山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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2話

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

 最近、たきなの様子がおかしい。

 

 最初にそれを指摘したのは誰だったか。

 気づいた当初こそ気に掛けることが負担になるやもしれぬと見守っていたが、最近ではその妙な様子に益々磨きがかかってしまっている気がしてならない。

 

 その変化は無感動な鉄面皮と『喫茶リコリコ』に限らず常連の間でもで名が通ってるたきなを知っている面々からすれば、異常なほど顕著なものだった。

 

 例えば――。

 

「手伝います」

「……たきな。今は早朝だし、まだ僕も何もしてないのに手伝うもなにも……てかここ更衣室――」

「手伝います」

「いやだからここ更衣室で、僕は半裸で着替え中――」

「手伝います」

「何を!? どうしよう……! 千束、助けてくれ……!」

「今日千束さんは遅番ですよ」

「そこはちゃんとしてるのな……」

 

 例えばリコリコで、元々壊れ気味だった情操教育が更衣室にて本領を発揮したり。

 

「ターゲットを捕捉しました。カナメさん、準備は良いですか」

「了解。指揮は任せるから頼むよ……それで肝心の行動方針だけど」

「わかっています。まず――カナメさんは此処で待機していてください」

「りょうか……ん?」

「私が制圧し次第、カナメさんは状況を店長や千束さんに報告」

「んん?? いやあの、それだと僕が此処にいる意味が――」

「そして最終的にカナメさんを巻き込んで機銃掃射で証拠隠滅。一件落着です」

「してないしてない。見事なまでに不時着してるから」

 

 例えば戦場で、スタンドプレーな気質が妙な所で捻りを聞かせてきたり。

 

「たきな、これはなんだ」

「まかないです」

「炊きたてのご飯にゼリー飲料が掛けられたものを、まかない……?」

「時間効率とカナメさんの味を両立した結果です」

「宇宙食かな?」

「カレーをゼリーにしたものなので病人にも食べやすいのがポイントです。カナメさんでも食べやすいかと」

「今いたって健康な僕を病人扱いしたな……? というかカレーをゼリーにするな……! そもそもどーやったんだコレ!」

「カロリーゼロです」

「意味わからんから!」

 

 

 

 ――――そして営業が終了した現在。

 

 

 

「――――ってなわけで閉店ボドゲ大会スタートっ!」

『『『『『『イェーーーーーイッッ!!!』』』』』』

 

 

「………………」

 

 そこにはなんともまー、僕のここ最近の苦労なんざ知ったことかと言わんばかりの、非っっ常に楽しそうにノリノリでボードゲーム大会を開催する千束と常連さんが居て。

 その傍らで僕は座敷の畳と溶け合い、物言わぬ屍と化していた。

 

 疲労は肉体ではなく精神的なモノ。

 別に激しい運動をしたというわけでもないのに鉛みたいに体が重たい理由は、もはや言うまでもないことだ。

 

「ほーらカナメくんもそんなとこでくたびれてないで起きてー。一緒にやろーよー」

「うぐ……」

 

 だがそんなことを配慮されるかと言われれば勿論否だ。とりわけ目の前で僕の体をゆらゆらとゆすぶる女子は伊達にあかいあくまなどとは呼ばれていない。

 ……都合が悪ければ無視をすれば良いのに、僕ときたら彼女の事に関しては無下に出来ないもんだから。

 

 

「ちょっと、もう少し休憩してからで……頼む」

「体力オバケが何言ってんのさ。わかってるんだぞ、それがただの構ってアピールだってことくらいは。ほ~ら~起きて私と皆の為にお茶を淹れておくれよ~」

「構ってアピールなんてそんな面倒なことして堪るか……ああもう、揺らすな揺らすな。鬼かおのれは」

 

 そもそも別に構ってなんてアピールしてないし。精神的に疲れを表現したら自然とこうなっただけだし。

 ……まぁ、今ではその千束のご機嫌っぷりが羨ましい限りなのは確かではあるのだが。

 

