「――リリベルの残存戦力、壊滅したとのこと!」
その知らせに、司令室は凍り付く。
今回の騒動の目的を彼、彼女らは知っている。
きな臭い動きを見せる『DA』内部における各派閥への牽制。
その筆頭とも言える『リリベル』、ひいてはその頭目である虎杖への警告だ。
そしてそのリリベルが壊滅したとなれば、目的は達成したも同然。
だから、目下の問題は『あと始末』である。
誰かがモニターに移される映像を見て、固唾を呑む。
想像以上の暴れ様に、あるモノは恐怖を、あるモノは怒りを覚えた。
あの『殺人貴』の攻撃対象に例外はない。それは、一人のリコリスを殺害寸前まで追い込んだ事実からわかり切っている。
もしや、此処にいる自分らも殺されるのではないか、と。
まさか、リリベルの後はリコリスにあの怪物の相手をさせるのか、と。
頼みの綱の『ラジアータ』も、ことこういった局面においてはその答えを示さない。
故に、誰もが司令塔である楠木の言葉を待ち侘びていた。
「負傷者の回収は?」
「サード各位が既に……千束を待つのですか?」
「……いや……」
少し悩まし気に、楠木は唸る。
それは彼女という人物を知っている人物であればあるほど驚愕すべき状態であった。
きっとその頭の中では尋常じゃない速度で、大と小の算盤による取捨選択が行われていることだろう。
千束を繰り出す。竜胆要人の首輪にして、同時に錦木千束の首輪でもある彼の衝突は、万が一、億が一で考えていないわけではなかった。そのために支部へ戦力が偏ることを容認してでもお互いを近くに居させた。
だが既に、コトは起きている。
千束の実力は知っている。竜胆要人の性能は知っている。
この事実によって今回の衝突が示すのは、
どちらを優先するかなど、決まっている。
ここまで一秒にも至らない。
彼女の珍しい様に、長年付き従ってきた秘書官は僅かに目を見開くが――それも一瞬のこと。
瞬きの間に、普段の冷徹なリコリスのトップの顔へと舞い戻っていた。
「――
そう、変わらない。違いなんてあるわけがない。
今までだって前線に投入されるリコリス達を、まるで盤上の駒のように消費してきた。そこに善意も悪意もない。あってはならない。
自分たちが『使わざるを得ない命』への割り切りなど、組織の頭目として以前に一人の兵士として、
だから、今回だって変わらない。
味方だったものが敵として相成っただけのこと。
「現場へ待機してるリコリスを出動させろ。当初予定していた作戦の通りに進める。竜胆を――『敵』をポイントにまで移動させるんだ。確実にな」
リコリスにとって、憧れとなる場所がある。
それはこの本部と併設した、螺旋のように配置されたリコリス達の寮――その螺旋の中心に位置する噴水の存在だった。
全てのリコリス達にとっての栄誉にして命題。始まりにして終着。
この場所を目指す為に、この場所から離れない為にどれだけのリコリスたちが散っていったかわからない。
即ち、自分の命を何に使い、何の役割を以て消耗するのか。
特に支部から本部へ移転してきた『移転組』と言われるリコリス達にとって、その場所で働くことは誇りであり誉れであったのだ。
そこで今――地獄と呼ぶに相応しい惨劇を繰り広げていた。
「――きろ!起きろ、サクラっ!」
「――……んぇ……?」
聞き慣れた声に、痛みを伴う微睡みから解放される。
赤くなる視界。液体を伴うソレに、リコリスとしての経験が自身の傷から生じた血によるものであると彼女は――乙女サクラは覚束ない思考で認識する。
何やらヘマをしたのか、どうやら自分は気絶していたらしい。しかも頭を強く打ち付けただけじゃなく、ぱっくりと斬ってしまったようだ。
まだ組んで間もない愉快で尊敬できる先輩に申し訳なさを感じると同時に、なんでそうなったんだろう、と他人事のように彼女は認識する。
なぜ、寮で戦っているのか。
なぜ、清涼感に溢れた噴水前広場で、ところどころ血がぶちまけられてるのか。
なぜ、ロケット弾の数発は耐える鉄の隔壁に――今にも壊れそうな亀裂が入ってるのか。
――意識と共に記憶が飛んでいる。
