「エリカちゃんに、たきな、フキにサクラね――それで、申し開きは?」
「「「すいませんでした」」」
怒髪天と称す他ない千束の音の無い静かな怒りを見届けて数分。
四人を僕の前に引きずり出して始めた千束の公開処刑……じゃなくて説教。時代が時代なら魔女狩りめいた免罪も免罪な異端審問とも言えるソレが終わってしばらくのことだ。
現在、踏ん反りかえってベッドに陣取る千束と、リコリスとして鍛え抜かれた肢体にモノを言わせた無駄に綺麗な正座を披露するたきな、蛇ノ目さん、フキさん、サクラちゃんが一同に介している。
「……」
「……」
そんな中、勇猛と言うべきか蛮勇というべきか、フキさんだけが僕に恨めし気な視線を送っている。心当たりがあり過ぎるのがなんとも。いつか殺すと視線が語っている。
いや、どのツラ下げて止めれば良いというのだ。
僕が出来ることと言えば、取り敢えず今後はマジで千束を怒らせるのはやめよう、という申し訳半分の心掛け程度のものだ。
なにも進んで誰かの死体などみたくないし、僕自身こんな形で己の屍を披露するなど大変不本意なのである。
……もっとも、死に方を選べるほど殊勝な生き方など出来るわけがないんだけども。
「……楠木さんの指示でカナメくんの自殺防止と起きた時の万が一を考えてフキとサクラの二人がスタンバってた……そこまでは良い」
「いいのか」
「カナメくん」
「ウス……」
有無を言わさない圧が込められた声音に迷わず沈黙。情けない限りだが、もはや発言権どころか人権すら危うい状況であるが故に仕方ないと言える。
冷静な判断でよろしゅうございます――なんて余計な事を一言でも口にしようものならタダじゃ済まされないという危険信号じみたアレを確信させられる。
心なしかたきな達に向けたソレよりも純度の高い怒りを向けられているような気がして気が気でない。
「しかぁーし! うら若き女の子の睦言を盗み聞きしたうえでそれを誤魔化そうとするさもしい根性は見過ごせんぞ!」
「大いに誤解を招く表現はやめろ……」
「怪我も治ってないのにフルスロットルですね千束」
「ムツゴト……」
「コイツが難しい言葉を使ってるって時点で凄い違和感あるよな」
「フキ先輩、今のツッコミ所はそこじゃないっス……」
そして、事態はビシィッと擬音が聞こえてきそうな指さしをした千束による尋問フェーズへと突入した。
「まずたきな! なんでその監視組になんでいるの! 私達の中じゃ一番重症なんだから寝てろ!」
「同じ病室だった筈の千束が居なかったので、居てもたってもいられず……それを言うなら千束だって傷が――」
「ハイ次! エリカちゃん、何故に止めない! 病室残ってたよね!?」
「言っても止まんなかったんです……! それに傷の具合で言えば千束さんの方が――」
「ハイ次ィ! サクラ! 汝は何ぞや……!」
「もう苦しくなってるじゃないっスか……あ、私はこの面子で待ったをかけろなんて無理なんでノーカンってのは?」
「おのれは一緒に正座してる意味を理解しろ……!」
自身の墓穴の発掘を続けている千束は、サクラちゃんの言う通り苦し紛れの足掻きを続けている。元が穴だらけであるが故にその作業は捗るのは当然と言えよう。
「……」
だが、うがぁーと憤る千束のそんな様子に――少しだけほっとしている自分がいるのも事実。
正直、あのまま『その先』の言葉を言われていたらどうにかしてたと思う。
考えてみろ、僕だぞ。現状よくて殺人未遂犯な僕が千束と
……今の僕に、その想いに応えられる資格があるとはとてもじゃないが思えない。
そんな自分にやり切れないような、千束に報いることの出来ない自分に言語化出来ない感情が胸の中でうそぶく。
だが、決めたことだ。
僕が彼女の想いに応える時は――僕自身が僕の罪に裁かれる時だって。
「――オイ千束、竜胆のやつがまた余計なこと考えてるぞ」
「え、あー……もうこの子少し目を離すと死にそうな顔になるー……はいはーいカナメくーん、ほったらかしちゃってごめんね」
「……待て、僕は別にそんなことは、だからその猫撫で声はやめ――わぶっ」
