山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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「Ostrich policy④」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――言葉と共に空間が割れた。

 否、それは錯覚だった。痛みのない痛み。治った筈の傷、治っている途中の傷、その全てを全開まで抉り直されたかの様な痛みが、無意識のうちに体をそうさせたのだ。

 技量。

 記録。

 構成。

経験。

共感。

蓄積。

最適化。

還元。

一回。二回。三回飛んで十回。百回。千回。万回。

試行錯誤。トライ&エラー。刹那と那由多。

永劫に繰り返すソレに脳は過熱し、容量は人体維持に必要な領域にまで一瞬で達し、やがて押し退けた。

脆弱なハードが、尋常ならざるスペックを持つソフトが抱える情報量に蹂躙されて、耐え切れず脆い箇所から火花を散らし崩壊を始めた。

だから再構成し、最適化し還元できるようにしていく。ソフトに耐え切れないなら、ハードを外付けでも即興でも良いので耐えられる形にしていく。

そうでもしなと、この記録の大波に呑まれ漂白されると、お情け程度に搭載された動物本能が最大にまで警笛を鳴らす様な直感があった。

 僕のものではない。僕の生み出したものでもない。僕が自ら身に着けたものではないものが我が物顔で体に入り込んできて、単純作業染みたあらゆる工程を、僕の肉体に刻まれた『機能』が()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――、――――、…………!!!!」

 

 『おこり』だけで、これ。

 死ぬ。肉体ではなく、存在の死。自分が認識できない。此処がどこかわからない。相互に観測する綺羅星はやがて自身を観測できなくなくなって、己の消滅にすら気づくことが出来なくなる。

 ぐるぐる。ぐるぐると。

 割れた万華鏡の中心に、自分が居る。粉々になった無数、幾千、無限とも言える鏡の破片が僕の身体を串刺しにして回転し、一つの『記録』を僕の中で構築した。

 

「――、――」

 

 それは――たった一人の女性を稀代の暗殺者へと仕立て上げた業物だった。

 千年の時を経て受け継がれ、その果てに失われた刀工の技術による最期の二振りのうちの一つ。刀剣が全盛を迎え、滅びていったかの動乱の時代の残り香。

 銘を『彼苑(ひえん)』。闇夜に咲く彼岸花の主にして頭領。竜胆要人が知る『現代』の最強が君臨する以前に確かに存在した、もう一人の『最強』。

 その技は現代兵器の常識をひっくり返し、その鋭さはあらゆる鋼鉄の武器を一切の誤りなく斬り捨て――その強さは同じ世界に生きる人間たちを敵味方の全てを震撼させた。

 しかしそれは本来、二刀によって振るわれるモノ。

 悠久の時を経て、あらゆる失った番はどこに行ってしまったのか。

 

 

 その答えは――今も目の前にある。

 

 

 

 

『やっ、()()()

 

 

 

 

「――っ、――――」

 

 意識が断裂を始めた。体に埋め込まれた万華鏡が徐々に回転する力を失って、粉々になってこの『記録』と共に吹き飛ぼうとしている。

 記録との同調。脆く容易く崩壊するソレと同期するという意味は即ち、その崩壊の影響を僕自身にも受ける。ましてやよりにもよって人格と直結している意識と接続を行っている状態ならば、その末路なんて確かめるまでもない。

 砕ける。

 この万華鏡が回転を止めれば、内包する『僕』ごとこの短剣の持つ記録に()()()()()()()

 戻ら、ないと。人格が宿らず意識を同調させた『外』の肉体はそれこそ人間の肉を装着した人形と変わらない。

 早く、早く、早く――――。

 

 

 ――――まだだ。

 まだ、終わっちゃいけない。

 これほどのものを目の前にして、どうして見逃すなどという選択が出来ようか。

 それは本当か、心に巣食う鬼の正体なのかはわからない。

 ただ、見たい。

 好奇心なんて軟な言葉では扱うことなんて出来ない、禁忌ゆえの魔性。

手に取れば己が破滅を免れないというのに、『それでも』と叫ぶのが人の業。分不相応にも、身の丈以上のものを求め、全てを巻き込んで生き続ける。

霊長という意味を持つ獣が未来永劫抱え続ける原罪の一つ。

 

 自分の到達するかもしれない答えに、一つの到達点へ至った()()()()()に。

 

「じゃあ――()ろうか」

 

 眼下には女性が二人いる。

 それはいつかの光景。

 現代に再現される巌流島。ビル群に囲まれたその場所は、ある意味で現代における決闘の舞台として何より相応しい。

 黒と赤。闇に溶ける濡羽に、灰の街並みに浮かぶ太陽と並ぶ赤朱。一方には一刀が、もう一方には二刀の鋭き鋼の気配。

 

 

 ――いざ、参らん。

 

 

 ――――迎えるは二刀修羅。

 

 

 ――――――対するは一刀羅刹。

 

 

 

 

 名を、竜胆いずなと。

 

 

 

 

 この記録は、教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――、がっ…………!!!!!!」

 

 バチッと見えない何かに弾かれるように背中から倒れ込む。

 跳ねた短剣はくるくると回り、畳へと刀身を深く突き刺し沈み込んだ。

 無論、僕が感じ取った弾かれるというのは錯覚である。接続し同調した僕と短剣との繋がりを結び付けていた『道』が強引に引き剥がされ、その断裂が僕の神経と筋肉によって疑似的に再現されたのだ。

 

「あ、ぎ……!!!!」

 

