――――人格停止、確認。
――――臓器各種、機能確認。
――――肉体稼働率、四割。
――――【魔風】、起動確認。
――――【
――――【■■】、起動不可。
――――目標、未達成。
――――目標、視認不可。
――――存在証明、不可。
――――存在維持、不可。
――――不可、不可、不可、不可不可不可不可不可不可不可不可、不不不不、不不不不不不不不不、不不不不不不不不不、不不不不不不不不不不、不不不不不不不不不不不不不不不不、不不不不不不不不不不不不不不不不不不不不不不不不不不不、
「――――止まれ、竜胆要人ッッ!!」
――――殺意と敵意に塗れたソレに、淀みの中に沈んでいた自意識が浮上する。
鼓動は聞こえない。
呼吸は止まっている。
空間への認識すら既におざなりだ。
そんな最中、向けられるいくつもの黒い火の口。
焚き付けられた戦場の気配に、向けられる怒声じみた言葉に隠しようもない緊張を知覚した。
間違いなく、死ぬだろう。
人類が積み上げ最適化された殺意の結晶。追及の果てに手詰まりになった人体破壊への結論。銃器から飛来する弾丸に耐えられるような頑強さを、人体は持ち合わせていない。
人を穿ち、撃ち抜き、命を絶つ。捕捉から構え、狙いをつけ引き鉄を引いてから死を与えるなど数秒もあればこと足りる。否、その簡略化された殺害工程には、『秒』という単位を付与することすら烏滸がましい。
だが――どうでも良い。
「〝――――〟」
どうでも良い。
どうでも良い。
どうでも良い。
感慨はなく、感動はない。
いっそ煩わしいソレに、思考はその頭の中に存在する矛盾にさえ拾うことはない。
それもその筈だ。
だって『死』への関心など、とっくの昔に潰えているのだから。
「通常の制圧射撃は効かない! だから数で圧し潰せっ!」
だが、そんな自分にも残ってるものがある。
それは――己を知りたいという原始的欲求。
人体を持って生まれたが故に存在する、『人間』という獣に備わった原理。どうやらこんな生き物として破綻した自分にも、そんな
誰が生めと頼んだ。
誰が造ってくれと願ったのか。
永い永い、気の遠くなるような時間を経た眠りは、そんな拙い答えすら紡ぐことはない。
「〝――――〟」
死が迫っている。
生は手放している。
迫る凶弾。今際の際だというのに、未だ揺らぎを見せない命の残滓。
その矛盾に対して、それでも無感動だ。その機微の無さは、まるで血の通わない機械みたい。事実、酸素はおろか血流を促す機関すら停止しているのだから真に迫るというもの。
――――笑わせる。嗤わせる。
笑うなんて機能は欠落しているが、この着手できない持て余した感情を敢えて象るというのなら、この言葉こそが相応しい。
こんな獣ですらない、死者にすら劣る妄執を抱えた存在が人間の姿だなんて、馬鹿げてる。
命あるモノへの冒涜。死した存在にさえ及ばない醜悪な消費者など、断じて認めてはならない。
ならば――殺してしまえ。
死んでしまえ。
何も残せず、何も残らず、死んでしまえ。
亡者ですらないナニカは、何も知らず、誰にも観測されない『廃棄』こそが相応しい――。
『――■■■くんのなりたい自分に、なって良いんだよ』
――だが、それでも。
――こんな自分を人間だと。
――――『それでも良い』と言ってくれた人が居た気がしたのだ。
「〝――――〟」
思い出せない。
大切なことの筈なのに、思い出せない。
忘れちゃいけないのに、絶対に忘れちゃいけないのに、どうしても思い出すことが出来ない。
だがこの喪失は、この渇望は、己と言う個体では決して抱くことの出来ないナニカだ。
殺すことでしか答えを得ることが出来ない。
壊すことでしか己を示すことが出来ない。
そんな非人間にはどう足掻いても描くことが出来ない心の在り処。
なら、思い出さなきゃ。
それほど大事なことなら、何が何でも思い出さなきゃ。
――――この体が、
「〝――――〟」
だから――鏖殺だ。
此処は寒い。
此処は暗い。
消毒され切った無菌室で刈り取られ、片隅に集められた病巣が如き穴倉。
自由を阻み、繁栄を否定する不自由の香りがする。満遍なく敷き詰められた文明の気配に、思わず身じろぎしそうだ。
