山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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13話

 

 

 

 

 

 

 

 

 重い加速をその身で感じ取る浮遊の中、銃声は轟いた。

 伝導する反動に骨が軋み、たきなの全身に刻み込まれた傷へと染み渡る。

 銃口より噴き出る閃光によって一瞬、明暗が反転する視界。

 弾丸が描く軌道の先には、凍てつく気配を纏う『殺人貴』の姿がある。

 

 たきなによる攻撃の『意』を消し去った銃撃。

 通常の弾丸では彼には届かない。弾丸が視界に入ろうものなら躱し、躱せないのなら弾き、あるいは斬る。ましてやそれが『殺意』の込められたものであるのなら、その結果はリリベルが身を以て証明している。

 故にこの場における最良は、『奇襲』。

 タイミング、意識のズレ、流転を続ける戦場の気配、あらゆる要素を利用し、掻い潜った結果による死角からの奇襲。どれか一つでも達成できれば奇襲として成立するソレを、『殺人貴』の前ではその全てを揃えていなければ攻撃にすらなり得ない。

 

 そのうえで放ったたきなの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()銃撃。

 

 

 だが『同化』のその瞬間。

 

 

 彼女は、確かに視た。

 

 

「――――」

 

 

 ――夥しい血を纏う森。

 ――頭蓋を砕き人肉を散らす獣。

 ――バラバラに崩れ落ちる『子ども』の肉体。

 ――――その先に居る、黒い剣士。

 

 

「は――――ッ」

 

 

 そして彼女は垣間見る。

 記録と記憶の狭間。()()()()()()が引き起こす疑似遡行の最中――。

 

 

 

 

 『殺人貴』が放つ絶技の一端である――『停止の極点』を。

 

 

 

 

 ――――故にこそ、この結果は必定である。

 

 

 

 

「な――」

 

 

 

 

 渾身の力を込めた奇襲によって――()()()()()()退()()()

 

 

 

 

 その後退は、目測にして二〇メートル。

 それは実力差を考慮すれば行き過ぎとも言える距離を『殺人貴』は跳んだ。

 ほとんど直感だったのだろう、『殺人貴』にとって最低限の安全圏とも言える距離が二〇メートルという結論であった。

 

 生き物としてのスペック差に驚愕する間もなく、空中に居る二名を――目一杯()()()()()その冷徹な瞳に収めた。

 

「――、――!」

「ッ――――!」

 

 息を呑む。生物として正常に発せられる本能が否が応でも危険を察知し、声にならない声が体内で滞留する。

 その緊張感に、たきなとエリカは思わず心拍の停止、人を象る『死』を認識させられた。

 

「(失敗、失敗した――!)」

「(うそ――)」

 

 宙の的となった二人はその事実に、ただただ歯噛みする。

 なぜ、どうしてと考える暇などなく、ただ()()()()()()()のだという事実を、その当人であるたきなが把握する。

 

 ――外的要因など存在しない。

 事実、たきなとエリカの奇襲という回答はこれ以上なく正しかった。

 誰もが正面から『殺人貴』を仕留めようとした結果、返り討ちに合っていた中、この二人だけは冷静にそれ以外の対処を行っていたのだ。

 ならばその失敗の原因とは、彼の中で燻る『竜胆要人』の残滓に他ならない。

 

 

 そして躱された以上――千束でも敵わなかった相手に正面から相対する他ない。

 

 

「〝――――〟」

 

 

 二名を捉え逃がさないと告げる伽藍洞の双眸。

 識別対象の切替、既にフキやサクラのことを『殺人貴』は眼中に捉えていない。殺害手段か、遅延行為か、どちらへの対処を優先するかなど言うまでもない。

 どこかのリコリスの持ちものか、足元に散乱していた銃を、『殺人貴』は脚を用いた曲芸染みた動きでソレを拾い上げる。

 

 二名の襲撃者は身動きの取れない空中。

 たった一人の反撃者の手にはそれらを一方的に嬲り殺す射出機構。

 あらゆる局面から見てもわかる詰み。奇襲という渾身の逆転の一手はこの時点で潰えている。

 

