本当は誕生日特別回やりたかった……千束へのプレゼントをフキさんと選ぶ内容なんだけどなぁ……ムズカシイ。
それでは。
「――――たきなっ!!」
その名を呼びながら、赤い影は下手人へ肉迫する。
扉を握って開けるなど上品なことはしていられない。蹴破り、粉砕するように扉を突破し、その活路の先にいる少女と少年を彼女は見据える。
事態への把握、今の自分がすべきこと、あらゆる取捨選択。
それらは反射のうちに行われ、気づけば三メートル以上ある間合いから、首を締められ地面に縫い付けられているたきなと『殺人貴』の下へ文字通り飛んでいた。
「――――カナメ、くん」
――――伽藍洞となった視線と合致する。
ゆらりと首を上げるその動作に、千束はいつしか彼と一緒に観た映画の動く死者を思い出す。
狂躁もなければ、気を違えているわけでもない。
衝動の熱は感じられず、ただただ目の前にいる障害を駆逐するためだけに存在する人でなきモノ。
千束は、それを漠然と。
その姿こそ『DA』がリコリスやリリベルに求めた『理想』であり。
戦う錦木千束に求められ、願われた自身の姿の先にあるモノであると確信した。
「〝――――〟」
お構いなしに振りかぶられる死神の鎌。
それはたきなを戦闘不能と判断した結果なのか、既に風前の灯火だった彼女をあっさり解放し、『敵』を認識した『殺人貴』は右手に持つ古刀で千束の首元へと振りかぶる。
その動きに迷いはない。淀みは一切感じさせない。
まさしく剣の鬼。
技のキレは目に見えて増し、動きも速度も、その全てが従来の竜胆要人を上回ってる。
――――だけど、そこにはなんにもない。
殺人への忌避も。
不殺への執着も。
戦場への
かの黒い剣士に見せた気迫すらも。
誰かを命に代えても護ろうとした尋常ならざる意思すらも今の状態では何も感じない。
そこには――竜胆要人がどこにもいない。
「――――」
彼の迷いの無さに千束は何か込み上げるものを感じて――即座にそれを押し殺す。
駆け引きは既に早くも、知覚の及ばない音速にまで至ろうとしている。
今の『殺人貴』に躊躇などない。
相手が親しんだ後輩であろうと、命より大切にしていた女であろうと関係ない。
突如現れた錦木千束に抱く感慨など、あるわけがない。
あるのは『敵』か
「――ッ――と!」
刹那すら生易しい一瞬、千束の『眼』はその鋭き鋼の道筋を容易に掴み取る。
狙いは首元、結果は絶命。
一太刀でも浴びれば確実に死へと至るソレ。千束の脳内を避けなけれならない未来、首を断ち切られる映像が頭を過るが、それだけは在り得ないと即座にその中身を蹴飛ばす。
ファースト、赤服のリコリス。そのどれをも隔絶とした存在である、錦木千束という女。
誰よりも
空間をなぞる銀閃が描く軌道の上に、まるで羽でも触れるかのように手を置いた。
「〝――――〟」
千束の視界を横に通り過ぎていく刃。
大気と真空の境目を生み出す白銀の一閃を生み出す鋼の、その中心。
リリベルはおろか、たきなであっても容易に仕留めているであろう速度を誇った斬撃を最小限の動きで、その軌道に手を置くだけで回避を完了させる。
だが――相対する『殺人貴』も伊達ではない。
「〝――――〟」
――――更に空気が変わった。
強みを増す透き通る圧と共に脊髄を迸る危険信号。
余人であれば研ぎ澄まされ過ぎて感じ取る事も出来ないその感覚を、千束が持つ天性の『眼』と研ぎ澄まされた経験が明確に拾い上げている。
針の筵すら生易しい、肉片が散りばめられる血の海と化した処刑場に立っているかのよう緊張感を千束は感じ取った。
己に刻まれた『命令』のために、この女は邪魔だと。
ここに来てようやく、『殺人貴』は敵を敵であると認識した。
文字通り、今初めて――コレは戦う気になったのだ。
「――――っっ!」
一閃二閃。
刃を
静かに猛る刃鉄の領域が、千束の間合いを侵犯する。
眼前に迫り続ける一振り。その狙いは首でもなければ心臓でもない。
標的はその『眼』。