こんなにもソレを追い求める物の正体を、覚えていない。
己の名を呼んでくれている声の正体を、覚えていない。
思い出せない。既に放棄したものを、みっともなく、必死になってかき集めている。
――やめてくれ。
――――そんなものもはとうの昔に、捨てた筈だろうに。
獲物を見る。得物を視る。
ああ、素晴らしい。
幸いなことに、それを行うための道具は揃っている。
何も思い出せない。思い出せないが、やることが一つ出来た。
清廉とされた処刑場に巣食うコレらを排除すれば、何か見えてくるものもあろう。
だから、殺す。
一人も、生かして帰さない――――。
もう誰も■なせない。
それだけは、忘れてはいけない約束なんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――カナメさんが、『旧電波塔事件』の虐殺を……?」
「……そうかもしれない、っていう可能性の話だよ。楠木さんのことだから、本当のことかもしれないし、もしかしたら何かを隠すためのものかもしれないけど……それを証明するようなことが起きて、楠木さんは……」
「……カナメさんの排除を決定したということですか」
「……うん」
まさしく動乱の最中と言える、誰もいない『DA』本部の一角に二名の影がある。
戦場の発端となった執務室から遠く、戦場の気配を希薄にしたその場所で、たきなは千束の応急処置をされるがままに受けていた。
「……」
そこに、普段の鉄面皮は見られない。
否、それは徐々に取り戻しつつあったものを、彼女自ら蓋をした結果であった。
沈んだ表情は、それを語ろうとする口に重くのしかかる。
千束の処置により、『殺人貴』に付けられた傷の痛みが引けば引くほど、その沈痛な表情は陰りを増していく。
張り詰め過ぎた弦はやがて断ち切れるように。
硬すぎる鉱物はその硬度によって自壊するように。
何かの拍子で一瞬にして崩れかねない脆さが、今の彼女にはあった。
――無理もないことだ。
竜胆要人から『殺人貴』へと変貌した彼へ付けられた傷の処置、それと並行して叩き込まれた情報の暴力。その質を鑑みれば、暴力などという表現すら生易しいかもしれない。
千束より知らされたのは、楠木よりもたらされた竜胆要人の正体の一端だ。
今回の諍いの発端の一つである『リリベル』の存在と、彼の出自に関わる『山』と呼ばれるモノ。
彼がリコリコへ足を踏み入れる以前よりあったとされる、『リコリス』との関わり。
それが示すのは、一つの可能性であった。
「カナメさんは、人を殺してしまったのですか」
「――たきなの所為じゃない」
「……そうですか」
だけど、今ではそれすら彼女にとっては重く――虚しいものであった。
「……たきなはどうしたい?」
「……何をですか」
聞くまでもない事を聞くな、とたきなは呆けた己に鞭を打つように、胸の中で嘲笑する。
この人の、錦木千束の行動原理など問うまでもなくわかっている。
彼女は止まらない。
困っていたら助ける。泣いていたら一緒に居てやる。迷っている人間がいれば都合が良い言葉でなく、いつだって『正しい』言葉を送る。
ましてやそれが、竜胆要人であったのならなおさらだ。
言葉でなくても届くものがあるのなら、きっと彼女は手を伸ばし続けることだろう。
たとえ助けるモノの手が、夥しい血を纏っていたとしても。
「千束さんは、どうする気ですか」
けれども、それも今となっては無理な話だ。
それはたきなや千束のやりたいやりたくないの是非でなく、『DA』における現在の彼の状況を鑑みた結果の話だ。コトは既に、個人がどうこう出来る領域を超えている。
『DA』のトップの一人とされる虎杖を生死不明の重体へと陥らせたこと。
そしてたきなが目にした、リリベルとされる少年部隊にまで手を掛けた。
それが今、制御不能で暴れ出している。
その事実を認識し、たきはは『リコリコ』の一員としての己の理性に蓋をした。
秩序を乱す存在への手向けとして、『リコリス』の井ノ上たきなとしての結論を、彼女は導き出す。
「――カナメさんを、止められるんですか」
