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僕はバイト先の同僚に遭遇した。
「錦木、さん?」
「はーい、あなたの千束さんですよー」
「……違います」
「あ、そーいうこと言うー」
そんないつも通りのやり取りを経て、ようやく停止した時間が動き出す。
……場違いだとは思うが正直に言って、こんな状況だというのに見惚れていた。
僕がひいこら言っていた男をあっさり倒して、颯爽と助けてくれた錦木さんの姿が――あまりにも綺麗だったからだろう。
そしてなにより、誰も死んでいない。やたら鋭敏になっているあらゆる感覚が、彼女の放った弾丸が
だから、同時に確信する。
どんな兵器を持とうとも、きっと錦木千束が握ったソレには華が咲くのだろう、と。
そんな妙な感慨を抱きつつ、立ち上がる為に利き腕の右手を使おうとしたが、肩口から発生する鋭い痛みについ膝に力が入らなくなってしまう。
だがそんな僕をまるで分かっていたかの様に、錦木さんが血で制服が汚れることも厭わずに倒れ込む僕の体を支えて移動させてくれた。
肩の傷を見たその表情に一瞬、それも針の様にか細い一瞬だけ――沈痛な影を潜ませて。
「カナ――…………竜胆くん。肩は大丈夫? 見た感じ弾は中に残ってないみたいだけど」
「全然っ、大丈夫……それより錦木さん、制服が汚れてしまう」
「いいっていいって、もともと赤いし……よし、これなら手持ちのキットとタオルでどうにかなりそう。そんじゃ、血止めるよー。ちょっと痛いかも」
「い゛いっ……今の嘘、痛くなんかない」
「見栄張らない」
応急処置だろう、スクールバックから取り出したキットとタオルを患部にあてがって、固定してくれた。無論、患部を締め付けているので痛覚が奔るのは当然である。
それにだ。
今だけはどんなに下らなくても、見栄くらい張らせて欲しい。
目の前の錦木さんはこう、僕の安っぽい見栄や虚勢なんて何でもかんでもお見通しというか、どんな嘘も許さない圧があるというか、何と言えば良いのやら。
だというのにまるで、悪い事をしてしまったのを必死で隠そうとしている小さな子どもを見ているようで。触れたらたちまち壊れてしまいそうな、普段の姿からは全く伺うことが出来ない弱々しさがそこにはあった。
だから僕が傷の痛みのままに振り回される様を見せるのは、何だか違う気がした。
だってそうしないと――錦木さんがいつの間にかいなくなっていそうだったから。
「よし、取り敢えず血は止まったね。早い段階で止められて本当に良かった」
「錦木さ――」
「それに、まだ終わってないみたいだし」
「え――――っ」
何とか取り繕ってる錦木さんに一声かけようとした直後――彼女の背後で自分を襲った男の威圧感が、ものの見事に復活している。
それも、まるで別人の様に。
砥ぎ直したの刃が如き殺意と威圧感。
錦木さんより一回り大きい体躯で武装した大男が、倍以上の大きさになったと錯覚する。
銃を装填しながら此方にフラついた足取りで近づいてくるのを見て、つい後ずさった。
男は冷静さを欠いてはいないが、僕を銃撃していた時とは明らかに雰囲気が違う。
「…………非殺傷弾か、随分と舐めた真似をしてくれるな。女」
「へぇー、完全に不意を撃ったのに意識あるって凄い頑丈なんだねぇ、おじさん。手練れって触れ込みもマジっぽい?」
「――抜かせ、赤いの」
男が視界から消える。
目では追えない。それは意図して人の意識から外れる『歩法』であると、適当なのかただの勘なのか、当たり前の様に理解する。
だから、錦木さんを押しのけて前に立とうとして――すぐ様、脇道へと押し出された。
赤い瞳と交差する。冷ややかだけど、向けてくれた笑顔は本当にいつも通りで。
「大丈夫――絶対に絶対に、私が護るから」
――――そんな、決意の込められた瞳を覗いて。
まるで戦闘の合図の様に、住宅街を閃光と発射音が鳴り響いた。
……何をしているんだ、僕は。
素人目でもハッキリとわかる。あの男の放つ威圧感と技術は歴戦の戦士とかそう呼ばれるのに相応しい腕前の持ち主だ。
それを体格、装備、肉体とあらゆる点で勝ちの目を潰されている。
きっと錦木さんも数々の修羅場を潜って来たのだろう。
だけどこの相手を一人で、しかも絶対に本調子じゃない状態で戦わせるなんて――!
