山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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ちょっと時間かかった。


5話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――本当に、一般人なのでしょうか。彼は」

「さてな。少なくともその本質は『こちら』に近しいのかもしれん」

 

 血相を変えた千束によって医務室へと運ばれていった男――竜胆要人のことを楠木は執務室の上座に座り込みながら振り返っていた。

 

 現場となった執務室はまさしく惨状と言うに違わない酷い有り様だ。

 鮮血に染まるソファー。絨毯(じゅうたん)には生々しい血の足跡が残っており、足の形が徐々に先ほどまで楠木が居た場所まで近づいてきている様は、その執念を伺わせる。

 

 人体より流出した特有の鉄の香りで充満する部屋に散らばる血の量は少なからず致死の領域へと及んでおり、この下手人が死んでない事が室内にいる二人にとってにわかには信じがたい光景だった。

 

 今では護衛としてつけていたリコリスも退室し、この現場の事後処理の為に人を集めに行っているのが現状である

 

「司令はどのようにお考えで?」

「奴の提案か――ひとまず保留、だな」

 

 それが結論だった。

 だが、当然と言えば当然だろう。最終的な決定こそ楠木が決めることだが、コトは既に当人たちだけの問題ではなくなっているのだから。

 

 

 ましてや、()()『伊ノ神幹也』の研究成果となれば。

 

 

「――医学、生物学の二つの分野において『禁忌』と呼ばれる領域に手を出した謎の多い学者、でしたね。彼自身はそのことを深く知らない様でしたが……」

「意図して隠したか、姓が違うのも恐らくソレが理由だろう。そもそも、()()()()()()()()()人間だからな。身内周りの根回しも抜かりないだろうさ。それに……個人的にはあの小僧に興味が湧いた」

「それは――」

 

 彼が自身に向けたナイフ捌きなどがそうだ。

 錦木千束がリコリスの『赤服』としての地位にいるのは伊達ではない。

 彼女の『目』はまさしく『未来予知』と等しい。彼女にそんな力はないが、あらゆる経験と技能が合わさり、対象の()()()()()()()()というふざけた芸当は、未来を見ていると同一だ。

 

 そんな彼女の『目』を掻い潜って、竜胆要人という男は自傷行為を強行した。

 目的の為なら自身すら担保として容易に掛けられるあの尋常ならざる精神性。そして、手練れの傭兵を拳一発で沈める身体能力。

 

 そしてそこで垣間見た冷徹さ。

 

 粗こそ目立つが、今回表出させたものの全てが大成すればリコリスの大きな助けになると楠木は確信していた。

 そして何よりも、彼女としては予想外ながらもこれ以上ない成果を得る事が出来たのだ。それこそ、自身の執務室を自殺未遂の現場に仕立て上げたことなど気にも留めない程に。

 

 なにせ――。

 

「とにかく、今回のターゲットには慎重に当たれ。なにせ我らの包囲網を突破する手練れだ。早急に作戦を組み直し、見つけ次第殲滅する」

「既に司令室には通達済みです。動員するリコリスは彼女だけで?」

「実質的に潜入任務となる。囮になった奴を千束が護衛し、動員する残りのリコリスは後詰めに回す」

「彼女の潜入任務が可能なのでしょうか……?」

「うまくやるだろうさ。いや、()()()()ならうまくやるとも」

 

 

 ――――竜胆要人は錦木千束を手懐けている。

 

 

 この事実が楠木にとって、何よりも僥倖だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、外道麻婆ニンニク抜き。テイクアウトで」

 

 ぴし、と食堂全体の空間が固定されたかの様な錯覚。

 食器の音と賑やかな喧噪がその瞬間だけ間違いなく停止し、間もなく緩やかに再開した。

 ……不自然なくらい券売機の方角へと目を寄越さずに。

 

「なんてこった、竜胆が壊れちまった!」

「この人でなし!」

「唐突にネタを挟むなネタを……いや、確かにこの麻婆は食事に対する冒涜だけどさ。でも友達が弁当忘れちゃったとなれば、この日替わり行くしかないかなって。入り用でコレしか残ってなかったし」

「だからってお前正気かッ……去年もその調子で食って午後の授業まるまる気絶してただろ……ソレ本気で人にすすめる気か?」

「いや、僕が食べるんだが?」

「お前マジかマジで信じらんねぇアホだな!」

「流石に引いたわクソ野郎!」

「言い過ぎじゃない?」

 

