山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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5話

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、あの三人は夕方まで帰ってこないんだから、アンタまでフリーにしたら店が回らないっての。そう! なにせアイツら! デート中っ! だからなッッ!」

「僻むなみっともない」

「僻んでねーわっ! 昨日オッサンから聞いたけどなんだアイツら! アレで付き合えないってアタシはどうすれば良いってのよ!? 少子化問題ってそりゃそーだわアレでくっついてなかったら! 今日帰ってきたらゴールインしてましたっていても不思議じゃないぞアタシは!」

「たきなもいれてるからそうはならんだろ……けど案外、カナメと千束の二人でこっそり早めに集合してちちくり合ってたりしてな。なにせパンツひん剥く仲だし」

「そうなってた場合はカナメを殺す。たとえそうなってなくとも殺す」

「不憫すぎるだろアイツ」

 

 あ~、という何とも気の抜けた声が『喫茶リコリコ』の居間へと響き渡らせながら、特に意味のない暴力に襲われることが今ここで確定してしまったの少年の姿を思い浮かべ憐れんだ。その一幕を見たら盛大に笑ってやろうと割とクソなことを考えながら。

 季節感を醸し出しながら風流に回る扇風機。生み出される風で雑になびく金色の髪。ファンに向かって四つん這いになりながらそんなもはや声にすらなっていない音を発しながら涼んでいるクルミの姿は、とてもじゃないが『DA』を一瞬で混乱の最中に陥らせ、その追跡を見事に振り切った凄腕ハッカーとは思えない。

 

 そんなクルミのここにはいない三人への茶化しを緑の和服の女性、ミズキが軽度(?)の青春アレルギーを引き起こしながらも、ふと疑問に感じた話題について切り出した。

 

「それで? 相場に変化がないからなんだって言うのよ?」

「あ~?」

 

 たとえ結婚適齢期にみっともなく焦り散らし、身近で青春を謳歌してる少年へ八つ当たりをするようなしょうもない女性であっても、ミズキとて伊達に『DA』へ長年籍をを置いているわけではない。

 クルミの口にすることの意味がわからないほど愚鈍でもなければ、『喫茶リコリコ』の窓口として機能している人間としてそれなりに鼻が利く。

 

 リコリコの新メンバーとして参入するきっかけとなった四月の銃取引現場の制圧作戦。

 東京各所に展開され『DA』が捕捉した三つの取引現場のうち、一つを除いて漏れなく血みどろの現場と化していただけでなく、『喫茶リコリコ』の面子を総動員してもなお探し当てることが不可能だった一五〇〇丁のうち、一〇〇〇丁の銃火器の行方。

 

 はっきり言って、異常である。

 それほどの銃火器の動きを『DA』が未だに捕捉できず、三ヶ月は経過しようとしているにも関わらず見つけられないと言うのは、『ラジアータ』の性能も特性も把握してるミズキにとって未曾有とすら言える事態なのだ。

 

 だが当のクルミは何とも能天気な様子であった。

 

「闇市場にばら撒かれていないってことだよ。この筋じゃ紛失した火器の行方は終えないなー」

「呑気に言ってくれちゃってまぁ……大体そんな大量の銃火器仕入れたところでどうすんのよ。腕は二本しかないってのに」

「革命でも起こすんじゃないか? あるいは一〇〇〇人の改造兵士を引き連れた最後の大隊が五十年間世界の裏で身を潜めてたりしてな」

「それはロンドンが一夜にして燃えカスになるからやめろ」

「身近に銃器に剣で挑む奴が居るんだからあながち間違ってもってうわ」

 

 貧弱な体幹ゆえか、あるいは長年の潜伏による慢性的な運動不足がたたったのか、まるで扇風機に押し負けたかのようにこてん、とクルミは倒れ込む。出力『弱』のそよ風で。

 これが天才ハッカー、とミズキはなんとも言えない気持ちになりながら、言葉を続ける。

 

