山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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19話

 

 

 

 

 

 

 

 

「カナメ」

 

 リコリス三名がこの場から去ってからしばし続いた沈黙。

 それを打ち破る、最近変わった僕を呼ぶ声がこの病室を去った三名の背を追って呆然とする僕の耳へ、鮮明に届く。

 その視線は依然として僕をじっと見つめたまま。凛とした声とは裏腹に、その佇まいはどこか脆い。

 だがそこには、不思議と後ろ暗いものは感じない。

 あるのは身内に対する叱りつけとか、悪いことをした子どもへの言いつけみたいな、僕の様な人間が触れることが叶わなかったもの。

 

 そんな、暖かいものだった。

 

「――千束とあなたの治療が進んだら、リコリコの業務も少しだけ減らしましょう」

 

 たきなの顔を覆う穏やかな微笑みが言葉に乗る。

 今の彼女を見れば、かつて此処に居たたきなを知る人間からすれば、目を見開いて驚くことだろう。

 そこには虚飾も、嘘も感じない。気遣いなんてものもない。

 ただただ、そう在りたいと。

 たきなの澄んで綺麗な願望がそこにはあって。

 

 同時に、たきなならそう言ってくれるだろうだ、なんて。

 そんな希望的観測をする自分に嫌気が差す。

 

「カナメが本格的に復帰するまで厨房は店長を中心で回してもらって、ホールの業務はクルミやミズキ、私で回します。その間、カナメと千束は二人でゆっくり過ごしてください」

 

 たきなの言葉にそんな光景を思い浮かべ、良いなと夢想しながら。

 

 やっぱりどこかで、心が軋んでいる。

 

「どこか二人で少しだけ遠くに行くのはどうでしょうか。リコリスという立場の関係上、あまり遠出は出来ませんが、療養という名目であればどうにかなるかもしれません。ただカナメの場合千束を甘やかしますから、出来ればやんわりと暴飲暴食を阻止していだだくと――」

 

「――やめろ、たきな」

 

 軋みは亀裂に。

 脆く崩れることを約束されたソレは、生じた割れ目から声となって瓦解した。

 

「なかったことに、するな」

 

 くらくらする。

 目の奥が真っ暗になって、頭に括り付けた重りで海に逆さから沈んでいくみたいに平衡感覚を失っている。

 眩暈にこめかみを抑えてどうにか堪えながら紡いだ声は、血を吐いた様に震えていた。

 

「……今回の件は、あなただけの問題じゃない。今の『DA』の状況で貴方を独りにしてしまった、私にも責任があります」

「……千束と僕の話を聞いていたんだろ。だったら、それが全部だ」

 

 渦中にいるのは間違いなく僕自身で、刃を手に取ってしまったのも紛れもない僕だ。

 そこに僕の意思があったとか、そんなつもりじゃなかったなんて言い訳は通用しない。

 ただ僕は、自分が護るべき味方に、護ってくれていた味方に刃を向けた。リリベルならまだしも、リコリスに刃を突き立て――千束に怪我を負わせたのだ。

 ……何より、僕の全容は()()()()()()()()と。

そんな直感めいた確信を抱き続けているからこその結論だった。

 

「僕が、僕自身の危険性を理解していない……だったら――」

 

「――カナメが死ねば、解決すると?」

 

 そしてこの言葉も予想済みだったのか、それ以上先のことは明確な怒りが込められた声音で遮られる。

 僕の口からそれ以上先の言葉ををもう聞きたくないと、そんなたきなの意思が見て取れるものだった。

 

「本当の本当に、そう思ってるのですか」

「……うん」

「さっきの千束を見て、エリカさん達を見ても、そう思ったんですか」

「……」

 

 いっぱいに広げたたきなの目から覗く瞳孔が開きかけている。言われなくても、僕の発言にたきなが怒りを抱いていることを理解させられた。

 ……言い訳ではないが、何もただで死ぬだなんて今更考えちゃいない。

 考え方を変えれば、今の僕ほどリコリス達の『盾』としてお誂え向きの人材は存在しないとも言えるだろう。

 ならば少しでも、誰かを助けなきゃ。

 『地獄』しかないと思っていたこの世界に、救いを与えてくれた人たちに、少しでも報いらなきゃ、僕を助けた意味が生まれない。

 このままじゃ僕はただの血と糞尿が詰まった袋のまま。

 無論、そんな戦いを続ければ死あるのみだ。そんなことは重々承知している。

 だけど、それで良い。

 