 人に食べさせるより許せないのかそれは……。

 しかし言われてみれば……確かにこの料理を人に勧めたことは無かったか。

 何って、僕は基本的に弁当持参だし。加えてこの料理が極端な位置づけにあるということも理解はしている。

 

 そもそもコレを食べ物と言って良いのかと言ったら断じて否である。

 これは単にバカにしている。食材に唐辛子でも殺されたのかと言わんばかりの殺意がこの料理にはある。

 

 ふと手元を見た。

 白いプラスチックの容器に入った赤い溶岩という地獄みたいな光景だが――同時に何とも食欲を誘う景観ではなかろうか。

 ひとまず試しに人に勧めてみるのも一興か――。

 

「食べる――?」

「「食うか――ッ!」」

 

 成り行きでついてきたクラスメイトたちに率直な味の感想を言ったら青い顔してトイレへ駆け込んだ。もらったか、もらったのか。麻婆の香りで。

 

「…………美味しいのに」

 

 そんなにヒドイのかコレ。辛さはともかくとして、味は一級品だと思うのだが。しかもニンニク抜きという繊細なオプションにも対応した女性への配慮も忘れていない。

 特に今日は錦木さんも一緒だし。麻婆の香りで彼女に迷惑をかけるわけにもいくまい。この時ほどこのオプションに感謝したことはないだろう。

 

「――っと。一応仕事中なんだよな、コレ」

 

 そうして弁当を片手に、麻婆を片手に、賑やかな食堂を後にした。

 

 足取りが軽い。

 それはきっと、自分の日常を送る先に錦木さんがいるという事も大きいのだろう。心なしか、自分でもだいぶ浮足立っているのが手に取る様にわかる。

 

 これらの行動の全てが『囮作戦』の一環だとわかっていても、だ。

 そんなどこか浮ついた気分のまま――彼女が待つ屋上を目指す。

 

 

 

 

 ――僕の割腹自殺未遂による交渉が、既につい先日の話。

 当然ながらあの行為には自殺の意図も死ぬ気も毛頭なかったが、自分が死んだパターンも考慮した結果がアレだったので、自殺と言えなくもない。

 

 結局のところ僕を囮にした炙り出し作戦は承認され、錦木さんは護衛という形で僕の学校に潜入することとなっている。

 ……何はともあれ、彼女が『DA』に戻るという提案は却下できたのだから良しとしよう。

 それに、もう二度とあんな強引な方法は取りたくないのが本音だ。

 

 何って、あんなに怒った錦木さんを見たことが無かったから。

 

 滅茶苦茶キレた。それはもう、怒髪天という表現が生易しく感じるほどだった。

 とにかく静かだった。淡々と、冷ややかに、開いた瞳孔で僕を見据えながら執務室における所業を追求する様は、今でも薄ら寒さすら感じる。

 

 ただまぁ、実際に一回マジで心停止しかけたらしいのでその怒りは甘んじて受け入れた。

 傷も流石はこの国を護ってきた手腕と言うべきか、完璧とは言わないがこうして通常の学生生活を送ることが出来ている。こうして麻婆を昼食に取れるくらいには。

 

 ……だけどまぁ、早計だったかもしれないと後悔し始めている自分がいるのも事実だ。

 楠木さん、早速で非常に申し訳ないが明らかに人選ミスです。

 

「――っ!? お、おそいぞー!」

 

「――――」

 

 跳ねあがった声音。けれども鈴の様に可愛らしくも芯のある声の主――絶賛、潜入任務中の錦木千束が屋上のドアを捻った先に待ちわびていた。

 季節は冬寄りの秋な十一月。遮蔽物が少ない屋上という空間は全身を撫でつける様に、日本の冬らしい乾いた風が少なからず寒気を呼び起こす。

 

 そんな無視できない肌寒さゆえに僕の学ランを羽織らせていたワケだが……日差しで暑かったのだろうか、心なしか赤い顔でサイズオーバーの僕の学ランにくるまって手を振ってくれている。

 ……何というか、うん。囮にしてくれてありがとうございます、じゃなくて。

 

「ごめん。食堂に行く前にクラスに噂を流していた所なんだ」

「噂?」

「うちのバイト先に絶賛彼氏募集中の美人な行き遅れがいますよって。あと年下OK」

「いやぁ、流石にミズキもそれは余計なお世話じゃ…………いや、案外喜ぶか」

「大人の倫理としてヤバいんじゃないかソレ?」

「勧めたの竜胆くんでしょ」

 

