山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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第4話「Nothing seek, nothing find」
1話


 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――目の前に斬殺された屍が影の中に転がっている。

 

 

「――ぬるい」

 

 

 夏場のじとっとしたビル風に、べったりと鮮血の香りが滲んでいる。

 周囲には死体。死体。死体。死体。

 有機から無機。たとえ腐る肉がついていようと、ソレがものを語らないのであれば人形と変わらない。

 語る言葉は血肉にまみれ、女の剣によって象られる屍山血河は、血を啜る妖魔に等しい。

 その渦中に立つ魔性が一人――竜胆いずなは血の一滴もついていない刀身を鞘に納めた。

 眼前にあるもの巨漢と言えた男だったモノ。それがもはやどこにも見る影がない。脚、腕、そして心の臓。着々と、一手一手であらゆる逃げる手段を封じられ、それに抗う手段を奪われ、最期にはその命を刈り取られてしまった。

 その殺害手段――もはや『狩猟』とすら言えるその場は事実、ただの解体場であった。

 彼女に嗜虐趣味があるわけではない。そも、この業界にいるのに自身のことすら知り得ない、素人に毛が生えた程度の世渡りをしていただけの小物の存在など、痛ぶったところでどうなろうと知ったことではない。

 

 そして何より。

 戦闘を『楽しむ』などと言う機能はとうの昔に――()()()()()()()()()()失われている。

 

 故に彼女によって展開される戦闘は、ただひたすら命の消費行為。残酷なまでに効率を優先させた合理の剣。合理の究極とは即ち、人心の排斥に他ならない。

 そんなの、狩られる側の人間からしてみれば恐怖しか感じない。

 事実、目の前にある死体はもう動くことのない表情は迫りくる死によって切り取られたかのように、確かな恐怖で固まったまま永久に停止していた。

 

「よー、姐さん」

「――……」

 

 差す光源が背景に浮かんでいる遠くの街の光だけの中、傷ついた獣が如き緑髪の男――真島はその惨劇を前に朝の挨拶をするような気軽さで語り掛け、それでも無言を彼女の様に呵々と笑いを零した。

 相変わらずバイザーをしていてその表情は目に取れないが、その無言で見つめる仕草が自身による『呆れ』から来るものであると、真島にはわかった。

 

「首尾よく行ったな?」

「んなヘマするかよ。弾薬やら装備やらかっぱらって、もう引き上げるところだ」

「なら、戻るか。彼岸花どもが嗅ぎ付けられると面倒だ。連中はどうにも、良く利く鼻があるみたいだからな」

「あいよ」

 

 淡々と、それでいて事務的に。一種のビジネスライクとも言える関係だが、相性は悪くなかった。お互いに目的があって動いており、この業界の裏の裏と密接な関係がある場所で長年生き続けた『大人』である。

 つまりは最終的な目的が違えた時点でこの関係は破綻するわけだが……この二人に限ってはそうはならない。

 目的としても、強さとしても、あらゆる意味で『敵』になり得ない。

 味方だろうと敵だろうと恐れを抱かせる、竜胆いずなという女性へ見せる真島の気軽さには、そんな理由があったのだ。

 

「それで、()()()収穫はあったのか。真島」

「これで彼岸花、リコリスが釣れれば言うことねぇーな。アイツら情報が少ねぇのなんの。姐さんも言っていた通り、なんらかの情報網でこの国の犯罪者の同行を把握する手段があることは確かだな」

「だからこそ、小規模で武力衝突を起こした」

 

 わかっていると言わんばかりにそう口にするいずなの言葉に、真島は笑って首肯した。

 今回の目的は消耗する武器類の補充や貯蓄を作るというのも含まれているが、本命はそこではない。

 威力偵察、と言った方が正しい。敵がどう動くか。どのレベルで動くか。どれほどの規模で部隊を出動させ、どれほどの戦力を以て迎え撃つのか。

東京は狭いが入り組んでいる。それなのに、以前の『銃取引』の現場も竜胆いずなの言う『彼岸花』に押さえられた。

 事前にそういった騒ぎを認識できる用意がある。

 馬鹿げた話だが、そうでなければ説明がつかない事がこの国には多すぎるのだ。

 

「姐さんは昔からアイツらと殺し合ってたんだろ? 何かねぇのか」

「さて、な。私がこの国に居た時は、男連中ばかりが出張っていた。犯罪を事前に抑止するなど器用なことをする頭が居たようには見えなかったがな……どうにもこの一〇年で頭がすげ替えられたらしい」