 そしてその反動は遅れて、全身の神経を通じ痛覚へと叩きつけられた。

 右腕が筋線維ごと波打ち、掌は一度指のあらゆる関節をバラバラにしてまで手を離れた短剣を掴もうとして――それをまだ自由の利く左手で殴る様にして叩きつけた。

 痛みに喘ぐように勝手に短剣へ伸びる手を、まるで自分の手じゃないみたいに抑え込む。みしみしと骨が軋み、いくつか筋肉が断裂を引き起こすが、それすら今はどうでもいい。

 肉体の急変。本来、それを相応の歳月を以て育てた技量と肉体によって習得へと至るソレに、殆んど反則みたいな方法で帳尻を合わせたのだ。

 そのしっぺ返しを今、味わっている。

 

「ま、だ……!!!!」

 

 脈打つ右腕はまだ抵抗を続けている。膨大な記録を見たことによる脳幹を貫いた様な痛みも、急速に変化した肉体がその熱を処理しきれず、内蔵と骨を内側から蒸し焼きにされているような痛みも、今は無視をする。

 

「フーーッ、フーーッ……!!」

 

 抑える。

 抑える。

 抑える。

 ……そうして、どれだけの時間が経過したのか。

 関節ごとバラバラになって蛇みたいに歪な形になっていた掌は、抑え込んでいた体の下で元のカタチを取り戻して――短剣に伸びようとしていた物騒な気配は見る影もない。

 

「あぁ……つか、れた」

 

 ほうっと息を吐いたその瞬間、身体は別の意味で制御を失っていた。

 呼吸が荒く、身体が熱い。その所為か、服に染み込んだ汗がべたべたになって肌に貼り付く感覚が気持ち悪い。猛烈な『死』と痛みによる冷や汗と脂汗が混じって、更にその不快感を増大させる。

 

 シャツのボタンを取って、排熱機構が如く熱を逃がす。気休めにすらならないがやらないよりはマシだった。

 

 丸いシミを作る畳に、後で掃除しなきゃなぁ、なんて能天気なことを考えられるようになったくらいで、全く力が入らず悲鳴を上げる体に鞭を打って、壁に背中を預けて今度は乱れている呼吸を整える。

 

 正常に動いてくれる体が何と心地いいことか、なんて現実逃避気味にそんなことを考えながら――頭の中は冷静に先程見た記録を反芻していた。

 

「……なん、で、……あの人が……?」

 頭の中の疑問が一人っきりの居間に木霊する。だが返ってくる言葉はなく、答えを押しのけ遠退かせる様な疑問ばかりがわいてくる始末。

 これは、どういうことだろうか。

 何故、僕を斬った人が、夢に出てきたあの人が出てくる……?

 僕の妄想だったのかと考えたが、それはすぐさま否定した。あの同調によって得たモノ、見たモノは間違いなく本物である。理屈でなく、感覚で理解することが出来た。

 

「竜胆、いずな」

 

 それが、あの人の名前だった。

 地獄の様な鍛錬の記憶。血を流し嘔吐し、何度も命の瀬戸際を味合わせられながら、妙に記憶に残っている僕の過去の残滓。

 そこにどんな意味があったかなんて知る由もない。

 ただ、確かにそこで身に着けた力を使って人を助ける自分が居て、それに振り回される自分が居るという事実を再認識しただけ。

 

 ただそれでも、掴めたものがあった。

 それは技量や経験と言った意味でもそうだが、本懐はそんなものではない。

 あの人は女で、僕と同じ苗字。千束やたきなから聞き、実際に僕も聞いた僕すら知らない過去のことを知っているかのような言動。

 そして、同じ『技』。果ては違えど、その根柢には確かに同じ道理にて人に向ける為の同じ術理として根付いていた。

 

 そして今と違って髪は長かったが――その相対した姿がどうしようもなく()()()()()()()()()と重なった。

 

 

「ま、さか――」

 

 

 徐々に正常の機能を取り戻してきた呼吸と共に、冷静になり始めた思考が在り得ない事実への答えの確信を抱かせる。

 だが、そんなことがあるのか。

 そんな奇跡、起こり得て良いものなのか。

 だがその様な感情のアルゴリズムによる情報の混濁など知った事かと言わんばかりに、脳は無慈悲に感じるくらい冷徹にその答えをばしばしと叩き出す。

 

 

 同時に――僕と千束以外のナニカの存在すらも。

 

 

「――何か、くる」

 

 ぽつり、と呟く。直前の疲れ、息切れの気配なんて微塵も感じさせない平坦なモノ。

 屋敷の空気が変わる。周囲を取り巻く空気か、あるいは僕自身の変化によるものか。なんにせよ思考の切り替えは一瞬だ。

 具体的には周囲に感じ取る気配の種類。数は片手で数える程度だが、自らの領域に敵意じみたものを向けられるソレの狙いを自然と理解した。

 

 だが、これがリコリコで感じた『視線』の正体かと言われれば正直、違和感を覚える。

 

 アレから感じていたものはこんな物騒であったものじゃないし、何より()()()()

 この練度は、普通じゃない。軟な鍛え方じゃ、こんな気配は生み出すことが出来ない。

 

 油断すれば、おそらく()られる。

 

 迅速に戦闘準備を整える。

 とはいっても本当の本当に最低限だ。敵が近くに居るのは変わりないから、下手に移動も出来ない。標準装備である『DA』謹製の学ランは定位置である僕の部屋にあるし、そこには千束が居る。

 こんなタイミングで明らかな戦闘準備をして行ったらどう考えたって疑われる。自分の身体のことなっか鑑みることなく戦闘に参加しようとするのは目に見えていた。

 そんなことはさせない。させることは出来ない。

 だから残った武器は、アレだけ。

 