「――止めるんじゃない。絶対に助ける」
……だというのに。
目の前の彼女はどうしてこんなにも、輝かしく在れるのだろうか。
否、『不殺』を掲げた彼女は、いつだってそうだった。
求められないソレに対する千束への仕打ちは、逃げ難い現実として彼女の身に降りかかってきたことだろう。
多くの人に愚かだと言われ、馬鹿げたことだと否定され、自分のこれまでの行いの全てを否定されるようなことされてもなお、どうして止まらない。
だというのに、なぜ。
その在り方を、損なうことがないのだろうか。
自分はこうして――諦めようとしているというのに。
「……たきな、アレ」
「……?」
ふと千束が零したその言葉に促されるように、千束が視線を送る先を見れば、そこには監視カメラより情報を拾うモニターがあった。
それが今、真っ赤に染まっている。
……『ラジアータ』はあらゆるインフラに干渉できる権限を持つ。
それは現在リコリスの寮としても扱われるこの本部のあらゆる場所に設置された監視カメラであっても変わらない。
理由は、在り得ざる侵入者への対処の一つだったり、万が一に発生するであろう内乱への備えだったりするのだが……コレが使われているという点において共通するのは尋常ならざる局面を迎えているということ。
最悪の可能性、『DA』の
それが映したものに――たきなは思わず息を呑んだ。
「……っ!」
瞬間――ずん、と本部全体を揺るがす重い轟音が木霊した。
依然、炎で縁取られるモニター画面内の映像。戦場の気配が希薄になっているというのに、画面の少し先では地獄みたいな火の海が見える。
そしてその地獄の中で古刀と共に揺らめく『殺人貴』の姿は、幽鬼そのもの。
そんな彼の目の前にはいくつかの人影がある。
機関銃を構え包囲網を組んでいるリリベル達だ。
決して単騎の、それも近接装備のみの人間に向けるような戦力ではない。
だがそんなこともお構いなしに、それらは一斉に発砲された。
「――――ッ!」
逃げろと、と届けることがお門違いな叫びが喉元で踊り狂う。
その声は無論、彼に攻撃を放つリリベルに向けたモノ。
混乱する戦場は『殺人貴』の情報が正確に伝わっていない。否、目の前の異様な怪物を前にして、銃撃以外に効力を発揮する攻撃手段が存在しないのだ。
現に、モニターに映り紅蓮に包まれる彼は古刀を構えた以外は微動だにしていない。
「待っ――」
放たれる無数の火花はどれも、『殺人貴』に届かない。
その幽鬼めいた動きとは裏腹に、手に持った刃は機械染みた正確さをもって彼に届く前に無意味な飛礫と化している。
ただ目の前にある障害を殺すためだけの殺戮機構。
それこそが今、千束とたきなが相手にしなければならない相手の正体。
絶え間なく放たれる銃撃は徐々に、その距離を詰められていく。銃弾の帳を削るようにじりじりとその包囲網に近づいて、容易く彼の間合いへとたどり着いた。
そして振るわれる銀閃を確認し――それが、たきなの限界だった。
「――――……」
「たきな?」
「――私の所為です」
「……」
映像に流れる惨劇を目にした直後、たきな自身も知らずのうちに、慟哭の一部が固く結ばれていた口から零れ出る。
そして一度決壊したものは、そこから止まることはない。
硬い鉄を以て固められていた心は、僅かに生じた綻びを見逃すことなく、その内側からあふれ出す。
「こんな筈じゃ、なかった」
そう、こんな筈じゃなかった。だけど、こんなことになってしまった。
千束は言うだろう。たきなの所為ではないと。
今は『殺人貴』の彼もまた言うだろう。それは己の責任だと。
当然だろう。
二人ほど、たきなと真摯に向き合った人物はいない。
二人ほど、たきなに優しく接することが出来た人間はいない。
元々群れに馴染めなかった自身を認め、受け入れてくれたのは他でも無い、部外者である筈の二人の存在だったのだ。
それを煩わしいと感じたことなど一度たりともない。
リコリスとして、最前線にて率先して国の影の礎となるべく身をくべる様に戦ってきたたきなにとって、二人からもたらされたソレは、彼女にとって得難いものだった。