「竜胆くーん。観念した方がいいわよー? 千束ちゃん手段を択ばなくなったら大変だから」

「伊藤さん……原稿の締切明日って言ってましたよね?」

「フフフ、竜胆くん。知ってる?」

「……なんです」

「今日である限り明日はこないんですよ。ね、米岡さん」

「うんうん」

 

 何言ってるんだろうって凄く久しぶりに感じた。

 漫画家とか作家って本当にこんな人ばかりなのだろうか。ゲシュタルト崩壊が常時連続しそうでまともな会話が成立するかとても不安である。

 

「よしましょう竜胆くん、仕事の話は」

「おかしなことを言っているのは二人なんですけど……」

 

 そして赤いジャケットを羽織った後藤さんが何やら格好つけながらポンポンと肩をさすってくる。

 そんな彼の言葉に反応するのは、先日この時間帯は勤務中であると堂々宣言していた阿部さんだった。

 

「実は自分も勤務中で……」

「刑事さん、ワルだねぇ?」

 

 ど、どいつもこいつも……阿部さんに関してはあなた警察官でしょーに。

いやまぁ今に始まったことじゃないんだけれども。

 

「早く始めましょうよー!」

「じゃあ順番決めるぞー」

 

 北村さんの催促の声に隣で座るクルミさんが開始の音頭を取り始める始末。ホントに自由だなこのお店。

 

 ……何も真面目くさった理由でこんな振る舞いをしているワケじゃない。

 

 寧ろ僕個人としては興味がある方だ。千束も楽しそうだし、基本引き籠りがちのクルミさんもこうしてノリノリで参加してくれていることだし、メンバーのガス抜きとしてはこれ以上ないってくらい効果的だろう。

 

 だから、僕の悩みの種は他にあって。

 

 その当事者を探してカウンターに目を向ければ、そこにはレジにて締め作業をするたきなの姿があった。

 

「ねぇー、たきなも一緒にやろうよ~! レジ締めなら私も手伝うから」

「……」

「……あれ、た、たきなー」

「…………」

「……あ、あのー、たきな、一緒にボドゲ――」

「よし、レジ誤差ゼロ。ズレ無しです」

「何回無視されるんだよ」

 

 ご覧のありさまだ。

 退院してからずっとこんな調子で千束の誘いやら僕の誘いやらをのらりくらりと躱されてしまっている。

たきなの有無を言わさない態度に、お喋り好きの常連の皆様がたも思わず閉口してしまうほどと言えば伝わるだろうか。

 

なんやかんや表情が柔らかくなってきていたこれまでとは一変して、すっかり出会った当初の様に戻ってしまったみたいだ。

 

 そして千束はたきなを滅茶苦茶可愛がってくれているのが傍目からも伝わってくるわけで、当の彼女からそんなツンケンとした態度を取られたらどうなるかなんて、言うまでもないだろう。

 

 しかもそれがここ数日間の間ずっとと来ている。

 

 微動だにしないままわなわなと震えるという大変器用な曲芸を披露する千束の姿は、今にも決壊寸前と言わんばかりの勢いがあった。

 

「う」

「う?」

「う″わ“あぁぁぁあ! たきなに反抗期がぁぁああ!」

「いやおのれの子どもでもないし……というか号泣じゃん……ああもう、よしよし」

「……どう思う? たきなちゃんのアレ」

「これは……アレかね」

 

 がばーっ、と僕の腹にその可憐な表情を埋め込んでくる様子に、よすよすと頭と背中に手を押し当てる。

 ……何やら腹から吸い込まれてる様な感覚を取り敢えず無視しながら、怪訝な表情を浮かべる常連さん一同に向き直る。

 

「あの、なにか?」

「竜胆くん……ひょっとしてだけどさ、たきなちゃんに何かしちゃったこととかあったりする?」

「なんで僕に原因があるみたいな感じになってるんですか……」

「え? いや、だって……ねぇ皆?」

「「「「うんうん」」」」

 

 ……?