 

 故に迎撃は、不可能。

 

 

「――エリカさん!」

「――たきなっ!」

 

 

 ――『殺人貴』の前に立つのが、ただの暗殺者であったのなら。

 

 

 たきなとエリカは飛来する弾丸の雨――ではなく、空中にてお互いに向き直る。

 足の踏み場もなくこの間合いから仕留められる得物もない。何も出来ない筈の空中において二人の選択は、全霊による回避。

 そも、無茶無謀など委細承知。

 渾身の一撃が回避された? 二人で当てられるモノならこんな事態になっていない。

 足場がない? 無策で空中に躍り出る愚かモノであれば、『殺人貴』を前にした時点で既に骸へと変わっている。

 

 ゼロから一〇〇の攻撃から回避への切り替え。

 迷走の暇など不要。不始末は成果で帳消しすれば良い。

 

「脚をッ――!」

 

 未熟なれど彼女らは禍つ風を纏うモノ。

 身体に掛かる慣性の掌握とは即ち、あらゆる地形に対する認識すら含まれる。

 そこにその体術を行使するモノが居るのなら、それもまた()()()()()()()()()

 

 宙にて繋がれる両者の両脚。

 

 同じ力、同じ技術で連結した二人の足は、即席の足場として機能し――二つの風は、此処に結ばれる。

 

 

「――――!」

「――――っ!」

 

 

 磁石の様に吸い寄せられた足裏。同じ系譜の体捌きによって生み出された膂力は、即席の踏み場としては上出来すぎる。

 互いを足場とした跳躍とほぼ同時に、空間を奔る火花がたきなとエリカを通り過ぎる。

 投げ出した体は蹴りを反動に、行動不能となった空中での移動を実現する。

 その挙動は半ば本能と反射、生物的な死を断定した二名の肉体はほぼ同時に、その命令権をリコリスとして機能する理性へと投げ渡した。

 その理性が判別する統一された装備による範囲と飛距離を含めた有効射程の見切り。

 

 故に、それだけじゃ終わらない。

 

「次!」

「私が――!」

 

 縦横無尽に、廊下の壁を蹴り巡る。

 見えない喧騒すら感じる広場にて、音も無ければ粉塵すら巻き上げることもなく、戦場を巡る二条の影と化す。

 装備の限界火力の把握によって全霊の回避は、次弾の攻撃へと転じた。

 同じ手は使えない。だが手勢を緩めれば『殺人貴』があらゆる殺害手段を用いて二人を確殺に掛かる。

 

 故に、考察する。

 体術、人数、配置、武装と。今の奇襲が通じないのであれば、此方が有利だと言える要素を全力で用いてその活路を考察する。

 格上の相手を捌き切る算段を。

 無論、それが出来なければ死ぬだけだ。

 可能か、不可か。それを考慮する時間は、今の彼女たちには存在しない。

 幸い、この場所は立体物に溢れている。戦闘の結果、形状が変化している場所は足場としては最悪。

 

 だがそれで良い。

 

 元より、『殺人貴』をまともに相手取る気は一切ないのだから。

 

「だからまずは――!」

「〝――――〟」

 

 攪乱より最初に脱したのはエリカ。

 二発。引き鉄を引きながら加速の乗った蹴りが繰り出される。弾速と肉体の出せる速度の差異は、三段構えの『檻』となって『殺人貴』の動きを回避と迎撃の二択へと誘導した。

 彼女らの狙いに、『殺人貴』は見当がついている――それは攻勢中の二人もわかってる。

 だからこそ、狙われるのは彼女。

 強い個体を弱い個体。同位体としてれっきとした差が二者の間では存在している以上、どちらを狙うかは明白だ。

 

 『殺人貴』は手を翻し、ナイフを逆手に持ち替える。

 迫る刃に己の死を感じ取れど、眼で追える速度ではない。

 エリカに錦木千束の様な『眼』はない。たきなの様な鍛錬によって導き出された技術の複製も彼女には出来ない。

 

