山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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 人間のフリをしていたかもしれないという自認は、それだけで綻びになる。


7話

 

 ――――無数の鉄の雨が銃口より火を噴いて飛来する。

 加速する視界。遅延する世界。

 危険信号は不快感に、音を超えて到来する凶器の射出に未熟な己の末路を想起させる。

 

 戦闘経験など塵ほども存在しないこの体を突き動かすのは、一重に隣の少女の存在だった。

 レンズ越しに捉えた弾幕の嵐に恐怖する心は幸先暗く。先日の傷はソレを思い出したかの様に痛みを訴え、理性は逃走の選択で一杯になった頭の中で叫び続けている。

 だと言うのに――。

 

「――――正気かよ、錦木さん……!」

 

 だけど、止まらない。

 此処は長い廊下。教室では衰弱し意識が無い無数の生徒の存在。最善はとっくのとうに淘汰され、機銃掃射、そんな撃てば勝ちみたいな必殺の兵器を湯水のごとく放つ男の勝ち筋は容易には揺るがない。

 だがそれでも。

 隣で並走する百戦錬磨の彼岸花の少女――錦木さんの手馴れたうえに迷いのない迎撃行動はこの意味不明な加速を容易に認識するこの肉体に、まともな精神を凌駕する命令を与えるには十分過ぎたらしい。

 

 ――――正気か僕は……ッ!

 

 故に――僕はその撃鉄を下ろす。

 ソレが『物』であるのなら。

 目の前のものが斬れない道理はない。

 たとえそれがどんな得物で、どんな獲物だったとしても。

 そこに()()があるのなら――こんなちっぽけな武器はそれらを凌駕するッ!

 

「シッ――――!」

 

 遅くなった視界は――()()()()()()()()を確かに認識する。

 数瞬、視界を鉄の花火が埋める。その刹那の同刻、鏖殺の弾丸が纏う音速の残り香は右腕を振動し、手に持ったナイフにこれでもかとその衝撃を伝えてくる。

 

 刃物を翻す。

 加速する。

 脚を回す。

 その絶対的な間合いを咀嚼する。

 牽制、本命、陽動、それら全てを高速とするこの戦闘において、一コンマにも満たない領域でそれらを掌握する。

 斬って、斬って、斬る。

 斬って斬って斬って斬って斬って斬って――ッ!

 

「錦木さん、今――ッ!」

「おのれはジェダイか竜胆くん――ッ!」

 

 目を見開き、空となって捨てられる敵の弾倉。

 錦木さんの得物の間合いは把握している。

 着弾と共に赤い粉塵を散らせる非殺傷弾。構造、原理は一切不明。

 

 しかしその揺ぎ無い理念、幾星霜を経て蓄積する思想。

 ソレは人を殺すものではない。極限まで研ぎ澄まされた動きと弾丸をも捉える彼女の視界よりもたらされる必殺にして、不殺の穿ちを究極とする一つの答え。

 

 故に――その真価は剣を振るうが如き間合いでのみ発揮される。

 

「ぐッ――――このガキ共……!?」

「お、上手く防がれたね。やっぱこっちの武装は把握されてるかー」

「僕が先行する。錦木さんはいつも通り撃って。()()()()()()()()

「それイイね、おっけー」

「てめぇら、舐めやがって……!」

 

 着弾と共に舞い上がる粉塵、さながら赤い華が咲く。

 引き鉄を引く音は三つ、全ての命中を確認する。

 だが通らない。弾痕は赤い塵を残すだけで、男の装備を汚すだけに留まっている――否。

 訂正、装備の強度は以前と大して変わらない。非殺傷弾を通さないレベルではあるが、此方のナイフの刺突を通さない程のものではない。事実、その機動力に陰りは見えない。

 

 ならば、彼自身の耐久性か。

 いつぞやの夜に襲来し僕がたまたま倒せた男はその実――非常にタフな男らしい。おそらくはこの場の誰よりも。

 

 だったら――まずはその鎧から剥がす。

 

「――――ッ」

 

 ぎちり、と。何度目かわからないナニカが軋む音がする。

 ――起きている。

 神経を滑走する痛み。収縮した高密度の筋線維が、内側にある骨を軋ませる程の膂力を発しているのがわかった。

 自分の中で変革が、錦木さんから貰ったナイフを握ってから、僕の体で僕の知る由もないナニカが起きている。

 

