山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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7話

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてこうなったのか、考えずには居られない。

 命を狙われる現状。丸腰の自分。そこに見合わせた襲撃寸前のリコリス。

 組織への貢献か。否、それだとあの楠木さんの言動と結びつかない。そも、僕による不利益があるというのならこんな周りくどいことはしない。

 つまりはこの事態は、楠木さんが主導したものではない。

 もっと違った、別の指揮系統と組織的に楠木さんと同等の権限を持った人間による犯行だろうか。

 

 ――――いや、今更そんなことはどうでも良い。

 

「話をしよう、竜胆要人よ」

 

 ――――ふざけんなこの野郎。

 聞く耳を放棄して、気づくより先に言葉と同時に駆け出した。

 煮沸し滾る思考を冷ややかに見据え、憤りを文字通り踏破した跳躍染みた駆動。

 屋内という概念を置き去りにする速さを誇るソレは、執務室という閉所において間合いなど無きに等しい。

 凍てつかせた胸の内を代弁するように、それらを振るう理性は激情で満ちている。

 

「――――」

 

 ――――目線の先には、頭を足で押さえつけられ銃口を添えられるたきなの姿。

 

 熱は脳髄まで及び、言葉を焼失させる。

 回路を巡る熱は腹の底から脳に及んで、焦がす熱を孕んだ黒い灼熱が全身を脈動する。

 

 ふざけるな。

 最近その子は千束に言われて、髪にまで気を遣い出したんだぞ。

 自分のことに無頓着だった子が、そんなことを始めたんだぞ。

 どこの誰だか知らないが、お前が踏みつけにしているその子はようやく――『外』を知ることが出来たんだぞ。

 

 ふざけてる。

 ふざけてる。ふざけてる。ふざけてる。

 

「――――」

 

 その進行を阻むモノ。

 厚顔無恥とはこのことか、白く最新鋭の装備で身を固めた少年がさも侵入者は僕自身だと言わんばかりに銃口を向ける。

 

「シィ――――ッ!」

 

 だが、遅い。

 肺が疾走する。一息で取り込んだ酸素は一瞬のうちに、焼き切れ明滅する思考を冷却する。 

 依然、にたきなに向けて引き鉄は添えられたまま。

 人質に取り、たきなに手を掛けない時点で僕に何らかの要求があるのは目に見えている。

 そしてその『用件』とやらが済めば、それこそたきながどうなるかわからない。

 

 故にこそ、一息の間に事態を終息させる。

 たきなを助け、その後の障害となるであろうこの少年たちを行動不能にすること。

 

 後戻りできなくなったって、構わない。

 

 これ以上僕の大事なものを傷つけられるくらいなら――僕の命など軽すぎる。

 

「――――ッ!?」

 

 組み伏せる。

 引き鉄を引く猶予など与えない。反撃? あまりにも悠長過ぎる。

 必要なのは『蹂躙』。理不尽に、暴虐に。冷酷に、冷徹に踏み越え、ただただ駆逐する。

 

「こい、つ――ッ」

 

 音のしない加速の中、火花を噴こうと添えられたひだりうでごと、

 たぐり寄せた腕はたやすくその銃口ごと完封した。

 反転する少年の身体。向けられる味方の銃口が侵入者たる僕から自身へ向けられる状況への一転は、僅か数秒にも至らない。

 

「よ、――せ――!」

 

 ぎりぎりと背中まで曲げられ、引き絞られる関節。既に人体の限界を超え、折れるまでの秒間など既に数えるまでもない。 

 丸腰である僕の狙いは無力化。やることは一つだけ。

 その先の結末を察した少年が、懇願するように苦悶混じりの言葉と視線でわなないた。

 

 だが――考慮に値しない。

 

「がぁっ……!?」

 

 ばきり。

 そんな生々しい音が、接触した体を通じて肉体を伝導する。

 背後から抑え込み固定した腕に打ち込んだ掌底。肘から打ち込んだソレは木の枝みたいに呆気なく折れ曲がった。

 自分でも呆れる。

 リコリス相手には殴ることすら躊躇していたというのに、こいつら相手にはまるで人体を破砕する為だけに生まれた機械の如く的確にその脆く壊しやすい部分を見抜いている。

 