 千束をそのままに、クルミさんを含めたボドゲ大会参加者一同は何やら訳知り顔で、伊藤さんの放った言葉に神妙に頷いている。

 

え、これは……本当に僕に原因があるパターンなのでしょうか。

 

「だってたきなちゃん竜胆くんにめちゃくちゃ懐いてるし」

「千束ちゃんとは別の意味でね~」

「阿部さんちょ~っと黙ろっかな~?」

「ステイだ千束……それで、矮小ながら僕みたいなやつがたきなの様な良い子に懐かれていることがどうしてたきなのあの態度に繋がるので?」

「そんな自分のこと卑下しなくてもよくない……?」

 

 いやいや、だって僕だぞ?

 たきなが『喫茶リコリコ』に来た理由は店長らメンバー一同は周知の事実ではあるが、その大元となるのは千束に助けられたことなのは確かだ。

 

 あの現場にいたのは僕と千束だが……僕と彼女を比べた時、どちらが鮮烈に映るかなんてのは言うまでもないことである。

 

「……一応確認なんだけど、竜胆くんって自分がたきなちゃんからどう思われてると感じてる?」

「うーん……いや、慕ってくれてることくらいはわかりますよ? ただ最近は情けない所も沢山見せてしまいましたし、少し癖のある大型犬くらいが妥当じゃないですかね?」

 

 それでもなお慕ってくれているのだから、本当に良く出来た子である。

だからこそ、なおのこと僕のことを慕う理由というのがいまいちピンと来ないのだが。

 

 ……しかし、僕のそんな返答の何が行けなかったのか、聴衆の反応はお世辞にも良いとは言えなかった。

 

「「「「えぇ……」」」」」

「えぇ……?」

 

 しかもドンはつかないが引かれているという、なんとも微妙な反応。

 マジかこの子、みたいな雰囲気がありありと伝わってきて思わずたじろいでしまう。

 

 いやだって、ねぇ?

 たきなからは少なからず親愛の様なものは感じ取ってはいるが、それは多分千束ありきのものだと思うのが普通だろう。

 

 好かれたい、とは思う。千束とは違う意味で。その努力だって辞さない覚悟だ。

 だがそれはそれ、これはこれだ。

 

 

 実際、慕う相手を間違えてないかって直接伝えようと何度考えたかわからない。

 

 

「……竜胆くんってこんな自己評価低い子だったっけ」

「これでもだいぶ改善した方って言うか、だいぶ軌道修正された方なんだよなー……ねークルミ」

「ボクはアイツと知り合って間も無いんだけどな……まぁ、今回のたきなとカナメの確執はその点にあるのは確かだがな」

「どういうことクルミさん?」

 

 というか何でまだまだ新参者のクルミさんがそんな感じなのだろうか。

 わかんないか、とこれ見よがしに溜息を吐いている様に、僕を含め皆興味深々である。

 それを見てめちゃくちゃ馴染んでるなぁ、なんてクルミさんの適応力というかリコリコの常連として参列する皆さんの懐の深さへ場違いに感心してみたり。

 

「本質が違うんだよ二人は。たきなは真面目で、カナメはお人好しなんだ……不器用っていう点じゃ、二人して同じだがな」

「クルミぃ、私はー? 私はー?」

「唯我独尊。自由奔放しか思い浮かばないだろ。ま、きちんと空気を読める方なのが救いだな……どっかの誰かとは違って」

「……どうして僕を見る?」

「いやぁ、別に。たきなも千束も大変だなって」

「勝手な……」

 

 苦し紛れにぼやくが、きっちり的を射ている辺りクルミさんらしい厭らしさである。

 

 ……しかし不器用、不器用か。

 やっぱり、訓練とかリコリコの通常営業で厳しく接しすぎてしまったのだろうか。なるべく優しく接してきたつもりだったのだが。

 

 ……いや、こんな状況で今更僕の主観なんてあてに出来たもんじゃない。

 事実としてたきなの変わりようは僕が起因してるのは間違いない。

 