畳に深く突き刺さったままの短剣を強く、握り締めた。

 

「……よしっ、これならいける」

 

 短剣を握っても本部の様な暴走は起こらない。

 手には武器らしい、刀剣らしい冷ややかな重量感のみがそこに存在している。

 自己暗示の応用。更なる力の気配に対し僕の意図なんてまるで無視して機械的に力を引き出そうとする肉体を誤魔化して、()()()()()()()()()()()()()()()

 ……正直、長くは持たない。

 だが相手は恐らく銃を装備していることだろう。それを相手にナイフやフォークでは少々心許ない。何かと物騒なこの屋敷だが、生憎と武器の類と言えば食器くらいが関の山なのだ。

 何より、敵の正体だって不明なのである。

 万が一、億が一、あの人――竜胆いずなの一派が攻めてきたとなれば目もあてられない。

 目の前に立った瞬間、粉々に切り刻まれるのは目にしなくとも見える未来だ。

 ましてや、今のこの場所には千束もいる。

 

「――――」

 

 一瞬、視線だけ千束が居る居間へと視線を向ける。

 起きる気配はない。普段の彼女ならこんなの即座に反応出来るだろうが、生憎とどこかの馬鹿の所為で今の彼女はいつも通りの動きと反応が出来ない。

 責任でもない。償いでもない。義務感でもなく、使命感でもない。

 それじゃきっと、千束は笑わない。

 ただ僕が彼女を護りたいから、こうするだけ。誰かに決められたわけでもなく、竜胆要人という紛れもない一人の人間としての願い。

 

それで良い。

 

僕も、それが良い。

 

 

「――――」

 

 

 ――――どくん。

 

 

 静かに襖の前を目指す。あくまで自然体。そこにはいつも通りの、白い引き戸。

ソレに対し、全身の血流が倍速化している。心臓の音が耳元まで迫ってきて、足裏で踏みしめる畳の感覚がやたら鮮明に伝わってきているのがわかる。

 音は無い。人影もない。五感が開いているというのに、その大半は不自然なほど『いつも通り』の情報のみを伝えてくる。

 故にあるのは、頼れるのは――気配なんていう見えない輪郭をなぞる感覚のみ。

 

 

 ――――どく、ん。

 

 

 静かに、排熱する様に息を吐く。

 短剣を脱力して構え、剛と柔、あらゆる攻撃への迎撃用意を完了する。

 段々と近づいてくるソレに心を凍てつかせ、一つの原則を元に最適な肉体構成へと最適化していく。

 決して殺さず、決して死なせず。

 それ以外のことは、あとで考えれば良い。

 

 

 

 

 きしりと、床が軋んだ。

 

 

 

 

「――――!」

 

 音もなく開かれる襖から飛んでくる音速の飛翔体。

 間合いとして絶対的な距離。ドッと、脈が一際大きな音を立てて跳ね上がる。

 短剣を持つ右腕、その上腕二頭筋に迫る小さな穿通。

 知覚では遅い。思考ではなお遅い。

 故に反射でソレを迎え撃つ。

 

「ッ――――!」

 

 チュン、と遅れて届く銃声。

 闇を射抜く一閃を、自然体に構えた短剣で弾きあげ、弾丸としての機能を完全に殺す。

 サイレンサー付き、僕がこうして出てくることは織り込み済み。襖越しに狙いを定めることが可能な腕前は、間違いなく手練れのモノ。

 即座に廊下側に出て、襖を閉じる。

 少しでも千束と距離を取らないと。

 既に猶予はない。廊下は暗がりで、生憎と手動で無ければ廊下の光源は確保が出来ない。

 この距離に近づかれるギリギリまで気づけなかったのだ。僕の疲労によるところが大きいのもあるだろうが、それよりもまず使い手として感服する腕前を相手が持っているということの証明である。

 相手の奇襲は成功し、こちらの迎撃も成功した。

 故に追撃あるのみ。

 暗闇は相手の土俵ではあるが――この家ならば僕の土俵だ。

 

「――――ッ!」

 

 光源を限りなく落とした廊下で、下手人は恐ろしいほど正確に僕の足を狙ってくる。

 二度、三度と飛んでくるソレを躱し、迎え撃つ。

 そして、廊下を()()()()()()()()()()

 

「――――ッッ!?」

 

 相手の動揺が息遣いを通して伝わってくる。

 同時に聞こえてくる罠が起動する音。矢が空気を切る音、何か木製の仕掛けが作動する音が、暗闇の中から聞こえてきた。

 この家は、()()()()()()()()()()()()()()()()仕掛けとなっている。

 それは足踏みだったり、指使いだったり、歩幅だったり。

 これが千束を連れてこの家に入れた理由。一年か、あるいはそれ以上か、慣熟し既に習得済みのソレは僕にとって息を吸う事にすら等しい。

 だからこそ、その歩法を知らなければ、正面から迎え撃つ他ない。

 

 

 だが、敵もまた只者ではなかった。

 

 

「――――!」

 

 互いさえ隠してしまう闇の中、弾丸と短剣が火花を散らす。

 そんな中、寸分違わず()()()()()()()()を狙ってくる銃撃に、今度は僕が驚くことになった。

 まだ数秒すら経過していない命のやり取り。

 だがそれは、驚愕には値しない。

 自分が襲われているというのは予定調和の出来事。ここ数日間は僕自身も病み上がりだからこそ、経過は怠らずこのような状況を考えていた。

故に戦闘は継続する。思考は止めず、脳が処理するまでもないほど速く鋭く、肉体は駆動する。

 

 そう、真に驚くべきは――。

 

「(――――こいつ)」

 