「――――ッ!」

 

 直後、背後からの銃声が耳に届いた。

 数にして複数。

 コンマにも満たない刹那。仲間のダメージによる混乱に乗じた射線は明確に、僕の死角をついてくる。

 

 だが、これも無意味。

 明らかに避けられる筈のない、死線を辿った弾丸の軌道は、たとえナイフが無くとも回避することは容易い。

 ()()()()()()()()()()()()()()()という『曲芸』に、今しがた腕を折った少年ごと屈めながら凌ぐ。

 

 それは生体由来の危険感知というより、機械仕掛けの防衛機構に近かった。

 

「っ――――!」

 

 振り返った視界に赤い影が映り込む。

 

 千束と似た赤い装備。細身でも確かにわかる、絞られ鍛え抜かれた肉体。ただ僕の勢いに呑まれるだけの白い雑兵とは明らかに一線を画したその気配の主はこの部屋でただ一人、純粋な敵意の籠もった眼で僕を銃口と共に見つめている。

 

 呼吸が正しい機能を取り戻すことのを錯覚する。交錯する視線はやがて結合し、消失していた理性を言語と共に呼び戻した。

 白服の少年たちとは明らかに違う、フキさんとかその辺りのリコリスと同種の空気を纏う赤い兵士との睨み合いの刹那、空白が埋まれる。

 

「――――」

「――――」

 

 互いに一方通行の敵意。

 語る言葉もなければ、生み出される言葉もない。

 より動物的で、原始的な、自分の『縄張り』を侵された獣と同じ、嫌悪と憎悪を置き去りにした『敵意』だけがそこにある。

 

 ――――これ以上踏み込めば無力化ではなく確実に『殺し合い』になる。

 

 そうお互いに認識してしまったが故の、戦場における一瞬の空白に繋がった。

 残った人間性が、始まればどうしようもなくなる終わりの警鐘に待ったをかける。

 僕には千束から貰った『誓い』が、この赤い兵士には僕を殺せない『目的』がある。

 だから躊躇した。

 

「――――そこまでにしろ」

 

 しかし、それすらも停止を余儀なくされる。

 静止を呼びかけた紫の背広を着た老人。そいつはこの事態になんの感情も悟らせることなく、いっそ怒りを感じるほど厳粛に戦闘行為の停止を呼びかけた。

 その自らの行為を棚上げした物言いに、瞳孔が開いていくのを感じ取る。

 熱病にうなされた理性が悲鳴をあげている。冷え切った手足が、たきなに組み付く障害を排除しろと(こえ)を上げている。

 

「あと一秒遅かったな、竜胆要人。そこの人質が居なければ非の打ちどころがない、完璧な奇襲だった。丸腰だというのによくやる」

「――…………」

 

 だが口を開いたかと思えば、聞くに値しない称賛だけが無感動に耳へ木霊する。

 それで少し、頭が冷えた。

 何やら僕に用件があるのだろうが、そのようなことは些末事だ。

 道理を弁えない人間のカタチをしてるだけのケダモノが持ち込むことなど、きっと碌なものではない。

 

 なにより、(おまえ)がここまでした理由はなんだ。

 確実にたきなを、助けるためだろう。

 

「――――っ」

 

 一転して、執務室は静まり返っている。

 だが依然として、物騒な空気はこの個室に充満したまま。

 周囲を見渡せば、相変わらず複数の少年たちが僕へと銃口を向けていた。

 

 部屋の誰かが唾を飲み込む音。

 音の停止のみが許された領域。

 部屋の壁を小さく穿ち焦げ付かせるいくつかの銃痕と、残留する戦闘の気配に、警戒と畏怖が込められた敵意が伝播する。

 僕が折った腕の痛みで悶絶する少年も訓練の賜物か、あるいはその空気に乗せられてか、今ではうめき声すら聞こえない。

 心の臓を捉える殺意から転じるひりひりと肌を刺す敵意は、向けられる銃の意味が攻勢から牽制へと変わったことを意味していた。

 

 そんな中、たきなと彼女に銃口を突きつける少年の姿を見る。

 