 もっともな言い分だった。

 というかこの会話自体がミズキさんに対して失礼極まりなかった。

 ある意味で流石ミズキさんであると感心する。噛めば噛むほど味が出てくる。あんなに面白くて楽しい人が結婚に焦るというのだから、人生とは不思議だ。

 

「はい、日替わりランチのテイクアウト。通称『外道麻婆』です。錦木さんって仕事中でも普通にご飯食べるでしょ。ミズキさんみたいに」

「ミズキと同類はまことに遺憾。ていうか凄いな名前」

「みんな日替わりランチって呼んでる」

「もうソレ日替わりランチで良くない?」

 

 なお、日替わりという名の麻婆バリエーションのオンパレードなのが実状である。

 僕も錦木さんの意見には甚だ同意なのだが、それは生産者の拘りというか何というか職人魂と言うべきか。

 

 んなもん何故学校の食堂でやろうと思った発想は全く以て理解できない。

 そして案の定、渡したプラスチック容器を見て流石の錦木さんも一時停止した。

 

「え? え、ちょ、ええ?? ナニコレ」

「麻婆だよ」

「この魔女がグルグルかき回している謎の液体みたいなのが?」

「まぁ、ゲテモノほど味は良いって聞くし」

「今ゲテモノって言った? ゲテモノを私にすすめたってこと?」

「だって僕が好きなモノが良いって言うから……悪いこと言わないから僕の弁当と交換しよう? ね?」

「何で麻婆という選択肢を諦めきれなかったのだおのれは……」

 

 まぁ、僕が初見で紹介されたら絶対に許さない辛さなのは確かである。

 …………もともと今日の弁当は錦木さんへ渡す予定だったし。なんなら弁当を渡す口実が欲しかっただけだし。あと僕は食堂のメニューに詳しくないし。

 断じて、麻婆を分かち合いたかったワケではない。あわよくば、とも思っていない。

 

 だが、そこは錦木千束という好奇心の擬人と言うべきか。

 待ち受ける舌の破滅もなんのその。スプーンで一口ぶん掬うと……見た事ない真っ赤な渋面を作って此方を涙目で睨んできた。

 

 …………この可愛さ、やはり彼女に潜入任務は向いていない。

 

「かかかかかっか、辛っ、つらい、っていうかもう痛ぁーッ!? 水、水ぅ!」

「ホラ言わんこっちゃない……猛者でも丼にして食べるんだよ? やっぱり僕の弁当と交換しよう。ほら、ヨーグルト買っといたから」

「う゛へぇー、舌痛いし口痛いしなんかもう頭も痛いしぃー……舌壊れた、責任取れ」

「ごめんってほんと……ま、僕は割りと好きなんだけどね」

「怪人現る……!」

 

 なんかバケモノを見る目で見てくる錦木さん。やめてくれ、その視線は僕に効く。

 

「…………」

「何かアレルギーとかあった? それとも鶏そぼろ弁当は駄目だったかな。味は最低保証するけど」

「いや、あんな妖怪専用フルコースみたいなご飯が好きな人からマトモな料理が出てきたことに驚いてる……あと美味しいのが何だかムカつく」

「滅茶苦茶言うじゃん」

 

 あの地獄料理を味わったばかりだからか、錦木さんからの悪態が止まらないが、僕の弁当をつついて幸せそうにする様がなんとも言えない。

 錦木さんのご飯の好み、とか。

 うちの学校はどうだ、とか。

 

 僕も麻婆をつつきながら、何でも良いから声をかけようとして――先日の『DA』本部の執務室の内容を思い出す。

 

「あのさ」

「んー、なにー?」

「コレってさ、護衛と潜入の任務でしょ?」

「そだね。あ、この卵焼き甘くておいし」

「あ、どうも……じゃなくて。こんな悠長にしてて良いのかなって」

 

 まぁ、悠長も何も実際に午前中は驚くほど何も無かったワケだが。

 事実、囮としての僕は普通に授業を受けて、こうして昼食を摂っているのが現状だ。

 

「んぐっ、あーいーのいーの。竜胆くんは私に護られていればOK。後詰めに他のリコリスも控えているから前みたいに逃がしたりしないし……っていうか私としては囮作戦には未だに反対。断固。マジで。大マジで」

