「どっちが良いー?」
「……カナメ」
「言っておくが僕もどちらかと言えばたきな寄りの人種だからな。止めるのは無理だ」
「そんな……千束をカナメ色に染め上げるというのなら協力は惜しまないのに」
「聞こえないぞ」
「逆も然りです」
「だから聞こえないって」
「だったらいちいち返さなくていーから」
「ウス……」
集合場所から離れてしばらくの、この辺りでもっとも洋服系テナントが集中するエリアにて、何やら懐かしいとすら思える光景が目の前で繰り広げられている。
あからさまに面倒くさいと言いたげに表情を顰めるたきなと、それに構わずスカートやらズボンやらをあてがう千束。その繰り返し。
……なんだか、似たような光景を少し前にも見た気がすると思ったが、当然だった。
なにせ僕もたきなと同じ口だったし。
一年前に彼女と出会って少しして、僕も今のたきなと似たような状況に陥っていたことは今でも鮮明に思い出せる出来事だ。
『どっちが良いー?』
『リコリコ指定の服とは違うが、良いのか』
『和服じゃなくて洋服買いに来てんの。人は似合う服を着て外出するべきなのだよ~竜胆くん。年中制服とかマジでナッシングだから』
『じゃあ錦木さんと同じやつで良い』
『少しは自分に興味を持てよ』
『錦木さんが着ているなら問題ないだろう』
『私が着ているのがスカートじゃなければね』
『じゃあこれ』
『それは幼児服だ』
……ひっでぇなこれ。全然微笑ましくねぇ。本当に酷い。特に幼児の服を選んだあたりで早く終わらせたい感がマシマシなのも本当に酷い。今にして思えばとてもじゃないが正気とは思えない。
なんなら異性に対する分別があるだけ、本当の本当にたきなの方が全然マシだし改善の余地は多いにあるだろう。この頃の千束の心労が計り知れないのがなんとも。
けどあの頃はまぁ、多分……服で飾るという発想がそもそも自分になかったのだろう。
自分への興味はおろか、周囲のあらゆるモノに対する関心すら薄かったように感じる。
今なら楽しめる映画も、珈琲も、誰かとの交流も、みんなみんなみんなみーんな――人間が関わることで熱くなることが、出来なかった……ような気がしなくもない。
たった一年前のことだというのに、まるで赤ん坊の頃を思い出すみたいに他人事である。
「おー! カナメくんカナメくん!」
「ん? ん? っとおー……これは……これは」
なんて思い耽っていると、千束主催のファッションショーに何やら変化があったらしい。
シャーっと試着室から姿を現したたきなには、どこか虚無感すらあるOLの休日スタイルはもはやどこにもなく、千束によって見事にデコレートされた夏の装いな彼女がそこには居た。
リコリスとしての制服が普段着と言っても差しつかえない平時に加え、セカンドの階級を示す色が紺色であるということも相まって、こうして普段に無い色を加えるだけでとても彩り豊かになるというか、凄く新鮮に映る。
「なんていうか――推せる」
「だしょー!」
「推せる……?」
わーきゃーと騒ぎ立てる千束に、どこかジーンと来るものがあって思わず慄いた僕。
謎の感動に振り回される僕らに、その渦中にいるたきなの表情は乏しいながらもあからさまな困惑を隠せていない。
だが僕と千束のリアクションは不可抗力というもの。
あのキメにキメまくった部屋着スタイルから千束の手心一つでここまで変わったのだ。
この突如開催されることとなった買い物イベントの経緯と、たきなのこれまでの背景を考えれば感動もひとしおだ。
僕から見ても不器用な子が、碌に服を選ぶ機会すらなかった子がこんなにも着飾っている。喜ぶなというのが無理な話だろう。
だがだからと言った千束ほどはしゃぐかと言われればそれもまた否である。
この急遽編成されたリコリコお出掛け小隊の中で最後の良心として、目一杯働いて見せよう。
よって――。
「……何をしてるんですか」
「いずれわかる」
「見ればわかります」
「ポーズはいる?」
「話を聞いてください」
僕とて一年前から成長している。千束の謎のノリに呆れることも出来るし、今のたきなをみて即座に『ヤバい』と判断できる程度には僕の日常的なセンスや常識が磨かれているのだ。
だが、それはそれ。
眼前のめんこい子の一瞬を切り取らずして何がリコリコ店員か。何が『DA』特別外部協力者か。何が日本男児か。
訝しむたきなを無視して――すっ、と携帯端末のカメラを構えた。
「何か失礼なことを考えられたような」
「気のせいだ、ウン」
「なら視線を合わせて欲しいのですが」
「あってるよ。カメラ越しで」
「液晶越しはマナー違反かと」
「それは何に配慮したのカナ……?」