 だというのなら、話は簡単だ。

 

「……ちょっと行ってきます」

「ついでに上手く巻き込んであげると助かるよ竜胆くん」

「いやぁ、難しいでしょ。クルミちゃんに不器用って評されたばっかりだよ?」

「あー押し負ける未来が見える見える」

「真剣に見送る気あるならもっと背中を押すくらいのことしてくれませんかねぇ……」

「大丈夫大丈夫。竜胆くんって、自分が思ってる以上に良い子だから、たきなちゃんもわかってくれるさ」

「……なんですかそりゃ」

 

 どこか生暖かい視線にむず痒いものを覚えながら、たきなが向かったであろう更衣室に向かう。

 

 そこには既にリコリスとしての制服に着替えが終わっていた多岐なの姿があった。

 

「たきな」

「……片付けなら終わらせましたが、なにか」

 

 有無を言わせない態度に、きゅっと鳩尾が握られた様な感覚が迸る。

だが連れてくると言った手前、簡単に退くワケにも行かないのである。

 

「……言っておきますが、ゲーム大会には参加しませんからね」

「そこを何とか……」

「しません」

「駄目か……」

 

 や、やっぱり怒ってるのだろうか……?

 いやでも、仮にそうだとすれば本格的に理由がわからない。

 訓練は普通にしてたはずだ。リコリコの通常営業でも、はたまた戦場でもたきなからの妙な行動以外は割と普通に接していた自覚がある。

 

 となれば、僕の普段通りの振る舞いに問題があるってことか。

 

「たきな……ごめん」

「……何故です?」

「いや、その……どうも、たきなを怒らせちゃったみたいだから……ごめん」

 

 本当は、理由に思い至ってから頭を下げる筈だった。ソレが一番誠実だからだ。

だが、そんな僕の自己満足でたきなに言うべきことを先延ばしにするのは、なんだか違う気がする。まぁ、早ければ良いってもんでもないが。

 

 だが――これすらも違うのか、ちらりと見上げたたきなの姿はただひたすら困惑を感じるモノでしかなかった。

 

「……私、別に怒ってないですよ?」

「ほんとかっ!? じゃあ――」

「ボードゲーム大会には参加しませんが」

「ぬぅ……そ、そうか……」

「ゲームに参加させたいのか謝りたいのかどっちなんですか……」

「参加させて謝りたい……」

「ふざけてるなら帰ります。お疲れさまです」

「待って、待って」

 

 そりゃもっともである。

 しかし、しかしだ、たきなからこうして怒っていないという証言を得られた以上、これまでの僕か感じていたものは全て見当外れの推測だったことが証明されたわけで。

 

「えっと、ならどうして最近、僕や千束のこと避けてるんだ?」

 

 だからこそ、この疑問はある意味で当然の内容だった。

 病室でのあのたきなの宣言以降、目立ってきたたきなの振る舞い。

 

 理由もなくそんなことをする子じゃないなんてことは今までのたきなを見てきた人達なら僕を含め、当然わかっている。

 

 もしや『喫茶リコリコ』が嫌になったのか、思ってしまったが……たきなの言い淀む様子を見て、それも違うのだと即座に判断する。

 

 というよりこれは――自分なりに言葉を選ぼうとして、結局答えが出ない、と言ったところだろうか。

 

「……私も、よくわかりません」

「……わからないってより、言葉にするのが難しいんじゃないか? どう?」

「……カナメさんにも覚えが?」

「そりゃもちろん。それにほら、カテゴリ的に一緒だし。僕とたきなって」

「最後の一言は余計です」

「ウス……」

 

 なんなら今だって、こうしてたきなを通じて色んなことを学ばせて貰っています。たとえば、余計なことを言うと痛い目を見るとか。

 

 とはいえ、たきな相手に言葉だけのコミュニケーションは限界があるのも事実。それが本人にとっても言語化が難しいことであるのならなおのこと。

 

 考えて考えて、結論を急いだところでそれが正解とは限らなくて。それが人に言いにくいことだったりしたら尚更、それは本人にとって苦しいものになる。

 