 どうせ死ぬのなら、最期くらいは千束達の役に立って消えたい。

 

 決して僕より長くは生きられない千束の為に、この命を使い切りたいんだ。

 

「――ふざけないでください」

 

 血を吐いたみたいに発したたきなの言葉が胸を突き刺す。

 馬鹿みたいな物言いだと、自分でも思う。

 だがそれでも、僕はその射抜く様な激情を抱いたその視線を正面から見据えた。

 

「僕は真剣だ」

「いえ、だったら尚更ふざけています。この場で、少なくともこの病室に居た人達は誰も貴方の死を望んでなんかない――千束が、そんなことを望んでいるように見えますか」

「ちょ、ちょっとたきな……カナメくんはそんなこと――」

「いえ、何度でも、何度でも言います――このまま放っておいたら、カナメはこれからきっと死に場所を探すみたいに戦うことになってしまう」

 

 ぎりぎりと、口元から出かかっている感情の熾りを奥歯ですり潰したかのようにたきなは表情を歪める。

 そんなの嫌だ、と。鉄の顔持っていた女の子に、そんな顔を作らせてしまった。

 ……ここでたきなを突き放すのは簡単だ。

僕の生死に、こんな馬鹿正直に突き合わせる理由なんてない。ならば深入りせず、踏み込ませない距離感でいれば良い。

 

 それだけだ。

 それだけの話だというのに。

 なぜ――僕は今もたきなの声に耳を傾けている。

 

「――――」

 

 嘘でも詭弁でも、適当に取り繕ってわからない様に突き放せばいい。

 それがたとえ見るに堪えないその場凌ぎのものであったとしても、それでいつも通りになる。

 

 でも――もう、そんなことは出来ない。

 

「カナメに甘えていた私。私が傷ついた時、カナメがどんな反応をするかわかり切っていたのに――貴方にも千束にも頼らず、一人で解決しようとしたから、こんなことになった」

 

 だってそう言うたきなの表情が、あんまりにも必死だったから。

 誰かに生きて欲しいと願うこと。

 たきなの中に生まれたその席に、自分も居座ってしまっただけ。

 

 きっと身も蓋もない偶然だろう。雛鳥が親を覚えるようなものだ。まだまだ感情が育ち切っていない節があるから、僕の様な人間で簡単にその有限で大切な席を埋めてしまう。

 

 それは本来、相応の歳月を経て埋めるべきものなのに。

 

「……」

 

 だが、それは僕だって同じだ。

 誰かに生きて欲しいと願うこと。

 博愛でもなければ慈悲でもない、ただそうあって欲しいというモノ。

 同じだからこそ、譲れない。

 おあつらえ向きの人斬り包丁がたまたま人間のカタチをしていただけに過ぎない。

 そんなもの、そもそも頼ること自体が間違っている。良くて護身用のナイフ程度のものだろう。

 

 ……その護身すらも、自分の身も護れず味方を傷つけて終わってしまったのだ。

 

 次同じことが起きれば、今度こそ僕はどうなってしまうかわからない。

 

「私が千束を頼れば、カナメに少しでも本部の変化について話していれば、少しでも違ったんです。だから――」

「それは違う。僕はたまたま誰も殺さなかっただけだ……そこに意味なんて無かったんだって、今ならわかる」

「っ……! でもっ……!」

「でももなにもない。いいか、たきな――人の罪はその人だけが抱えるものなんだ。それすら奪ったら、ソイツが傷つけた人間も無意味になってしまう」

 

 だから、たきなの非なんて一つもありはしない。

 たきなを真っ直ぐ見据えながらそう告げると、彼女はその面相を複雑に歪めた。

 だがそれでも負けじと僕を見つめ返してくるが、僕だってそこは譲る気はない。

 

 

 何度でも言おう――何かの目的の為に人に手を掛けることは、『悪』だ。

 

 

 それで救われるものがあるのならば良い。

 残るものがあればまだマシだ。

 だけど僕は違う。

 生きる為でもなく、はたまた使命があったわけでもない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 獣にすら劣る行動原理。求めたが故の代謝でなく、衝動による発露でもない、機能を発揮するだけの行為。

 

 まるで、兵器だ。

 ましてや担い手がこんなんだから、その穂先を見失う。だから味方に刃を向けるような結果になる。

 そこに意味があったかだと?

