちであることの証明である代物だから。

 

 だからこれを渡すことは決意表明なのだ。

 千束が僕に『喫茶リコリコ』という居場所を作って、いつしか家より大事なものになっていた。

 

 今度は僕が居場所になる。

 僕の大切な人を絶対に独りにしない。僕の居場所になってくれた人が僕を居場所にして欲しいという自分勝手な願い。

 

 今まで千束が、そうしてくれたように。

 

「なんでこれ、私に……?」

「家、不法侵入されても困るし……罠だらけの物騒な家でも良いなら、いくらでも居ていいから。それに……」

「……それに?」

 

 

「僕はもっとずっと、千束と一緒に居たいから」

 

 

「――――」

 

 

 

 時間が遠くなる。

 

 お互いの息遣いだけが日の沈んだ住宅街の喧騒を突き破って聞こえてくる。

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 この先きっと、千束やリコリコの皆を僕の問題に巻き込むことがあるだろう。

 

 それで彼女たちに何かあった日は、きっと僕は自分のことを呪い続けるだろう。

 

 

 

 だが、それでも。

 

 

 

「こんな大事なもの貰ったの、カナメくんで二人目だよ」

 

 

 

 

 この花なんか目じゃなくらい満開の笑顔を見せる彼女と一緒に居れるというのなら、きっとどんなことでも出来るだろう。

 

 

 

 誰かを救う笑顔を護り続けることも。

 

 

 

 いつも泣かせてばかりの子に、それらを覆す笑顔で満ちた日々を送られることも。

 

 

 

 そしていつか――僕が感じている千束への気持ちに胸を張れることも。

 

 

 

 

 




今回はここまで。

次回からアニメ3話に突入です。

千束がたきなに向けて放った言葉はきっと自分に向けた言葉なんだろうなって。

「誰かの期待に応えるだけの人生はつまらない」

それは残り少ない時間の尊さを理解しながらも、救ってくれた吉松の期待に応えようとしていたんだと思う。

結果はアニメ本編の通りだが。千束にとって吉松が投げかけたあの言葉は、彼女の残り少なかった時間で費やしてきたその全てを否定するが如き鋭さを持っていたんだとワイは思います。

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それでは。
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