――――たきなのサマーソルト絶対領域からしばらくして。
「……」
「千束のやつはどうしたんだ?」
「クルミさん、触れるな。身の危険だ――具体的には僕の」
「お前かよ」
――リコリコには、妙な緊張が走っている。
せこせこと僕とクルミさんでプチゲーム会場と化した座敷の片付けを進めているさなか、背後に感じる視線に思わず身震いする。
今のクルミさんの会話の通り、緊張を感じているのは見事なまでに僕だけ。余計なことを言わないように可能な限り遠回しに釘を刺すが、背後からの視線が更に鋭くなったので言わなきゃ良かったと一瞬にして後悔した。
この時点で既に詰んでるような気がしなくもないが、あくまで無関係を装う。なんて虚しい努力だろうか。
それはどうしてか?
この後に展開されるであろう話題を憂いているのである。
「クルミ」
「んー?」
――――唐突だが『下着』について語ろうと思う。
決して、性癖の開示ではない。
その歴史は古く、古代ギリシャから古代ローマにまで遡る。
最初こそ適当な大きさに作れられた布を腰に巻き付けたものが主流であったが、古代社会の発展に合わせて進化を続け、発祥してから間もない当時の時点で既に現在で言うところの『ファウンデーション』なる補正下着的なものが存在していたという。
決して、普段から考えてるわけではない。
なので性癖の開示によるナニカの強化的なアレでもない。
どっちかってーと僕かぁ、赤くて白い子に似合ってくれるようなものだったらあり難かったりするだけだから、この状況における不都合は一切ないと言えよう。
なんて、自分でも何を言ってるかわからなくなるくらいには動転している僕なのだが。
そんな自分に眩暈を起こしかけるが、千束の表情を見て反射的に身構えた。
相変わらずのノンブレーキっぷり。早速本題からぶっこむらしい。
「――たきなのパンツって見たことある?」
「あるわけないだろ」
「ちぇーっ、何でも知りたいんじゃないのかよー」
神妙に切り出した千束に対して実にフラットな切り返しである。ウォールナットは伊達ではないということだろうか。なんにせよくだらない。
「ノーパン派か? どうなんだカナメ」
「なんでこの流れで僕に振った? 死ぬよ? 僕が」
「カナメくん」
「ウス……」
なんて理不尽だろうか。女所帯特有のパワーバランスによる理不尽さを今ここで身に染みて味わっている。男は辛いが強く生きねばならぬのだろう。
この手の話題ではたとえ身の危険によって出た言葉であっても、聞かれてもいない限り口を開くべきではないのだ。
「何を穿こうがたきなの自由だろ? だからノーパンでも問題ないぞ、カナメ」
「問題あるぞー。この流れで僕に話題振ることとかな」
「はーい、馬鹿なこと言ってないで、カナメくんはこっちに来る!」
「それで僕が死んだりしないよな?」
「……」
「何か言ってくれない?」
それはもう処刑が確定しているという判断でよろしいのでしょうか。きっとよくはない。そしてゲラゲラ笑ってるクルミさんはいつかシメる。
そんなことを考えてるうちにドナドナと奥の居間へと連れてかれ、有無を言わさない圧力を放っている千束に僕が何かを言える筈もなく――。
「単刀直入に言う――見たな?」
ぐぇ、と――こうして音も振動もなく壁にドンづかれるなんて器用な事をされてる。
千束の形相と言ったらもう、配達で割りと頻繁に訪れるヤのつくザの人達もかくやと言わんばかりのマジな顔つきだ。きっとあの場で唯一の男の僕がたきなのパンツのアレコレを見たという点での追及なのだろう。
とはいえ不意打ち気味に放たれたバーチャルサマーソルト。加えて千束に組み付かれた状況ともなれば視認するなと言うのが無理な話。女性しかいない空間であんなことをするからこんなことになるのだ。情量酌量の余地は十分あると言えるだろう。
しかしながら、ここで下手な発言をすれば首を締めたまま死にかねないのは自分。
冤罪の時はひたすら否定を口にし続けることがポイントである。
「見てない」
「見・た・な」
「見ました」
引き際って大事だよね。
「…………見て、どう思った?」
しかめっ面から神妙な顔つきだったりと見事なまでの百面相を披露した結果、絞り出すようにそんなことを口にする千束。