「一〇〇〇丁よ一〇〇〇丁。それを『DA』が今になっても捕捉してないとなれば国外に持ち出されたか、そもそもモノ自体がなかったってオチもあり得るんじゃないの?」

「だから国内と国外の闇市場を調べたんだよ。なのに価格帯に変化はないし、かといって国内外に均等にばら撒かれたってわけでもない。それだけの銃火器が動けば相場が動かないのは逆に不自然だろ」

「……じゃあ銃の行方は?」

「それこそ『DA』の頼みの綱の『ラジアータ』とやらが認知してないのは与えられた役割と矛盾してるじゃないか」

 

 クルミのその言葉を聞いて、ミズキは顎に腕を組んで思考を巡らせた。

 『ラジアータ』はあらゆるインフラと繋がっている。

 監視カメラ、衛星、ATM、信号機、電話回線、あらゆる情報が国家公認の下で一つの人工知能に集約され、その危険度を判断し事態を現在の『DA』と共有する。

 ではこの日本、ましてや東京都のど真ん中において、そのインフラの数とはいくつに及ぶだろう。

 百万か。二百万か。()()()()()()()()()()()()監視システムを含めれば、あるいはそれ以上かもしれない。『ラジアータ』の持ちえるスペックを考えるのならば、やろうと思えば国外の衛星とだって繋げてしまい、権限を掌握すれば核ミサイルの動きだって掌握することすら理論上では可能なのだ。

 

 そんな『ラジアータ』が認識した、銃火器の存在。

 そしてその行方は未だに把握できていない。

 

 なんだそれは、という話である。

 

「……なんか、一気にきな臭くなったな」

「だろ? そこで、こいつだ」

 

 よっ、と呟いて体勢を起こしながら、クルミはちゃぶ台に放置していた端末を手に取る。

 ミズキとて、此処までの裏取りの内容を聞いて不自然さを感じないほど危機感がないわけではない。寧ろこの喫茶店の『裏』の窓口として機能を果たしているからこそ、クルミが口にしていた内容には一考の余地があると思い至った。

 

「これは……例の銃取引の現場じゃない」

「そうだ。まず一つがたきなとカナメ、千束の三人が向かった現場だろ。あとの二つは――」

「千束とカナメが向かった現場、よね」

 

 端末には三つの映像が表示されている。

 この時の任務内容は日を跨いで並行に熟されていた。

 『DA』主導の作戦展開によって二つの現場に各々向かうことになった錦木千束と竜胆要人の二つの特記戦力。

 片や戦闘が起きる以前に現場が全滅。

 片や戦闘が発生し銃火器を確保したものの下手人を逃がしてしまうという結果に終わったものだ。

 

 切り取られた画像に映っているものの当初の違いとして挙げるのなら――殺された人間が生きた状態で表示されていることだろう。

 

 そこではたと、ミズキは思い至る。

 

「――もしかしてこれ、現場の人間が殺される前の映像?」

「そうだ。見えない部分なんかはCGなんかで補完したものにはなるが、限りなく映像に映っている当時の状況を再現したものだ。特徴からして、この件の主犯は二人」

 

 クルミの小さな指が液晶の上を奔る。

 ミズキの視線は彼女が示した二つの画像に釘付けにされる。

 一つは竜胆要人が向かった現場で、報告にも挙げられていた緑髪の黒いコートの男。

この男との戦闘となった結果、見事とすら言える手際の良さでその場からの逃走を完了し、その結果を謹慎処分と言う形で処理させられことでひと悶着あったわけだが……それも怪我の功名として、今は置いておく。

 

 

 置いておかざるを得ない、理由があった。

 

 

「――は?」

 

 

 そして二つ目の映像を見たことで――ミズキの全身は硬直する。

 あの時の現場にはある特徴があった。

 そのうちの一つが、殺された人間の『傷痕』にある。

 片方は明らかに銃撃戦による弾痕や死体の外傷などから把握され、現代兵器を使用する『DA』としてもその手の話は珍しくない。

 

 『DA』がこの事件を特異なものと決めつけた理由がもう片方の現場が――明らかな()()による制圧が行われいたからに他ならない。

 