やめろ、と言う間もなく、ぎゅーと千束の胸元へ抱き寄せられる。扱いがもはや一歳児とか幼稚園児のソレなのではなかろーか。
そして不可解なのは――そんな能天気極まりない僕の姿を見ているであろうフキさんやサクラちゃんからの敵意や殺気と言った類の視線を一切感じないという点だ。
ほんと、なんなんだろうかこの空気は。
「ちょ、力強いって千束……! フキさん、助力を……!」
「あー良い弾避けだなーサクラ」
「そっスねー」
「えぇ……」
もがもがと千束の発育の暴力と僕のなけなしの理性がせめぎ合う中、そんなフキさんとサクラちゃんの態度にますます戸惑う。
命令な忠実なフキさんと、良い意味でも悪い意味でもリコリスらしいサクラちゃんのことだ。命令違反はおろか謀反の張本人として扱われても可笑しくない。
だというのに――。
「……」
「なんだよ」
「え、いや……」
だがやはりというべきか、そんな刺々しさはおろかどこか殺気立っている様子もない。
おどろおどろしく言葉に迷う様子は、どっちが悪い事をしたのかわかったもんじゃない。
以前と同じ様に会話をしてくれているというこの状況に、僕は困惑せずにはいられなかった。
「……お前の考えていることは大体わかるが、私から言いたいことは一つ。お前、取り敢えず命に別状はないんだな?」
「…………」
「おい」
「あ、えっと、多分……?」
出る言葉も、責めるどころか僕の身を案じる類のもので。
あのリコリスととしての在り方に誰よりも真っ直ぐなフキさんの普段の姿からは信じられないくらい、その言動は苛烈とは程遠いものだった。
「そうか。なら私から言うことは何もねぇよ」
「いやいやいや……何も、言わないのか?」
「だから何が」
「何がって……僕はキミの仲間を――」
――敵も味方も問わず致命傷になりかねない傷を与えて切り刻んだのだ。
死んでないから、なんて言い訳は通らない。気まぐれか、あるいは偶然か、何にせよあんな状況になって人が死んでないっていうのは奇跡に近い。
導火線の火が、たまたま風が吹いて消えていったに過ぎないのだ。
「――違ぇ。今回の対応にはリコリス側も問題があった。リコリスもリリベルも、お前の強さと立ち位置に甘えたツケを払っただけだ。だから、まぁ……気にすんな」
「――――」
今度こそ言葉を失う。顔を厳しそうに顰めたかと思えば、バツが悪そうにふいっと顔を背けるフキさんの姿に、理解はますます遠のいた。
……そしてそんな僕を見て何を思ったのか、フキさんはこれ見よがしに溜息をつく。
その仕草にあらん限りの呆れが込められていたのは、言うまでもない。
「ったく……何で私が千束の男のご機嫌取ってんだつーの」
「お、男ってフキさん……」
「あぁ? 千束じゃ不満だってのか」
「――そんなわけあるか。世界のどこを探したっていやしない、素晴らしい人だ」
だから冗談でもそんなことは言うべきではないぞ、と言外に告げると、僕の様子にフキさんのソレが呆れから汚物を見るようなものに移り変わった。
なんだろう、知り合いにその視線を向けられるのは流石の僕も応えるのだが。
「ああ″~……どいつもこいつも……こっちの耳が腐るわ。だいたい、痴話喧嘩する元気があるくらいならさっさと千束と――」
「フキちゃ〜ん? 私の延長戦がお望みならもっとはっきり言っても良いんだよ〜?」
「…………竜胆」
「ごめん無理」
「後でお前をシメる」
「なんでさ」
なんだそのスピード感。僕がどう答えてもそう言うつもりだったろ。
気持ちは分からんでもない。分からんでもないがそれにしたって理不尽が過ぎやしないかフキさん。
「あー、あと、これは司令からの伝言があったな」
「それを早く言えよっていう文句は今も受け付けてる?」
「受け付けてねぇ――『構造的欠陥というヤツだ、許せ』……だとよ」
「ぜぇぇっっったい確信犯じゃねーか楠木さーん!」
色々と押し殺した結果、千束は上司への形式的な態度すら金繰り捨てて絶叫した。
だが、同時に合点もいく話だった。
司令と言う立場が今の僕を前にして護衛をつけない筈がないと思ったが、そんなことはなかった。その意図には、必ず何かの目的が潜んでいるのだろう。