「そうかよ……なら、地道に探すしかねぇな」

 

 だからこそ、次だ。次こそは、必ず。

 今回の襲撃でどれほどの対応を見せるのか、もう判断はついている。次は確実に真島の狙い通りの反応があるという長年の戦闘経験から来る手応えが真島には確かにあった。

 全ては準備だ。こんな追い剥ぎの様な真似をしているのも、下手に触れれば命はない剣の鬼と共同戦線を張っているのも、全てはいずれ来たる()()()の一大戦力を相手どるための仕込みに過ぎない。

 

 そしてその一つ目の仕込みは――既に終わらせている。

 

「――――ケヒッ」

 

 故に男は嗤う。内側から湧き上がる衝動のまま破顔する。

 勝機はいくらだ。こちらの予想される被害は。勝ち取れる戦果は。一端とはいえ一〇年間もの年月で表立った事件を一つも起こすことがなかった国を相手にどれほどの成果を、勝機を勝ち取れる。

 万に一つか。億に一つか。それとも兆か。京か。

 

 どうでも良い。

 

 間違いなくこちらの手勢のいくつかは失う。当然だ。相手とこちらの戦力差を測れないほど耄碌した覚えはない。

 だがそれでも、憂うことなど何もない。

 なにせここには――一つの時代を作り上げた『最強』の一人が居るのだから。

 

「それで、どうだったよ。アランのやつは」

 

 真島は話題を変える様に切り出す。

 既に考えることは終えてるのだ。何の心配もしてないからこその、軽い雑談のようなものだった。

 

「……それは、あの赤服の彼岸花のことか? それともあの伊達男のことか」

「あー、じゃあ伊達男の胡散臭いほうで。赤い方は俺の獲物なんでな」

「……」

 

 それきり、竜胆いずなは黙り込んだ。靴がコンクリートを踏みしめる音だけが響いて、あとは部下が撤収作業をしている静かな忙しなさのみ。

 傍から見れば顔所の地雷を踏んでしまったのかと錯覚してしまうだろう沈黙だ。

 だが、隣の真島はと言えば特に緊迫した様子はない。

 ……自分の命が失われかけても嗤い続ける様な破綻者ではある彼だが、今回に限っては違う。

 あの竜胆いずなが、言葉を選んでいる。

 あの人情も慈悲も欠片もない。冷酷無比で合理性の塊の様な女が、だ。いつもにべもなしと切り捨て、会話らしい会話などそれこそこうした事務的な確認作業でしか無いというのに、らしくもなく何かを考えている。

 

 そして、彼女は口を開いた。

 

「獲物としては、落第だな」

「へぇ……その理由は?」

「単純な此方のメリットの話だ。アレ個人を討ち取るのは容易だが、殺したところで旨味がない。むしろ泳がせていた方が我々の優位に働く。あのロシアから持ってきた武器がまさしくソレだ」

「それ、獲物として落第って解答になってなくね?」

「殺したいのなら好きにすればいい――ただ」

 

 

「昔から、何もかも見透かした様な男は嫌いでな」

 

 

 ――――本当に、珍しい。

 本当に稀な、竜胆いずなという個人の感情が含まれた言葉であった。

 この女に私情などない。失うものが何も無くなったから、私情を持つ理由がないと本人は語っていたが、それも今までの振る舞いから真島は納得がいっていた。

 だが今、見間違いじゃなければ、あのバイザー越しにどこか遠くを見据えていた。

 

 

 

 ――――どことなく、『女』としての竜胆いずながそこに居た気がした。

 

 

 

「……」

 

 気になる。

 純粋な好奇心ではない。おそらくは身を滅ぼしかねない、破滅的な知的欲求から来る衝動じみたもの。

 人類という霊長が抱える、『何かを暴きたい』という自らを滅ぼす獣としての衝動の一つ。

 下手をうてば斬られかねない。それはいけない。まだ何も成していないのだ。真島は、死ぬわけにはいかない。

 

 だから真島は、こう切り出すことにした。

 

「どうする? 姐さんが接触した『アラン機関』が言う計画――それが無くたって、俺と姐さんで中枢までとは行かなくてもこの国を暴く算段はついてるぜ」

 