 冷ややかな声を、胸の内に留める。

 踏み込みと同時に罠を起動する。バシュッと飛来する毒矢や銛、苦無やら手裏剣やらあらゆる凶器が飛び交う中、脚を加速させた。

 

 そしてそれは、相手も同じ。

 

 影もまたその暗がりを飛ぶ罠を見えてる様に立ち回り、起動してしまった罠を躱しながら僕と間合いを詰めていく。

 

「(――視えて、いるのか)」

 

 そして、二つの凶器が火花を放った。

 鋼を喰む刃の音色。鉄を穿つ弾丸の音色。二重、二十重とそれらは舞踏のように折り重なり、間合いの駆け引きを繰り返していく。

 飛び回る罠を潜り抜け、銃弾を弾き、刃を紙一重で防がれる。

 繰り返して、繰り返して――それで。

 

「「――――ッッ!!」」

 

 互いの息遣いが合図になって――そして停止した。

 

 緊張が汗になって肌へ滲む。後頭部に添えた刃と、腹に向けられた銃口。

 お互いに口を開けば、僕とこの襲撃者のどちらかの引き鉄が引かれるか、刀身を突き立てるかという形でこの打ち合いが終着することを確信しているからこその膠着。

 普段通りであるのならともかく、この弱り切った身体でどこまでやれるか。

 

「――――」

 

 こうなれば、一か八かだ。

 危険な賭けだ。運や相手の選択に自分の瀬戸際を賭けるなど戦闘を行うものとして破綻している。

 だが、やってみせる。

 意気込みだけで何が出来よう、と誰もが言うだろう。楠木さんなんかは感性が枯れ木みたいな人だから、本当に言いそうだ。

 僕はそんな言葉に、意気込みを舐めるなという言葉を送ろう。

 今際の際で賭けれるものなど、自分以外に在り得るだろうか。否、在り得ない。

 

 

 

 

 なら、やってやる。こうなったらとことんまで。

 

 

 

 

「――お前は」

「あなたは――」

 

 

「…………」

「…………」

 

 

「………………」

「………………」

 

 

「「…………え?」」

 

 

――――そんなカンジで、シリアスをかましていたワケなのだが。

 二人して大変聞き覚えのある声に、なーんか間の抜けた声が出てきてしまった。

 お互いに得物を構えたまま。恐らくだが目の前のこの子も、同じ心境だろう。というか同じであってくれ。そうでないと、後々になって僕が耐えられない。

 その直後だ。

 

 ぎゃー、という緊張感の欠ける声が廊下の奥から聞こえてきた。

 

「ふ、フキせんぱーい、さ、刺さった、刺さりかけた! 矢が真上と真下から飛んできたッス! マジでなんなんすかこの違法建築物!」

「エリカ、フォローしてやれ……」

「あはは……」

「ってかたきなっ! 前に出ろとは言ったが前に出過ぎで――あ? 何してんだお前ら」

 

 暗闇の中から、怪訝な表情を浮かべたフキさんが現れた。その顔は、先程から同じ体勢で硬直してる僕と襲撃者の姿がある。

 何してんだ

 そしてよくよく耳を澄ましてみれば、何やら聞き覚えのある賑やかな声だったりリコリス随一のお淑やかさを持つ蛇ノ目さんっぽい声がするではないか。

 で、目の前にはフキさん。

 この面子が揃ったとなれば恐らく、此処に僕へ銃を突き付けているこの子は――。

 

「――たきな、なにしてるわけ」

 

 

「カナメこそ、侵入される直前まで襲撃に気づけないなんてらしくありません。やっぱり病み上がりでは?」

 

 

「喧しい。というかその侵入者に名を連ねてるのはキミらな?」

 

 互いに構えを解いて、そう口にするのは――ここ数日間、姿を見せていなかったたきなだった。

 ……それにしても、盗撮の次は家宅侵入罪か。リコリコ大人組に限らず、やはり裏の世界と関わっているとその手の違法行為とは切っても切れない関係らしい。国家公認の秘密エージェントがそんなふざけた罪状で捕まることほど滑稽なものもないと思うが。

 だがたきなは、僅かでも悪びれた様子は見せない。

 慇懃無礼とまでは言わないが、割りとそんな感じのたきなの口調はどことなく投げやりである。無理もない。たった今、僕も同じ徒労を味わっている。

 いやまぁ、たきなとリコリス組のお陰でかなり楽に片付いたことは僥倖なんだけども。

 

 そして一つ、気になることがある。

 

「確認したいんだが、四人はさ――」

「フキぃー! サクラが床下に落ちたっ!」

「……三人はここまでどうやって来た? 道中、罠やら迷路の入り口なりがごろごろしていたんじゃないか? どうなんだ、フキさん」

「あ? そんなの見てくればわかんだろ」

 

 見たくないから聞いているのである。

 

「てかサクラはどうなる。アイツ床下へ落っこちたとか言ってたぞ」

「いや、即死トラップは無いから安心して……僕でもどこに繋がってるかわかんないけど」

「オイ」

「いやだって……」

 

 僕が落ちた時なんかはどこかのマンホールから出てきたんだぞ。

 僕だってこんな罠満載の犯罪住宅に住みたくなんてないんでござる。オンオフが効くくらいならとうの昔に試している。結果はご覧の通りだ。

 

「でも他にあっただろ。吹矢とか仕込み針とか、電気なんかも無かったか?」

「ハァ……たきな、教えてやれ」

「全部撃ち抜いてきました。見たところ、脚を止めた先から物量で畳みかけてくるタイプの罠だと思いましたので」

「おぅ……」

 