色々と噛み砕いたうえで呑み込んだ様な沈黙があったのが気が気でないが、どうやらそこは一旦保留にしておいてくれるらしい。これはこれで後のことが恐ろしいが、取り敢えず僕もその議題に関しては見て見ぬふりをする。
……しっかしどう思った、か。
千束の指摘した『ソレ』は、僕も見た視ないの冤罪以外にも考えていたことだ。
それはもう鮮明に視えていたわけなのだが、正直たきなの穿いていたソレには未だに困惑している。
「なんて言うか――我々の想像を絶した」
「わかりみ」
今でも切り取られた写真みたく思い浮かぶ脳内の静止画は、ありありとある意味残酷な現状を物語っていた。
飾り気の全く無い、どことなく生地として硬さを感じさせる黒い布地。タイトというには緩やかな、それでいてだらしなさを感じさせない快適性を追求したソレは本来、男性が着用するべきもの。
断じて女性が、ましてや十代の女の子が穿くものでもないだろう。ミズキさんくらいの女性ならワンチャンあるかもしれないけど、たきなは決してそんな感じではない。決っっして。
……前々からその辺りのことが無頓着というか、仕事に一途過ぎる面があって情緒が全く育ってないとは薄々と感じ取ってはいた。
そのために千束と色々と画策していたことも事実だ。特に僕なんかは訓練などで同行する機会が多かったからその合間を縫って色んなものを食べさせたり映画を視えたりなどして情緒を育てようとしていたワケなのだが……。
それを踏まえたうえで言わせてもらおう――アレはない。
「――トランクス、だったな」
「そーっ! そーなんだよっ! なんで!? 何がどうしてそうなった!」
「ええい、落ち着け……そもそも、そんな馬鹿なことあり得るのか? 社会的には違うけど一応は華の女子高生だぞ? 見間違いだと思いたいんだが、僕としては」
「私が見間違えるってあり得る?」
「……千束に限ってそれはあり得ないか」
千束の洞察力に掛かれば穿いてるものの視認くらい容易だろう。
ってことは、アレか。
京都支部に所属していた頃……は十代かどうかすらも怪しいからノーカンとして、本部に移転してリコリスとして活動する中で誰にも指摘を受けないままあんなのになってると。
ええいっ、教えはどうなってんだ教えは!
「……もう一度だけ確認しよう? あと事実確認も含めて」
「確認って……どうやる気だ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。一瞬でこう、ピラっと捲ってね」
「中年オヤジみたいだな」
「あ?」
「ごめんなさい」
ドスが効いた声で反射的に謝罪の言葉が口から出てきた。銃撃戦もびっくりな出力速度である。
だが確かに、年頃の女の子に中年オヤジみたいだなんてんは失礼過ぎた。反省。
なんてやり取りを経て、かくかくしかじか。
一人奥の居間で取り残された僕は状況的にここから動くわけにもいかず、悶々と部屋を左回りしたりして待機しているとすぐに千束は戻ってきた。
その表情は芳しくない。
「どうだった?」
「……」
「千束?」
「……穿いてた。立派なトランクス、穿いてました」
「えー……」
忍耐の末に判明したのは嘘みたいな事実だった。
また眩暈というか頭痛がしてきたので思わず薬が欲しくなってくる。贔屓目なしに容姿端麗な後輩の女の子がトランクスを履いていた時に処方される薬があるというのなら、是非とも処方して欲しいものである。
楠木さん、あなたそういう所ですよ。いや、捲った奴が面食らうって意味では正しんだろうけども。そもそもそんな奴の気がしれたもんじゃないが。ろくでもないだろソイツ。
「……え、どうする?」
「どうするって、買うに決まってるでしょ! 同じ女の子として許せんっ! あとで楠木さんに文句言ってやる!」
「やめとけやめとけ……仮に買い物に同行したとして、銃撃戦専用のモノはないのかなんて言い出すのがオチだぞ。たきなのことだからもっと内容を詰めておかないと……それに……あー……」
「……それに?」
「あ、いや……男の僕が言って良いかわからないけど、その……う、上の方なんかもあんな調子だったら、女の子的にはマズイんじゃないか?」
「――…………」
大分勇気を出して言ってみた言葉を口にすると、みるみるうちに千束の表情が蒼褪め、しまいにはおよよと両手で顔を覆ってしまった。