 それは紛れもない事実だ。

 実際、目の前の女性がいれば算段など小難しいことを考えずとも、正面から捻じ伏せるだけでも相応の爪痕は残せる。

 人間戦闘機。あるいは人型戦略級兵器。

 それこそが竜胆いずなという個が持つ戦力の規模の指標だ。

 人間が、そんなものに敵う筈がない。当然だろう。なにせ勝つために生まれたかのような強さをこの女は持っているのだ。

 同業者として尊敬もしている。同時に畏れも抱いている。

 だからこそ見逃せない。見逃すわけにはいかない。

 

 そんな武器の様な女が見せる――『人間』としての側面を。

 

「それは魅力的だな」

「だろ?」

 

 

 

 

「――だが、まだ。まだだ」

 

 

 

 

 ――――瞬間、凍てつく様な重圧がこの場を支配した。

 血の香りが混じった初夏の夜の空気が、体を絡めとるような重力波へと変生する。

 真島の心臓は高く響きながらもその心拍を押し殺し、()()()()()()()()と称された『聴覚』すらも、生物としての本能が反応を反射へと塗り潰した。

 この場にいるのが真島だけで良かったことだろう。無意識より放たれたそれに、烏合では迎える術を持たない。

 逃げろと体が叫ぶ。目の前にいる『ソレ』と関わるなと細胞の一つ一つが悲鳴を上げている。

 

「この国を落とすこと自体は造作もない。中枢さえ晒せばたちまちお前と私がいれば、最低でも今の体制をひっくり返すのに一日も要らん。だが――」

 

 そこに、人間など居ない。

 いるのは『獣』だ。機械のように、武器のように――酷使の果てに摩耗し、傷だらけで帰る場所のなくなった嵐を纏う『獣』。

 正気ではない。正気などいらないと、その振る舞いのまま告げている。

 

「まだ、あいつが――この国には、カナメが生きてる」

 

 ――――だがそれが良いと。

恐怖を押し除ける狂喜のまま、真島は笑う。

 

「だから、待つ。幸い利害は一致している。アラン機関のあの男が王手をかけるタイミングは恐らく彼岸花どもにとっての最悪――我々にとっての最大の好機となる」

「あの眼鏡か……確かに強ぇけど、一回殺しかけてたんじゃなかったか?」

「ああ、未熟だ。未熟ゆえに、一度殺した。心臓も貫いてみたが……それでもアイツは動き続けた。今でも、あの時貰った傷が疼く……()()()()()()()()()

「……」

「だから待つぞ。その時は、お前もお前の因縁を断ち切れる場面に立ち会うだろう」

「そーかよ……なら、計画に変更はねぇな。元々長期の潜伏を想定した計画だったからなんの問題もない」

 

 じゃあ戻ろうぜ、と先に感じた恐怖を微塵も感じない足取りで、真島は外を目指す。

 その様子はどこか満足気にすら見える。

 

「そのためにも、お前も鍛え直すぞ。未熟なカナメに遅れをとっている様では話にならん」

「はっはっ、柄じゃねぇ〜!」

「なら勝手に突っ込んで死ね。それで終わりだ」

「そして冷てぇー! いや、わかってるさ。リコリスにリリベルとか言うやつ、アラン機関に()()()()()()()()、姐さんとあの眼鏡を含めた『山育ち』……勢力図は着々と出来上がっているんだ。なら――――」

 

 

 

 

 ――――バランス、取らねぇとなぁ。

 

 

 

 

「あとな、姐さん」

「なんだ」

「ハーゲンダッツの新商品が日本で先行販売する」

「――なん……だと……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 千束の使う『DA』謹製の非殺傷弾について話をしよう。

 

 だがここで注意するのが、非殺傷弾は即死を免れるだけで『銃』というカテゴリに分類できる程度の威力が生まれているという点である。

 いくら殺傷能力を下げていたとしても、当たり所が悪ければたとえ大男と言えど致命傷になり得るのだ。

 肋骨に当たればあるいは骨が砕け、あるいは粉砕した骨が肺に刺さるかもしれない。

 これが心臓の真上なんかにあったりした日には目も当てられない。人によっては最悪、死に至ることも十分あり得る。

 

 ……結論を急ごう。

 

 つまるところ、たとえ訓練でも人に向けて撃つべきものではないのである。

 

「いったぁ!?」

「カナメ、真面目にやって!」

 

 ――――そして現在。

 噂をすれば何とやら。

 めちゃくちゃ見覚えのある粉塵が視界を舞っている。

 赤く着色したプラスチックと金属の粉末が着弾と共に弾け、フランシブル弾と言われる標的へ弾丸が到着すると同時に粒子として崩壊するその性質によって、まるで血煙のように赤い煙が舞うようになっているのだ。