「言葉にしようとすればするほど遠ざかっていく感じがするよね、そういうのって」

「……そういうものでしょうか」

「多分ね。現に今も僕はたきなとも一緒に居たいからこうして呼び止めてるワケだし……もっとも、言葉選びがへたっぴだからうまく行ってないけど」

「――――そうですか」

 

 いっそ言葉を介さず本人の経験に共感できるものがあれば話は別だが――まぁ戯言だ。

 

 だけど一つだけ言えることがあるとすれば、きっとたきなは変わり始めてる。

 それが良いか悪いかは、まだわからないけど。

 

 けどそれは僕と同じ――『喫茶リコリコ』に居たから生まれたものなのだと思う。

 

「……千束さんは、私にいくらでも悩んで良いって言ってくれました」

「うん」

「でもそうしている間もカナメさんと千束さんは……私の前を行く。つまりはそのぶん、命の危険に晒されているわけで」

「僕はともかく千束が手に負えないって相当じゃないか……?」

 

「その相当が実際に、ほんの少し前に起きてしまった――その時私は、何も出来なかった」

 

 ……成程、合点がいった。

 ああ、そうかそうか。確かにそれは、焦ってしまう。そうなるのも仕方がない。

 なまじリコリス全体を見ても奇跡と言わざるを得ないレベルの強さを誇る千束の凄さを僕も理解しているからこそ、今のたきなの気持ちは理解できてしまう。

 

「わかるよ」

「わかるわけがありません。千束さん一緒に戦えるカナメさんには、絶対に」

「いや、わかるんだ。僕もたきなが来る半年前はそうだった」

 

 なにせ今だって隣で立つだけで手いっぱいだ。たきなが慕ってくれて、一部のリコリスに頼って貰えている現状が誤解を招いているだけで。

 

 絶対に死んで欲しくない人が命を張っている。

 自分より生きているべき人が命を懸けて戦ってる。

 自分が戦えないばっかりに、隣に立てる環境に居られなかったばっかりに、泣かせたり苦しませたりしてしまっている。

 

 その事実にいつも、腹が煮えくり返りそうになった。

 

 そしてそんな時に何が許せないって――そんな自分自身に他ならない。

 

「自分がいるのに、大切な人が傷つこうとしているのは、キツイよな」

 

 これは自分なら上手くできる、なんて自惚れなどではない。

 自分という『肉壁』がいるんだから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という話だ。

 

 そんな人が自分が理由で傷ついたりして取り返しのつかない事態になってしまったら、それこそ死にたくなる。

 

 だから敢えて僕は今、たきなに厳しいことを言おう。

 

「だからダメだぞたきな――僕が居る以上、僕の代わりなんかにさせない」

 

「――――何故、ですか」

 

 ずん、とたきなから放たれる圧が強まった。

 まん丸の瞳が目いっぱい開かれ、放たれた矢の様な視線が音もなく僕を貫いている。

 

 ……わかっていた筈だ。

たきながそういう子だってことくらい。

この数日間の素っ気ない態度はずっと、彼女なりの意思表明だったってことを。

誰かが死ぬくらいなら迷わず自分の命を出しだす。

 

その壊れた天秤を指摘する人なんかいるワケもなく、むしろそれでこそだと胸を張って死んでいくような子の周りで育ったのだ。

 同情なんてしない。

 だけど『選択』の余地すらなく、与えられることもなかったたきなに、そんな生き方をさせるのは余りにも酷というもの。あまりにも悲し過ぎるだろう。

 

 

 だって人間は、()()()()()簡単に死んでしまうのだから。

 

 

「カナメさんはそれで良いんですか」

「僕がここまで来て、戦うって選択をしたのは僕の意思で、僕の責任だ」

「私だって自分で選んで此処に来ました。同じことの筈です」

「そうだ。やっと()()()()()()()()()よ、たきなは。そんな当たり前のことすら許されなかったのに、序盤も序盤で進んでどん詰まりに行く必要なんかどこにもない」