「――――おい」

 

 本当に、ただ見ただけ。視線を送って、乱雑に扱われたのか床に乱れて散らばせるたきなの姿を、ただただ確認しただけ。

 

 先程ならともかく、無防備に佇む今の僕に相手はなんの脅威も感じないだろう。

 

 ただ――たきなに向けられている銃口が気になって仕方がないだけだ。

 

「――――ッ」

 

 そんな『敵』にとっての些末事。

 

 だというのに――少年はまるで慄いた様に、銃口をたきなから僕に変えて退いた。

 

「……たきな、傷の具合はどうだ?」

「カナメさん……すいません、また……こんな」

 

 頬を腫れさせるたきなの表情には痛みでなく、明らかにこの状況に対する自責の念が見て取れる。

 硬く噛み締めていた口から、再燃した憤りが漏れそうになる。

 加熱を再開させた思考に理性という冷却水をぶっかけ、腹の底から湧き上がってくる熱を抑えようと努力する。

 

「良いんだ。仕掛けてきたのはコイツ等なんだろ? なら、たきなは何にも悪くない。それより、本当の本当に、今のところ大事はないんだな?」

「……戦闘に支障はないです」

「そういうことでもないんだけどな……」

 

 その平常運転な受け答えに呆れる。

戦う気満々な回答をたきなにどこか安堵を覚えたのも事実だった。

 

これで出血でもしていようものなら、本格的にどうにかなりそうだったから。

 

「『ソレ』がそんなに大事か? モノに情が移ったか」

「……」

 

 そんな最中に無遠慮で、傲慢な声がする。

 厳粛に執務室のソファーに腰掛ける『ソレ』が鬱陶しくて、すっかり冷め切った胸の内を視線に込めてその男に送った。

 

「どうした。お前の出自からして、そんな余分な感情は不要だろう。あるいは、女子(おなご)だから丁重に扱えなどと言うのではあるまいな」

「そんなことアンタには期待してない。だが、人間だって言うのなら道理を弁えろ。僕に用件があるのなら僕だけに狙いを絞れよ。品の欠片もない野蛮なことをしてることに、多少の恥くらいは感じているんだろう?」

「……一般上がりの、リコリスの体のいい人形扱いをされていることに何の疑問も持たない愚かモノにしては、随分と口が回る。それとも此方から説明してやらねば今の自分の立場が理解できないのか?」

「なるほど、()()()()の席が欲しくて人の部屋でこんなことをする人間は言うことが違うな。ここまで来て名前も肩書も口にしない形無しとは高が知れる」

 

 名前はおろか何者かすらも名乗らない男がそんなことを言うものだから、こっちも相応の返しをしてしまう。

 ……もっとも、この事態を招くに至った理由と下手人くらいは僕の方でもおおよその目星はついているのだが。

 

 これだけの私兵を動員し、『リコリス』と下手をすれば戦争状態に陥っても問題がないほどの影響力と武力を持つ存在と言えば。『DA』内部の中においてもおそらく一つ。 

 加えて、対人・隠密をコンセプトとして編成したリコリスとは正反対の、『集団制圧』に重きを置いた少年たちの装備と戦術スタイルを見れば、問われずとも答えは見える。

 

 では何故態々そう聞くのか? 無論、後で仕返しの理由を目いっぱい用意する為である。

 

「カナメさん、今ここにいる部隊を知っていて……?」

「それも今から教えてくれるんだろうさ……そうなんだろ? 仮にもアンタは、『DA』を統べる人間の一角なんだろうから」

 

 そして僕のそんな意図はお見通しなのか、その老人は忌々しげに重く息を吐いた後、粛々とその重い口を開いた。

 

 

「古き名を『八咫烏』の『君影草』――『リリベル』を統括する虎杖という」

 

 

 ……その存在自体は、千束から知らされていた。

 曰く、おっそろしー奴ら。

 もっと言うのなら、リコリスが台頭する以前に『DA』の表向きの実働部隊として活動していた組織だとか。

 その現状と言えば、実質『DA』から脱した千束を()()()()()()()()()()()()()()()()というのが僕の知る限りの実態である。

 