 着弾と一緒にそれこそ華の様に大気中へ粉塵となって散らばるソレは当然、人体に当たらなきゃこのようにはならない。

 そこで激痛が奔る僕の身体。射線の始まりに立つたきなの姿。

 

 我ながらクソみたいな自問自答であった。

 

「あ、またアホなこと考えてますね」

「たきなの所為なんだよ……!」

 

 そしてそんな口答えをしようものなら、それを封じると言わんばかりに赤い弾丸がぱんぱんと飛んでくる。勿論得物の携行はこの場に限って禁止されている。

 避けようにも、以前より射撃精度が格段に増しているたきなの銃撃をこの距離で躱すことは困難……というか非殺傷弾の性質の関係上距離を取られると当たらないので今以上の距離に下がることが許されていない。

 

 そして何より、この流れになった理由がここまで一っっっ切も説明がされていない。流石に文句の一つでも出るというものだろう。

 

 ……とはいえ前回の事件のこともある。

 たきなには迷惑だけじゃなく、前を向けるきっかけさえくれたんだ。

 そんなたきなから放たれた『お願い』というキーワード。

応えない理由がなかろう、なんなら鬱陶しいくらい全面的に協力しようと荒々しくも息巻いていた喧しい僕である。

 はてさて、どうして僕はたきなの的としての役割に没頭しているのか。

 何故だろう。

 何故だろう?

 

「……やっぱり非殺傷弾では効果が見込めませんね」

「あの、たきなさん……? なにゆえ射撃場の的として僕が立っているのでしょうか……? 決して人が立つ様な場所では無かったと強めに記憶しているのだが」

「実戦を想定しないと使えないでしょう」

「その実戦を迎える前に僕が死にそうなんだが?」

「カナメはそんなので死ぬタマじゃないので平気です」

「何が大丈夫か微塵も理解できない……」

 

 だからってそんなタマに弾を当てるのはどうかと思うのが人の心というものである。倫理観。こんな世界にあるのかどうか疑問だけど。

 どうしたものか。あの戦闘以来、たきなの無茶振りに拍車がかかってる気がする。一部のブレーキが壊れたというか、意図的に壊して邁進しているイメージさえあるぞ。

 

 って僕が聞きたいのはそんなことじゃなくてっ。

 

「そもそもだっ、たきながどうして非殺傷弾を? この前、弾ブレが酷くてこれじゃ自分を護れないってんで実戦での運用は却下になった筈じゃ……」

「何って――私の『眼』の調整でしょう?」

 

 ……茹で上がりかけていた頭が一瞬で鎮火した。

 

「……」

 

 言葉が出ないとはこのことか。

 それは、まぁ、確かに、うん。本当に僕の所為だから、なんとも言えない。

そも、僕が暴れなければたきなもそんな厄介な事になっている筈もなかったのだから。

 だが同時に解せない。

 どうして抑えるのではなく、『使う』という方向にシフトしたのか。

 いや、理由はなんとなくわかるんだけども、聞くのと聞かないのとじゃ責任の所在というか、多少なりとも納得が欲しいというのが人情というものだろう。

 

「その眼、治るのか?」

「そんな病気みたいに……この頭痛は少し厄介ではありますが、発現したてでもあの時のカナメに弾が届きました。武器としてこれ以上頼もしいものはありません」

「……ちなみに使わないって選択肢は……」

「実戦で使用可能になるまでは控えます」

「……むむ」

「まぁ、どこかの誰かさんが無茶しなければ、私もそんなに働かなくて済むんですけどね」

「むむむむ……それを言われるとどうも」

 

 まだ使用は控える。控えると来たか。

 妙な二段構えというか、隙の無い切り返しにどう返答したものかと唸る。

 たきなのことだ。つまりはいずれ実戦で使うということに他ならない。そして、いざ危ないことになったら使うというという宣言を今、目の前でされているわけだ。

 そして何より、僕自身が今後無茶振りをしないという保証が全く出来ない。

 僕が何と言おうと、その結果がどうなって来たかをたきなは承知しているだろうから。

 

 ……クルミさんの言う通り、いささか口喧嘩というかレスバトルへの適性が無さ過ぎやしないだろうか。余人は僕みたいな人種を脳筋と呼ぶのだろうか。嫌だ、認めたくない。これでもスマート眼鏡を自称したいのである。

 

 そんな体たらくなもんだから、苦し紛れにこんなことしか言えなかった。

 