前後の認識と疑問が連結しないからか、元々ムズカシイことを考えるのが苦手だった彼女の頭はいとも容易く混乱する。
そんなサクラにお構い無しで、彼女の眼前にてフキはこれまでにないほど表情を切迫させながら叫んだ。
その姿に、もう逃げることを許されなくなった獣を連想する。
「よしっ、起きたんなら歩けるな!? つーか死ぬ気で歩いてとにかくここから離れろ! 歩けないならどうにかして隠れていろ! なんとか隔壁にはブチこんだが、それも長くは持たねぇ! いいか、司令部からの命令じゃなくてファーストとしての命令だ!」
どういう意図でその言葉を発しているのか、サクラにはわからない。
でも尊敬する先輩の言うことなら、新しく任命された彼女の相棒として答えないわけにはいかない。
言われるがまま、脚を動かす。
けれども力がうまく入らず、そのまま尻餅をつく。
駄目っス、なんて口にしようとしてそれすらも出来ないことに気づいた。
言葉じゃ駄目みたいだから視線でどうにかやり取りをしようとして見ると――今までにないくらい必死になったフキの表情が見えた。
そして――ひと際大きな轟音が隔壁から聞こえてくる。
「もうこれ以上は……ッ! フキ、やっぱりまだ呼びかけよう! あの剣を握っておかしくなったんなら、取り上げればきっと元に――」
「あぁ!? その間に何人死ぬ!? そもそもアイツの懐に入れんのか!? 正気のアイツから一本でも取れるようになってから言え!」
「……ッ! でも、それでも先輩は――!!」
セカンドとファースト、立場の隔たりなど金繰り捨ては憤りにも等しい言い合いが、此処にきて展開される。
竜胆要人という個人を知ったうえで、『DA』を重んじるモノとそうでないモノ。その決定的な差が、ここでも生まれていた。
「……ッッ!! いい加減にしろよエリカッ! このままじゃ私達だけじゃない、サードの連中が真っ先に殺される! 戦えないやつらが、何も出来ずに死んでいくんだ! もしそんなことにでもなってみろ! それこそ『DA』本部の壊滅だ!」
「それは、私達が先輩の本部での現状を黙っていたのが原因でしょっ! 利用するだけ利用してっ、最後に捨てるだけなんて家畜と変わらない!」
「お前は仲間が死んでも良いって言うのかよっ!」
「だって先輩は、何も悪いことをしていないっ!」
二人とも、喧嘩はよくないっスよ、なんていつもの軽口を放とうとした――その瞬間。
「――ッ!!?」
「きゃッ!!?」
キン、と甲高い音と共に一瞬、白い光源が広場の一角を熱と衝撃を伴って塗り潰した。
負傷者の撤退、『殺人貴』の迎撃において矢面に立っていたフキとエリカが、不幸にもその余波を一身になって受けてしまう。
否、それも仕方のないこと言えよう。
なんとか押し込めた彼を隔てる壁の中は密室。侵入してきた敵を閉じ込め、確実に仕留めるためのもの。
そんな中で爆発など起こせば、その攻撃の影響を一番に受けるのは
そも、誰が予想出来ようか。
己らを滅ぼそうとしているものが――自身の生存を全く顧みない怪物であることなど。
「……? あ、れ……? フキ先輩……?」
かくして、その場所においてサクラはついに一人になる。
先ほどよりハッキリとした言葉遣いが、孤独となった戦場で木霊する。
たった今起きた爆発は、淀んでいた彼女の意識の覚醒を促すには十分なものだった。
意識があるものとそうじゃないモノ。程度の差はあれど、その現状を認識できるものがただ一人だということなら、それは独りと大差ない。
護り、導くものが居ない戦場において彼女の状況は――狩人に追い詰められた獣と同じであった。
「……くそ、体、マジで力入らない……」
かつ、かつ、と、この混沌とした戦場には似合わないゆっくりとした歩みを知らせる音が、サクラの目覚めた意識へと強制的に情報として打ち込まれる。
それは人間としての生存本能か、あるいはリコリスとして培った経験によるものか。
自身が陥った状況を、知覚ではなく感覚でサクラは理解する。
袋の鼠。よくて屠殺寸前の家畜が良いところ。
しかし、意識は覚醒しても体はそうはいかない。
ダメージは既に限界を超え、こんな状況だというのに肉体に休息を強いてくる。