 

 それにたきなと僕は同じじゃない。

 選ぶ余地のなかったたきなと、選ぶ余地があったにも関わらず此処に居て戦っている僕とじゃ天秤がどっちに傾くかなど議論の余地もない。

 

 ……ああ、こうしてみると理解させられる。自分の矮小さと中身の無さに。

 

 

 千束が居なくなれば、僕は自分を語るその中身どころかその価値すら失ってしまう程度の存在なのだから。

 

 

「だから――――!」

 

 

「――――はーい。そこまでだよ二人とも」

 

 

 ぐいっと詰め寄っていたたきなと僕は半ば強引に引き離される。

 いっそ場違いとも思える軽い空気を纏った声がこの場に届いた。

 まさしく一触即発だった僕とたきなの間を取り入ったのは、このやり取りを見ていたのであろう千束だった。

 

「まったくこのぶきっちょコンビめ……連れてくるどころか喧嘩してどーするカナメくん」

「うぐ……ごめん」

 

 ……ぐうの音もでない正論に謝るしなかに。千束なのに。

 

「たきなも、気持ちは本当にわかる。わかるよ。でもカナメくんが()()なのは、半ば私の所為でもあるから」

「……」

「それにさ、お互い想いあってるのにそれが理由で喧嘩しちゃうなんて、その方が悲しいと私は思うなぁ」

「…………死なれた方が、悲しいと思います」

 

 それでは、とにべもなしに告げて、たきなはこの場から去ってしまった。

 

 ぽつん、と取り残された僕と千束。

 たきなの背中を見送った千束の目はどことなく寂しげで……どこか仕方がないと言わんばかりに柔らかい笑みを浮かべている。

 

「……ごめん。失敗した」

「カナメくんは悪くない」

「いや、僕が悪い……皆でゲームしようってのに、こんなことになっちゃって」

 

 ただ、一緒に居たいだけだったのに。

 そう言う僕に、今度は困ったみたいに笑った千束はぽすりと、その綺麗な両手を僕の頭の上に乗っけた。

 

 わしゃわしゃと動かされるソレに、情けない事に今の僕は抵抗する気も起きやしない。

 

「千束みたいにうまくいかせたかった」

「言葉じゃ届かない時だってあるよ。何も間違ってない。今回は失敗しちゃっただけ」

「結構、頑張ったんだけどな」

「大丈夫、たきなは喧嘩したってカナメくんを嫌ったりしないから」

 

 その優しい声に何か熱いものが胸からこみ上がりそうになるのを、どうにか堪える。

 失敗しても良いと千束は言ってくれた。

 

 けど別にこんなタイミングで失敗しなくてもなぁ、なんて思うのもきっと間違いじゃないんだろう。

 

「だから切り換えて行こう。んじゃほら、明日の話しながらゲームしよう。そしたら落ち着くよきっと」

「…………了解……そ、そうだ。明日と言えば千束」

「え、なに」

「ライセンスの更新、行ってないよなって店長が」

「あー……今このタイミングでそれ言っちゃうか」

 

 努めて明るい声を出しながら、現在不在の店長に変わってその言伝があったことを思い出す。

 危ない危ない、考えてみれば千束のライセンスが無いと『喫茶リコリコ』の経営だって出来なくなってしまうところだった。

 

「先生に頼むのは……ダメか」

「だから先月僕と一緒に行こうって言ったのに……」

「えー、カナメくんだってギリギリまで一緒に映画見てたでしょー。それで起きられるのズルくない? ズルいよね」

「僕は真なるショートスリーパーだから問題ないんだよ」

「何その称号。じゃあ私は真なるロングスリーパーだから仕方ないってことにならない?」

「張り合いになってないからなソレ」

 

 真になったところで何の意味があるというのだそれは。

 というかそんな理由でライセンス更新が免除されたらたまったもんじゃない。組織としての威厳に関わるだろ。

 

 ……ただまぁ、その点で言えば千束は運が良い。

 