 ……よし、やっぱ聞かなかったことにしよう。

 なんかオチが見えたんで頑なにたきなには聞かなかったのだが、結果は変わらんらしい。

 何やら銃痕やら何やらで穴だらけになってる廊下が奥に見えた様な気がするが、それでもここは誰にも怪我が無かったことを喜ぶべきだろう。

こんな部屋に業者を入れるワケには行かないので、壊れた廊下を直すのは僕であるという点を除けばの話ではあるが。

……なんて遠い目をしながら物思いにふけっていると、サクラちゃんを諦めたのか、僕の話に聞き耳を立ててじゃあいいやってなったのか、蛇ノ目さんもついに僕と合流した。

雑に扱われるサクラちゃんには涙を禁じ得ない。

 

「でも流石ですね。コレだけの仕掛けを短時間で用意するなんて」

「えっ、あっ、あーいや、たきな、これはだな……」

 

 そして戦闘が落ち着いた今や、議題は次に移ろうとしていたのだが……現在、事実を伝えるということへ猛烈に嫌な予感がしている僕が居る。

 どうみても住居としては欠陥も欠陥な事故物件も良い所な罠だらけの家。そこには侵入者。そこに居る僕。

 たきなのことだ、文面から察するに何らかの作戦行動と勘違いしていても何ら可笑しくはない。そしてそんなところに僕が居るとなれば、そんな疑問に行きつくのも当然の帰結と言えた。

 常識的に考えてここを住まいとしている人間がいるという発想がないのだろう。残念ながらいるのである。目の前に。

 

 そして、ここで盛大にどもったのがマズかった。

 

「…………」

「あの……先輩?」

「どうしたんですか、カナメ。そんな黙り込んで」

「……ちなみにさ、たきな。千束はどこに行ったと思う? いや、思いますか?」

「……? これは作戦なのではないですか? だからこんな罠を張り巡らせて……そうですよねエリカさん」

「う、うん。私もこんな危険なところに千束さんを連れて入って行ったからてっきりリコリコの人達と連携していたと思ったんだけど」

「あ、ここ僕んちー……」

「「「僕んちッ!!??」」」

 

 反射的にそう答えてしまい、しまったと頭を抱える。

 リアクション薄めなたきなでも絶叫するのだからその驚き様も図れるというもの。

 そりゃあな。そうだよな。うん。僕だって同じ気持ちである。既に体験済みのクルミさんならともかく、この屋敷の構造を店長やミズキさんが知っていたら今度こそ僕は説教じゃ済まないだろう。店長のことだ、切腹からの介錯は任せろとか言って小刀を丁寧に差し出してくるくらいはするかもしれない。

 

「たきなっ、こういう時って千束さん係付けの山岸先生に連絡で良かったんだっけ……? でもメンタル面だし……」

「いえ、まだです。カナメ、まだ悩みがあるのなら相談してください。溜め込むのが一番良くないってことを、最近実感したばかりでしょう?」

「心の病気か僕は」

 

 ほんと最近こういうのばっかで疲れる。数日間音沙汰がないと思ったらコレだ。仕方なしに山岸先生にその辺の事情も含めて説明した結果、全く同じ反応をされたのだから勘弁して欲しい。

 だが真面目な話、此処ほど秘匿性に富んだ敷地もないのも事実。

 それに今となっては、この厄介な屋敷もその秘匿性を向上させるのに一役買っている。

 現に、僕が迎撃した襲撃者の二名はこの忍者屋敷のお陰でほぼ侵入前に片付けられたわけだし? 利便性という点で鑑みれば結果として非常に上手く噛み合っているのだからとやかく言われる筋合いもない。

 

 あとは、えーと、えっと……えーと…………。

 

 ……どうしよう、今のうっかり発言より先のこと全く考えてない。どうする。どうなる。

 

「……先輩? どこ向いてるんですか」

「カモノハシっぽい広辞苑のからあげですかね」

「……立ってる指は?」

「ふでばこ」

「どうしようたきな、先輩が何言ってるかわからない」

「この家に住める人ですから十分あり得るのでは……?」

「いや、明らかに目をやられてんだろ」

 

 やっぱ言えない。言えるわけがない。

 お前んち、家なんかじゃなくてトラップそのものだってよって言う、そこはかとないディスりすら耳に入らない。

 っていうか、嘘だろこの子たち。

 え、知らない? ご存じでいらっしゃらない感じ? 千束が療養でこっち来てるって。

 

 ……なんだろう、千束が此処いるよーって簡単に言えば良いだけなのに。

 

 今、猛烈に寒気を感じてる。

 

「……カナメ、やっぱり体調が優れないのでは?」

「え、な、なして?」

「なして……? いや、そのシャツが汗で濡れていて、その……はだけてます」

「っ! あー、ちょっと戦闘前に運動しててな、うん」

「……病み上がりなのに?」

「ん″ー……っ!!!!」

「さっきからなんなんだコイツ」

「情緒不安定ですね」

 

 がばばっとシャツを直して、あんまりにもあんまりな破滅的な流れにしか繋がらない台詞を吐いた自分の迂闊さを呪うみたいに口を閉じて叫んだ。

 此処に住んでいるという点に関しては最悪どうとでもなる。

 問題は此処に千束がいるってことと、それをこのリコリス三人組がどう捉えてしまうかが問題だ。

 

 もしかしなくとも、この子達は千束が此処で寝てるってコトは知らない……?

 

 ……まままっま、マズイ。マズイぞこれは……!

 なんで? なんでっ? なんでっ!? 知っておくべきだろそこは!