そして――。
「〝――――〟」
「…………あ」
――ソレの姿に、サクラは絶句した。
爆発を防いだのだろうか、耐熱性と防弾性に優れたリコリスの上着を盾の様に構えていた『殺人貴』は、ボロ炭となったソレを乱雑に投げ捨てる。
そして露わになる――焼け爛れた肌。
至近距離の爆発だったのだろう。灼熱と化した爆風を受け止めた上着の下にあったであろう腕は、真っ赤に腫れ上がり爛れている。
ワイシャツは肘から先は焦げてなくなっており、その威力を否が応でも彷彿させた。
なにも、酷いのはそれだけじゃない。
「〝――――〟」
隔壁の中で何をしていたのか、剣を握っている腕がスクラップになった鋼のがらくたみたいにひしゃげてる。
腕全体が在り得ない方向に折れ曲がって、何度も打ち付けたのか、その拳には白い骨らしきものが赤く擦り潰れた血肉の中でちらついていた。
痛そう、なんてものじゃない。それでもなお歩みを止めないのが、余計にサクラの中の怖れを加速させる。
そして、『殺人貴』はその怪我をなんてことないように――。
「……ぇ……?」
――
めきゃめきゃ、と生々しく骨が肉の中で暴れ、矯正させられている音は否が応でも耳に届く。調子を確かめるように開閉を繰り返すたび、それは徐々に歪ながら正しい形を取り戻していった。
その姿に、サクラは明確な恐怖を覚える。あまりの悍ましさに吐き気すら感じている。
痛がりもしなければ呻き声一つあげない。絶対に痛いだろうに、それを一ミリも伺わせない無反応っぷりに脳が理解を拒み、やがて理解出来ないモノへの恐怖として変換された。
これじゃ、どっちが死んだかわかったものじゃない。
否、目の前の男にとって、生きているこの世こそが『地獄』なのだと理解させられる。
「……、……地獄かよ……死んどけよそこは、生き物として」
だから、そんな感想が出てきてしまう。
ではその中心に立つ『殺人貴』の姿は、さながら地獄で罰の執行を担う極卒か。
苦しみを与えるだけのソレは、相対する彼女の瞳にはいっそ閻魔の方が慈悲深く映ろう。
なんにせよ、この戦場に立っている以上は生きた心地なんてどこにもありやしない。
それがついに、乙女サクラを見据えた。
「〝――――〟」
「……ぅ……!」
理性も本能すら宿らない部品めいた瞳孔に、サクラは体のあらゆる機能が強制的に停止させられる自分を錯覚する。
それはどんな皮肉か。
此処に来て、他のリコリスより優れた性能を持つサクラは、明確に己の『死』と対面したことで微睡んでいた筈の意識を完全に、強制的に覚醒させられる。
なまじ優秀であったが故に、認識しなくて良い『死』を肉眼で見据えることになった。
その恐怖は、計り知れない。
「……は、はは……じ、冗談にしちゃ、笑えないんじゃないんスかね、先輩……ってか、本当に先輩なんスか……? なんか、さっきと全然違いません……?」
「〝――――〟」
声を震わせるサクラへと静かに視線を固定する、人のカタチをした異形。
それっぽく軽口を放つ彼女だが、自身の声がどうしようもなく目の前の怪物に対する恐怖に溢れていて、体はその怖さを中和せんと知らずのうちに笑いがこみ上げてくる。
サクラは、少し前にこの人を煽り倒していた自分を殴りたくなる。
この刃を振るだけの人形じみた今より、打てば鳴ってくれる少し前の彼の方がよっぽど人間らしさに溢れていると言えよう。
だが、本能で理解する。カタチを持たない感覚が、ソレを認識させる。
この『殺人貴』に恨み嫉みなんてものあるワケがない。
ただ
そんなものを、どうして人間などと言えようか。
「……へへっ、最後くらい役に、立たなきゃ、死んでも先輩に怒られそうだ……!」
だがそれも、彼女は笑って押し殺す。
極限にまで到達したそれらは臨界点を超えて、眼前で明確になる『死』への認識を薄らせるべく、サクラの意識を半ば強制的に昂らせた。
足が使えなくても腕がある。口がある。指がある。そしてその指が動かなくなるのであれば、自身の指を斬り落としてでもこの敵へ一発お見舞いしてみせよう。
そして、そう気丈に拳銃の引き鉄へと指を掛けたその瞬間――それが明確な終わりの合図となる。