 そしてそんな隙を――経験豊富な兵士が見逃すワケが無かった。

 

「暗殺者が正面戦闘とはな――ッ!」

 

 鉈みたいなナイフ――マチェットを逆手に握ったナイフで斬り払う。

 

「――――おもッ」

 

 ぶつかり合う剣と剣。打ち合った鋼を起点に火花が生まれ、その丸太みたいな腕から放たれる斬撃は大木の様な質量と重量を以て此方の細い腕にダメージを証明する。

 

 だが、それでも関係ない。

 あらゆるダメージを許容し、あらゆる想定外を学習する。そのうえで、僕は僕の役割を果たすまで。

 今の僕は――暗殺者(アサシン)だ。

 

「いつかの夜とはまるで別人だなぁ、ガキィ!」

「ああ……ッ、僕が一番驚いているっ!」

 

 互いの刃を一閃、翻し、斬り結ぶ。

 息が上がる。灼熱を抱いた体が排熱を求めて、取り込んだ冷ややかな打ち合いの空気を矢継ぎ早に全身へと巡らせた。

 鼓膜を振動させる金切り音。

 絶え間なく、容赦なく自分の急所をかち割ろうとする鉈による攻撃を不慣れな筈のちっぽけなナイフを以て斬り払う、まさに柔を以て剛を制す。

 

 ――――異常だ。

 正真正銘、僕の初陣。最初の戦闘のハズ。

 駆け抜ける視界の中で行われるむせ返る様な命の駆け引き。

 息を吸うたびに。体が酸素を求めるたびに、鳩尾を引っ繰り返されたかの様に吐き気をもよおす戦場の高揚感に支配されそうになる肉体を、気合とか根性とかそんなあやふやなモノで手繰り寄せている。

 

 だというのに――この体はそれらによく馴染むのが理解できてしまう。

 

 錦木さんより借り受けたこの刃を振るう都度、この体に打ち込まれた『禊』が解かれていくのを肌で、赤熱する視界で、鋭さを増していく神経で感じ取っている。

 

 閉じていたものを、この状況より切開され決壊した感覚が拾い上げている。

 

 

 ――――だけど、今はそれで良い。

 

 

 このままいけば封殺できるだろう。だが、此方もあまり時間の猶予はない。

 

 

 故に――勝負は一瞬で決める。

 

 

 

「――――今。()()()()()()()、竜胆くん」

 

「――――把握」

 

 

 

 飛来する赤い花。疾走する刃。

 大男の頑強な筋肉、その薄皮より更に切迫した糸の様な隙間を認識する

 錦木さんの弾丸ではこの鎧を突破出来ない。もとより殺傷力を抑えるためにそれらは最低限の貫通力しか持ちえない。

 

 だから、僕がその鎧を斬り飛ばす。

 

 ――――閃き。

 踏み込んだ右脚。軋みあげるナイフのグリップ。

 万力に非ず、されど無力に非ず。

 柔を制し剛を制す。剛を制し柔を制す。

 取りなすは中庸――『対極』を制すその理を以て、その刃を振るった。

 

「――――悪い、旦那」

 

 一際大きく鋼の音。

 振るったマチェットと共にのけ反る男の決定的な隙。()()()()()()()()()()()()()()()が地面に落ち――どんな屈強な男でも、どんなに威力の低い弾でも再起を許さぬ綻びが顔を出した。

 

「またしくじった――」

 

 心臓の真上。都合六発。鼓動に合わせて撃ち込まれた彼岸花は最後に懺悔を許し――ついに男は地に伏した。

 

 

「――――ッ」

 

 

 ――――かちり、とナニカが切り替わる。

 無意識に取っていた残心を解き、それに戸惑いながらも停止した戦場を見渡した。

 

 そこには、人が倒れている。

 僕がやった。僕の意思でナイフを手に取って、錦木さんと一緒になって、阻まれる障害を駆逐したんだ。

 

 殺してない。

 殺してないけど――僕が普通じゃないって事を見せつけられて。

 もう『帰ってこれない』ってことがわかってしまって。

 妙に、泣きたくなった。

 