 ヤバい。ヤバい。

 具体的には今後の僕の立場が、見られ方が、交友関係とかが色々とヤバい。

 ただでさえ昨日今日で説教三昧なお陰で散々な僕である。小動物的危険本能というか舞い降りる理不尽に対する嗅覚は研ぎ澄まされ、リコリスの中でも有数と言えるほど冴えていると言って良い。言ってて悲しくなってきた。

 

 そして今、目を細めてまっすぐ僕を無言で見てくるフキさんが何より恐ろしい。

 

「……オイたきな、コイツもしかして――」

「あーっ! あーっ! 僕がぶん殴った奴らを罠を通して外へ放り投げてこないとなー! 取り敢えずいったん外行こう、外!」

「……カナメ? さっきから何を隠してるんですか」

「ぎくぅ」

「ぎくぅってお前」

 

 フキさんからの呆れともう色々気づいているであろう視線と、たきなの疑念を強めた声色につい奇声を上げてしまう。ぎくぅなんて普段の僕じゃ絶対に言わんぞ。

 まずい、破滅まで秒読みだ。何故今回はこの手の話題でこんなにも振り回されにゃならんのか。療養中の千束を気遣うなら僕のこともついでに気を遣ってくれれば良いんじゃなかろうか。

 助け舟を求める様に蛇ノ目さんへ視線を向ければ、『しょうがないなぁ』と言った具合で穏やかな笑みを浮かべてる。

 

 頼む、蛇ノ目さんだけが頼りだ……!

 

「たきな、先輩なんか隠してるよ」

「――蛇ノ目さん」

「カナメ」

「――ハイ」

「アホだろお前」

 

 冷ややかな声と圧。理由を述べよと蛇ノ目さんの名前を呟くが、その隣に居るたきなの発する気配がそれを許さない。

 スン、と今までの動揺が嘘みたいに胸の内が静かになる。人間、色々と悟っちゃうと感情すら簡単に排斥できるのかと実感した。

 

 

 

 

 ――――で。

 

 

 

 

 悪いことって、妙にタイミングが神懸って重なることが多くて。

 

 

 

 

「――カナメくーん、お腹空いたぁー。なんか作ってー」

 

 

 

 

襖が開けられるのと同時に聞こえたその声に、ビシィと眼鏡のレンズに罅が入った様な衝撃が僕と三人の間で迸った。

 まさしく戦慄。空気が凍る。

 誰もが現状を理解するのに一瞬という時間を必要としていた。一人は今後の展開に関して、もう一人は目の前の事実に未だ認識が追い付いていない。僕はこれから来るであろう大波に備えて縮こまってる。

 そんな中、約一名ほど『帰りてぇ』と言わんばかりに面倒くさそうに溜息を零していた。

 

「……あれ、なんで皆いんの? というかどうやって入ったんだ己ら」

「……あー千束、千束、千束、……うん。体調、大丈夫?」

「あ、うん。まだ全開ってわけじゃないけどカナメくんが色々頑張ってにっがーいモノ飲ませてくれたから」

 

「「――苦いもの?」」

 

「よぅーし千束、いったん口閉じろ」

 

 そしてそのまま、ベッドへリターンするんだ。可及的速やかに。何事も無かったように。

 なんで、なんでそう、そんな都合よく言葉足らずになるのか。思わずと言った具合で千束の口へシャッターを閉じに掛かるが、僕の周辺は冷ややかになる一方。

 加えて、今の彼女の格好もまた良くない。

 

 まだ熱の名残が残っているのか、艶っぽく火照った表情。

 この距離からでも感じ取れるこもった甘めの香り。

 髪型は崩れて、声に至っては起きたてなのも相まってか、力が入らなくてどこか甘々な声になっている。

 

 端的に言って、凄く、アレだ。思わず唾を飲み込んでしまう様な。

 

 そして何より――乱れた服装から滲む汗とスキだらけの胸元が良くなかった。

 

「「「…………」」」

「……もしかして私、夢見てる?」

 

 無言の廊下。居間からの明かりだけが光源となっているその場所で、視線だけが突き刺さっておいででございます、お嬢様。

 夢だとしたら悪夢の類である。だがこの悪寒、冷や汗、紛れもない現実である。

だから、これ以上千束に話をさせてはいけない。震える口と覚束ない思考でどうにか言葉を振り絞りながら、千束にこの場からの退去を促してみる。

 

「そ、そうだぞ。きっと夢だ。こんなバカみたいな家に常識人のフキさんや蛇ノ目さんとかたきなが居るわけないじゃないか」

「こんなバカみたいな家に住むのお前くらいだろうな」

「そっかぁ……そうだよね。いつも私とカナメくんくらいしかいない此処によりにもよって三人が来るわけないもんねー……」

「「「いつも?」」」

 

 事実確認の意を込めたであろう三人の言葉がやけに鮮明に聞こえてきた。

 僕はと言えば、ぴっちり閉じ切った屋内だというのに空を仰ぐしかやることがない。

 空気、おいしい。

 

「カナメ、詳しく、詳しく説明してください」

「…………、……、…………」

「今、私は冷静さを欠こうとしています」

 

 ――あ、終わった。僕終わった。

 この台詞を吐いた人間が冷静だったことがあっただろうか。僕は見たことがない。

 ぎょっとした視線を向ける蛇ノ目さん。道端の虫を見るような目で僕を射抜くフキさん。

 そして能面の様な表情で冷静さを欠こうとしているたきな。というかもう冷静じゃないたきな。

 それを痛まし気な目で僕を見つめる蛇ノ目さん。つらい。

 今日はなんてこう、良い思いをしたりこんな目にあったり。片方で良くね? というイベントがこうもたて続けに起きるのだろうか。

 