抜かりないというか、それを悟らせなかった楠木さんを称賛すれば良いのか。とにもかくにも、楠木さんはどこまでいっても楠木さんだった。
だが、問題の要点はそこではない。
何よりの問題は、僕と千束の会話内容が筒抜けになっていたという点だ。
「スゥー…………それでさ、フキ」
そして千束は言いたいことは言い切ったのか、フラストレーションのままいっそ見事なくらい独裁っぷりを披露していた彼女が意味ありげに深呼吸を始めた。
やたら長い溜めを伴って、四人組の年長者たるフキの名が呼ばれる。人はそれを貧乏くじという。
「……んだよ」
「ぶっちゃけた話――どこら辺まで聞いてた?」
何が、と言うまでもなく。
千束がそう切り出した瞬間、容疑者四名が尋常じゃない速さで顔を逸らした。
もはや容疑者どころか現行犯であると認めたような反応である。
動かない僕の監視目的でずっと張っていたんだからそりゃそうだ。特にフキさんなんかは一言一句見逃していないに違いない。
「――切り込み隊長フキ先輩、出番っスよ」
「どのツラ下げて任命してんだ……! 私はお前より一秒でも長く生きてやるんだお前が行け! エリカッ!」
「私!?」
何やらもの悲しいタイムテーブルが始まった。
表題は言うまでもなく、誰を供物へ捧げるかというリアクションに困る議論である。
その動転っぷりと言えば、収まりかけてた青筋と赤面を再発させる千束の姿が目に入らないくらいというのが見て取れた。
「フキ、流石に此処はほんの少しぼかして伝えて――」
「大体の内容は聞いていたかと」
「たきなァ!」
「そもそも丸聞こえだぞ貴様ら」
「落ち着け千束……」
隠す気があるのか些か判断しかねる小声で展開された弁明会議は、場の空気をぶった切ることで定評のあるたきなによって瞬く間に破綻する。
ぷるぷると羞恥か憤怒かわからない震えを見せる千束を流石に見かねて、どうにか彼女を宥めながら僕はおずおずと彼女に変わってたきな達に問いただす。
僕と千束の『アレ』まで聞かれてるのか、という確信めいた予感に少しだけ恐怖を覚えながら。
「……それで、具体的にはどこまで聞いていたんだ?」
「……私とサクラは全部だが、たきなは……」
言い淀むように、ちらりとフキさんの視線がたきなへと移った。
そんな態度にどこか鳩尾が冷え込み、それを顔に出すまいと口を噛み締める。
だがそんな僕の姿勢に反し――いっそ眩しく感じるくらい、たきなは悠然とした態度でそれを告げた。
「――カナメが死にたいと言っていた当たりから、私とエリカさんは聞いていましたよ」
僕を正面に見据えるたきなの黒い瞳は、直視をはばかれるくらい真っ直ぐなものだった。
伏し目がちに僕から視線を逸らす蛇ノ目さんの態度から、たきなの言っていることが本当のことであるということを裏付けた。
……そうか。
災難だったな、と口にしようとして口を噤む。
僕の聞くに堪えない言葉を耳にしてしまった四人に対する引け目もある。
だがそれ以上に、そんな所を見聞きしていたのがよりにもよって僕を慕ってくれている年下の子だったという事実は、僕に言い訳の余地が無いという事を実感させるには十分過ぎるものだった。
「あと千束がカナメのことを――」
「たきなステーイ!!」
「早くコイツの口を閉じろォ!」
「……???」
「ここまで来てなんでわかんないんスかアンタ……」
だがそんな陰鬱とした気分は、目の前でわちゃわちゃする四人組に呑み込まれた。
そして先程とは一転して、病室は喧騒が舞い戻る。
張り詰めていた空気が水を得てぶり返したように明るくなるソレに、無意識のうちに張っていた肩が思わず脱力するのを覚えた。
両脇から塞がれ組み敷かれるたきなの口は、蛇ノ目さんによって隠されてもなお、もごもごと抵抗を続けていた。
そんな状態になれば、僕だって拍子抜けするというか、もっと追求されるものだと思っていた僕としては呆然とするしか無かった。
「……」
「……」
そして、きっと同じ状況に置いてかれて手持ち無沙汰となった千束の視線を偶然にも拾ってしまった。
「…………」
「…………」
「「……あ、あのさ」」
「………………」
「………………」
しゃ、喋るタイミングが被った……!