「――別人、か」

 

 あるいは――殺していないだけの、生粋の殺人者かもしれない。

 ……違う違う、そうじゃなくて。

 それよりも、僕は安心すべきだ。敵も学校の皆だって、この場において誰も死なせなかったことを僕は誇るべきだ。

 だって、()()()()()()()()()じゃないか。

 

「――あれ」

 

 揺れる視界。胃がめくれ返った様な吐き気に、思わず意識が濁る。

 ぶわっと汗が滲んで、荒れる息と目が眩むような疲労を認識した。

 反転を錯覚する全身は、気づけば先の常識外れな動きをしていた事が嘘みたいに這いつくばっている。

 

 解かれた緊張は気の抜けた声と共に漏れ出て、厳戒態勢を取っていた神経が一気に緩慢し、開いていたものをゆっくりと閉じていく。

 どうやら倒せたという安心はそれだけで肉体に『戦闘』を放棄させた様だった。

 

 

「おっとと、やっぱ無理したかな? まぁあんな動きしていたら当然ちゃ当然だけど」

「――――」

 

 

 ――――ああ、情けない。

 今更、決めたことに後悔はない。あの屋上での錦木さんとのやり取り、口にしたこと。その全てはホンモノで、決して出まかせを言ったワケじゃない。

 

 だけど――やっぱり辛い。

 今まで居場所だと信じていたものが、全て零れ落ちる様な新しい絶望に思わず心が欠けそうになる。

 お前は、はじめから此方側だと。

 人間のフリをして来ただけで、お前はどこにも行けないと決められたみたいで。

 

 だから、思わず縋ってしまった。

 男だというのに情けない。これでは戦う前と何も変わらない。変える事もその権利すらなかった先程の僕と、何にも変わっていない。

 この場で誰よりも責任を感じて、苦しんでいると。それを僕は誰よりも知っていた筈なのに、こんな無様を晒してしまっている。

 

 だが、それでも。 

 この少女はそれすらも許容して包み込んでくれそうな確信があって。

 まるで飛び込む様に、全身を以て縋りついた。

 

「っととと。竜胆くん、苦しい」

「――…………」

「……ほらー、やっぱり無理してる」

 

 背中に手が回る。片方は背中に、片方は震えている頭を優しく包み込んだ。

 やっぱり、温かい。

 戦場の香りにも、敵の火薬すら寄せ付けない錦木さんの強さの源泉がそこにあって、酷く安心した。

 同時に、錦木さんにこうしてやれない今の自分が不甲斐なくて、情けなくて死にたくなる。

 

「まだ、帰れるよ」

「巻き込まれるって決めた」

「そうだね。竜胆くんが決めたこと。だけど君には、まだ戻る権利が残ってる」

「違う。あの夜に自分の腹を刺した時に、錦木さんを止めた時に、こうなることがわかったうえで錦木さんと一緒にいるって決めたんだ」

 

 どちらにしろ、もう後に退けない。

 この戦闘を、おそらく『DA』は観測しているだろう。追及は免れず、隠蔽は確実に錦木さんの首を締め付ける。『リリベル』とやらも動くかもしれない。義理堅い彼女が

 死んでしまう、その時まで。

 

 

 だから、これが最後。

 

 

 僕は忘れない。

 お前が止まるということに対する一つの答え。日常が壊れ、変わらなくて良かったものが変わり、ガワだけ取り繕っても消える事のない事実の不快感と怒り。

 そして――錦木千束という無二の太陽が持つこの温かさを。

 助けられるってこと。

 救われるってこと。

 報われるってことの温かさを、僕は決して忘れない。そこにたとえ、どんな地獄が待っていたとしても。

 これを忘れない限り――僕は竜胆要人のままなのだから。

 

 

 そして、それを証明しろと言わんばかりに、無感動な状況は動き出す。

 

 

「お、通信復旧したみたい。」

「……離れます」

「えー、別にそのままでも良いのに。役得だよ~? ほーらほらー」

「ぐっ……」

 

 ……さっきの慈愛に満ちた表情はどこへ行ったのやら。

 それはリコリコでしょっちゅう見かける悪戯っけ満載のソレ。

 そんな様子に思わず反論しようとして――さっきまでの自分の行動を振り返って、無性に恥ずかしくなって、つい言動がしどろもどろになってしまう。

 