「隙ありっ」
取り敢えずパシャっと一枚。今日の日付で専用のフォルダも作っておく。
「よぅーし、どんどん行こう! 次はこっちこっち!」
「たきな、僕が出すからそれも買っておこう。あ、カゴ持ってくる」
「あの……なんか二人とも、私より張り切ってません?」
「「いや、
「息ピッタリじゃないですか……」
何やらぶつぶつ言っているたきなを黙殺し、物言わぬマネキンと化した彼女の着替えはみるみるうちにその回転数を上げていった。
「いーじゃん! こっちもこっちも!」
「はいカゴ投入」
シャーっとカーテンの音が響く度に、全く新しいたきなの姿が露わになる。
線が細く、元々の素材が千束に並んで非常に優れているということもあってか、その人に合ったものを選んでくれる千束の手に掛かれば、レパートリーが増えていくのは当たり前と言えば当たり前のことであったと言えよう。
しかも普段の衣服がリコリスの制服とリコリコの和服のみしかバリエーションがないと来た。気ぶらずにいるなど千束の性質から考えて土台無理な話だ。
折角なんで今試着したものもコッソリカゴに入れ、購入しておく。
「良いッ!」
時にはテナントを変え、スカートなりパンツなりと、千束のボルテージと共にその回転率はどんどん増していく。
かといって自分の好みでゴリ押していくという感じは全く無く、清楚というか綺麗な人という下地を持つたきなに合わせて、千束の様に鮮烈な色合いではなく落ち着いた印象を与える構成が多い。そこは流石千束と言うべきだろう。
毎回毎回、違う色を選出し印象を変えつつも似合う構成へ組んでいく千束のセンスには脱帽するし、たきなもそれがわかっているのか、試着を繰り返す度にどこか新鮮味を持った視線で試着した服を見回している。
「良いねぇー! ねねね、カナメくん、どう? どう!?」
「激写ッ」
「二人ともうるさいんですが……!」
加えて褒める。褒める。これでもかってくらい褒めまくる。
そして何やかんやで振り回されながらも、先程からチラチラとカメラマンと化した僕のの様子を伺っているたきなに応える様に、僕も無言のサムズアップを上げる。
たきなの気持ちは大いに理解しよう。
千束に褒められると後ろ向きに考えていたこと諸々を纏めて吹き飛ばされてそういう認識になるのだから不思議である。
「めっちゃ可愛いー!」
「いや、だから………………どうも」
――――そして千束プロデュースの最終版。
襟に黒いアクセントの入ったグレーのブラウスに、革製のベルトで止められた白いスカートはたきなのパーソナルカラーでもある暗めな青の下地が織り込まれている。
靴も柔らかめのスカートに合わせて運動靴ではなく革靴を新たに購入し、たきなの魅力である線の細さと落ち着いた印象との一体感を生み出すのの一役買っていた。
色々試した結果、最終的に行きつくのが灰色などと言ったいつもの色の構成に近い服装であるというがファッションの面白いところだろう。
端的に言えば、今日の服の組み合わせの中で一番たきなに似合っていた。
「そのまま着られて行きますか?」
「あ、お願いします。千束、頼めるか? はいお金」
「了解っすー! カナメくんっ、たきなよろしくぅ!」
「あいよ」
テンション高いなー、なんて考えながら背後でこっそりたきなの試着風景を見ていたであろう店員さんへ返事をしつつ、今回のたきなの戦利品の購入を千束へ促した。
そんな出動命令に嬉々とした様子でしゅたたたーとレジへ向かっていく千束の背中を見送りつつ、試着室から送られてくる視線の方へ振り向いた。
そこには、どことなくむすっとした様子で膨れるたきながいる。
「今日のカナメは強引ですね。千束以上に」
「んなバカな……そもそも千束じゃなきゃこんなこと出来ないからな。千束の援護に回るのは当然でしょ。ほら、いつも通り」
「それこそまさかです。私の意見なんてまるで眼中にないですし……写真まで」
どうやら写真まで撮られたことがご立腹のようだ。
何が不満かは知る由もないが、それはそれとしてどこか後ろ向きな気配がするのはいただけない。
「だいたい、私に現を抜かしているこの状況がそもそも私には御し難いです」
「言い方もう少しどうにかならなかった?」
「着飾るのは千束で十分だということです。私がやったってそんなの――」
「――そんなことはないぞ。なんなら今まで一番可愛い。今の服装、僕はすごく好きだな」
「……………………」
「痛い、痛い」
俯いて、ぽこぽこと肩をグーで小突き出すたきな。出会った時よりすごく感情的な仕草に対して、胸に何やら温かいものを覚える。