 弾痕、空になった薬莢が壁や現場の床などに散乱される中、その中にあった死体には盛れなく()()()()()()()()という事実。

 これらが指し示すモノとは何か。

 

 

 それは自動小銃を含めた機関銃による制圧射撃、キルゾーンにおける殲滅を想定した武装を用いた戦闘において、刀剣一つで相手を全滅させたということに他ならない。

 

 

「コイツって……!」

 

 

 だからこそ、ミズキは驚愕せざるを得ない。

 クルミが切り取り補完した画像に映る人物の姿は、『喫茶リコリコ』に居る人間なら誰もが知る、忘れる筈もない危険人物。

 

 黒いコート。黒い短髪に、目を覆うバイザーはその人物から人間味を奪い去って、一つの精巧な人形みたく銃火器飛び交う現代の戦場に君臨する剣士という矛盾そのもの。

 

 そして何より――目の前のハッカーの命を狙っていた張本人だったのだから。

 

 

「――ああ、カナメと千束、たきなを殺しかけたヤツだ」

 

 

 ――――竜胆いずな。

 竜胆要人がそう呼ぶ人物があの時、まだ接敵すらしていないあの状況で、同じ場所にいたという証左に他ならなかった。

 

「これで、何がわかるってわけじゃない。だが、あの時ボクやカナメを殺そうとしたヤツと、カナメとたきなが居合わせたって言う最初の銃取引の現場、この二つは『DA』が認知する以前から繋がりがあったんだ」

「……」

 

 何かが、動いている。

 それも現状の『DA』を出し抜ける手段を用い、本部でも腕の立つ人員でも対処しきれないほどの地力を持つような人間が主導になって、この国で何かを始めようとしているのだ。

 ミズキの中で言葉に出来ない嫌な予感と、それが自分の顔見知りの周囲で起きているという事実に嫌な汗が流れた。

 そしてこれまで集めてきた情報と、現場からの報告。

 

 

 それらを加味すると――それがとある人物が起点となっていることに気づかざるを得なかった。

 

 

「銃の行方は引き続き追跡を続ける。この場合は主犯のこの二人の経歴と素性を洗った方が良い。だがそれと同時に――」

「――カナメの素性の再調査、か」

 

 それは竜胆要人に限らない。

 彼が関わるということは必然的にその彼の戸籍上の父である――伊之神幹也の情報を探るということと同義だ。

 これから増えるであろう仕事と、それに付随してくる厄介事の予感に、ミズキは思わず顔を顰めた。

 

 だが同時に、ミズキはあることに気づく。

 

「――ってか、アンタこの映像どうやって確保したのよ。この角度、どうみても監視カメラを取り付けられるような場所じゃないでしょ。それこそドローンか隠しカメラとかじゃないと無理くね?」

「………………」

「いや、なんで黙るのよ」

 

 クルミのそんな様子にミズキはつい訝しんだ。深い意味もなく問いかけたものだったが、ほんの少し気になったので聞けたら聞く程度の軽い問いかけである。

 だが、当のクルミはその澄ました表情とは裏腹に尋常じゃない冷や汗が湧き出てくる思いであった。

 言えない。言えるわけがない。

 なにせ彼女自身も失われた銃火器の行先は()()()()()()との交渉の結果により、内容に関しては介入しないという取り決めをしていたとはいえ――少なからず、この件に関わっているのだから。

 

『おーい、キミ達ー!』

「あ、そうだった。アタシアンタを呼びに来たんじゃない」

「助かった……」

「なーに言ってんのよ。っていうかいつまでその恰好で居るのよ。はよ着替えてホール手伝え」

「うーい」

 

 てってってっとクルミはリコリコの制服を取りに自身の根城たる押し入れを目指す。

 居間に放置された端末。誰もいなくなったその場所。

 

 

 

 

 その画面には伊之神幹也の名と――金梟のペンダントが映し出されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また菓子か……さっきからいくらなんでも糖質の暴力が過ぎる――」

な・に・か?