どんな未来を想像したのかは男の僕では想像しかねるものではあるが、彼女の様子を見るに相当悲惨な未来が待ち受けているようだ。
これはこれで楠木さんの業の深さが浮き彫りになった結果なのだろうが、よくよく考えてみたら部下の下着まで把握している上司とか、そっちの方がよっぽど蒼褪める事態なのではないだろうかと思い直す。
……見事なまでに雁字搦めじゃないか。頭痛が余計深みを増している。なんて恐ろしいなんだ、たきな。
「……それに問題点はそれだけじゃないんすよ」
「まだ何かあるのか……」
これ以上は勘弁していただけませんかねぇ……。
ただでさえこの状況そのものが頭痛の種だというのに、今以上に問題が発生するとなればまた話が変わって来るぞ。
「――アレが、誰のものかってこと」
…………?
それの何が問題なのだろうか……?
いやまぁ、確かに出所は気になるんだけど。実際、女の子が男ものの下着を手に入れるなんて、それこそ誰かの所有物を拾うか貰い受けるかしないと入手する機会なんて本当に限られている。
たきなのことだ。パンツを拾ったからって穿くなんて意味わからんことする筈がない。奪うなんてもっての他だ。いや、男モノってわかってるかは知らないが、千束が話している様子だと女性ものの正式なデザインを知らない可能性すらあるから、正直線引きが訳わからなくなる。
……とにかくだ、たきなの性質を考えて信用できない人間のモノを頼るとは思えない。本部時代だって女所帯だったのだから、入手する機会さえ怪しかったはずだ。
だから、誰のものかなんてことは些細なことで。
なんの問題もない。
問題もないというのに……なんだ、この寒気。
「アレ、デザインはどうだったかな」
「……そりゃ男モノでしょ」
「リコリコに男は何人いるかな?」
「……僕と店長しかいないな」
「で、最近一番たきなと一緒にいる男の子は誰かな」
「…………それも僕だけだど――――」
そしてその言葉を口にした瞬間――――部屋が、凍り付いた。
「…………」
「…………」
凍てついた思考は即座に、この部屋の逃走経路を確認する。
リコリコの居住スペースにあたる奥の居間には、リコリコの店員が総出で入っても談笑するくらいなら余裕のあるスペースがある。
正面玄関の入り口の他に、勝手口は一つ。外観を鑑みて窓の構造はそれなりに複雑なものになっているため、実質的に出入口は二つに一つ。
なにせ正面、リコリコのホールに繋がるその場所は既に、千束によって塞がれているのだから。
「もう一度聞くけど――あのパンツは誰のかな?」
ひゅぅと、小さく息が乱れる。
じりじりと、肉食獣の喧嘩みたく僕と千束が全力で動くには手狭な畳部屋ではかられる間合い。
彼女の立ち回りもまた見事なもので、僕がどちらの出口を選んだとしても対応できるように的確で絶妙な位置取りをして、絶対に僕を見逃さないという意思がありありと取れる。
相変わらずの洞察力には感服する他ない。
状況が状況なので素直に喜べないのがなんとも。
「確認する方法ならある。一つだけ――カナメくん」
――ぴしゃり、と。
何を施錠したのかは言うまでもない。それは正規の手段で出入りを行うという意味であれば、この部屋における唯一の脱出手段を塞がれた。
僕にあるかどうかもわからない、小動物的危険本能が告げている。
動かねば、喰われる。
それもきっと、アホみたいな理由でいいようにされる。
そしてアホみたいな理由なので、ここから何を言っても恐らく通じない。
「……おい千束……?」
片方の出入り口を確実に塞いだうえで、千束は淀みなく近づいてくる。
後退しようとして――壁に手がついてしまったことに軽く絶望する。
ただでさえ密室で千束と二人っきりって時点で心臓に悪い出来事であるというのに、何やら真剣に僕へ迫ってくる千束の視線が、『ある一点』に集中しているという現状が割りとどうしようもない。
こんな色気もムードも全く感じない今の状況をミズキさん辺りに知られたりしたら軽く死ねる。今は合コンに行っているらしいことが幸いだろうか。
かくして――言葉は放たれた
「――何も聞かずに裸になれ」
「な――なんですとぉぉぉぉおおお!?」
なんて自分らしからぬ奇声を上げながら、ビシィッと臨戦態勢を整えた。
魂胆はわかってる。
ようは、アレだ。
この子――僕がたきなに自分のパンツを穿かせたと勘違いしているっ!