心なしか耳が赤くなっているような気がして、ますます胸中は穏やかになるばかり。
揶揄ってみたいという気持ちがあったのも嘘じゃないが、口にしたことは紛れもない事実なのには違いない。
見慣れない姿であるというのもあるかもしれないが、たきなが似合う私服でいるというこの状況こそが僕にとって喜ばしい出来事なのだ。
「……リコリコの制服よりも、ですか?」
「……むむむ……むむむ……? それはそれで甲乙がつけ難いな……別ベクトルというか比べるものじゃないというか、そもそも洋服と和服だしな……だが敢えて比べてみるというのも一興かもしれない……」
「私より真剣に悩んでるし……ほんの冗談です。まともに受け取らないでください」
「二つ合わさり最強に見える」
「見えません」
なんて疲れたように口にするたきな。
そんな姿も今の格好も相まって綺麗だぞ、という意を込めてサムズアップを送れば胡乱げな表情を向けられた。解せぬ。
「千束も千束です……お世辞……は在り得ないですよね、アレじゃ」
「バレるようなお世辞を言うほど器用じゃないからな、僕も千束も」
「そこに関しては同意します――特にカナメは」
……なんでここ僕を強調するのだろう。
アレか、流れ的に千束より酷いというかタチが悪いとかそういう意味なのか。
「名誉毀損って『DA』が出動してくれる案件なのかな」
「そこで過剰反応しないでください」
「実際のところどうなんだろう。楠木さんの前でふざけるとフキさんはじめ側近のリコリスは漏れなく銃を抜いて殺気立つんだけど」
「それは完っっ全にカナメの自己責任です。そもそも『DA』はそこまで暇じゃありませんよ。というかこの状況で一番『DA』の名誉を軽んじているのはカナメです」
「その時はフキさんと蛇ノ目さんを召喚しよう。これで勝てる」
「なんでその面子で勝てると思ったんですか……?」
「フキさんは無料券で買収できる……!」
「あの人が一番怒りそうな手段を取るのは勘弁してください……」
なんてくだらない会話をしながらちらっとレジの方へ二人して視線を向ければ、何やら気になるものが出来たらしくハンガーを取って自分と合わせたりしている。
あれレジに到達する前に自分の服選びに移行する流れではなかろうか。いや、そうに違いない。
「長くなりそうですねアレ……」
「まぁ千束はともかくたきなは散財する機会が少ないだろうし、この際だから思い切って気になるもの買ってみるのも良いんじゃないか?」
「それはカナメも同じでしょう。今着ている服だってカナメが買ってくれて……出すって言ったのに」
「これは良いんだ。購入自体が僕のプレゼントになると思ってくれれば」
「……相変わらず意味がわかりません」
「まぁ、たきなだって千束が正しくお金を使ってくれたら嬉しいだろ? いつもみたいな無駄遣いじゃないくてさ」
「…………くっ、わかってしまう自分に頭痛が……っ」
「新手の片頭痛だな」
どうやら彼女の中では理解できたらしい。そこで悔し気にするのは意味がわからないが。
先ほどの会話の流れ的に千束と一緒くたにされたのが気に食わないとかだろうか。色々正論をかまして僕と千束を変人認定してくるたきなだが、彼女自身も大概である。
そこで、ふと思い至った。
「だけど、そうだな……千束だけが服選びをしてるみたいなのもちょっと勿体ない気がするし、僕も個人的に何か贈ってみるか」
「え」
思いつきでそんなことを口にしてみる。本当に口にしてみただけ……なのだが、案外自分でも乗り気なのだろうか、どことなくウキウキしだしている自分が居るのがわかった。
そしてそんな僕の様子でも察したのだろうか、隣のたきなは両手を突き出してイヤイヤと待ったをかけてきた。
「……もしかして僕のセンスってそんな信用ない?」
「いや、そんなことはないですけど……これ以上は流石に、あんなに買ってもらったのに」
「あー、だいじょうぶだいじょうぶ。僕は最悪ゼロ円になっても生きていけるから。水と酸素さえあれば基本的に問題ナシ。人呼んで全身サバイバルだ」
「それでは野性的には生きていても社会的に死んでます」
遠回しな社会不適合者の認定を受けた気がするが、そんなことはないと自分に言い聞かせる。今の僕は千束によって矯正して貰ったのだ。世間のトレンドを掴めるくらいには一般常識を身に着けることは出来ている。
そんな毒にも薬にもならない自己暗示に身を投じながら、このテナント内にある小物の類を見渡す。
鞄……も今のふわっとしたたきなの服装なら合いそうだが、手荷物が多いうえ今はリコリスの鞄を所持してしまっている以上選択肢としてはナシ、か。