 

 

 

 この光景を見て思うことは、ただ一つ。

 

 

 

 

「なんでさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「療養ぉ? んだよ人騒がせな」

「だからさっきからそう言ってるでしょ……あ、タレは冷蔵庫に入ってるから適当に。取り皿は下の棚ね」

「あいよ」

 

 ざっくざっくと、追加の食材をまた板の上で刻んでいる。

 白菜、エリンギ、ごぼう、えのきだけといかにもな食材を未調理で皿に乗せていく。

 またもや面倒なことに僕の破廉恥疑惑を解消するべく説明へと奔走した結果――千束を含めて僕の家に侵入してきたリコリス組を含めて夕食を囲むことになった。

 

 畳張りの居間にあるテーブルの中央には、ガスコンロが鎮座している。

 

「いやいやいや……なんで?」

「もう夜も遅いし、献立もアレだからって理由で千束さんが言ってたっスよ」

「わかってるんだよサクラちゃん。経緯だ経緯」

「つーかタンコブでっか」

「触れるな。触れない様にしてるのがわかんないのか」

「触ってないのに話題で触れてるってややこしいっスね」

「冷蔵庫の鶏肉とってくれない?」

「ウス」

 

 なんて突入組の一人であるサクラちゃんとも下らないやり取りをしているわけだが……その間に何があったかということを説明するのは些かキツイものがある。

 まず罠に落ちたサクラちゃんを探す作業から始まって、偶然この部屋の開かずの間に放り投げられていた彼女を引っ張り上げて。

 んでたきなを中心とした事情説明をして、結果タンコブを貰う。

 

 駄目だ、意味がわからない。

 これだけを列挙してもウチで夕飯を食べていく理由が一切解説されていない。

 

 それもこれも、ぜーんぶ千束の所為である。

 

「たきな、先輩の料理食べるなんて私初めてかも」

「カナメと本部の訓練の時に食べたこともないのですか?」

「その時は、私が本部を案内するって意気込んで……結果、料理長と先輩がメル友に」

「メル友」

「たきなたきな、セル結合ってなに?」

「複数の隣接するセルを一つの大きなセルにする機能です」

「そうなんだー……え、じゃあセルってなに」

「…………」

 

 居間では談笑するたきなと蛇ノ目さん、そしてテレビを見ながら質問天国な千束に対してたきなが死んだ顔をしている。

 薬が効いているのか、僕の修羅場(意味不)に突入してきた様子の通り、顔色よく食欲も割と正常に近い状態に戻っていることが目に取れる。

 

「おい竜胆、アイツはあんな出歩いて大丈夫なのかよ」

「今のところは大丈夫、だと思う。だから一応気にかけてくれると正直助かる」

「あぁ? そんな曖昧な認識で千束をほっつき歩かせてるのかよ」

「どうしろってんだ……」

 

 なんて居間の三人には気づかれない程度に小声でフキさんとやり取りをする。若干理不尽なことを胃荒れた気もしなくてはないが気にしない。そうでもしないとやってらんないのである。

 だが、彼女もなんやかんや言いつつ僕がそう口にする前から千束をちらちらと見てくれているので、つまりはそういうことなんだろう。

 ……まぁ、何はともあれ。

会話自体にはアホ丸出しな点には今回目を瞑るとして、アレだ。元気になったこと自体はまぁ、良い事なのだ。

 

「はー……なんか、一気に疲れた」

 

 本当に、疲れた。

 溜息をつきながら振り返るのは数十分前のこと。

 ここ数日間の視線の正体は言うまでもなく――たきな達による監視の目であった。

 道理で敵意が無い筈だ。なにせ敵じゃない。僕の警戒はとんだ徒労であったことが判明したわけだが、こればっかりは空回りするくらいが丁度良いだろう。

 

 で、この屋敷に入ってから碌に僕と千束を監視できなくなったから、『もしかしたら』と思っての侵入だったらしい。そもそも、この家自体を何かの誘導用の罠であったと認識していたみたいだが。

 その結果は、今でも僕の頭で鈍痛を訴え続けているタンコブが色々濃縮して教えてくれている。

 

 だから本当に、疲れた。

 正直、今すぐにでも寝たいくらいである。

 

「けど……うーむ……?」

 

 だが、解せないことが一つある。

 談笑する蛇ノ目さんとたきな。何やらテレビを見ていがみ合う千束とフキさん。この面子は別に良い。組み合わせというか、僕に普通に接する理由として説明がつく。

 

 そう、解せないのは――。

 

「先輩、鶏肉どうするんスか」

「あー……生姜とネギ混ぜて鳥団子にしようかなって。千束も今はあんな感じだけど、内臓はまだ全開ってわけじゃないからさ。人数も増えたし」

「へぇー……千束さんと別に恋人ってわけでもないのにそこまでするんスね」

「………………、……生姜すり下ろしておいてください。あ、おろし金はコレ使って」

「うーっス」

 

 そう、隣のこの子、サクラちゃんである。

 僕の隣で腕をまくって、そのボーイッシュというか快活な見た目通りとも言うべきなのか、慣れない手つきで生姜をすりおろしているセカンドリコリスの彼女。

 自慢じゃないが、いや自慢する気なんて微塵もないが、この子には脅し紛いなことをした記憶がある。

 それも僕が正気を失う前と後、その二つの場面で僕に脅され、命が危うくなっているというのが事実であるのだが……この通り、見事なまでに普通に接してきているのだ。

 それは、本当によく覚えている。

 この子の怯え切った表情。戦場での作り笑顔は震えていて、死ぬ覚悟なんてないまま銃を僕に向けて、それすらも僕には通じなくて。

 