「な――――」
だが。
いざとなれば自分が盾になってでも、という考えが『甘い』と思い知らされる――垣間見た異次元の戦闘を認識した。
まるで剣戟の如き撃ち合い。
二条の光。幾千幾万の射撃が無数の火花になって、対峙する赤と黒が交差する。
互いに交わる単発式の拳銃より機関銃の如く放たれる銃口は、閃光と火花は夜の街の一角を照らす光源を錯覚させた。
「――チィ」
「――――」
装填に射撃。牽制と必殺。
なおも続く駆け引きの応酬に男は焦燥し、赤い少女は冷徹に無数の銃弾を見据えている。
――――恐るべしはあの速度の戦闘に容易くついてのける錦木千束の戦闘技術だ。
まず間違いなく、アレは
筋肉の動き。射線を辿る視線。引き鉄のタイミング。脚捌き。
戦闘における見えない駆け引きの要素を、彼女はその『目』で把握し掌握している。
そうすることで、自身のスペックを上回る男の動きを圧倒している。
銃の撃ち合いとはつまるところ、有効射線の奪い合い。閃光と網羅する鋼の正体。
そして撃ち合いが始まった時点で、その勝敗は決していた。
何故なら、そこはあの光の空間を構造から把握する少女の掌の上なのだから――。
「――女、これだけの腕を持っておきながら『不殺』などと酔狂な信条を掲げているというのかッ!」
「そうだよ。『命大事に』が私の方針だからね。そこに、敵も味方も関係ない」
「――――そんなお前を飼いならす組織が、まさかあの坊主のバックにいたとはな……ッ。歳は取りたくないものだ―――ッ!」
あ、決まった。
漠然と確信する。銃撃戦は不利と判断した男が後退し距離を取ったことが、決定的となった。
男が生み出したその間合いこそが、赤い少女の真の間合いなのだから。
「ぐぅ――ッ!」
「そぉら、大人しくお縄につきたまえー」
間髪なく放たれる赤い弾丸。
錦木さんが撃ち込んだ弾が胸に命中し、打ちひしがれる様に男がたたらを踏む。
着弾と共に現れるのは流血でもなく、ましてや溢れ出る臓腑の欠片でもない。
言うなれば
戦場における、錦木千束の掲げた信念の象徴。
彼岸の華が咲き散る様に、その粉塵と一緒にその攻撃力を自然と想像させる男の苦し気なくぐもった声が聞こえた。
「……フッ。
「別にぃー? おじさんが手を出したら大変なことになる、華の十七歳ですが?」
既に勝敗は決した。男は倒れ、錦木さんは切れた銃弾を再び装填しその拳銃を構え直す。
絶対に外さない距離で構えられる拳銃と、終着した戦闘。
だというのに、その男は皮肉気にその口角を吊り上げた。
「……お前の様な少女が何人もいてたまるか。そうなっていれば、少なくともお前は戦ってはいない。違うか?」
「……」
「忠告しておこう――お前の信念は、そのうちお前の大切な存在を巻き込むぞ」
その言葉は――まるで呪いの様に。
錦木千束という英雄に対しての、手向けの言葉として贈られた。
「難儀なものだ。お前の様な伏兵がいれば、こちらも慎重に計画を練ったものを――」
その言葉を最後に引き鉄は引かれ――あれほど自分を痛めつけ恐怖を植え込んだ男は、今度こそ沈黙した。
静寂が訪れる。
あれほどの戦いが起きたというのに、不気味なほどの静けさが支配する住宅街において、少女と僕の存在はまさしく異質であった。
その錦木さんに、笑顔はない。
あれだけ笑顔を振りまいていた女の子が、今やその影すら存在しない。
そんなのおかしいだろう。彼女は僕を助けてくれた。
助けてくれたということは、命をくれたんだ。こんな物騒なことやりたくもないだろうに、僕の為に命を懸けて守ってくれた。
だというのに、その報酬があんな顔にさせることなのか。送られる言葉が、あんな呪詛だとでも言うのか。
――――冗談じゃない。
「――…………いやぁ、にしても大変なことに巻き込まれちゃったね。竜胆くん」
「…………錦木さん」
「ほんの少し前まで映画の話してたのにさ。私も帰ったらほっっんとに驚いちゃった」
「――――錦木さん」
「…………どした。もしかして、傷がまだ痛むかな」
「……いや、さっきの事なんだけど」
「あー……聞きたいよねぇ、そりゃ。こんな状況になっているワケだし。流石に誤魔化しきれないか」
そりゃあ聞きたい事なんて、それこそ沢山あるとも。
僕が知らない世界の話。銃を携えている理由。どうみても絶体絶命だった僕の下へどうやって駆けつけたのか。もっと言えばリコリコすらもう既に何か怪しい。情報の共有という点においてはとっくのとうにパンクしている。
「いや、そんな事はどうでも良いんだ」
「…………え」
傷が痛むのも構わず、錦木さんの肩に手を置いて半ば強引に彼女と目線を合わせる。
……やっぱりだ。
本当に、傷も僕が襲われた理由なんかも、今は心底どうでも良いのだ。
今だって体は傷口だけでなく、全身がじくじくと痛む。少なからず爆破に巻き込まれた影響だろう、脳内麻薬が切れて叫び出しそうな痛みが待機しているのがわかる。
だがどうでも良い。
僕にどんな事が起きていようとも、出来る限り錦木千束という女の子には笑顔でいて貰いたい。一瞬一秒でも、健やかで幸せにいて欲しいから。