「――――あ」
瞬間、迫る黒い影。
拳銃じゃ影を捉えられない。たとえそれが実体を伴うものだったとしても、眼で追えないのでは引き鉄を引いても意味がない。
間抜けな声が――自身の遺言だと理解する。
不細工な終わり。片手間に処理されるゴミみたいな死を、置いてけぼりになった知覚が迫る刃と一緒に見据える。届く頃にはきっと、真っ暗な絶命が待ち受けてる。
その呆気なさが逆に、ソレを現実であると証明した。
「――――」
本当に、此処で終わりらしい。
尊敬する新しい相棒と、もっと一緒に仕事をしてみたかった。
まだ買って間もない、開封すら出来ていない積みっぱなしのゲームがあった。
ファーストに、なりたかった。
「――、――ぅ」
覚えのない、久しく忘れていた透明な、熱を孕んだ声の無い叫びをサクラは思い出す。
やれること。やりたいことが、まだ、まだ、まだ、まだ。
まだまだまだまだ、たくさんあったのだ。
それもこれも全部、始まったばかり。
自分の本当にやりたかったことは――始まったばかりだったのになぁ、と。
そんなもう叶いもしない願望を残しながら、とっくのとうに手遅れになっている引き鉄を、サクラは握った。
「よぉーし――」
――その刹那。
「――せぇーーーーーのっ!」
――そんな能天気な叫びと共に赤い砲弾じみた蹴りが、『殺人貴』の全身に命中した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『たきなにもやって貰いたいことがあるから、ちゃんと着いてきてね』
戦場の気配を肌で感じ取れるくらいに彼に近づいた時。
その言葉を走りながら聞いた時は何を、なんて聞いている間もなくて。
たきなの隣を走っていた筈の千束は――今の自分じゃ到底追いつけない重い加速を以て、足場の無い虚空へと跳躍した。
命知らずのショートカット。
人外染みた三次元起動。
六階層はあるであろう高所からの、重力を殺し身にかかる慣性すら掌握した速さの実現。
螺旋状に配置される寮の廊下の
それは確実に、一人のリコリスを確実に救い上げた。
「全くあの人はホントに……!」
無茶ばかりする、とたきなは胸中で独り言ちる。
とは言え、やはりすさまじい。
あれだけ広がっていた被害を、千束が現れた途端その進行を停止した。
停滞していた戦闘音が再び聞こえてくる。
ならば、今しかない。
『殺人貴』となった彼は幾多の確率を模索する。
本人すら定かではない『目的』のために、あらゆる可能性を探り、破壊するのだ。
であるのなら、千束ほどの使い手をどうして野放しに出来ようか。その存在証明たる鏖殺を阻むモノを、どうして無視できようか。
倒せるか否かはまだ測れない。
だが、これ以上彼によって生み出す被害を食い止めるには、十分過ぎる成果であった。
――それこそ、自分じゃ到底実現できないくらいに。
「――っ、急がないと」
そしてたきなも、その階段なんてない場所を伝って飛びおりた。
落下防止の隔たりとなっている廊下の手すりを階段代わりにして、脚をひっかけながら着実に戦闘が始まっている噴水広場へと降下していく。
……たきな自身も十分人間離れした動きを見せているが、戦闘の空気に当てられた彼女にそれを自覚しろというのも無理な話。
そして、銃を構えたまま茫然としているセカンドリコリス――乙女サクラの下へ向かう。
「立てますか」
「……え、あ……アンタ」
「その様子だと動くのは無理ですね。肩を貸します。応急処置は、移動が完了してからで。急いで此処から離れないと巻き込まれます」
「……」
「早く」
自分を見て目を見開くサクラの姿に、たきなは気にも留めない。
事実、背後では銃撃やら剣戟やらの音でとんでもないことになっている。会話らしい語り掛けをしなかったのも、そもそも返答できるような状況じゃなかったからに他ならない。
それでも流れ弾一つ此方に飛んでこないのは、千束の高い技量が成すものか。
だからこそ、そんな後ろを気にする素振りを見せず、たきなは半ば強引にサクラの肩を組んだ。
だから、そのサクラの顔が苦々しく歪められていることに、気づくことはなかった。