「いいよ。ちょうど僕も用事あるし、一緒に行こう。道中でお弁当作って行くからさ」

「え、マジ!? やったー……アレ? 今週既にエリカちゃんの訓練行ってなかったっけ? カナメくんのやらかしに対する追及だったり?」

「いいや、そんな感じじゃないから多分別件だとは思う。何も楠木さんが僕に渡したいものがあるからだとかなんとか」

 

 しかも確実に『千束を連れてくるように』というありがたいのかそうじゃないのかやたら強制力を感じた命令も付随して。

 

 なんだろう、爆弾でも渡されるのだろうかと漠然とした不安を抱いていると――ぎゅおん、と言う音が聞こえてきそうなくらいの高速移動をしながら、黒い影が僕の目のまえに現れた。

 

「――――本部に行くんですかっ」

 

「うお」

「も、戻ってきた……」

「質問に答えてください。カナメさん、楠木司令から呼び出されているのですか」

「ええっと、まぁ……」

……この時期に、このタイミングで……?

 

「お、おい、たきな……?」

「あ、もしかしてやっぱりゲームやりたくなって――」

 

 

 

「決めました」

 

 

 いっそ美しくすら感じる黙殺を披露したたきな。

 そのかつてない勢いに、つい先程のたきなとのやり取りも相まって僕と千束はただただ圧倒されるしかない。

 

 

 

 

「明日の千束さんのライセンス更新、私も同行しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

「聞いたぞ。たきなと喧嘩になりかけたらしいな」

「喧嘩、ってよりは僕が言葉選びを間違えてたきなを怒らせちゃったんだけど」

「それを世間では喧嘩って言うんだぞ」

 

 たきなが居ないボードゲーム大会を終えてしばらく。

 会場の片づけに座敷の座布団を回収していると、そこにはもはやお決まりになったクルミさんが、これまたお決まりになっているキーボードを叩く姿があった。

 

「……クルミさんも誰かと喧嘩したことある?」

「あるぞー。電子戦で返り討ちにしてやったがな。今頃牢屋の中でポリスメンにお世話になっているだろうさ」

「あーうん、そういうんじゃなくて」

 

 というか聞く相手を普通に間違えた。

 クルミさんのことだ、人と向き合った時間よりもパソコンと向き合っている時間の方が多いとか全然あり得る。

 

 逆にクルミさんみたいな人種の対人関係ってどうなってるのか気になったので、視線を押し入れの方に向けた時だった。

 矢継ぎ早に切り替わるモニターの表示に、なんとなくだがただならぬものを感じた。

 

「……もしかしなくとも立て込んでたりする?」

「そりゃまぁ、色々とな。考えるべきことも少々」

 

 そりゃなんとも珍しい話もあったものだ。

 くぁと欠伸をしながらこれ見よがしに肩をくるくる回す様からは、何となくだが作業に対する疲れの様なものが伝わってくる。

 しかしながら、クルミさんの技術を物理的に目の当たりにした僕からすればそれ自体が驚きだ。

 

 短い付き合いながら、クルミさんの技術力と知識量には目を見張るものがある。いや、本格的な戦闘を初めて半年の僕がそんなことを言うのも烏滸がましいだろう。

 

 その点で言えば、クルミさんの技能だって十分バケモノ染みている。

 

そんな彼女の脳みそでも処理しきれない情報って、一体どんな大仕事だろうか。

 

「これは……三つの画像?」

「そっちはミズキから頼まれた奴だな。四月頃に起きた例の銃取引の事件、覚えてるだろ」

「ああ、たきなと一緒に参加した依頼か……え、アレまだ解決してなかったのか」

「結構尾を引いてるみたいだぞー。『DA』も躍起になって消えた銃の行方を追ってる」

 

 ……音沙汰が無いと思ったら、まさかこんなことになっているとは。

 いや、下手人を捕まえてないっていう意味でなら確かに解決したとは言い難いか。

アレだって結局のところ僕の独断専行による作戦失敗って処理されてたワケだし。

 