それに人を助けた筈の子が、そんな顔をして許されて良い筈なんてないんだから。
だから。
「――帰ろう、リコリコに」
「……どうして」
「どうしてもこうしてもない。僕がそうしたいから、そうすべきだと思ったから」
「全然理由になってない。私、竜胆くんのこと巻き込んで――」
そうして、凄く後悔した。
そんなコトを言わせたかったんじゃない。全ては僕が弱くて、男なのに護られている様な情けない奴だから――この責任は本来僕が負うべきものなのだから。
でもそうやって自分を責めると錦木さんが悲しむから、言ってやらない。
だって――。
「だって、錦木さんの方が辛そうだ」
「――――」
茫然とした表情で、錦木さんが停止する。
……やっぱり、無自覚なのかこの子。
いつも思っていたことだが、そんなに人を大事に出来るのに、人の辛さを理解できて悲しめる子なのに。
だというのに――自分の辛さを我慢できてしまうのか、この子は。
何がこの子をそんなに強く在らせようとするんだろう。
なにもヒトは、そこまで強くなくたって良いのに。
だからこそ……こんな女の子を戦わせている奴に対して一つ文句を言ってやりたい気分だが、ひとまず今は良い。
それよりも――。
「与えてるだけじゃ、いつか壊れちゃうぞ」
それは嫌だ。
助けてくれたのに、命を貰ったのに――そんな顔をしてしまうのは間違ってる。
良い事をした報酬が、女の子の涙で良いワケがないんだから。
「だから、リコリコに行こう」
「――――」
あの暖かな場所なら、いつもみたいに太陽の様な笑顔を浮かべてくれるから。
弱音も恐怖も、どうしようもない怒りだって、あの場所は受け入れてくれる。
「え」
「――あっ」
だからこそ頬を伝う雫に、彼女は気づけない。
気づけないなら、誰かが拭ってやらないと。
強く在ろうとする女の子が、弱くても大丈夫だと言ってあげられる様に。
気づいたら、拭うしかないだろう。僕の手は自然と、自覚した感情に対して涙を流す
「……ひっどい、女の子を泣かせるなんて」
「これが名誉の勲章によるものだったら良かったんだけどね」
「ばか」
可笑しな状況だ。
助けられたヤツが慰めて、助けてくれた人が泣いている。
これじゃ――どっちが救われたかわかりやしない。
「……この人たちはどうなる」
「クリーナーを呼んだから大丈夫だよ。少なくとも死なないし、死なせない」
「……そっか」
「…………ねぇ、やっぱり竜胆くんは私と――」
「そんな必要はない。だって――錦木さんは誰も殺してないじゃないか」
キミは、人を助けたんだ。
僕だけじゃない、呪いを吐いたあの男すらも、この現場の元凶になった男すらも、彼女は終始絶対に殺そうとしなかった。
自分が殺されそうになったというのに、それでも誰かの為に動き続けた。
どれだけ命の危険に陥ろうとも、決してその信条を曲げようとしなかった。
ただの一度もだ。
だから僕が言うことは、ただ一つだ。
「――ありがとう、助けてくれて」
「――――うん」
瞳に涙を滲ませながら浮かべた笑顔を見て――うん、それが良いと勝手ながら納得した。
ようやく、錦木千束が戻ってきた。
思わず安堵して――錦木さんのやわっこい体とおびただしい血の匂いを跳ねのける優しい香りを認識してしまい、図らずも赤面してしまう。
「でさ、その…………ちょっと、近いかなぁ…………」
「ごめん……」
そそくさと。それでいてゆっくりと錦木さんから離れて、妙な沈黙が流れる。
……もしかして今の光景、僕はとんでもなく勿体ない事をしでかしたのではあるまいか?
「……こんな状況でも意識するのは、どうかと思うなぁ」
「本当にごめん、さっきからどうも肉体が理性を上回ることが多いというか、なんというか。というか錦木さんも同じだから。少しは悪びれなさい」
「え、そこは私の責任なんだ」
「あと地味に痩せ我慢が限界……映画に出てくる人たちってマジで凄かったんだなって」
「そこを最後まで隠せば完璧だったのになぁ……ま、竜胆くんらしいっちゃらしいか。取り合えず、帰ってミズキに治療して貰って――」
「――いや、その男の身柄は此方で預からせて貰うぞ、千束」
――――夜はまだ、終わらない。
取り合えずリコリスの上司登場。
以下、個人的リコリコメンバーの型月風アライメント。
千束 :中立・善
ミカ :秩序・悪
ミズキ:秩序・中庸
型月のアライメントって自己申告制なとこあるよねとか言ってはいけない。
書きながら千束ってどこか月姫の翡翠じみた側面があると思った今日この頃。
ずーっと笑っていて、心臓の期限を知った時も動揺してイラつきはすれど、誰にもその胸の内を明かさずに「笑顔」で振る舞っていたところとか。
そんな彼女には、誰にも負けないくらい幸せになって欲しいです。
あ、でもその過程には落差が必要だとぼかぁ思うんですよ。
型月タグの追加に関して
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どっちでも良い