「頭の傷以外に痛む所がありましたら、言ってください」
「……別に、大丈夫っスよ」
「そうですか」
そこから会話が止む。
たきなは、必要以上の会話をするタチではない。サクラも自身も今の容態と、たきなが自身の『前任者』であることも相まって、普段の軽口はナリを潜めている。
やがて、戦闘の余波が及ばない、一応は安全な場所へと辿り着いた。
「……」
「……」
粛々と進められる治療行為においても、二人は何も語らない。
接点がないと言えばそれまでだが、それ以上に二人には余裕がない。
片や彼を止めることに。これ以上被害を出さないために。
片や目の前のたきなの存在に。そして自分がそんな奴に治療されているというこの状況。今わの際を見られたという事実に、なんとも言い難い感情を感じている。
だから――。
「止めるんスか。『アレ』を」
此処にいて、自分を治療している時点でわかり切っている筈なのに。
サクラは愚問とも言える問いかけを、たきなに投げかける。
「止めるんです。絶対に」
「無理っスよ……アンタ、一度殺されかかったんでしょ。今更何が出来るんスか」
「策はあります。あの時は、私が一人だったからこうなった」
「策があって止められたとして、あの人『DA』に残れるんスかね」
「……」
「最初こそ楠木司令の判断は意味わかんなかったっスけど……こうなる可能性を知ってたってんなら納得もする――私は、あの人の処刑に賛成っスよ」
手当を受けながらサクラは口を開き、たきなが応えていく。
繰り広げられるのは会話とは言い難い事実確認。
たきなだってわかっている。リコリスとしてニュートラルな存在だからこそ、今のサクラが口にする事実は正しいことを。
それでも、納得したくない。
彼と彼女にもたらす結末がこんなものだというのは、どうあっても容認できない。
『彼』と同じだ。
自分より先に居る女の子の境遇に納得が出来なかったから、くだらないと一蹴される意地を、こんな状況になっても張り続けている。
「――サクラの言う通りだ。竜胆は、私達が責任を持って此方で処理する……処理、してやんなきゃならない」
「……」
避難を終えたのは、何も彼女だけじゃない。
意識を無くしたエリカを背負うフキは、その厳しい声色のままそう告げる。
切羽詰まった声はなりを潜め、すっかり普段通りの様子を見せる彼女の姿に、たきなは無言で見据える。
咎めるモノではない。
それはそうだと。
そのように不可逆な現実を唱え続けている自分の中の『リコリス』を、肯定したのだ。
「まだ此方側に
「……フキ先輩的に、あの人に対する勝率ってどんくらいなんすか」
「……」
「あー、先輩?」
「……良くて二割だ。たきなを合わせても三割行くかどうか。それも完全に不意をついた状態で、だ」
「うへぇ……十八番の奇襲も駄目ってなったら、殺すどころじゃないっスねそりゃ」
「ああ――クッソ気に入らないが、結局の所アイツに全てかかっている」
アイツ、と言われてこの場において気づかない者はいない。
会話が途切れ、迸る戦場の気配へ三人は視線を向ける。
それぞれが見える範囲。彼女が居る限られた条件下での安全圏である上階においても、その戦いを観測するのは容易かった。
問題は――その爆心地たる二人の動きを理解できない点だろう。
「あの人が先輩の言っていた、千束っスか。たしか、あの先輩といつもセットの」
「言っておくが、あの間に入ろうなんて考えるなよ。アイツの足を引っ張るだけだ」
「いやいや無理っすよ……なんスかあの動き。意味わかんないんですけど。なんか、もうあの人一人で良くないスか」
「……」
――――それは、御伽の再現だった。
肌を切りつける剣気。空気を殴りつける銃声。
剣は銃身を捉え、銃身は剣を捌く。剣戟じみたそれらは絶え間なく、二つの影になって交錯し続ける。
嘶く鋼。唸る鏃。薙ぎ払われる刃が雷鳴なら、大気を穿つ弾丸は閃光のソレだ。
その光景を見つめている僅かな視線は、もはや目で追うことを放棄している。
もっとも、それはその渦中にいる『殺人貴』と千束とて例外ではない。
片や死んだ体でなお、