「――ってんなわけあるかっ! 僕にそんなマニアックな趣味はないっ! ひん剥いて確認とか、それでも華の女子校生かっ!? 華を見せろ華を!」
「いつも見せてるでしょー!」
「今回に限って言えばウツボカズラとかハエトリソウとかその辺の食虫植物だろうが! それともアレか、新手の押し問答かっ!? そもさんなのかっ!」
「そう、せっぱせっぱっ――いいから脱げーっ!」
直後、戦闘状態を錯覚させる移動速度を以て僕の間合いを詰めてきた千束。
僕の身動きを封じるべく両腕を以て組み付こうとしたその跳躍を、冷や汗を覚えながらもギリギリまで引き付け、退避の隙をつくべく屈みながら裏の勝手口を見据える。
あまりにも非常識的な速さに、怪我が良くなったんだななんて考える余裕もなく、全力の回避を余儀なくされた。
本気だ、この子間違いなく本気だ。
本気で、僕のズボンを剥ぐつもりなのだ。
「冗談じゃないっ! 男だてらに女の子にパンツを見られてたまるかっ!」
「あ、逃げんなぁー!?」
「逃げるわっ!」
ターンで僕を確実に捉えようとする千束の動きの隙をついて、一瞬だけがら空きになった逃走経路である勝手口を情けなくなるくらい全力で目指す。
千束の実力を鑑みて、閉所では逃げ切れるものも逃げきれない。彼女の勢いからして、取り敢えず事情は僕のズボンをひん剥いてから考えるという暴君らしい思考で動いているに違いない。
よって、取るべき選択は一択、敵前逃亡である。
……自分で言ってて悲しくなってくる。なんでこんないまいち真剣になり切れない理由で全力疾走しなけりゃならんのか。それもこれも相手が千束の所為である。
とにもかくにも、ほとぼりが冷めるまで一先ずリコリコと物理的に距離を取って――。
「――って待てよ」
そこではたと気づく。
僕も僕で冷静じゃないのか、ものの見事に悪循環に陥った思考はある筈がない、それでも無くはないという絶妙な可能性を見据えるに至った。
そんなん気づかなけりゃいいのに。
「……このまま帰ったら、僕は変態の汚名をリコリコの皆に着せられることにならないか……?」
夜の錦糸町を全速で駆け回ろうとしていた身体を景色から切り取ったみたいに停止させ、そんな思考を巡らせる。
想像してみよう。
おそるおそるリコリコに顔を出して、昨日のことなんてなかったみたいに挨拶をすれば、何やら『変態』の意味を冠する言葉を浴びせられる一幕。
店長からは取り敢えず正座で説教。
ゲラゲラと抱腹絶倒するクルミさん。
そしてまたしても何も知らないけど取り敢えず笑っておくミズキさん。想像しただけで腹が立つ。
そして最後に思い浮かぶ――僕を変態と呼ぶたきなの姿。
「……マズくないか……? マズくないか……っ!? マズくないかっっ!!!???」
「どうしたんだろうあの人」
「繁華街からあぶれ出てきた妖精だよきっと」
ぎゅいんっと急速旋回ついでにバク宙しながら玄関から入り込む。
通行人がぎょっとした様子で僕のことを見てきている気がするが、この際それは些細な問題である。
歩く校内放送みたいなやつが錦木千束という女の子である。この問題を放置したらどんなことになるか、きっとあることないことリコリコメンバーはおろか、たまたまその場にいたお客さんや常連さんなんかにも、あることないこと吹き込むに違いない。
そうはさせない。
こちとらやっと手に入れた心のオアシスを、こんなバカみたいなことで崩壊させてなるものか――!