ならばいつしか蛇ノ目さんにセカンド昇格祝いで送ったカチューシャみたいな髪につけるヘアピンとか……いや、たきなの綺麗で長い黒髪だったら、その伸ばした髪を活かしつつ少しシルエットを変えるようなものを選んだ方が良いだろう。
しばし棚を巡る視線。視界の隅では千束も何やら小物を選んでいた。リップグロスがなんだとか店員さんと話し合っている。
はて僕はどうしたものかと見渡したところで――一つの帽子が目に入った。
「あ、これとか良いんじゃないか?」
手に取ったのは黒い帯のリボンがあしらわれた麦わら帽子。
黒い髪とグレーのブラウスで固めてある上部分の良いアクセントになるし、たきなにガーリーっぽさを生み出してくれそうな感じがするデザインだ。
生憎と服のセンスなんて千束におんぶにだっこな状態なのだけれども、我ながら良い選出なのではないだろうか。
「……なんだか、凄く女の子っぽいですね、それ」
「まるで自分が女の子っぽくない言い方だな」
「違うんですか? 生憎と、こういったことをするのも千束かカナメくらいなので」
「いや、たきなは普通の女の子だよ。真面目で、ちょっと不器用だけど――いつも一生懸命な姿勢で元気をくれる良い子だ」
「…………被ります」
おずおず、と言った様子で僕が差し出した麦わら帽子を受け取るたきな。
本当は綺麗に僕から被せてあげるのが一番カッコイイのだろうけど、そこは僕の未熟。女性の髪は調度品に等しいのだ
。
そして黒い髪に映える麦色の帽子が乗れば――まるでパズルの最後のピースがはまったかのような完成の瞬間を眼にしたような気がした。
「ほー……ほー……!」
「……あの、感想はせめて言語化してくれませんか」
「可愛い。似合っている。すごく可愛い。海を背景に写真撮りたい気分」
「…………どうも」
「あ、リコリコの皆にも見せよう。どうせなら」
「ちょ――」
しゃっとたきなの反応が追い付くよりも速く端末を構えて写真に収めた。
ブレなし。画面漏れなし。携帯端末の抜刀より一秒に満たない早業。
なんとでも言うがいい。技能の無駄遣い……じゃなかった、有効活用とはこのように行うのである。
「って、そうじゃありません。本来の目的を果たさないと」
「本来の、目的……?」
「カナメにまで忘れられたら後が無いんですが……」
ほけーっとそんなことを口にしてしまう。
なんのことか、と口にしようとして――その直前に「あ」なんて間の抜けた声を出した。
「確かにたきなの撮影会なら実際に海に行かねば不作法というもの……!」
「違います。下着です」
「あ」
「本気で忘れてたんですね……」
……なんてことか。
あんまりにも気合が入ってしまったというのもあるが、千束のノリに完全に呑み込まれていてすっかり忘れていた。
「たきなー、リップグロス持ってるー?」
「千束もです。そろそろ本来の目的を完遂しましょう」
「本来の、目的……?」
「デジャビュってます。さっきやったんですよソレ」
「たきなの撮影会だ」
「記憶の差し替えをしないでください……」
「ちぃ……」
「ちぃじゃありません」
さっきからツッコミで大忙しのたきなにホッコリする。わなわなと震えだしているたきなを見て、そんなこと口にしたら盛大に怒られそうなのが目に見えているので絶対に言わないけど。
そもそもこのイベント、僕と千束がたきなの下着を目撃したことから全てが始まったということを二人してすっかり失念していた。
まさか僕らもトランクスを穿いてる様な子に軌道修正されるとは思うまい。
「あー……そうだった……そう言えば、下着だったね。ウン」
「じゃあ、僕は一旦席を外しておくかなー……流石にセクハラで訴えられたくない」
「あははは――ちなみにさっきの件は許したつもりは無いから、埋め合わせはきっちりして貰いますんで、ヨロシク」
「ウス……」
「???」
とんだ藪蛇だった。謝った程度では許しては貰えないだろうとは予想していたが、やはり女心とは奥が深い。そしてその時の感触をこんな状況で思い出せてしまう男心はなんとも業が深い。
……それはとにかくだ、服の購入だったらまだしも下着となれば話は別だろう。
男の僕は場違いだろう。
――と。
そんな風に、考えていたのだ。
「――あと、カナメくんにもついて行って貰う」
「「……今なんて言った?」」
――――千束が、こんなことを言い出すまでは。
今回はここまで。
前回の最後とは打って変わってはっちゃける山育ち。オンオフは大事。
感想、お気に入り登録、誤字報告ありがとうございます!
特にここすきが嬉しい。皆さんがどんな台詞が好きなのかなーなんて想像するとワクワクする。あざます!
それでは。