千束の戦法の要であるソレをこの数合のやり取りで認識した『殺人貴』は、己の斬るという行為の全てをただただ人体のその一点のみに向けられた。
刃物に掠った髪が宙を舞う。一秒にも満たない視界、早送りになる景色。
理解と認識を置き去りに、千束はただただ己の勘を頼りに更に加速した鋭き鋼鉄を掻い潜る。
「はやッ――――!」
注目すべきは回避中心の立ち回りをする千束がこの攻撃を防いだという一点。
視界と肉体、その両立が難しくなるほどの絶速の領域。
機銃掃射を真っ正面から浴びようとも欠片も感じなかった最強のリコリスであっても、久しく感じていなかった明確な死の気配を否が応でも感じ取る。
――――そんな中で、千束は観察する。
攻勢が明らかに変わった。戦い方が明らかに変わった。
一振り目を回避する直前の最短で命を刈り取る方法とはワケが違う。
一手で奪い切るのではなく、削りに削って確実に殺しきる狩りのような動き。
己の進撃を阻むモノを短い邂逅で認識し、それを突くことに容赦が無い。
難易度を段階分けにした、いっそ論理的とすら言える殺人技巧。『不殺』によってフタをされていたそれらが皮肉にも、味方へと向けられた時にその本領を発揮している。
こんな状態だというのに、『殺人貴』は敵を学習し続けている――――!
「ガチじゃん、カナメくん……っ! 普段もそんくらい積極的になってくれると千束さんうれしーんだけどなー!」
「〝――――〟」
「なんか、喋ろってのっ……!」
だから、千束も攻勢を変える。
『殺人貴』が取った戦法とは真逆の、最短ルートにて敵を刈り取ることを目的とする。
人外じみた観察により導き出された『殺人貴』の隙。
人を超えた強さを誇るであろう彼の最大の弱点は、その業の全てが
時間をかければかけるほど不利になるこの状況。
故に――不殺の彼岸花は『最短』でこの剣勢を攻略する。
「〝――――〟」
柔を制す剛と柔を蹂躙する剛。交錯する赤と黒はその駆け引きも対極。
縦横無尽に飛び交う無数の斬撃の中、躊躇もなく滑らかに女の手は剣を振るう威力を支える腕の『関節』へと伸ばされる。
一瞬で組まれる節々。
絡み取り、捕捉する。僅かに生まれた隙間にさえ際限なく伸ばされる腕はさながら毒華の蔓を彷彿させた。
「ほいっと!」
――そして投げた。
極限の緊張感を生み出すこの場において相応しくない緩い掛け声。
『殺人貴』が反応する間もなく、千束はその体格差をものともせず
千束と体術と『眼』による究極とも言える観察力の抱き合わせ。
剣の檻とも言える『殺人貴』の剣技に生じたソレを隙と見なすなど余人からすれば狂人の戯言だが、千束に限って言えば話が違う。
超人染みた技能に、『殺人貴』は一時とは言え剣を振るう能力を剥奪される。
それとほぼ同時、半ば機械的に千束は彼へと照準を合わせた。
「――――」
小さな光さえ宿らない、『敵』を捕捉するどこまでも冷ややかな瞳が千束を見据える。
宙を舞い、一時的に身動きを失ってもなお、千束の前にいる暗殺者は敵を殲滅するべく次の一手を見逃さんと見つめているのだ。
いつも自分の名前を呼ぶ、優しげに緩んだ瞳は、今じゃ微塵もその気配を感じさせない。
あまり動かない表情は更に凍てつき、彼の放つ言葉よりも多くの感情を語ってくれる声色も、今じゃその兆しすら見せない。
「――――ふ、う」
――迷うな、錦木千束。
今の竜胆要人を止められるのは自分しかいない。
このままじゃ、このままでは。より最悪な結末が待ち受けている。
だから、戸惑うな。
彼に殺されないために。
『今の』彼に殺しをさせないために。
――――彼のために、彼へ引き鉄を向けろ。
「――――ッッ!!!!」
直後、千束の非殺傷弾が火を吹いた。
命中率の悪いソレは千束の眼とその距離も相まって一発たりとも外すことはない。
一呼吸すら置かぬ間に放たれた複数の赤い弾丸は、彼女がこれまで相対した敵と同じようにその血飛沫じみた粉塵を執務室へまき散らす。
「〝――――ッ〟」
勢いをつけて投げられた体は、執務室の物を壊しながら部屋の奥へ放り出される。
鳩尾、首、顔面、心臓の真上。