羞恥の熱がじわじわと顔中を覆っていく。
いや、だってその、なんて言ったら良いかわかんない。
そんな態度をはっきり示すが如く、二人して髪をいじくったり口をぱくぱくさせたりしている。
あーだとかうーだとか言葉として意味を持たない声を上げる様は、互いの心情をこれ以上ないくらい忠実に再現していて、それがより一層恥ずかしくなった。
だから二人して、見つめ合うしか交信手段が無くなる。
あんな状態の千束だが、きっと気持ちのクールダウンなどとっくに済んでいるだろう。
もとより彼女の憤怒の出所を考えれば、次に彼女の思考は容易に想像できる。
問題なのは、今の彼女が赤面している理由が、僕のモテない男特有の悲しい妄想でなければ決して憤怒によるものではないことが考えられること。
そこで蘇る僕の言葉と、千束の放った言葉。
それを認識したその瞬間――二人して真っ赤な顔を披露することになった。
「……〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「ちょ、千束いた、痛い痛いって……!」
答えに至ったのはほぼ同時。
その間、視線は互いに釘付け。
お互いの肉体的な変化など気づかない方がおかしい。何より僕には我ながら摩訶不思議な『触覚』が、千束には『視覚』があるのだ。
理解と観測が完了すれば無論、こういった反応になるわけで。
みるみるうちに露出した肌をその制服と同じ赤に染めたかと思えば、言葉にならない訴えと共にばんばんと背中をぶっ叩いてくる。火傷と抜けきっていないダメージのお陰で正直に言ってシャレにならないくらい痛い。
色々なその他諸々を多分に含んだ彼女の心境が、否が応でも張り手後しに伝わってきた。
かく言う僕だって、そんな千束のお陰で多少は冷静になれたが、普段の調子を考えれば全く以て本調子じゃない。
今だって、このあと発生するであろうたきな達の追求から逃れるべく、おそらくこの部屋に隠されているであろう脱出ポットを探すために天井を向いたり腕を組んでみたりしてるのだから。
なお、この面子から逃げられるのかという致命的な一点は考慮しないものとする。
……って、気づいたら視界の隅でわちゃわちゃしていた四人組が、いつの間にやらそんな風に赤面する僕らを見つめているではないか。
「…………あの二人、いつもああなんスか?」
「まぁ……大体こんな感じ? 先輩も千束さんも、どっちかが攻撃態勢になったらああなってるかも」
「えぇ……」
そしてついにサクラちゃんからすらも呆れた様に僕を見つめる様になった。
どうして僕の周りに居る女性陣は決まって僕に対する振る舞いが基本的にあんな風に落ち着くのだろうか。最近では蛇ノ目さんでさえリーチが掛かっている気がする。
「フキ先輩、なんで付き合ってないんスかあの二人」
「見るな見るな。惚気が感染るぞ」
「び、病気じゃねーしっ!? というか先生に何年も片想い拗らせてるフキの方がよっぽど問題ですからぁ~!」
「おまっ、ッ!? ソレこの場で言ったら戦争だろうが!? 私らだって護衛と監視に来たのにあんなん聞かされるとは思わなかったっつーんだこの色ボケが!」
「色ボケせずこんなこと出来るか! そもそもヘタレて十年くらいたっても進展ないフキより全然マシですー! ハイ論破ァ!」
「よォォし殺す! 今すぐ殺す! サクラ、銃寄越せ! 八つ裂きにしてやる!」
「一周回って息ピッタリっスね先輩がた」
「そだねー」
喧騒はもはや暴動の一歩手前だった。
物騒な気配は皆無だが、荒ぶる二人の姿に喧嘩するネコを彷彿させ、ドングリの背比べなソレにどことなくもの哀しさを感じる。