 ……となれば、僕の現状にも納得がいく。

 民間とは言え、組織における分類としては僕自身も実働される『リコリス』の一人。

 おおかた、僕が目障りにでもなったか。あるいは取れるものを取って用済みにでもなったか。もっとも、それを確かめる手段など今の僕にはないわけだが。

 

 だから、気にすることと言えば。

 

「(――――『DA』は僕を切り捨てたのか)」

 

 あるいは()()()()が僕を切り捨てたのか。

 

 本人が居ない今では、僕にわからないことだった。

 

「竜胆要人。ワケあって今は民間協力者としてリコリスとして籍を置いている。リリベルの噂は、何度か耳にしたことがあったな」

「……『旧電波塔事件』を解決したリコリスからの情報か」

「千束のことを言っているのなら、間違いない」

 

 その名を口にした瞬間、僕を取り囲むリリベル達がどよめき立ち、僕を無力化しようとしていた時とは違う緊張感が執務室を迸った。

 恐れでなく畏れ。

 敵意でなく畏敬。

 そこには敵も味方も関係ない。

 あらゆる先人が求め、(かしず)いたその姿こそがこの極東の戦場でのみ咲く、可憐な彼岸の華の一端であった。

 

 ……もっとも、その実態は凄く女の子してる女の子なわけだが、そんなことコイツ等は知る由もないだろうが。

 

「――――フン、忌々しい魔女めが」

 

 そしてそれは、目の前の虎杖も例外ではない。

 表情こそ能面のように変わりこそしないが、明らかに総毛立っているその様子は千束の存在を忌々しく感じていることが手に取る様に理解できる。

 改めて彼女の『DA』における影響力を認識させられた。

 一〇年という月日が経過してもなお錦木千束の名は『DA』、ひいては『リリベル』の中において触れざるモノとして認識されているらしい。

 

 そこで、僕は一つの可能性に辿り着いた。

 

「全く以て甘い。リコリスも、それを指揮する楠木も」

「……目指してる場所は同じなのに、手を取り合えないのか」

「同じだからこそだ。目標自体には賛同しよう。だからこそ我々もリコリスらの『処刑人』という立場に一〇年もの期間を甘んじてきた」

 

「だがな、竜胆よ――力をつけすぎるというのも問題だ。」

 

「……それが千束にビビって今まで出てこなかったアンタらが、今になってこんな大胆なことを仕掛けてきた理由か」

「我々が支配するべき、などと驕るつもりはない。真の平和とは静かな闘争の中でのみ享受できる」

 

 行きついた可能性。

 だがもしそれが事実だとすればそんな馬鹿げた話あってたまるかという気持ちが強い。

 コレだけの規模の組織が、『個人』に対してこれほどに執着するなど。

 『DA』における個人が持つ権利などそれこそたかが知れている。どれほど困難な現場へ派遣されたとしても連中はそれを映像越しか文書越しでしか知り得ない。

 

 だが『組織』というものはそういうものだ。

 掲げた思想はやがて廃れ、体制は時を経て腐敗していく。

 大きくなればなるほど『個』の価値は希薄になって、体制の中で生きていくことを余儀なくされる。

 

 だってそうじゃなければ――リコリス(あの子たち)はもっと、笑っている筈なのだから。

 

「お前も考えた筈だ。錦木千束の持つ影響力とその実力は、はっきり言って兵士一人が持つモノとして逸脱しすぎている」

「……」

「平和を維持することが目的の組織に、そのようなことがあってはならん。たった一人に振り回される組織の運営体制など馬鹿げてる」

 

 確かに、馬鹿げてる。

 現状に甘んじている上層部もそうだが。

 僕という『旗印』を手に入れる為に態々敵対派閥の心臓部に殴り込んでくる現状も、同じくらい馬鹿げてる。

 

「その話を踏まえたうえで改めて告げよう、竜胆よ。『リリベル』(われわれ)と共に来い。お前のその力は、リリベルでこそその本懐を成し遂げられる」

 

 僕が彼らにとっての千束になれと。

 一〇年前に狂った天秤を正せと、目の前の老人は言う。

 実際、この男の言っていることは正しいのだろう。

 出る杭は打たれるのが世の常だが、それを捻じ伏せる力を持つというのなら話は別だ。

 