幸か不幸か、人体に必ず生じる『綻び』とも言える場所に命中したそれらに、ようやく『殺人貴』はダメージらしい反応を見せる。
もっとも、それすらも機械的。
機械だというのなら人体を破壊しない程度の威力しか持たない非殺傷弾によって与えられるダメージなど高が知れている。
その痛みが人体であるが故に生まれた危険信号であったとしても関係がない。
開けた距離と彼の持つ刃という絶対的な間合いによって生まれた隙。
この空白に次は訪れないと判断した千束の行動は迅速だった。
「た、たきなっ、立てる……?」
「……千束、さん、?」
自分でも気づかないうちに震えそうになっていた声をどうにか抑えながら、倒れ伏すたきなへと声をかける。
たきなの様子はぼうっとしており、朧気に名前を口にするその姿はどうみても平気そうには見えない。
「立てるわけないよねっ、ごめん! ちょいと失礼!」
何してんだと胸の内で叱咤する千束はすぐさま、意識を朦朧とさせているたきなを姫抱きにして執務室を後にする。
ファーストのリコリスとして鍛えられた体によって、それがたとえ立つ力を失っていようと女子の身体であれば運ぶことは造作もない。
みるみるうちに離れていく執務室に、千束は振り返る素振りすら見せない。
――もし、ここで千束を深く理解する人間が居たら彼女に一声かけたことだろう。
一度も見返すこともなく、ひたすら距離を取る為に走り続けている。
まるで、『殺人貴』以外のナニカから逃げるように。
だがそれをしてくれる人間は、今はここにはいない。
何せそれを一番近くで、一番始めにしてくれる人間は――今しがた彼女が銃撃を放った相手だったのだから。
「……凄いね、あのカナメくん相手に首以外は無傷なんて。やるじゃん」
「……嫌味、ですか」
「あーちゃうちゃう。ほら、他の子が相手してたら絶対誰か死んでたってこと。カナメくんを人殺しにさせなかったのは、たきながカナメくんの傍に居てくれたからだよ」
「……結果論です。結局、千束さんとカナメさんを戦わせてしまった」
「それは仕方ないって。それはもう、起きちゃったこと。だから、一緒に考えよう」
「今のカナメくんを、止める方法。私とたきなの二人で」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――――それは執務室が戦場と化した直後の話。
司令部と千束が竜胆要人がたきなを襲っているということを認識した、その直後の話だ。
ラジアータが表示するモニターには、千束もよく見知った部隊――リリベルの姿。
敵に囲まれている中、どういうわけか協力ではなく刃を交える状況に陥っている。
これを異常事態と言わずにして何という。
その事実を認識した千束の行動は、口にするまでもない。
「待てと言っただろう、千束」
だがそこに待ったをかける人物がいる。
楠木だ。千束がその行動に出ることはわかっていたのだろう。司令室が多少なりとも動揺に包まれる中、千束の方へ振り返ることもせずに画面の状況を冷静に見据えている。
駒か、人か。兵器か、ただの少年か。
千束と楠木の、竜胆要人に対する認識の決定的な差異が浮き彫りになった瞬間であった。
「楠木さん」
「言った筈だ。今お前が行けば事態がややこしくなると。それは現在でも変わらない。いいか、これは忠告ではなくリコリスとして『DA』が下す『命令』だ」
「……とっくのとうにややこしくなってますって。見ればわかるでしょ。このままじゃ、被害がリリベルどころじゃない。元々、私とカナメくんをぶつけるつもりだったのなら、そうすれば良いじゃないですか」
「それをわかっていないと言っている。虎杖司令の仕込みによって、既に本部内の各地点にはリリベルが配置されている。お前が動くのは、
「……」
糠に釘。暖簾に腕押しとはこのことか。
千束の打てば鳴る軽口も、この時ばかりはソレを潜める。
此処でも、その違いが決定的になる。
見ての通り、事態は急を要している。それを示すように、既に司令室はてんてこ舞いだ。