しまいには辛うじて歯止め役として機能しそうな二人が現実逃避を始める始末。
気持ちはわからないでもないが、事態が事態なだけに二人を止める権利が無い僕としては、もうちょい頑張って欲しいところ。
だが。
「――お二人とも」
僕でさえ現実逃避を余儀なくされたこの状況遮ったのはおほん、という如何にもな咳払いであった。
それは意外と言えば意外な、ある意味でこの状況においては適任と言えなくもない――たきなの存在である。
「その辺りで。特に千束は傷の完治も済んでいないのですから。それにそんなに騒いでたらカナメの傷にも響きます――それはそれとして千束、
「…………ウン」
「…………お前がソレを言うのかって言いたいんだが……まぁ…………良いか」
それは成長と言って良いのか。
あれだけの喧騒に塗れていたこの場を完璧に取り仕切るたきなの今の姿は、どことなく吹っ切れた様な、いっそ清々しい切れ味を感じさせる。
それを見て、もう何度感じたかわからない安堵を覚えた。
ここ最近、たきなは何と言うか、迷走気味だった。それが僕を起因とするものだったのは、言われずとも理解していたのだ。
けれども、今の彼女からはそんな迷いは感じさせない。
「それより聞きましたよ、カナメ」
そして、その言葉に込められたたきなの言葉の変化に気づく。
本題に入ることに対する、流れをぶった切れればという意を込めて。
「たきな、その……呼び方……」
「……? ああ、貴方にはこれくらいが丁度いいと判断しました。線引きしてたらそれ以上踏み込んでこないでしょう、カナメは」
……それは、そうかもしれない。
後輩だから、優先して護るべきだからと、一緒に戦う仲間としてどこか線引きがあった。
千束くらいだろうか、自分からそういった自分の中の割り切りとか、そういったものを壊そうと思ったのは。
「たっきな~、そう言えば私は~? 途中からそう呼んでくれるようになったよね?」
「あなたはすぐにでも寝てください、千束」
「……私の方が辛辣に聞こえるのは気のせい?」
「自業自得だろ。てかお前なんで動けるんだ」
「気合」
「寝てろ」
「えー」
えー、じゃない。
言ったところで聞かないだろうから言わないが、それに関しちゃ同意見だぞ、僕は。
今でも気が気じゃない。満場一致で心配される様な怪我を負ったらしい千束がいつも通り振る舞っているという現状には、どうしようもなく冷や汗を覚える。
だがそんな僕の思考すら見抜いたのか、たきなはキッと視線を鋭く尖らせた。
そんな僕を、咎める様に。
「――――オイ、行くぞお前ら」
そして見計らったかのように立ち上がるフキさん。
隣のサクラちゃんと言えば、急なフキさんのその言葉に対して明らかに戸惑ってる。
「フキ先輩、行くってどこに……?」
「帰って寝る」
「はい? えっと、持ち場はどうすんスか……?」
「任務継続が困難になったんだ。放棄するに決まってんだろ」
「はい???」
素っ頓狂な声を上げるサクラちゃんは、頭上いっぱいに疑問符を浮かべている。
「はー……フキってホントに……」
「あ? 文句あんのかコラ」
「いやべっつにー? 千束さんは空気の読める女ですし? フキにゃんの意図くらい察してあげますとも」
「フキにゃんだけはホントやめろ……!」
……気を遣われている、のだろうか。
フキさんのそんな姿を見て苦笑いを浮かべている今の千束の様に、その辺りの機微を察する人間力が僕にもあれば良かったのだが、生憎とそんな人間力も無ければ人生経験も不足しているのが現状である。
だが、たきなが今も睨みつける様に僕を見つめていることと関連していることは確かだった。
「オラ、早く行くぞ!」