「……今のたきなでも、十分強いとは思うんだが」

「それはカナメも同じでしょう? 同じ系統の技術を使えるようになったから、前よりもカナメが戦闘時に行っていたことが理解できます――本当は、今からでも戦うのをやめて欲しいと思うくらいには」

「……うん」

 

 ……それは、そうだ。

 僕だってたきなと同じ立場なら、同じことをする。自ら死に近づく様な行為を誰かに強要するなんてこと、やりたいなんて言っても食い止めたいと思うだろう。それが身近な大事なヒトだったらなおさら。

 

 

 だから――簡単には止まれないっていうのも同じだ。

 

 

「だから、カナメも私を頼りにしてください。私もまだまだ未熟ですので、私もカナメを頼りにさせていただきますから」

 

 ……そこまで言われれば、止めるのもおかしな話だ。

 少し前の僕であれば、何が何でもやめさせようと下手くそな口喧嘩だろうが何だろうかしてやるつもりだったが、今は少しだけ違う。

 

 僕や千束を護ろうとしてくれる人。

 自分もその対象で、それを受け入れること。

それをあの時、たきなの言葉で覚悟出来たからだ。

 

 

 そして何より――この技術を放置すればたきなが間違いなく死ぬ。

 

 

 ――今でも、頭の中で過る。

 血と臓物にまみれた月下の森。暗がりの緑を充満する死の香り。

 獣の嘲弄に紛れて聞こえてくる誰かの悲鳴。ぐちゃぐちゃと、ばきばきと、肉の咀嚼に呑まれてなお聞こえてくる助けを呼ぶ声。

 可能性じゃない。絶対だ。実際にそんな目にあったわけじゃないし、実際に行使する使い手として予想させられる末路でしかないが、確信がある予想を可能性と論じるのは、ただの無責任でしかない。

 

 その末路だけは、絶対に避けなくちゃならない。

 

「……頭痛はどう? まだ痛むかな」

「……使おうとするたびに、それなりに痛みがあります。というか、まだオンオフが上手く切り替えられません。見えたり、視えなかったり」

「ならまずは『ならし』から始めよう。オンオフもそうだけど、それは本来人間の脳が認識できないものなんだし。ならまずは脳のデザインを少しだけ変えよう」

「……聞く分にはとんでもないことしてる様に聞こえるんですが」

「様に、じゃなくてマジでそうなんだよ」

 

 言うなればアップデートとスペックアップである。

 ハードが認識するソフトに新しい機能、それも使う予定の無かった機能を無理やり組み込むのだ。容量が十分とは言え、CPUの最適化、あるいは一部改変は必須である。

 とはいえ、命の危険になるまでの範囲ではやらない。

 

 そんなことは、決して僕がさせない。

 

「よし。なら、まずは『自己暗示』についてからだ。さしあたっては僕を撃ち抜いた銃を使うんだけど――」

「あの、その引き出しかたやめて貰えます?」

「ウス……」

 

 そうして夜が更けていく。

 時折放たれる射撃場でのやり取りは、防音性に富んだこの訓練所では地上に届くことはまずなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そうして夜がすっかり深まった頃。

 『旧電波塔』は相変わらずその彩りを絶やさず、東京の夜空にそびえ立つ電飾された大木のようにその存在感を示している。

 今日のリコリコは定休日。営業もしていないのに明かりが灯っているそこは人の気配を感じないと思いきや、その真逆。ステンドグラスから差し込む喫茶店の灯かりはどことなく夜らしからぬ賑やかさを漂わせている。

 定休日となれば大概、『DA』からの任務が通達されたり、ミズキさんを経由したリコリコの『裏』の窓口を通じて依頼が舞い込んで来たりするものなのだが、今日に限って言えば珍しくそういった急ぎの任務も存在しない。

 

 だから皆、思い思いの時間を過ごしている。

 

「ふ~んふ~ん、ふふ~んふ~ん」

 

 そしてそんなリコリコのホールに小気味よい鼻唄が一つ。

 座敷には赤くて白い頭と小柄な金髪を含め二名。言うまでもなく千束とクルミさんだ。

 滅多にないとさえ言える夜の暇を最大限楽しもうとしているのか、普段は座敷スペースとして利用しているその場所になにやらモニターを設け、如何にもなハード機器をどこからか引っ張り出してきたモニター付近にせこせこと設置している。

 

 それを風呂あがりで茹った身体を冷ましながら見つめていると、何やら嬉しそうに千束が僕へと視線を寄越した。

 