「いや、ホラ、考えてみたら狙撃とかあるかもしれないし……錦木さんはともかく、僕は狙撃未経験だから。それよりもさ、通信相手。誰なの?」

「あ、先生先生――え、変わって欲しい? 相手は竜胆くんだけど」

 

 相手は錦木さんの態度からして、恐らく僕の予想通りに違いない。

 予備のインカムを彼女から借り受けると、聞き慣れた渋い声音で思わずと言った様相を隠せないのが、通信越しで伝わってくる。

 ……思えば、前のシフトからリコリコのメンバーとは錦木さんとしか会話していなかったか。彼女が荒事に足を突っ込んでいるということは――まぁ、そういうことだろう。

 

「店長、ご無沙汰してます」

『……カナメ、まさかとは思うがお前』

「ごっめーん先生、いよいよ本格的に巻き込んじゃった」

「いえ、僕が巻き込まれるって決めました……なので、リコリコも辞めません」

『………………あとで詳しい話は聞かせて貰うぞ。状況だけお前たちに伝える』

 

 ……その詳しい話とやらを聞く頃に僕が生きているかは置いておく。無論、めちゃくちゃ怒られるとかそういう意味で。

 

 

 

 だが聞くところによれば――状況は五分五分だそうだ。

 なんと後詰めで動いていたリコリスたちの大半は負傷。錦木千束という特記戦力を想定した戦闘についていけずに、撤退したという流れらしい。

 しかし、それは敵も同じ。指揮を執っていた男を一人だけ残して、ほぼ全滅状態に追い込まれていて、現在はどこかに身を隠しているとのこと。

……改めて、自分はこんなのに狙われてよく生きていたなと思えることばかりだ。

 

 自信に生存を促すこの体は頼もしくもあるが――それ以上に恐ろしい。

 

 まぁ、それはともかく。そうとなれば、司令部から何か通達がある筈である。

 僕を囮としたこの作戦も敵が残り僅かとなればいよいよ最終段階だ。長かった一日が、『DA』の結論次第でようやく終わりが見えてくるのだ。

 ……何にせよ、碌でもない結論が出てくるのは目に見えているだろうが。

 

 

 だが、意外にも。

 店長を経由して聞かされた『DA』の通達はそんな僕の浅はかな予想をことごとく裏切るものだった。

 

 

「え、『好きにしろ』ってマジ? ソレ本当に楠木さんから聞いたの先生」

『大マジだ。だからこっちも手出しが出来ない。精々状況を外側から伝えるくらいだ。あとは、()()()()()()()()()()とな』

「――それって」

『ああ――まるで、こうなることが分かっていたかのような不気味さだ』

 

 ……錦木さんと店長の会話は僕の理解が及ぶところじゃない。

 ただ、僕自身も把握しきれないワケのわからなさ。初めての戦闘とは思えない動きと技。

 そして、僕を『戦力』に組み込もうとする楠木さんの狙いが錦木さんの予測通りだとすれば、恐らくは――。

 

 

 ――――思考を断つ。

 考えの靄に囚われそうになっていた頭の中を振り払って、校舎の中庭を覗く。

 終盤に差し掛かっている事態。互いの作戦は収束し、盤面は峠を超えて、この事件の終わりを見据えている。

 

 

 

 それを察してか――そこに『やつ』はいた。

 

 

 

「……錦木さん、どうにもそれを考える時間は無いみたい」

 

 

 

 ――――かちり、と静かに馴染み始めた撃鉄を落とす。

 視界が納めてるのは黒いコートと長身、いつぞやの夜に僕の肩を撃ち抜いた下手人が待ち構える様に、中庭でたたずんでいる。

 

 

 

 

 誘いか、それとも炙り出しか。

 なんにせよ断る理由もなければ、見逃す理由もない。

 ――――結果はどうあれ、双方は間違いなく決着を所望しているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 千束さんとハグとかしてみたいしされてみたい……って心の中のミズキさんが叫んだわけで、今回はここまで。
 弾切りなんて人間離れした芸当を見せた素人戦闘員に、直後まるで別人みたいな泣きそうな顔で抱き着かれた千束さんの心情を述べよ。

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