「ウス……」

 

 死にたくないので、閉口してもっちゃもっちゃとクレープを頬張っている千束を尻目に僕も自分の分のクレープを頬張る。

 ……甘い。甘くて、もう舌が経口摂取という行為自体を億劫に感じている気さえしてる。平時であれば僕だってリコリコの業務と個人的な趣味を兼ねた甘味研究に勤しんでいたことだろうに、こう甘ったるくなった胃袋と口内ではそんな気すら湧いてきやしない。

 だが、この状況でそんな個人的な文句を口に出来る男が存在するというのであれば、是非ともその方法と心境を聞いてみたいものである。可能ならいま此処で。

 

「……ごめん。確かにその、医療行為とは言え不躾だった」

「謝罪が軽い。もっと誠意込めて。女子の身体は安くないのだ」

「僕はむっつり変態眼鏡だ」

「ふざけてる?」

「千束が言ったことを認めただけなのに……」

 

 理不尽である。逃げ道がない。僕はいつだって真剣なのだ。だからこんな形で文句を紛れさせることをどうか許して欲しいものである。

 けれどそんな言葉を口にしようものなら、破裂寸前の風船が如く彼女の憤怒が再発することだろう。そんな確信を小動物的な危険本能で否が応でも抱かされている。

というのも、たきなとの約束が無ければマジで帰られていたんじゃないかって怒り具合で、ずんずんと集合場所へ向かう千束をあの手この手で諫めようと必死だったのだ。

こうしてベンチで隣に座らせてくれている状態だって、それこそ運が良かったとしか言いようがない。

 

 その結果、クレープ・タピオカ・その他脂モノのドカ食い三昧である。僕のお金で。

 碌に使わない給料の使い道としては妥当なところだとは思うが、これらすべてに僕も付き合わなければならないとなれば話は別だ。文句の一つや二つは言いたくなる。多分聞き入れられることないんだろうけど。

 

「太ったらカナメくんの所為だから」

「なんでさ」

「むっつりで擬態したオープンスケベだって伊藤さん達に言っちゃうから」

「僕の尊厳」

「先生にも言うから」

「君の職権」

 

 伝える人選に悪意しか感じない。それだけは本当に勘弁願う。流石にオープンと言われるほど節操無しではない。

 しかも常にネタに飢えている伊藤さんに言うなんて、それこそ飢えたピラニアにピンクサーモンを放り投げるような愚行に等しい。

 ……というかそんなコトを語る前に千束が撃沈される未来しか見えないのは僕だけだろうか。彼女は僕だけがターゲットになると思っているみたいだが、先程の流れを説明するのであれば死なば諸共と言わんばかりの道連れ具合になるのが容易に想像できる。

 っと、そんな考えを巡らせると、未だに不満そうに表情を顰めている千束をみて、すぐさまそんな思考を切り上げた。

 

 不満たらたらな千束の手元には、手持ち無沙汰に空となったクレープの包み紙がある。

 

「ゴミ、貰うよ」

「……いいよ別に」

「いやいや、これくらいはさせてよ。変態の汚名挽回もしたいし」

「そういうことを態々口にするからカナメくんはさぁ……ん、ありがとう」

 

 そう言って律儀に折りたたんで包み紙を渡してくれる千束。機嫌は最悪だろうに、それでもこういったささやかな気遣いはやはり嬉しい。

 多分さっきのことは許したつもりはないんだろうけど、それを深く追求するのは野暮というものだろう。

 

「ありがとう」

「ゴミ貰ってお礼言うってどうなの?」

「男名誉に尽きる」

「安すぎるでしょ」

「男ってそんなもんよ。安売りしてなんぼ」

「なんか身も蓋もない……」

 

 そこでようやく、千束が笑ってくれた。それに伴って僕もまた表情がどこか柔らかくなるのを覚える。

 

「……さて、そろそろ」

「時間、だな」

 

 端末を覗けば時間は十二〇〇を示す数字が陳列している。

 たきなには指定していた集合場所の変更は連絡済み。あとは待ち人来たるまでこの場に留まるだけ。

 二人して、意味もなく空を見上げる。見ているのは空ではなく、このお出かけのキッカケとなったつい昨日の出来事。

 人間、手持ち無沙汰になると思考がどうでも良い事すら拾い上げて掘り下げる様にできている。脳の正常な活動、つまりは余計なことを考えるのが普通なのである。

 