 だが――。

 

「〝――――〟」

「ッッ――!」

 

 ――その弱さこそが、この状況において間引くことの出来ない『強み』へと活きる。

 加速の軌道上に突き立てられた刃を弾く金切り音。

 回避と迎撃、その二択の先に()()()()()()()()()()()()()によって、『殺人貴』は虚を突かれる。

 彼女は囮。

 『殺人貴』の持つ冷徹なまでの合理性は武器だが、同時に利用できる。迷いを感じさせないように意図的に作られた体だからこそ、つけ入る隙が生まれる。

 彼の選択肢を狭め、そして行動を誘導するために敢えて放置された刺客。

 

 故に『殺人貴』は()()()()()

 それを認識した所で既に遅い。

 

 禍つ風は、既に次の一手を繰り出している。

 

「――、――!」

 

 懐に迫る青い暗殺者。

 姿勢は低く、予備動作が消えたソレ。膝、肩、股関節と、倒れ伏すかのような滑らかさを以てその足元へたきなは迫る。

 その手に握られた拳銃、ではない。銃撃がどんな距離であれ意味を成さないのは先の戦闘で判明している。

 

 よってここは、体術の一択。

 『魔風』の慣性はまだ生きている。移動によって生じた加速の重みは依然として、たきなの体の中を巡っている。それを利用しない手はないだろう。

 かの体術は力の流れを掴み取る。

 それは移動だけでなく、他の動きにも転用できる。

 

 

 放たれるのは慣性を累乗させ重い加速によって振り抜かれる躰道(たいどう)の――卍蹴り!

 

 

「〝――、――〟」

 

 蹴り抜かれた頭部を震盪する衝撃。

 びりびりと大気と鳴動する大砲じみた蹴り技に、『殺人貴』は打ちひしがれるしかない。

 そして『魔風』によって最大効率で放たれる蹴撃の威力は常人に留まらない。

 

 結果、『殺人貴』はその威力を殺しきれず吹き飛ぶ。

 

 本当の機械であれば違った。あるいは人間でなければあるいはそのまま反撃を繰り出すことすら出来ただろう。

 『殺人貴』がひとえに人間の名残を残していたからこその現象。

 

 『人』に機械の作りを取り入れること自体、無理があったのだ。

 

「通じた、通じたよたきな……!」

「ですが次はないでしょう。このまま新しい手を考えます」

「うんっ!」

 

 よって、最初の一手を制したのは二名のリコリス。

 瓦礫に叩きつけられる『殺人貴』を見届け、たきなとエリカの二人は小休止として後退する。

 そこには、その二人の連携をあり得ないものを見ているかのように呆然としている、傷だらけのフキとサクラが居た。

 

「マジかよ……そもそも吹き飛ばせるんスかアレ」

「ンなこと今はどうでもいい……! たきな、お前……! 千束はどうした!?」

「千束はまだ復帰できません。それより、可能であれば援護してください」

「援護って、お前ら正気か!? さっきの千束とアイツの動きを忘れたとは言わせねぇぞ!?」

 

 そんなこと、わかってる。

 状況は好転しているようで好転していない。

 依然『殺人貴』は健在。加えて此方が保有するのは既に手負いのリコリス四名と、この盤面を覆す特記戦力である千束はダメージによって沈黙している。

 端的に言っても相対する『殺人貴』の性能はたきなとエリカの上位互換。廉価版の技術を持つ人間が二人現れただけで戦況がひっくり返るならとうに状況は好転しているだろう。

 

 だけど――。

 

「関係ないです」

 

 そう、関係ない。

 そもそも、その結果はもはや意味を成さない。どんな選択を取れど、袋小路となった今となっては、待ち受ける結果は敗北による死に収束している。

 

 それに、もう決めたのだ。誰が何と言おうと、彼女は選んだのだ。

 

 

 ――絶対に、助けるって。

 