ご飯を食べさせてくれたことや、リコリスとしての活動以外の仕事に触れたこと。
誰かを慰めるために、何かをしたいと思ったこと。
そして――自分が護ってきたものに触れること。
どれもささやかな、見るべくもない小さな温もりだ。
そんな二人の優しさに触れたから、せめて返したいと思っただけだったのに。
だというのに、これは違うだろう。
こんな光景を見たくて、たきなは戦ったんじゃない。
自分が知らずのうちに護っていた穏やかな光景の中に――二人が居て欲しかっただけ。
「私は千束さんとカナメさんに、二人に傷ついて欲しくなかっただけなのに」
二人の一員になりたいとか、羨ましいだとか、そういうことは考えなかった。
決して自分では生み出せないから。
お互いを支え合い、想い合っている二人が――たきなには良きものとして映っただけ。
だから蓋をした。
覚えた温もりを記憶するみたく、たきなは嘗ての自分であった鉄の心で自ら蓋をした。
ここ数日のたきなの言動も、今回の『DA』本部への同行だって、全ては千束と彼の助けになりたいと願ったが故のことだ。
自分が返せるものはなにか。
それは全霊を伴わなければ返すことが出来ないと確信したが故のこと。
――何を隠そう、二人を斬り伏せた『殺人姫』の存在は否が応でもそうさせた。
決して死なず、必ず勝つと思っていた二人でも『死ぬ』のだと。
目を腫らした千束と、自分の命をなんとも思わずに平気で使い潰す彼の姿に、何も思わない筈も無かったのだ。
「私は、どうすれば良かったんでしょうか」
「……」
引き絞られたたきなの口。瞳はゆらゆらと揺れ、震える声はどうしようもなく、胸と目の奥で燻る熱を吐き出そうとしている。
「カナメさんみたいになれれば……カナメさんみたいに体を張れば、私の死は容認できたのに――なのに、これじゃ何にも出来ない」
おそらく、誰にも見せたこともない素顔。
必死に唇を閉ざし、涙する己を抑えて、詰まる呼吸が慟哭に変わりそうになるのを堪えながら、我武者羅に言葉を紡ぐ。
「死ぬ筈だったのは、私だけじゃなかったのですか」
「命を張れば、護れるんじゃなかったのですか」
「なんで――必死に護ってくれた人が殺されなきゃいけないんですか」
震える声音は弱く、いつしか怒りへと変わっていた。
どうしようもない愚かな献身。差し出せるものに命が含まれているのであれば、なんの躊躇いもなく差し出す自己犠牲のソレ。
それが何なのか、千束はよく知っている。
だって――彼女こそが
「たきな」
だから。
迷い子のように言葉を選ぶたきなに千束は、あらん限りの温もりを以て応えた。
それはいつの日かと同じ。
笑うことを忘れた少年への彼女が与えたモノだった。
「……千束さん?」
「だいじょうぶ、たきなは頑張ってる」
呆然とするたきなは今、抱き締められている。
俯いていた顔は千束の胸に埋まり、絶え間なく漏れ出る嘆きごと包み込んだ。
およそ今まで感じることが無かった人の温かさに、後悔と自己嫌悪に塗れたたきなの思考はほんの一瞬、白く吹き飛ばされる。
「たきなが気づいてなかったら、私は本部の異常に気づけなかった。たきなが居たから、カナメくんを任せられたカナメくんが、もっと取返しのつかないことになっていたのかもしれない」
「……私は、止められる場所にいた。なのに止められませんでした」
「だいじょうぶ。まだ止められる。まだ途中なんだよ。今からでも遅くない」
「でも――」
「だいじょうぶ――だってたきなは、カナメくんを
――その言葉と共に悲し気に歪められた彼女の表情を。
――――たきなは終ぞ、知ることはない。
「…………え?」
「――たきなは、どうしたい?」
「……私が……?」
「私はいつもやりたいこと優先。まぁ、それで失敗も多いんだけどさ……だけど、それでまだ助けられる人が居る」
「……」
「だからたきなは、どうしたい?」
「私は――たきなに暴力振るったカナメくんにちょーっとお仕置きしてくるけど」
今回はここまで。
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それでは。