「千束、何してるんだ?」

「あ、カナメく~ん。お風呂あがった? 何ってゲームだよゲーム。しっかもオンライン対戦だぜ~ほれ喝采」

「いやしないけど」

「しろよ」

 

 ぬるっとアクションを要求してくるな、なんて千束の半ば理不尽なノリを軽く黙殺しつつ、今度はこのノリに巻き込まれたらしきクルミさんへと視線を移した。

 既にゲームのセッティングは完了していて、あとは自動小銃型のコントローラーを持つのみ。その脇には、なにやら何時ぞやの死体偽装任務にて見たことがあるヘッドマウントディスプレイが鎮座している。

 

「これは……VR?」

「銃撃ゲーのな。対応型ってんで、千束がやりたいってうるさいんだよ」

「って割りにはクルミさんもノリノリで準備しているような……」

「個人的にはリコリスにサバゲ―っぽいのやらせたらどうなるか気になる」

「わかりみ」

 

 なるほど、確かにそれは気になる。クルミさんじゃなくても気になる。

 現実じゃ在り得ない動きが出来るのがゲームの醍醐味の一つなのだろうが、この喫茶店には現実世界顔負けの超絶技能を持つ千束が居るのだ。

 しかもヘッドマウントディスプレイ付きで、自動小銃型の専用コントローラーまである始末。ここまでされて気にするなというのも無理な話だ。

 

「にしてもゲームか……最後にやったのはいつだったかな」

「ボクとしてはお前がこういうの嗜んでいるって事実にびっくりしてるんだが……」

「筐体だよ筐体。学校で咲間の奴に付き合わされたのと、千束とやったやつで」

「アレ凄かったよねー」

「なんのタイトルやってたんだ?」

「えーと、なんだっけ。太達っていったけか」

「千束お前……」

「いつかベガス連れてって大儲けできるかもよ~? スロットとかさ」

「やらないってば」

 

 というかそれを言うなら千束の方がそういった場面で無双しそうな感じがある。

 詳しくは知らないが、ルーレットとかスロットとかなら千束の『眼』を以てすれば止まって見えることだろう。職員の怖いお兄さんが出てきても、千束であればどうにか出来るだろう。

 ……いや、人に舐められることに定評のある僕のことだ。これは店長あたりでも傍に配置しておけば何やらイイカンジに周囲への牽制になるかもしれない。

 

…………あとは、その、うん。

 

ベガスに連れて行ってはしゃぐ千束を見てみたいというのも多いにあるな、うん。

 

「――今、ちょっといいなって思っただろ」

「っ!? い、いや、ただの脱水症状だ!」

「そんな簡単に脱水症状が起こってたまるか」

「ぬぅ……!」

「ぬぅて」

 

 クルミさんの冷静なツッコミがぐさりと抉ってくる。このままだと余剰ダメージでボロを出しかねないので千束の方へ向かう。僕とて学習している。こういう時は逃げるが勝ちなのだ。

 そして逃亡先として今目の前で千束が展開しているゲーム画面を見るわけだが……そのユーザー名を見て、思わず顔を顰めた。

 

「『CHISATO』って……なんてハンドルだ。ネットリテラシーが欠片もない。ここは現代社会だぞ」

「リコリスなんでいーんですぅ~」

「リコリスならなおのこと駄目だろ」

 

 お主は国家の機密エージェントの名なんですが、それは。

 

 いや、リコリスであることを特定した場合、危険なのはむしろ相手側なのだから、ある意味でこの情報社会においては無敵の秘匿性を内包してるのかもしれない。

 いや、物理的に消されかねない可能性がある以上、やっぱり一般ユーザーの命を護るためにも名前の秘匿は具申すべき議題ではある。ややこしいことこのうえない。

 

「それで千束、くどいようだけど確認するぞ……大丈夫なのか?」

「ん~? 大丈夫よ~? 千束さんはゲームの腕も一流ですから」

「そっちじゃない。身体だよ身体。一応動いても良いってのは聞いているけど、実際のところどうなんだ? まさかまた隠してるんじゃ」

「もう隠さないよ。カナメくんには見抜かれるってわかっちゃったしね」

「……まぁ、それはな」

 

 ……出来るのならそうしたいが、千束が本気で隠すようになったら正直見抜けるかわからない。そもそもな話、僕が『喫茶リコリコ』に復帰するまで普通にしていたって言うこと自体が未だに信じられない事態であるのだから。