楠木があらかじめ想定していた事態なのか、あるいは『ラジアータ』が導き出した結論だからなのか、忙しなくも淀みなく的確に事態への対処が進められていた。
そんな最中、悠長に、まるで別空間が如き空気が千束と楠木の間で流れている。
堂々巡りに、毒にも薬にもならない言葉だけが繰り返されている。
そして状況は――ここぞとばかりに後手に回るこちら側に、残酷な事実を突きつけてきた。
「し、司令ッ!」
「なんだ。落ち着いて状況を報告しろ」
「執務室の状況を観測するリコリスより通達! い、虎杖司令が意識不明の重体! 竜胆要人によるものだと断定します!」
「――――」
まさしくダメ押しと言える追加された情報に、千束は息を呑む。
刻一刻。時間の経過などそれこそほどんど感じていないというのに、刻まれる秒数は残酷かつ深刻に、耳を塞ぎたくなる現実感の無い言葉によって浸食されていく。
だがそれでも、楠木に迷いは見られない。
「すぐに医療班に回収へ向かわせろ。現場直近のリコリスを護衛につけ、謀反の竜胆要人との接触を徹底的に避けるんだ。いいな?」
「はっ!」
「謀反って……楠木さん?」
「『DA』内部における、私と同等の権力を持つ人間を切り刻んだのだ。これを謀反と言わずして何と言う。リコリスをただちに向かわせないのも、
「……なにそれ」
千束だって、わかってる。
楠木がそう振る舞わざることを得なかったこと。
本音なんか語れる筈もなくて、その苦悩も真意も誰も知り得ない孤独は、きっと計り知れない。
だからこそ千束は楠木を決して無碍にしなかった。
ソレが命を奪う行為だったとしても、そこには確かに助けられた命だってあったのだから。
――――だけど。
「何の為に竜胆にたきなを含めた他のリコリスを鍛えさせたと思っている? 技術継承も目的の一つだが、本来の目的は今回のような事態に備えるためだ」
――――こんなの、あんまりだ。
語られ内容は悉く、千束の耳を通り抜けていく。
この場の誰も、竜胆要人を人間扱いしない冷徹な彩り持つ言葉は際限なく、千束の中に激情の起こりだけを残していく。
頑張っていたのは、彼だって同じ。
そも、喫茶店で働いてればそれでよかった彼を、最初に利用しようとしたのは『DA』だ。
なにも筋が通らない。
利用するだけして、制御が効かなくなったら始末するなど――家畜のソレと何が違う。
だから――。
「――首輪を喰い千切ることが出来る化け物を、対抗手段も無しにわざわざと野放しにしておく理由がないだろう」
――その言葉だけは、聞き捨てならなかった。
「――――へー」
……思った以上に低い声が出たことに、千束は我が事ながら小さく驚く。
温度が冷え込む錯覚を観測するモノは誰もいない。
幸運だったのは、『ラジアータ』を正常に稼働させるこの司令室にいる人員のほとんどが非戦闘員であったことだろう。
生物なら反射的に身を引くであろう、生物としての『格』がモノを言う圧。
今の千束はさながら抜身の刃、安全装置を働かせない銃の様なものだ。
しかし、それらを一身に受ける楠木の反応は、いたって涼しいものだった。
「これは、ミカも知らないことだが」
「――……?」
「十年前の『旧電波塔事件』がなぜ、『DA』内においても大々的な事件として取り扱われているかわかるか?」
淡々とした語り口。冷え込んでいく自身の内側を自覚しながらも、千束は耳を傾けた。
司令室の外はとんでもないことになっているというのに、こうして長々と話をしている。
それが楠木という人間によるものなら、そこには確実に千束にとっても意味のある話だと確信しているからだ。
「――旧電波塔を根城にした大規模テロ。あのおっかない『リリベル』の中でも有数の人達が、一人残らず殺されたから」
「その通りだ。リリベルの失脚が決定的となったあの事件の事の顛末はそれが『通説』だが……実態は混迷を極めている」
「その話、長くなりますか?」
「聞きたくないというのならそれで良い。これ以上お前を止めはしない。だが――」
「――――お前が制圧した『旧電波塔』における