「失礼しますっ!」
「あ、帰ってきたぞ千束」
「はーん!? どのツラ下げて会いに来たんですかね眼鏡パンツマン!」
「千束もパニックってるのはわかるがその呼び方だけは本当にやめろ……!」
早速出鼻をくじかれた。
乱雑な挨拶と一緒に玄関のドアを開けば、なにやらクルミさんと絡んでる千束が大変不名誉な名づけをしてくるではないか。
僕の名前の原形を微塵も感じない呼び名に思わず青筋が立ちかけた。この短い間でそんなひでぇ識別方法に様変わりするんだから大概である。全て誤解もいいところなのに。
「取り敢えず聞くんだ千束! 今までの僕がそんな変態性を秘めているような男に見えるか!? むしろ女所帯でよくやっている方だと思うんだけどな! 心外にもほどがある!」
「じゃーパンツの一枚や二枚見せたっていいじゃろがい! ズボン下ろして布きれ晒すだけでしょ!」
「絵面がおかしいだろ! 女の子もいろいろあるみたいに男子にも色々あんのっ! それぐらいは常識の範囲内だってのこのおバカ!」
「はー!? じゃあなんで逃げたのかなー!? 何か見せられない理由があるんじゃないですかー!」
「こんのわからず屋……! 言わせておけば……っ!」
そんなことを言うってんなら僕だって言わせて貰うまでである。
だいたい、そんな不純というか不誠実な人間だと思われてるのが本当に心外だ。
「それだけは断じてない! 僕は口説く相手はとっくに決めてる!」
「おっ?」
「………………へ?」
…………?
……え、あれ? あれ?
な、何だろうか、この空気。なんでこう、水を打ったみたいに静かになってるんだろう。
クルミさんが意外そうな顔をしてるし、千束に至っては今までの勢いを一気に感じさせない……すごく間抜けな声を出してしおらしくなっている。
雑に言うと、凄く可愛くなってる。
「……カナメくん、もう一回言って?」
「え?」
「その、今の……も、もう一回言って?」
「えっと、だから……僕がそんな風になりたい人っていうのはもう……決まっ……て……………………あ」
……オイオイ。
……オイオイオイオイオイオイ……っ!
馬鹿か僕は!? なんてことを、よりにもよってこの二人の、千束の前で、こんなことを言ってしまうなんて……っ!