 千束の『中身』は一応の回復は見せた。

 経過も順調。合併症もなく『心臓』も問題なく稼働しているとのことなので、動く分には問題がないそうだ。ありがたい山岸先生からの証言だから信じて良いだろう。

 

 ただ――僕の与えた傷がどのように作用するのか。

 

 結局のところ、それ次第なのだ。

 普通に回復すればそれで良い。だが僕の技は状況を鑑みるに()()()()()()という眉唾めいた代物だ。原理原則は不明だが、千束の傷の具合からしてそう判断するしかない。

 だから今は、千束の言葉を信じて動くしかない。

 

だけど……千束だからなぁ……。

 

「言っておくけど、まだまだ薬は飲んでもらうからな」

「えぇ~……アレ嫌い」

「だめ」

 

 これである。目を離した途端にこんなんになっちゃうもんだから油断ならない。やっぱり頭の片隅にはおいておくべきことではあるらしい。

 幸いにして僕が未熟なお陰か、あるいは()()()()()()()()()ことが影響しているのか、『刃』は小さなものではあるらしい。

 

 それに、たきなの『眼』のことだってある。

 気がかりなことは山積みだ。今日はまず身体作りのきっかけから始めたが、それにしたって性急であるとは感じているのだから。

 

「おい、始まったぞ」

「む」

 

 なんて考え事をしていたら、既にマッチングが始まっていた。

 画面には何やら猫をデフォルメしたキャラクターが千束のキャラクターと凌ぎを削っている。画面が小さいのに見えるのだろうか、なんて疑問はそう言えばバーチャルリアリティでのプレイであったという大前提を思い直す。

 そして千束とはと言えば、現実世界の戦闘もかくやと言わんばかりに堂の入った構えでマッチングバトルに興じている。

 

「動きがガチ過ぎるな」

「そりゃ本職だもんな……クルミさん、お茶淹れたら飲む?」

「飲む」

「あ、カナメくん、私もー!」

「あいよ」

 

 結果は今のところ快勝。被弾があるのを見るに、どうやら千束の『眼』は上手く機能はしていないようだが、それでも勝っているのだから大したものである。

ゲームと現実世界とで勝手が違うのかなと思い込んでいたが、どうやらそこは経験やら戦術やらでカバーしているらしい。

 

 そう――ここまでは良かった。

 

 ちょっと雲行きが怪しくなってきたのは、二、三戦目と連勝していた直後だ。

 

「やっぱ強いなー。流石はリコリス」

「伊達で赤を着てるわけじゃないんですよ~クルミィー」

「ちゃぶ台に足ぶつけないようにな。ただでさえあんまりゲームに向かない場所でやってるんだから――ん?」

 

 安全圏で急須と湯呑を持ち込んでお茶の準備をしてると――千束の次の対戦相手に視線がいった。

 

「えーと……『F』、『U』、『K』、『I』…………んんんんん?」

「どーしたカナメ。酷い顔してるぞ」

「余計なお世話だ……えーとまぁ一応」

 

 何やら失礼なもの言いをされたがそれより確認することが発生した。

 ぽっぽっと携帯端末を開いて、連絡アプリを起動する。

 連絡先は……今、画面の中に居る人物が僕の思っている通りの人物であれば、連絡先は最近その人とコンビを組むようになったらしいリコリス――サクラちゃんが妥当だろう。

 すいっとメッセージを送信した。

 

『突然でごめん。今、ゲームやってる? 銃撃戦っぽいやつ』

『よくわかったっスね。先輩ってゲームやるタイプでしたっけ』

『いやしない。ただ、マッチングって怖いね』

『????』

 

 全力ではてなを浮かべられる。気持ちはわかる。これは個人的な納得が必要なアレだったので、返事がないならないで別に良かったのだ。

 ただ、『万が一』があったら千束の機嫌が悪くなりそうだなぁと、考えてしまっただけ。

 

 そして案の定、連戦連勝だった千束の操作するキャラクターがみるみるうちに体力ゲージらしきものを減らして行っている。

 

「んなっ、!? このっ、こいつぅ~! ヘンな名前してる癖になんでこんな強いんだ!」

「ヘンて……多分リアルネームだぞ」

「さっきからどうした」

「あ、いや」

 

 かといって正体をバラせば僕に矛先が向きそうだから言わない。

 あと何より、世間が狭くて脳みそが若干現状のスピードに追い付いていない感じがある。

 それにフキさんの普段の手厳しいイメージからは想像がつかなかったが、こういうゲームもやるんだあの人。今度ちょこっと突いてみるとしよう。

 