 

「そもそも正気じゃこんな真似できません。それより構えてください、私の読みが正しければそろそろ立ちあがりますよ。大事なのは発想です、手榴弾投げましょう手榴弾。大丈夫、これくらいじゃあの人は死にません。たぶん」

「急に超喋るなコイツ……!」

「つーかアンタなんかさっきとキャラ違くないっスか!?」

「おいエリカ、たきなのやつもしかして頭でも打ったんじゃ……」

「いや、私にはわかる――たきなは、ハイになってるんだ」

「そんなこと見りゃわかんだよ態々言わなくたって……! クソっ、どうなっても知らねぇからな!」

 

 幸い、まだ巻き返しは効く。

 状況は変わっていないが、少なくとも千束を相手にしていた時の『圧』は感じない。

 皮肉にも一度たきなを殺しかけたという事実が効いているのか、あるいはたきなに()()()()()()()()のか、どうにも当たりが弱いように感じるのだ。

 

 そして、瓦礫が動く音がする。

 緩みかけた空気が再び引き締まるのを四人は認識する。

 うだうだと迷うのはもう終わり。こうして共に前線で足を並べている以上、協力の手はあるだけあった方が良い。

 

 

 そして、そんな時を待ち伏せていたかのように――。

 

 

 

 

『――こちら司令部、応答しろ』

 

 

 

 

 その士気に冷や水を浴びせ調律するような声が、たきはを除く三名のリコリスの耳に届いた。

 

「……司令部、今は――」

『千束はどうした』

「……依然、気絶中です。アイツはもう暫くは目覚めないかと」

『そうか……では、誰か一人たきなと変われ――話したいことがある』 

「……」

 

 そしてその内容は通信機器などなくとも、今のたきなには届いていた。

 鋭敏になった感覚は必要以上に、その機能を果たしてくれている。

 

 

 だからこそ、たきなが浮かべる表情がどこか殺気だったものであることを、誰一人触れることは無かった。

 

 

「楠木司令、カナメさんは――」

()()()()()。だからお前はそのまま聞け』

「……」

 

 そんなの、信用できない。

 事の発端を担う人間の一人であろう彼女のその言葉に、彼を殺さない保証がどこにもない。

 

 だけど、それでも聞こうと思ったのは。

 

 この通信越しでもなお感じ取れる、おおよそ見たことがない――楠木の『熱』をたきなが感じ取ったからだった。

 

『今お前が頭の中で組み立てているであろう算段に、我々の秘策を組み込む。上手く行けば、千束しか追うことが出来ないアイツの動きを確実に十秒は止められる』

「……その内容は?」

 

 

『――それを話す前に、聞いておくことがある』

 

 

 そして、一瞬だけ溜めを作った彼女は重く、

 

 

 

 

『たきな、お前は――アイツの為にどれだけ命を張れる?』

 

 

 

 

 ――そんなの、決まってる。

 

 それは彼と組んだ時から決めていたこと。

 怒られるかもしれない。心配されるかもしれない。

 

 だが生憎と、それはお互い様だ。

 

 

 

 

「――――死んでも、構わない」

 

 

 

 

 だから迷わず口にする。

 

 迷わず命を張るものには相応しい対価を、同じく命を張ってくれた二人の為に。

 

 残酷で、惨くて、どこまでも合理的な彼女の答え。

 釣り合う対価があるのなら、たとえそれが死神との契約だったとしてもその全てを差しだそう。

 

 

 それこそが――井ノ上たきなというリコリスが選択した在り方だ。

 

 

『――そうか』

 

 

 そして、通信越しに聞く尊敬していた司令のその声音は。

 

 

 

 

『ク――』

 

 

 

 

 戦場が生み出した幻聴か否か――どことなく不敵に笑っている彼女の姿を、たきなは幻視した。

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。

何がとは言わないが、『直死』ではない。

ただ、『停止』も解釈に富んでいるということなんや。

お気に入り、評価、感想ありがとうございます。

それでは。
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