 

 二人して脳裏を過るのは他でも無い――優雅に舞うスカートから覗く丸出しのトランクスくんであった。

 

 

「……」

「……」

 

 二人して何とも言えない空気になる。昼時で人混みも多くなって来ていて、店内もそれなりの喧騒になって来ているというのに、それすら気にならない。

 謎の緊張感というか、改めてコメントに困るような心境に陥っていた。

 

「パンツってさ」

「……うん」

 

 言わんとしてることがわかってしまう自分がなんだか恥ずかしく感じた。

 色気も何もない、それこそ割と最低な話の切り出し方だが、この際それは無視する。

 

「服で最初に気にするべきというか、最初に思いつくというか、第一にして最終防衛ライン的なアレっていうか……その、在り得ないじゃん?」

「少なくとも穿かないという選択肢はないな」

「カナメくんはその辺りオープンだからあり得るかもだけど」

「何言っても僕が変質者にしかならない……」

 

 地雷って見えないから踏むんだよなって。

 だがそれはそれとして、今はパンツの話である。

 千束の最終防衛ラインだとか第一防衛ラインだとかの話は、矛盾してるようでこの話題においてはまかり通ってしまうのだから不思議である。

 パンツとは最初の関門。社会的に真っ先に護る為の部位であり、装飾目的だけで着用するなんてことはあり得ない。逆に実用性のみを追求するのもある意味でタブーとされている、ある意味で衣服の中では他の衣類とは別の意味を持つある種の特異な立ち位置と言えよう。

 

 ……で、この話の肝はなんだったか。

 

「まぁ、そんな千束お墨付きの変態である僕から言えることがあるとすれば、たきなのアレは恐らく下着と普通の服は同じ意味だと思っているやつだろうなぁ」

「自分のことを変態って言うと途端にその人が痛々しくなるよね」

「自称変態です」

「大丈夫?」

「キミが言ったんだよ」

 

 心の病気か僕は。ノッて上げたのにコレである。なんと虚しい話題だ。誰も救われない。さっきから僕にしかダメージが行っていない。

 だが目下の問題はこれから来るであろうたきなだ。

 布は布なのだから何を着ていようが別に問題はない。

 きっと、いやかなり高い確率でこんな風に考えていることだろう。そうでなければトランクスを穿こうという発想を抱く筈がない。

 

 んで、そんな子が、普通の服を持っていると思うか。

 

「んなわけねぇ……」

「……服の指定はちゃんとしてあげた?」

「そりゃもちろん。たきなのことだから多分何も言わなかったらいつもの制服で来てただろうし。どっかの誰かみたいに」

「その節はすみませんでした」

 

 たきなのコトを掘り下げてる筈なのに、さっきから最終的に僕へのダメージになっているこの構造はどうにかならないだろうか。

 千束の言いたいことも、わからないでもないんだけど。通っている学校の制服が可もなく不可もない如何にもな『学生服』であったことを幸いだったと今は思うことにしよう。

 

 ――と、ゲリラ豪雨を予測でもするかの如く、此処に来るであろうたきなの姿を二人で悶々と思い浮かべていると、だ。

 

 

「――お待たせしました」

 

 

 ――目下問題児の井ノ上たきな氏が東京都『北押上駅』へ現着した。

 

「……千束、おい千束」

「言うな、言うな……わかってた、わかってたんだけどこれはー……」

 

 百聞は一見に如かずとはこのことか、二人して言葉を失った。開いた口が塞がらない。

 有り体に言えば、それは外向けと称するにはあまりにもこう、斬新だった。

 如何にも着れそうなのを手前から取ってきました感があるやっっすいプリントのみが頬こされた青地のTシャツに、休日のOLですかと言わんばかりに着こなされている黒の生地に白いラインが伸びたジャージ。

 なにぶん、たきなの容姿が優れているぶん、その落差に女性社会人の休日のあられもない姿を見てしまったかのような罪悪感さえ覚えるレベルである。

 