 そんなの、あるわけがない。

 

「そうだ、僕に……意味なんてない。たきな達みたいな国を護る為の使命もなければ、千束みたいに人生を懸けた誓いがあるわけでもない」

「――……」

「僕には――何にもないんだ」

 

 それが僕の正体。過去も罪も関係なく僕を象る本質。

 何をしたか、何をするべきだったかなんて関係ない。

 生み出すことなく、創り出すこともない破壊者にして虚無そのもの。あるいは、既に僕は『終わった』人間なのかもしれない。

 

 そんなもの、人間じゃない。

 

 人間として、容認しちゃいけないのだ。 

 

「では、意味が無かったんですか」

「……」

「貴方があの日、助けてくれたことも。私が生きていけるように、鍛えてくれたことも、色んな言葉も――無意味だったんですか」

 

 ……意味ならある。

 だがそれは、僕が生み出せたものじゃない。

 たきなが『戦う』と決め、そう生きてきたから意味が生まれたんだ。

 

 だが僕はどうだ。

 竜胆要人として生きて来たのは、ここ一年くらいだろう。

 

 それ『以前』はどうだ?

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 ……………………ほら。

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

 

「人斬り包丁が、人を助けちゃいけないんですか。誰かを傷つけたものを数えるなら、傷つけてでも助けたものも数えたっていい筈です」

「……どうして、そこまで言える? いつものたきならしくない」

 

 その言葉に思考が舵を取り戻す。

 口にしたことは事実だ。少なくとも以前のたきなからは聞けない言葉だったことは確かである。

 それがたきなの成長なら喜ばしいことだ。

 

 きっと、僕が居なくたってどうとでも出来る様になるのもそう遠い日じゃない。

 

 

 

 

――――そう、能天気に考えていた。

 

 

 

 

「――カナメの動きに、『共感』したからです」

 

 

 

「――――」

 

 

 だが思考は、その一言で理解を拒む空白が脳内の領域を一瞬で浸食した。

 視界が赤く焼き切れる。

 言語野にテキストが奔るよりも早い。

 そこにたきななりの思惑があったのか、そうじゃないのか。いつもなら冷徹なまでに機能する理性が、今この時だけは不思議なくらい役に立たない。

 痛みを訴え続け、自壊を防ごうと強制停止を要請する身体に構わずベッドから起き上がってたきなの下へ向かっていた。

 

 ――視界の隅で悲し気に顔を歪める千束の姿に、唇を喰い破って堪えながら。

 

「――骨は」

「適応済みです」

「……筋肉は」

「カナメほどではありませんが、改変済みです。後々に調整が必要かと思います」

 

 ――――違う、そんなことを聞きたいんじゃない。

 答えが纏まらない。言葉が覚束ない。

 嫌な予感が次々と的中している現状が、重く頭に圧し掛かってそのまま割れてしまいそうになった。その重さを少しでも取っ払う様に、自分の髪をくしゃくしゃと搔き乱す。

 今回の戦闘を経て変わったたきな。変化したのは精神の部分であったと楽観していた。

 それが文字通りの意味である筈が無いことに気づかなかった僕の、なんと愚かなことか。

 

 だが冷静になれと、まだ焦る段階じゃないと、仮初の蓋をする。

 

 そんな行動がただの現実逃避に過ぎないと、荒れ狂った心と頭で理解しながら。 

 

 

「――五感はッ。前に感じれなかったこと、見えなかったものが見えたりはしてないよな」

 

 

 ああ、本当にらしくない。

 お前はただの『武器』であれば良かったのに。

 理想も感傷も存在しない、無慈悲に全てを破壊する暴風として生まれたのなら良かったのに。

 

 

 それがこんなにも、こんなにも。

 

 

 封じた筈の真っ赤なモノに、狂わされている。

 

 

 

「……時折、()()()のようなものが見えています。少し頭痛が残っていますが、大丈夫――」

 

 

 

「――んなわけないだろ!」

 

 

 

 そう告げて、荒くなった息をようやく自覚した。

 らしくもない、なんて自分のことの癖に他人事みたいに認識する。

 冷静な部分は、何をしていると訴え続けている。

 だが『竜胆要人』としての部分は、たきなの無茶無謀を決して容認することは無かった。  

 

 

 

 そこにはいつも、人間のフリが楽しいかと嗤う自分が居て。

 

 

 

 そう思う度に、隣に居ようとしてくれる千束が居た。

 

 

 

「――カナメくん」

「…………あぁ、悪い。冷静じゃなかった」

 