 幅を利かせるということは、それだけ権力の独占を招く。

 そういった権力の偏りはいつだって、悲劇を引き起こして来たのだ。

 それで割りを喰うのはいつだって、頑張って頑張って頑張り続けた、働きものばかり。

 

 それを馬鹿らしいと言わずして何という。

 正論だ。人道的だ。義理人情に厚い、『DA』の組織としての歴史と規模を鑑みれば寛大な措置と言えるだろう。

 

 なにせ僕一人の行動と判断で全てが丸く収まるのだ。

 リコリコの皆にも――千束にも、何の迷惑もかけずに事態を収束できる。

 

 

 

 ……だというのに、どうしてだろうか。

 

 

 

 その、正しいだけの言葉に。

 

 

 

 清濁のない、ただただ正しいだけのモノに。

 

 

 

 一切の濁りすら許さないというソレに――どこか白けた様子で見る自分が居る。

 

 

 

「それ、たきなを傷つける前に言うべきじゃないか?」

「……粗野であることは自覚している。だが――ここ最近の楠木ら『リコリス』の行動は目に余る。だからこそ『楔』となる存在が必要なのだよ」

 

 ――――うん、やっぱり論外だ。考えるまでも無かった。

 たきなに対する謝罪よりも先にそんな勧誘の言葉が出てくる時点で、そのことに何の感慨も抱いていない何よりの証拠だ。

 『モノ』だとか『ソレ』だとか。誰かの命を部品として割り切ってしまっている人間特有の振る舞いだろう。

 

 きっと、そうしなきゃ虎杖という人間は生きられなかった。

 どれだけの泥を呑み込んで戦績や成績を残し、今の地位にいるのかは僕に図れるモノじゃない。たった一年前に人間性を獲得できた怠惰な人間が、どうして誰かの人生の重みを定義づけることが出来よう。

 

 

 ――だが、それでも。

 

 

 それが許されない事だと知って、忌避されることだと知ってもなお、『親』の為に義理を通し続けるリコリス達をそんな風に見つめることを。

 

 僕は、許容できない。

 

 

「――――」

「――――ぁ」

 

 そこでふと、たきなと目が合う。

 傷つけられた自分の頬なんて気にもしないで、僕と虎杖のやり取りを見つめている。

 奥で揺れる瞳と、下がる目尻。

 思わずといった具合に口から零れ出た彼女の小さな声は、言い様のない感情で胸が塞がれたみたいに、困惑と不安の間を行ったり来たりしている。

 

 それを見て、余計に決心がついた。

 迷う必要なんて、どこにも無かったのだ。

 

 

「――――ノーだ。自分用の千束を用意したいのであれば他を当たってくれ」

 

 

「……わかっているのか? 万が一にでもリコリスや楠木らに何かがあれば、この国の治安もろとも共倒れだ。結果として多くが血を見ることになるぞ」

「……ここにいる大人は言葉が足りなくて困る」

「……なんだと?」

 

 いや、いい加減文句を言いたいのは此方の方だ。どいつもこいつも、僕が大人しくしてるからって好き放題言いやがる。

 おおかた、僕の生態というか性分を分析したうえで義理人情に訴えかけようとしたのだろうが、全くもって認識が甘いと言わざるを得ない。

 たきなを襲撃したことが何よりも答えだ。

 僕を揺さぶりたいのなら、それこそ『リコリスを絶対に護る』くらいは言わなければ。

 

「こう付け足せよ。リコリスの体制が崩壊し、共倒れを防ぐ――その時に『DA』における覇権を確実なものにするために僕が必要だ、ってさ」

「……」

 

 虎杖は無言で僕を見つめている。そもそも隠す気はなかっただろうか、楠木さんとよく似た、それよりも冷酷な視線が僕を射抜いてくる。

 だが、そうでなければ僕を『旗印』として欲する理由がない。

 

「大体な、千束にビビって一〇年間も音沙汰がなかった組織が、つけ入る隙が出来た途端にこれだぞ。信用以前の問題だ」

「……仲間になる気はないと?」

 