「問題ないですか」

「……ま、まぁ、銃撃戦にはギリギリ問題ないのか? 千束、どうなんだ」

「いや、だから私に振るなよ」

「想定して選んできたので」

「……千束、おい千束」

「だから私に振るなっ! オチ読めてるでしょーが!」

「いやだって……」

 

 がーっと吼える千束に、たきなは相変わらずはてなを浮かべている。平常運転なのは相変わらずというか、ある意味見習うべきなのだろう。

 だが僕のこんな反応も許して欲しいものだ。

 

 考えても見て欲しい。僕だぞ?

 去年辺りまで珈琲豆を可能だかららって素手で挽こうとしていただけでなく、千束のトイレにまでついてくような非常識を備えてしまっていたのは何を隠そう、紛れもない僕である。

 そんな奴が服の常識を説くなんて恥の上塗りにも程があるというものだ。

 

「カナメ、どうしたんです? そんな苦いモノを見るみたいに……やっぱり問題があるのでしょうか」

「いや、なんだか昔の自分を見ているみたいで妙な感覚が……たきなが悪いとかそういうんじゃないんで悪しからず。な、千束」

「一年前の私の苦労わかったー?」

「服装もデリカシーの一環なんだなって。特に男女だと」

「わかればよろしい。行ってこい!」

「どこにだよ」

 

 相変わらず謎のノリを平時で往く女の子である。自業自得だから何も言えないんだけど。

 あの頃の僕って、周囲への配慮が足りていなかったんだなぁって今のたきなを見て思わされる。なんなら今のたきなの方がマシなくらいだろう。

 たきなの現状と僕の研修期間とも言うべき時期の振る舞いが合致しすぎて、今日何度目かわからない眩暈が発生しそうになっていた。

 とはいえ僕だってその辺りが特別優れているわけじゃない。

 服に関してもセンスの蓄積というか、ある程度の体系化した感覚を培っていく必要があるので、ただ知識を集め出力するだけではその辺りの感覚というのはどうしても賄いきれないものがあるのもまた事実であった。

 

「ファッションに関してはよくわかりませんが……昔のカナメ、興味あります」

「え」

「あー、聞いちゃう~? とは言っても私も一年前に知り合ったばっかなんだけど」

「……一年で昨日のやり取りを……? 在り得なくはないのかな……いや、ある意味遅すぎるのか……」

 

 だが、ちょっとした過去の小話と僕の態度はどうにもたきなに良からぬ興味を引いたらしい。あと小声でぼそぼそ何やら言っているが、全力で聞かなかったことにする。

 

「どうするどうするカナメくん。この千束脚本でフィクションましましでお伝えいたしますー? カナメくんの研修録」

「ノンフィクションに決まってるだろ。アレやコレや吹き込んだらたたじゃ置かないからな」

「……え、逆にいいの? 多分色々アレだと思うけど、内容的に」

「……千束Pによる多分なフィクションを含んだ内容で提供ください」

「却下」

「鬼かキミは」

 

 なんだったんだ今のやり取り。

 

「まー、カナメくんのコンプライアンスに関わる話を省いて伝えると――枯れ木とかロボみたいだったな、一年前のカナメくんは」

「……カナメが、ですか?」

「そそそ。ぶっちゃけたきながすっごくイイ子だって断言できるくらい。ソレは本人のお墨付きよ。ね、カナメくん」

「……まぁ、ね」

 

 本当に絶妙なラインで話してくるな……千束のことだ、なし崩し的にあんなことやこんなことを話さざるを得ない状況に気づいたらなってたー、なんてことがないようにしなければ。

 だが今の情報だけでもそれなりの衝撃だったようで、たきなは驚愕を現すようにその眼を一杯に開いている。無理もない。

 なにせ、一年前の僕だ。

 ハッキリいって、別人である。今みたいに思考することもなければ、千束の冗談に乗るなんてもっての外だ。前の僕だったらなーんにも理解してなかったに違いない。

 