――――。
思わず千束は、息を呑んだ。
その可能性を考えなかったわけじゃない。竜胆要人と錦木千束が出会う以前から関わりがある可能性を示唆された時点で、嫌な予感自体は感じ取っていたのだ。
何ゆえ、『旧電波塔事件』がとりわけ大きな事件として語られるのか。
報道されていたゆえに、国の裏側に関わりがない一般人にも周知されているという事も大きいだろう。
問題は、当時はまだ『ラジアータ』が機能していなかったとはいえ、
「お前も見た筈だ。あの電波塔の中で繰り広げられた地獄を」
そしてその結果はどうなったのか。
それは今現在千束らリコリスを取り巻く状況が雄弁にその顛末を語ってくれている。
――テロリストとリリベルの数十名に及ぶ一個人によって行われたとされる『斬殺』。
人間には不可能な所業として、残された記録上においても半ば眉唾ものとされる事件の真相の一つであった。
「リリベルとリコリス、そして数を率いて現れたテロリスト共の戦闘に介入した存在――我々が『山』と呼ぶソレは、間違いなくお前が引き入れた」
「……」
「眠っていたであろうアイツを戦場に引き戻したお前にしか出来ない――故に殺せ。十年前に除けた引き鉄をもう一度握るんだ」
だからこそ、これが最大の譲歩。
可能性は明瞭でなく曖昧。されど疑わしきは罰し悲劇が起きる前に小さな悲劇として帳尻を合わせる。
千束の方針だって楠木は理解していることだろう。
それを楠木は理解している。理解している筈なのに、その凶行に出ると聞いて自分は一体、どんな顔をしているのか。
……そんなの、想像するだけで嫌になる。
きっと、リコリコの皆には絶対に見せないであろう表情をしているには違いないから。
だから――。
「いらない」
「……なんだと?」
「だから、いらない」
それがどれだけ愚かな選択だったとしても。
千束は、どんな彼になったとしても竜胆要人という『人間』に対しては誠実でありたい。
「正気に戻ったカナメくんに聞けばいい」
「……それこそ正気か。言っておくが、アレは言葉が通じるような状態じゃない。脳ではなく
「――私はね、楠木さん」
楠木を遮る凛とした言の葉。
決して激情に任せたものではない。此処は退かぬと引いた一線を悟らせる声音に楠木ですら沈黙せざるを得ない。
これだけの判断材料を以てしても、殺さないことを選択した彼女の行動。
子ども染みた地団駄などそこには一切感じさせない。
感情のもっと奥、より先にある、錦木千束を突き動かすもの。動物的でなく、機械的な使命感でもない。
その先にある結末がどんな凄惨なものだったとしても、受け入れるための躍進。
――――人はそれを、覚悟と言う。
「どんなカナメくんだったとしも、カナメくんに会いたい」
「もしカナメくんがすっごく悪い人だったとしても、それでも一緒に居たい」
罰を与えるのではなく、罰と一緒に歩ける人として、千束は彼と一緒に居たい。
どんなに苦しんで、どんなに痛い目にあったとしても。
誰かに尽くそうとしてくれた人への報いとして、『コレ』は何一つ容認できない。
利用して、利用され尽くされていることを自覚して。
それでも自分の目に映る世界で誰かに死んで欲しくないと叫び続けた人を、千束はこの半年の間で何度も見てきた。
だが、その愚かに感じるであろう『命』に対する彼の一途さと極限なまでの献身を――千束は美しいと感じたのだ。
「楠木さんは、こんな世界で満足?」
「――――」
その言葉に、まるで動揺するように司令室の入り口から音がする。
見知った誰かの気配に、彼女は僅かに笑みを浮かべる。
そこに視線を送った後、千束は――。
「そんなの――私は、嫌だね」
そこには居ない誰かに告げるように、千束は宣言した。
今回はここまで。
ちょっとした捕捉。
楠木さんって実は『殺人姫』について知らなかったりする。
彼女について知っているのは、吉松を含めた極一部の人間のみである。
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