 握られる手から伝わる熱に、煮沸した脳がまともな機能を取り戻す。

 だがそれも一瞬。冷静になった頭が再度たきなの行ったことを正しく認識して、今度はより深く思考の底へと僕を落としていく。

 どれだけ、爆風で焼かれようとも、自分で腹を掻っ捌いても、叫ぶことすらしなかったこの身体は、それだけは妥協を許さなかった。

 許してはならないと、そう『竜胆要人』が叫んでいる。

 

「たきな……その意味、ちゃんと理解しているか」

「――っ……」

「ただの強化なんかじゃない。『改造』なんだ。その意味をわかっているのか」

「……はい。承知のうえです」

「…………あぁ」

 

 何度も何度も何度も。

 どこで間違えてしまったのか。

 そんな意味のない自問自答を繰り返した先にあったのは当然、意味を持たない後悔だけ。

 他者の人生に干渉してしまったという、まごう事なき事実への叱責だった。

 

 ただの技術の範囲内で留まるのならそれで良い。

 それが身を護るためだけのものならばまだ許せた。

 

 

 だけど――それが自身を贄とするものだというのなら容認できない。

 

 

「――僕だけなら、良かった」

 

 

 その咎が僕だけに降りかかるだけだったら、どれだけ良かっただろう。

 暗い暗い感情の激流が、感覚を閉ざしている。

 今の僕には何も見えない。何も感じない。

 ただただ、虚しい。

 助けたつもりになって、助けになればなんて傲慢が酷く寒々しい。

 どうしてそうなったのか

 どうして蛇ノ目さんには平気で、たきなだけがそうなったのか。理由なんて見当もつかない。

 

 だけど結果として、僕はたきなへ自殺を促したのだ。

 

 当然だろう。

 僕の動き――■■■■■の動きをトレースしたんだぞ。

 自己改造、技量共感、それらに付随する通常運用を遥かに上回る肉体制御。

 それらが()()()()()で済むだなんて、そんなことがある筈がない。

 分不相応な技術、肉体行使は身を滅ぼす。

 

 それは僕とて例外ではないのだ。

 

「別に、()()()()()()耐えられたんだ……っ」

 

 その本質に触れたことで、なおのこと理解出来る。

 死の間際、疑似的にこの肉体に再現された『死』によって至った自身への核心。

 

 身体は剣で出来ている。

 

 それがただの比喩ではなく文字通りの意味であるということが、今でなら理解できる。

 それをたきなに教える? 自殺を促すためにこの技術を託したんじゃない。

 技術の範囲での行使なら問題の無かったものを、肉体改造のレベルにまで運用可能にするなど、予想外も良い所だ。

 

 少しでも長く永く、生きていられるように。

 

 たったそれだけの願いだったのに。

 

「なんでッ、僕の周りにいる人たちはみんな、死ぬことばかり考える……!」

「……」

「皆んな皆んな、ちゃんと生きてるのに……どいつもこいつも、利用するだけ利用して、利用されることを簡単に容認して……簡単に自分の人生をそんなものへ消耗品みたいにくべている――ふざけんな」

「っ……カナメ、くん」

 

 

 腹が立つ。

 挙句の果てに、たきなを自分と『同じ』にしてしまった自身に、どうしようもない憤りを感じてしまう。

 

 

「ふざけんなッ、ふざけんなよッッ、……っ、なんで、なんで」

 

 

 誰も自分の命を可愛いなんてこれっぽちも思っていない。

 ふざけるな。

 顔も名前も知らない誰かの命の瀬戸際に立つことしか出来なくて、それを変える権利もなくて。

 それでも銃を握る選択をした彼女達が、幸せにならないなんて嘘だ。そんなの、何一つ納得できない。

 

 

 そんな軽い命の在り方は断じて認めない。

 

 

「――――」

 

 

 

 だって。

 

 

 

 僕はその果てにこの地獄で生き残って。

  

 

 

 僕の『仲間』はその果てに、みんな居なくなって――――。

 

 

 

 

 

「――ええ、そうです。私の命は安くないんです」

 

 

 

 

 自ら閉じようとしていた目と耳。

 もう何も聞くまいと、もう何も見まいと閉ざそうとした感覚。

 だけど。

 

 

 

「だから貴方の命だって、安くない」

 

 

 

 ――不思議と、荒々しく震えるたきなのその言葉は鮮明に僕の耳に届いた。

 

 

「……え?」

「安くない、安くなんてないんです……私はカナメや千束に、意味が欲しくて一緒に居たんじゃない――初めて私を『見て』くれた人達だったから、生きてて欲しいんです」

 