「ちょ、フキ先輩!?」
するとどうだろうか、そんな僕とサクラちゃんに対して、フキさんはぶっきらぼうに、ふてぶてしく、何処かウンザリした顔で首元に手を当てていた。
そしてぐわっと、サクラちゃんの襟首を強引に持ち上げた。
「竜胆の目は覚めた。たきなの目も覚めた。加えて、私達じゃこの
「いやいやいや、説明になってないっスよソレ! 司令部からの任務はどうなっちゃうんスか! ってか竜胆先輩が起きたら沢山文句言ってやるって息巻いてたのフキ先輩じゃないスか!」
「あー、エリカも良いな? 竜胆のやつは千束がいる以上、どうにかなる。積もる話もあるだろうが、今のアイツに必要なのはたきなの言葉だ。違うか?」
「……うん」
未だに納得がいっていないサクラちゃんを黙殺し死体袋の如く引っ張り上げると、その視線を今度は蛇ノ目さんへと移した。
その真意は未だに図ることは叶わない。
けれどもそんな僕を置いてけぼりに、蛇ノ目さんは僕ら三人に視線を送ったかと思えば、どこか得心がいったかのように薄く……どこか諦めた様な悲しい笑みを浮かべると、フキさんと一緒に背を向けて出口へと向かった。
「待って、フキさん」
その迷いの無い後ろ姿に、思わず引き止めてしまう。
何せ、彼女にはその『資格』があるのだから。
「殺るなら、今だぞ」
「……満身創痍だから、私でもお前を殺せるってか? 舐めてんな」
「違う、そういう意味じゃない……その資格と理由が、キミにはある」
「それこそ見当違いだな……言っただろ、
……どうしてだろう、と色の無い疑問を覚える。
許されないことをしたつもりだった。許される気なんて毛頭も無かった。
なのにどうして僕を裁かない。
どうしてそんなにも、僕に優しく出来る。
だけど、少なくともフキさんや蛇ノ目さんの振る舞いには、許す許さないの簡単な尺度を物差しに判断するのは――どうしてだか、侮辱にしかならないと直感した。
「先輩」
そして、思考に埋没していた僕を呼び止める様に、蛇ノ目さんはどこか物憂げな表情を作って、僕に振り返った。
「正直、私には難しいことはわかんないです。殺した責任とか、私達はもうどうしようもない所にまで来ちゃってるから。そうやって、最初から生きてきたから」
……そうだ、どうしようもない。
そんな境遇に対して同情もしなければ。憐憫も感じない。哀れむなど以ての他だ。
ただ、少しでも。
ほんの少しでも、人より多く報われて欲しかっただけ。
銃を握ることで己を示そうとする彼女たちが、人を殺すことだけを求められた彼女達が、助けた人達よりも幸せになれるんだって。
そう、希望を持って生きて欲しくて。
「でも、先輩はどうですか――今、ちゃんと生きてますか」
……生きているかどうか、か。
「……どう、だろうな……少し前まで、心臓止まってても動いてたらしいから……そもそも、正しく人間なのかすらわかんないが」
答え何てあるわけない。あるわけがないからこんな、中途半端な答えを出している。
それに蛇ノ目さんは、やっぱり曖昧に笑うだけで。
どこか悲し気な様子を拭うことは、決して叶わなかった。
「だけど、先輩――あんまり、千束さんとたきなを泣かしちゃ駄目ですからね」
そう言って、三人は病室から去っていった。
色の無い瞳で僕を最後まで見つめていたサクラちゃんの真意を図ることすら叶わないまま――視線を送り続ける、たきなと向き合った。
今回はここまで。
長くなってしまったので切る。泣く泣く展開を削っては書いてを繰り返してたら一ヶ月近く経過してしもうた。反省。
感想、お気に入り登録、ありがとうございます。
次回は比較的早く出せるかも。
それでは。