「千束をしてロボと言わせるとは……一体何をやらかしたんですか」

「僕にあるそのトラブル発生の信頼はなんなの……?」

「日頃の行いでしょ」

「それはわかるが千束が言うことには納得いかん……!」

 

 トラブルに関しては千束も大概であるというのはメンバー共通の認識である。かくゆう僕もその一人だ。

 だが当のたきなと言えば、微妙な顔で沈黙するばかりだ。

 

「どんぐりの背比べですね」

「そ、そんなにか……? 少しくらいは違ったりしないか……?」

「それがどんぐりの背比べって言ってるんですけども……にしても枯れ木、ですか……」

「……たきな、それはある意味で正しいんだけど千束の言葉の綾みたいなところがあってだな……」

 

 そうごちゃごちゃと説明する僕だが、たきなはムズカシイ顔をしたまま。 

 隣でドヤ顔を披露してる千束が尋常じゃないくらい鬱陶しい。勝負はこれからだというのに。

 

「カナメが()()今も、時々機械っぽいところがあるのはわかりました」

「酷い言われようだぞたきな、だから……って、昔も?」

 

 

 

 

 

「だってカナメ、あんまり笑わないじゃないですか」

 

 

 

 

 ――――。

 

 

 

 

 ――――え?

 

 

 

 

「……カナメ?」

「――あ、いや、なんでもない……」

 

 ぱんっ、と顔を叩く。

 いけない。今一瞬、変になりかけた。

 幸い、千束もはてなを浮かべてるし、僕が虚を突かれたことなんて気づいてないのが幸いっぽいけど。

 

「取り敢えずいくか。千束、まずはたきなの服からでいいんだな? 流れ的に」

「あったり前っしょー! ってそういうわけだから、たきな! カモン!」

「は、はい!」

 

 そう言って元気一杯の千束に若干戸惑い気味に答えながらも、たきなも後に続く。

 僕もそれに続こうとしたのだが……それは叶わず、脚が止まる。

 たった今、言われた言葉が消えずに頭に残っていたからだ。

 

「……笑わない、か」

 

 ふと、テナントのショーケースに映った自身の顔を見る。

 眼鏡をかけた黒い髪の、どこにでもいる平々凡々な顔をした男がそこには映っている。

 たきなの言ったこと。だがそんなことは無い筈だと、反射的に否定した。

 だって、喫茶リコリコに居る間は楽しかった。

 否、彼女と、千束と関わり始めたあの日以降、楽しくないなんてことはなかった。

 

 自分の中には、たくさんの笑顔があって。

 辛いことがあったとしても一緒に居てくれるような人が、僕の近くで笑っている。

 

 それだけの笑顔が僕の中にあるというのなら。

 

 その中に居る肝心の僕が笑わないなんて、そんな馬鹿なことがあるのだろうか。

 

 

「――――あれ」

 

 

 そんな筈がないと、試しに笑ってみようって口角を上げようとして。

 

 

 ――――それが出来ないことに気づかされた。

 

 

「――――」

 

 

 わいわいと騒ぎ立てる喧騒が遠い。

 冷めて、覚めて、醒めて。

 身体は熱を失って、振り返ることの叶わない『夢』を見る。

 血に塗れた森。獣の鳴き声。誰かの悲鳴。崩落する暗がりの中で、()()()()()()()自分。

 温かな賑やかさが耳から遠ざかって――この場にある筈のない断末魔が聞こえてくる。

 

「――おーい、どうしたーカナメくん! 疲れちゃった!?」

「……あ、ごめん。今行くよ」

 

 ……ぼんやりしていたらしい。気づけば二人とそこそこ距離を離されていた。

 テナントでも構わず大声を張り上げる千束に、顔が引き攣るのを覚えるながら歩を進めて――そこでふと気づいた。

 

 

 最後に心から笑ったのはいつだっただろう、と。

 

 

 未だに何も思い出さない自分の記憶に、どこかざわつく様な感覚を覚えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。

実は苦笑いとかそういうのばかりで、山育ちが笑ってるシーンってマジで一回も無かったりする。

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それでは。
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