そういうところを店長に見せて行けばいいのになー、なんて野暮なことを考えていると――惜しくも千束が敗退した。

 

「…………」

「……オイ、ちさ――」

「やめといた方が良いぞクルミさん。巻き添えを食らう。何も言わなければ比較的被害は最小限に済む」

「多少は逃れられないのか……」

「千束だからな……」

 

 

「カナメ、ただいま戻り――」

 

 

「ぬぅわあああぁぁぁああ~~!!!」

「うお」

「わっ」

 

 そして玄関が開いたのとほぼ同じタイミングで、夜のリコリコ全体に色んな感情を混ぜ込んだ絶叫が響き渡った。

 そしてディスプレイをぐいっと上げたかと思ったら、千束ががばーっと飛び込んできたのでなんとか受け止める。

 

「たきな、おかえり。買い物ありがとう。こんな出迎えなのは目を瞑ってくれると助かる」

「そこはさしたる疑問じゃないんでいいですけど……何をしてるんですか?」

「あー……マ、マッチングミス?」

「は、はあ……」

 

 テキトーなこと言ったら更に困惑された。抱き着いたまま千束の後頭部を撫でているのだからそりゃそうだ。僕でもそうなる。

 

「あー!!! ぐやじぃ~! カナメくんが居ればあんな弾切って好きなだけぶっ放せるのにぃ~!」

「銃撃ゲーにそんな無法なこと出来るモラルはない」

「というか『コレ』が居たらもはや別のゲームだろ」

 

 そんなことを言い出すもんだから僕もクルミさんも呆れるしかない。『コレ』呼ばわりは流石に気になるが、この際目を瞑ってくことにする。

 取り敢えず、よすよすと、腹に顔を突っ込んだままの千束の頭を撫で続けた。

 接戦の末での敗北だから悔しいのだろう。僕にはてんでわからないが、料理の味で千束と競ってて負けたと感じた時のアレだろう。うん、それなら理解できる。

 

 そして救いを求めたのか懺悔をしに来たのかわからないが、視線を上にあげると、千束の視線は即座にリコリコへ帰ってきたたきなへと釘付けにされた。

 

「た、たきなっ! あ~良いところにも~! これやって! これやって!」

「え? え? ええ?」

「ハイこれつけてー、コレ持って」

 

 困惑で状況をまったく把握できていないたきなをこれ幸いと、勢いでリベンジマッチの代理をあれよあれよと頼み込む千束。

 ヘッドセットをつけて、コントローラーを持たせればゲーミングたきなの完成。喧しい色でぺかぺか光ってそう。何を考えてるのだろうか僕は。

 

「お、おお……リアルだ」

「たきなもゲームをやる年頃か……」

「不可抗力なんですが……」

「はぁ~い仇取ってよー――スタート!」

 

 たきなの動きには未だに困惑が抜けきれない。それでもやってくれるあたり大分この店の人間として馴染んできた感じがするのが何とも感慨深い。

 そしてゲームがスタートした。

 画面には銃持った化け猫のフキにゃん。本人に言ったら殺されそうななんで絶対に言わないようにしようと秘かに決意する。

 

 そしてたきなも勝手がわかってきたのか、銃撃戦の精度で言えば千束よりも優れていると言えるものを持つ故か、これまた洗練された構えで銃を構える。その姿はとてもファンシーなタイトルのゲームをしているようには見えない。

 

「っとと、お茶が零れるっ」

「退避ィ~!」

 

 何やら楽し気にちゃぶ台やら座布団やらを押し退ける。ちゃぶ台ごと引っ繰り返される前に、どうにかお盆を持ち上げて畳のシミという悲劇を回避した。

 

 

 そして――。

 

 

 

 

「ハッ――!」

 

 

 

 

 普段の癖だろうか。バーチャルで動きが反映されるわけでもないのにたきなはバク転をしてしまう。

 リコリスの制服は女子高生のモノを模してスカート調となっている。

 即ち、男が見てはいけない絶対領域が存在している。

 バク転なんてすれば当然、視えちゃいけないものが見えるわけで――。

 

 

「――――え」

「――――な」

 

 

 

 その時、確かに視た。

 

 

 

 

 たきなのスカートの中身を保護する――トランクスの姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。

次回は親しい女子の絶対領域を見てしまった山育ちとそれを目撃した赤いリコリスの話。

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それでは。
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