 だから。

 

 

「――――僕が言ってることがわかんないなら、試してもいいけど」

 

 

 瞬間――刺す様な敵意で再び、空気がめくれ返った。

 

 

 何を、とは口にしない。

 リリベルより再度向けられる黒い火の口。構えもしない僕に向けて、黒光りする凶器が牙を剥く。

 決定的な対話の決裂を感知したソレは、まるで決壊寸前のダムみたいだった。

 指一つ動かそうものなら瞬くまにこの均衡は崩壊する。

 殺害に足りえる大義を得た『敵』に対して、未だに丸腰のままな僕に向けるにはいささか過剰と言わざるを得ない。

 

「たきな」

 

 もう一度、たきなへと目を向ける。

 以前のやり取りで、部屋の構造は把握していた。凶器の気配が充満する執務室で、これまでとは違って任意に開ける様になった感覚は、この部屋に仕込まれた武装を明確に把握している。

 

「……そうか……なら――――」

 

 たきなより無言の首肯が帰って来れば――――それが開戦の合図になった。

 

 

 

 

 

 だが。

 

 

 

 

 その、瞬間。

 

 

 

 

「では――――こちらも手段は選んでいられないな」

 

 

 

 ――――『ソレ』を目にしたその瞬間、僕の中身が()()()()()()()()を覚えた。

 

 

 

 

「貴様の出自は知っている」

 

 どくりと、全身の血脈が励起する。

 回転が振り切れる。

 意識が白んで、あれだけ冷え切っていた思考と肉体は、『ソレ』を目にした瞬間、熱病の毒に侵された様に満遍なく広がっていった。

 

「『華』でなく『山』から来たるモノ。人間を辞めるのでなく、人間のまま人間を超越する外法の存在」

 

 情報が拾えない。音声を認識できない。

 気づけば呼吸すら忘れていた。体を正常に稼働する為に必要なリソースがここで、この場で、たった今、文字通り全霊でそれらを放棄してしまっている。

 五感へ振り分けていた容量なと優に超えて、『僕』は『ソレ』を認識する。

 

「人間のまま人間を超越する『肉体改造』。お前の場合、その感覚を以て武装を引き出す特性を持つが――果たしてこの『とあるリコリス』の遺品を手にしたらどうなるか」

 

 

 ――――それは『古刀』だった。

 否、刀というには流麗さが足りない。どこか古ぼけた『ソレ』は、一見すると鉄の棒にしか見えない。

 だが、解る。僕には理解できる。

 あれは『刃』の類だ。刃渡りはそこそこ。刀というにはしなやかさがなく、剣というには破壊を突き詰めた構造を放棄している。

 

 ただ担い手の命に従い、殺す。

 

 その感覚が理解する。触ることで起動する僕の特性は、見つめずともそれを理解してた。

 

「――、――――は、――ぁ」

 

 熱い吐息を自覚する。排熱を忘れた機械を沈める様に、その熱を体外へ吐き出した。

 見惚れてたというのなら、間違いなくその通りであった。

 戦場の気配は停止している。

 周囲の戸惑いも――僕を呼びかける声すら聞こえない。

 五感はただひたすら、まるで担い手を待ち侘びる様に、男が用意した箱の中で鎮座しているその刃へと向けられている。

 

 

 

 

 ――何かをしたかったわけでもない。

 ――何を成し遂げたかったわけでもない。

 ――僕はただ、生きてていいっていう証が欲しくて。

 

 

 ――――こんな僕にはも帰る場所があるって、知りたかっただけなのに。

 

 

 

 

「一〇年前の続きだ――()きろ、竜胆要人。お前の人道は似合わない」

 

 

 

 

 従う様に、平服する様に。

 

 

 

 

 そのナイフを、手にした――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回はここまで。

 一切の汚れも濁りも許さないって言うのは美徳ですけど、ソレが人間の生き方にも当てはめられるかと言ったらそりゃ無理な話ってわけで。
 だからどんな外道に落ちても『道理』だけは弁えてないといけない。それにどんな過去があったとしても。

 清濁を合わせ持つからこそ、錦木千束ってキャラは魅力的に感じるんです。


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