片やこれまであらゆる死中に活路を見出してきた、視覚という五感としての機能を優に通り越した観察。
追う者と追われる者。
過去に例を見ない史上最強の性能を誇るリコリスと、突然変異の如く現れ『DA』に君臨する堕ちた山の御使い。
千日手となるのは時間の問題。
しかし――それでも優勢なのは千束であった。
「〝――――〟」
「――――」
――また一つ、『殺人貴』の身体に赤い銃撃が着弾する。
幾度となく木霊する衝撃音。甲高く金切り音を上げれば、黒い銃口が火を吹いた。
だが、どれも間に合わない。
『殺人貴』の振るう刃は一度も、この目の前の女に届かない。
刃を振るえばその関節が。退けばその脚が。武器の持ち方を変えればその持ち手を狙われる。
『殺人貴』はその理由を模索した。感情を排した頭は純粋な演算機として、搾りかすすら残らない人間性をくべていく。
実弾であれば、既に何度殺されていたかわからない。
先の先。連続する一転攻勢。まさしく先手必勝の究極とも言える眼前の赤い女の動き。
――当然の結果である。
これは既に二度目の戦いだ。こと錦木千束というリコリスの前で在り得ざる二度目の戦闘、その先に待っているのは極限にまで研ぎ澄まされた観察による蹂躙しかあり得ない。
何より、『殺人貴』は知らない。否、忘れている。
一体、何度見てきたと思っている。
どれだけ近くで、見てきたと思っている。
たった半年でもなお、彼が積み上げてきた日々は『殺人貴』が培ってきたであろう地獄を凌駕する。
そこに、駄目押しだ。
「――二丁って、映画の中だけの話でしょそれ」
極限のやり取りの中で捕捉した千束の両手には、二丁の拳銃が握られていた。
非殺傷弾はその弾の性質上、威力はおろか命中率も低い。
だからそのために近づき、無駄弾なく対象を仕留めるためにシビアな残弾調整が求められる。
それは、武器として破綻している。銃が持つあらゆるメリットを、あらゆる面で潰しているということなのだから。
故に、それを実戦に投入可能なレベルに持ってきたうえで戦力の向上を図るには――未来予知じみた視覚と、それを実現可能な思考速度が求められるのだ。
――――あの『殺人姫』に敗れた彼女が導き出した、一つの答えである。
「あいつの『眼』なら、それも実現できる範囲内の技術ってことだ」
「……同じリコリスとは思えないっスね、アレ……それなのに実弾使わないんスかあの人」
「――んなの、私が知るかよ」
そう悪態をつくフキを尻目に、サクラはその終わりを見据える。
赤く舞う粉塵が徐々に多くなっている。当たる度に『殺人貴』は怯み、その火傷と粉砕した体によって既に限界を迎えている。
――――かのように、思えた。
「――いや」
「――違います、アレは」
夢見うつつのうわ言のように、たきなとフキは口にする。
片や千束を理解していたが故のこと。
片や要人を理解していたが故のこと。
既に『殺人貴』は死に体だ。
だからこそ感じる予感。
肌を奔る剣気。凍り付いたかのように停止を錯覚する緊迫は、とてもそれだけじゃ終わらに気配をこれ以上ない程醸し出している。
そこで初めて『殺人貴』は――初めて『構え』らしきものを取った。
「――――」
それは彼に体術の手ほどきを受けてきたたきなだからこそ感じ取れる違和感。
竜胆要人が無意識下において行使する体術にして移動術でもある『魔風』――その本質は力によらない、人間離れした機動力によって生まれる
全ては風が赴くままに。あらゆる感覚を研ぎ澄まし放たれるソレは、相応の『触覚』が存在すればその身に集積するであろう重力すらも自在となる。
だからこそ、その動きに
王道など自分には過ぎたモノ。
型破りという邪道こそが常道である。
それを把握する筈の彼が――構えを取るという事実に、たきなはギリギリまで気づけなかった。
そして、それを示すかのように。
「〝――――体は剣で出来ている〟」
これまで頑なに口を開くことをしなかった『殺人貴』は――その祝詞を口にした。
今回はここまで。
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