 たきなの語るその言葉に、思考が追い付かない。

 かつて合理性を尊んだ女の子。

 ただの一度も乱れることが無かったであろう正確無比の秤を、今だけは僕だけに傾けている。

 

 他ならない僕の為に。

 

 彼女は静かに、叫んでいる。

 

「……それが貴方の歪さです」

「……僕が、歪……?」

「歪でしょう。私の気持ちが今、理解できましたか? なら、ソレが貴方です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……こんなに、人の痛みを理解して悲しめるのに、自分が感じている痛みだけは理解できないし共有したくもない――それじゃいつか、本当に独りになってしまう」

「――――」

 

 目の前が真っ白になる。

 それは自分が自覚していなかった歪みを指摘されたからか。あるいは、自分がたきなに同じ苦痛を与えていたと言う事実に何もできないままでいるのか。

 真偽は、どうしたって理解できない。人でなしには、この程度が限界だった。

 

 まるで開けることを躊躇い続けた蓋を強引に開けられたような、そんな感覚に陥っている。

 

「ね、聞いてカナメくん」

 

 遠くなる五感の外から、千束が輸すように語り掛けてくる。

 

「カナメくんは、誰にも死んで欲しくなかったから戦い続けたんだよね?」

 

 ……そうだ。

 自分より生きるべき人間が死にそうになって。

 死ぬべきじゃない人間を殺す存在に我慢ならなかったから、こうして千束達と今も一緒に戦っている。

 何度だって引き返して、何も知らなかった日常に帰れは筈なのに、そうしなかった。

 そうしなかったのは、僕の使命でもなければ役割なんてものじゃない。

 

 ただ、そうしたかったという、紛れもない僕の意思によるものだった。

 

「殺しで解決されるのは敵に対してのみです。なら敵じゃない人間への殺しは、等しく無意味になってしまう。カナメが、言ったことです」

「……うん」

「なら、死にたいなんて言わないでください。誰も貴方を無駄にしたくない。そんなに傷だらけになってるのに、無意味に終わってしまうなんて……カナメが一番よく知っているでしょう?」

「…………うん」

 

 噛み締めるように、たきなの言葉に頷く。

 先輩と後輩の関係なのに、これではどちらが子どもかわからない。

 いや、きっとどっちも子どもだったのだろう。

 

 だからこうして、ようやく僕とたきなは対等になれた。 

 

 だが、それでは、今までと変わらない。

 

「なら、どうすればいい……?」

 

 

「大丈夫です――私が貴方を生かします」

 

 

「助けてくれたあの日みたいに、カナメがどうしても辛くて、苦しくて、死にたくなったら――何度だって、カナメを繋ぎ止めます」

 

 

「たとえ千束の『不殺』をカナメが破ったとしても、私はあなたの味方で居ますから」

 

 

 言葉に反して口から放たれる内容は、どこまでも優しくて。

 その穏やかな瞳に、言葉ほどの苛烈さが無いことを否が応でも理解させられる。

 

 この優しさこそが『罰』であると。

 そう言われているような気がした。

 

 

 

「だから、これからも生きていきましょう――私達と、みんなで」

 

 

 

 差し出された手を取る。

 強く強く、握り締める。

 もう死ぬことが許されない片道切符。戻ろうものならそれこそ文字通り死ぬ気で僕を戻そうとする人が、目の前に二人いる。

 これが本当の地獄の始まりなのか、何もわからない。

 だがこの選択の終わりが、報われるものではないと。

 

 そんな確信めいた予感が、胸の裡から離れない。

 

 だが、それでも構わないと思った。

 

 

 

 

 たとえ地獄でも、皆が、千束やたきなが居ると思えたんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回でこの章終わり。想定より長くなったんで反省。

 竜胆要人の歪さ
 カナメと『同じこと』をたきなが行ったらカナメが『怒った』。
 自分の痛みを他人と共有できるのに。他人が同じ痛みを感じる事には我慢が利かない。
 自分の中の天秤が狂ってる。
 天秤の両方に『他人』がいて、帳尻を合わせる為に平気で自分を『重石』にする。
 自分であれ、他人であれ、『人間』を道具の様に使う点では『アラン機関』と本質を同じとしている。


 次は幕間いくつかやって、たきなのパンツ買いに行きます。

 感想と評価すごく有難いんでじゃんじゃん送ってください。

 それでは。
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