 瞳に滲んでいたモノを、点繋ぎの記憶の中でよく覚えているものだった。

 

 この子にどれだけの恐怖を刻みこんだのか。

 リコリスは仲間意識が強い。横での繋がりが強いとも言うべきだろうか。

 それは環境がそうさせるのか。あるいは『DA』の育成方針なのかは僕に知る由もないことだ。

 そしてサクラちゃんも、その例に漏れない。だから初対面だった僕に対してあの時は懐疑的で、どこか攻撃的だった。

 

 

 僕が吉松に向けるソレを、彼女は僕に向けていたのだ。

 

 

 仲間が次々に倒れていって、失う瀬戸際に立たされて。あの戦場でほんの一瞬、この子を『独り』にしてしまったのは紛れもない僕だったというのに。

 

「――私がこうして手伝ってるのが、不思議っスか?」

「え」

 

 確信に迫ったソレに思わず包丁を持つ手が止まる。

 

「あー、いいっスよそういうの。気にしてないんで。あの後事情はフキ先輩と司令から聞いてますし……私もあそこで色々()()()()()()んで」

「そ、そうか」

 

 動揺の所為で彼女の話がうまく入ってこない。それでも包丁を動かす手は作業を再開しようとするのだから、人体って不思議である。平静を保とうといつも通りの動作を行ったのだろうか。

 ……前々から思っていたのだが、僕ってそんなにわかりやすいのだろうか。

 その辺、僕の周囲に居る人間はどうにも語ってくれないので、僕がソレの真実を知る機会は延々と失われている。かといって鏡を持ちながら話をするわけにもいかないし。

 

「その……乙女さん」

「あ、サクラで良いっスよ。ほら、一度殺し合った仲ですし」

「………………まぁ、それで良いなら」

 

 ……色々、本当に色々なものを含んで沈黙しそうになるのをどうにか堪える。

 リコリスの子たちは肝の据わり方が独特でこういう時に反応に困る。

 

「うーん……ぶっちゃけて良いスか」

「……うん。キミには、その権利がある」

「うす、じゃあはっきりと――正直、今こうしている間も突然斬られたりしないか怖いっす」

 

 談笑が聞こえてくる。

 空気に変化はない。意識していないのか、そうじゃないのか。居間の皆が僕とサクラちゃんの会話に気づく様子は無い。

 だから僕も、作業を続けて耳を傾ける。

 

「最初はどうして一人の、ましてや民間人だった人間を司令部はあんなに警戒しているんだろうなーって思っていたんすけど……実際に戦って、理解出来たっス」

 

 ……それは僕の秘匿死刑のことだろう。

 そのうえ最前線に立って僕の暴走阻止に抵抗したのだから納得もひとしおな筈だ。

 

「じゃあ、どうする?」

「うーん……」

「うーんって……」

 

 なんで僕が呆れなければならないのだろうか。怖いっていうのが事実なら相応の対応というか態度を取って欲しいものである。正直キツイけど、多少怖がられてた方が色々と割り切れる。

 

 そして――そんなことを考えていたからだろうか。

 

「でも、アンタは苦しんでた」

 

 ――この言葉はあまりにも予想外だった。

 

「自分の意思じゃないって、『上』のゴタゴタに巻き込まれたからって、いくらでも言い訳できたのに、一度だってそんなことをしなかった」

 

 それは、当たり前のことだ。

 僕が僕の罪に対して何か不平不満を持つということは、それはそんな自分に対してだ。

 僕の罪は、僕だけのものだから。

 だからこそ、彼女には僕を裁く権利がある筈なのだ。

 

「あの場の誰よりも、苦しんでた」

「……」

「ぶっちゃけ今でも死刑には賛成してるっス。でも、あんなんになっても必死に助けようとしている二人を見てて――なんだか、殺すのは違うなって」

 

 サクラちゃんの視線が、千束とたきなに向けられる。それにならって、僕も横目で視認する。

 僕だって、よく覚えてる。

 あの戦場で一番必死だったのは、間違いなくこの二人だった。

 その覚悟。その辛さ。その苦痛。実際に刃を交えたからこそ、理解できたものがある。

 だからこうして自惚れずに、僕は僕を助けたかった人を知ることが出来た。

 

 

「きっとアンタは、色んなリコリスに怖がられて、嫌われると思うんっスよ」

「……それは、そうだ」

「だったら――それを見て聞いてた私くらいは、理解してやろうってなった」

 

 

「あんだけ苦しんで、人を傷つけたことを後悔していたってことくらいは、誰かが覚えててやらないと――そんなの、報われないっスから」

 

 

 ――それが、サクラちゃんの出した答え。

 

 それは一時的なものだろう。同じことをすれば、今度こそ僕を殺すだろう。

 だが、それで良い。

 一人くらい、そういう人間がいたって良い。

 

 

 

 

 そんな人が居てくれるんだって、安心できる。

 

 

 

 

「……そうか……そうか」

「……んで、鍋の方はどうっスか」

「そうだな……」

 

 仕切り直しと言わんばかりに、サクラちゃんからそんな話題を切り出してくる。

 だから僕も乗る。

 乗ってやると、サクラちゃんは快活に笑った。

 

 

 

 

「うん、悪くない」

 

 

 

 

 こういうのも、悪くない、と。

 

 

 

 

 そう、思えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
この後、皆で鍋を囲った。同じ釜の飯を食えば考え方も変わるぜ。

そして次こそ、次こそパンツを買いに行くぞ。

感想、評価、誤字報告ありがとうございます。

それでは。
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