 ……まぁ、そういう意味ならクルミさんの依頼も下手人たる『あの人』を捕えていない以上、本懐を成し遂げただけで完全なる完遂はまだしていないことになるのだが。

 

「……今のところ僕と千束がボコった敵しか映っていないけど」

「言っただろ、難航してるって。お前達が最後に向かった現場は既にもぬけの殻だった。そして取引現場に居た連中も嵌められて既に取引対象の銃が無い始末だ。『DA』も喫茶リコリコ(ウチ)には情報出し渋ってるみたいだし」

「クルミさんなら『ラジアータ』のハッキングして情報入手くらい余裕そう」

「ほう、言質は取れたってことで良いんだな?」

「いいわけないじゃん……」

 

 あ、危なかった……油断も隙もあったもんじゃないなこの人。見た目と振る舞いでその都度忘れそうになるけど。

 にしても情報を出し渋るとは、またぞろ責任や威信がどうとかの話だろうか。本当に組織とは難儀なものだと実感させられる。

 

 あるいは、ここ最近は()()()()()()()()()とか……いや、ないな。

 

 だが『DA』の事情がなんにせよ、どこかきな臭い話であることも間違いない。

 

 思う所あれど、『DA』の情報収集における経験と技術は本物である。伊達に百年単位で組織運営していないと感じさせる蓄積があることはこれまでの任務でもわかりきってる。

 そんな『DA』の情報網でも追跡しきれない銃の出所の所在。この時点で驚愕に値するのに、その黒幕はおろか手引きした人間すら捕まえられていないとはいよいよ怪奇染みてきてる。

 

 なにより個人的にも、あの獣染みた男が未だに捕まっていないという事実は見過ごせない。

 

 ハッキングはクルミさんの身が危険だからダメだけど、それ以外だったらなるべく協力することにしよう。

 

 

 

 

「――あとは、お前の父親のことだな」

 

 

 

 

 ――――クルミさんのその言葉に、意図せず思考と身体が急停止する。

 

「……よく並行して調べようと思ったな……捗ってないんだろ、『DA』の案件」

「いやぁ……ぶっちゃけお前の方に気を取られて手がつかなかったというか……」

「おいこら」

 

 いやだってな、とクルミさんは続けて。

 

「お前の戸籍には、不自然な空白があったんだ。犯罪歴も特殊な産まれでもない、見てくれだけは間違いなく一般人のお前の戸籍から、な」

「よく見つけられたね」

「『DA』ですらアクセス出来なかった情報だぞ。戸籍登録の時期まで絶妙な計算の上で改竄が行われてる」

 

 ……それはまぁ、なんとなく予想出来ていたことだ。

 

 思えばあまりにも不自然な点が僕の周辺には大いに存在している。

 僕の技能に、僕より僕の過去を知ってそうな『女性』と『吉松』の存在。

 

 

 そしてあの日課である暗号解読によって判明した――人体実験の痕跡すらも。

 

 

 知れば知る程に、僕は自分の正体がわからなくなっていきそうだ。

 

 

「あとは……まぁこれは仮説だが」

「もうとっくに頭が一杯なんだけど……」

「まぁ聞けよ。あくまで仮説だ。これから検証する必要があるが、極めて高い確率を誇っている仮説だぞ。聞く価値は大いにある」

「……それはどんな?」

 

 

 

 

 

 

 

「――――伊之神幹也とお前を斬ったあの『女』には、繋がりがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。

以下はオマケ。

「……千束、重い」
「あ、こんにゃろ。千束さんが膝の上に乗ってるんだぞ。もっと喜べ」
「いやだって僕のカード丸見えだから……」

「……あの二人、なんかあった?」
「ああ千束ちゃん……竜胆くんの膝に抱えられちゃって」
「竜胆くんもアレ絶対満更でもないでしょ」
「男を知る歳か……いかんな、最近涙もろくて」
「クルミちゃーん、解説役が軒並み全滅してるー」
「僕が知るか」

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