「それは僕も同じだよ――僕を護って錦木さんが怪我でもしたら僕自身がどうにかしそうだし」

「…………ん゛んっ、それにさ。私、一度は竜胆くんの学校に行ってみたかったし」

 

 ……何気なく零されたその言葉に思わず想起する。

 戸籍も無ければ、身の寄る辺も無かったリコリスの存在を。

 こんな美味しそうにご飯を食べる子が、銃を握って僕らの様な存在を護ってくれているという事実を。

 

「やっぱり良い所だよね、学校って」

 

 そしてそんな僕の頭の中を見計らったかのように、彼女は呟いた。

 空になった弁当箱を片付けて、今ここで緩やかに流れる時間を噛み締める様に。

 だが雲一つない軽やかな中天を見据えるその目は、いつになく遠かった。

 

「私が知らない事が此処にはたくさんあって……こうやってご飯食べたり、授業眺めたりして、楽しそうに放課後のこと話してたりするのを見ているとさ――私って、護りたいもののこと全然知らないんだなぁって実感する」

 

 それは――何とも酷な話だ。

 リコリスの話が本当なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()この国でソレがどれだけ難解なことかわかったものじゃない。

 

 平穏から遠ざけられ、忘れさせられて、ソレを知らないまま戦場の血生臭さだけを叩き込まれた――まるですり込みをされたされた鳥の様に。

 

 だからこそ、彼女たちリコリスが護っているモノがどれだけ尊いものか、彼女たちは知る由なんてあるワケがない。

 ――お前は替えの利く『凶器』だからそんなモノは必要ないと、断じられたんだから。

 

「だから考えちゃうよね。もし竜胆くんと同学だったらこんな感じだったんだろうなーって。部活やってー、帰りに友達と遊んだりしてさ、リコリコでバイトすんの」

「……錦木さんなら学校のマドンナになって僕が近寄れなくなりそうだね。リコリコも錦木さん目当ての男に溢れて……うん、やっぱないな」

「あれぇー? そのしかめっ面はもしや嫉妬かい、嫉妬したのかい竜胆くぅーん?」

「で、いつも金欠で友達にご飯たかってそう。錦木さん、ぶっちゃけ自己管理アレだし」

「かっちーん、そんなことありませーん。先生に泣きついてご飯代くらいはしっぽりと確保させていただきますので問題ナシ」

「なんの否定にもなってないんだけど……」

 

 だからさ、と彼女は言葉と続けて。

 

 

 

「――竜胆くんはやっぱり、『こっち』とは関わらない方が良いと思う」

 

 

 

 決定的なその一言を僕に言い渡した。

 

「この間の竜胆くんの動きを見たよ」

「……」

「私の『目』って凄くてさ、次にどんな動きをするかも私にはわかる。だから、あのナイフ捌きの異常さをあの場で誰よりもわかってるつもり」

 

 屋上の空気が見えない重圧を纏う。

 隣にいる筈の錦木さんが近い様で、どこか遠くの存在に感じてしまう。

 

 だってそれは――僕自身、感じない様にしていたことだからだ。

 ……どこかで直視することを避けていたんだと思う。深入りすればきっと、()()()()()()から。そんな妙な確信が、僕にはあった。

 

 ――それだけじゃない。

 爆風を受けても打撲程度で済んだ肉体。

 外界に対する『異常』へ正確に反応する感覚。

 妙にナイフ、取り分け刃物が馴染んだあの感触。

 そして――錦木さんの『目』とやらも掻い潜る刃物の扱いに対する練度。

 

 気持ちが悪い。

 その全てが僕には気持ち悪くてしょうがない。

 

 

 僕は、なんなんだ?

 

 

 僕は、()()()()()()()()()

 

 

「竜胆くんのお父さんの事は私も知らない。けど楠木さんがあの場で引いたのは、竜胆くんの持つ力を『DA』に加えたいからだと思う」

 

 言えば言うほど、錦木さんの顔に影が重なっていく。

 それが、僕に次の言葉を予兆させた。

 

 

「ねぇ竜胆くん」

 

 

 

 

 

 

 

「――リコリコ、辞めなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな、今にも壊れそうな笑顔を浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 ――――響き渡る爆発音が学校全体を揺るがせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 竜胆要人の人格における基本骨子の一部には『間桐桜』を採用していたりいなかったり。

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