もしかしなくともコレ、追い詰められてるのは俺ではないのだろうか。
「……っ」
「――――っ」
さっきまで不満で一杯だった僕の中身が、一転して形容し難い熱いもので満たされた。
そこから先の事を言葉にしようとすればするほど明確な言語から遠ざかって、代わりと言わんばかりに僕の中へ灼熱を抱かせる。
それは千束も同じみたいで。
首元から顔に至るまでみつみるうちに赤くなって――熱のある視線を僕に寄越す。
「――……ほ、ほら。その、口説く相手っ? その子の、こと? 何で……言わないの」
「それは僕が、僕が…………」
「……」
「………」
「…………」
「……………」
「――や、やっぱ脱げぇー!」
「――さ、させるかぁー!」
「馬鹿だろこいつら」
クルミさんのツッコミがその通り過ぎて二人して茶番じみた追い掛けっこが再開される。
あわや第二ラウンドが始まろうとしたその瞬間――。
「――店の中で何をしてる、お前たち」
「「――げぇ!?」」
――――騒ぎに駆け付けた店長によって、強制的に中断させられるのだった。
――で。
「それで、何か言うことがあるんじゃないか?」
「……」
「……」
「二人とも」
「「す、すいませんでした……」」
座敷で正座する僕と千束の前で仁王立ちする店長に成す術がある筈もなく、こうして渋々と二人してこの店の主たる彼に深々と頭を下げていたのだった。
店で暴れるんじゃない、とか。
お互いに冷静になって話し合え、とか。
そんな感じの正論を、いつぞやの僕の失言みたく詰めてくる店長に、僕と千束の二人して不満しかないのだった。
加えて――そんな僕と千束を見ているたきなの視線が困惑に満ちていて、痛々しいったらありやしないのだ。
「あの、二人は何を……? 何やら喧嘩みたいな声が聞こえたとは思ったんですけど……」
「あー、たきなは取り敢えずいったん距離を置いてた方がいいぞ。下手すればアレに巻き込まれかねない」
「なんでです……?」
「さてな、ボクじゃ知る由もない」
嘘こけ。一部始終みてた癖に何を言ってるんだクルミさん。
「それで、喧嘩……と言って良いのかわからんが、事の発端はどっちなんだ? 言ってみなさい」
「ん」
「ん」
ノータイムでお互いに指さす。僕はともかく千束のは意味がわからないが、店長が眉間を抑えて頭痛を覚え始めたみたいなリアクションをしたしたので、不毛な罪の押し付け合いはやめにしようと視線で千束と話し合う。
とはいえ、なんて説明しろって話なんだが。
「もう一度聞くが……どうして店内を走り回るようなことになっているんだ?」
「あぅ……えーと、ね。先生、これは……」
「たきなのパンツです」
「……」
「店長、僕は真剣です」
なので凄むのは辞めてください。我慢の限界を迎えているという気持ちには本当の本当に理解を示しますが。
「トランクスを履いているたきなを事故で覗いてしまいまして――それで千束が暴走して、僕のトランクスを履かせてるんじゃないかっていう特殊性癖の疑いを掛けられ、僕の下着を直接確認しようとして、現在に至ります」
「……ちなみに、何を履いているんだ?」
「――ボクサーです。睡眠時はともかく、あの遊びがある感じが気に喰いません」
「気に喰わないって何だよ」
「フィーリングだよ深く考えなくてよろしい……」
「私は割りと好きだが……」
「店長ォ……」
あなたまでノッてきたらマジで収集がつかなくなるんで勘弁してくれ。
……いや、取り敢えず誤解は解けたんだし、これはこれで良いのか。
それより、事の発端の発端はもっと別問題があったんだったな。
「……千束、僕へ理不尽な疑惑を掛けた件に関しては一旦置いておいて、目下問題はたきなのアレだぞ。具体的には」
「んんー……、そだね。うん、取り敢えず早急に下着を揃える必要があるから、明日十二時に北押上駅に集合ね」
「了解。じゃあ、僕はリコリコで待機だな」
「お・ぬ・しも行くんじゃ! こうなったのも監督不行き届きみたいなもんだしね? こうなったら意地でも付き合って貰うから。はい決定」
「自分が誤解してたからってヤケになってるだろ……」
「うっさいうっさい! カナメくんの馬鹿!」
「今日は特に理不尽だな……」
着々と買い物計画が進められている中、視界の隅でそわそわと会話に入りたそうにしているたきなを確認したので、いったん会話を切り上げて彼女へ視線を移した。
「あの、二人ともさっきから何の話をしているんですか?」
「なにって、買い物だよたきな。ね、カナメくん」
「ね、じゃないし……まぁ、そうだけど」
「いや、下着がどうのととか言っていたので――あ、そっか」
「――カナメ好みの下着を買いに行くんですね? 私も同行します」
「「んなわけあるかぁー!」」
と、いうわけで。
紆余曲折あって――たきなのパンツ購入、もとい情操教育の一環として僕も明日の買い物に同行することになるのだった。
今回はここまで。
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それでは。