スレッタちゃんを餌付けするだけの話 作:プロリハビラー
人間が宇宙進出していなかった時代は、当然全員地球に住んでいたらしい。
地球の学校は山や森の近くにあることもあって、例えば犬が学校に紛れ込むこともあった。
そう言う時は、みんな授業そっちのけで犬を可愛がっていたんだ……と、ひい爺さんが話していたのを思い出す。
ひい爺さんは、かれこれ80年以上前にそういう「地球の学校」を卒業した最後の世代。
今はもう宇宙進出と環境破壊が行き過ぎて、「いい学校」ほど宇宙に出てしまって「自然環境」で過ごすことはない。このアスティカシア高専だってそうだ。
だから、そういう事件に憧れていた。
「す、すっすすすすみません落としちゃって!!」
図鑑でしか見たことはなかったが、断言できる。
あれは間違いなく「学校に迷い込んできたたぬき」だった。
「ああ、これか。ほい」
自分の足元に滑り込んでいたスマートフォンを拾い上げて、赤毛の少女に差し出してやる。
「わひゃっ!? ああああありあり、ありがとうごじゃいまひゅっ!」
やたらオドオドしながらおずおずとこちらに手を伸ばすと、目にもとまらぬ動きで端末をひったくって胸元で抱き締め……あ、噛んだ。
「別に、怖がることないぞ? 虐めたりしねえって」
自分は最低限鍛えてこそいるが、陰気な方だし、身長もいいとこ平均くらいだ。
主にジェターク先輩の影響で体育会系の雰囲気があるパイロット科では、むしろモヤシだガリ勉だと軽んじられる側にいる。怖がられるのは初めてだ。
目の前の女子は割と体が大きいので、なんなら自分と大して身長変わらないんじゃなかろうか。
「え、いいいえ、あの、同じくらいの年の男の子、初めて話したから……」
何処からか取り出したバインダーで顔を隠しながら、消え入りそうな声で説明してくる女子。
……初めて話した?
「えと、私、水星出身で! みんなおじいちゃんとおばあちゃんばっかりで」
そこで台詞を遮って、腹の鳴る音が響いた。
「あぅ……」
バインダーからのぞく顔が、みるみる赤くなっているのがわかる。彼女の視線を追って自分のひざ元を見ると、食べかけのサンドイッチが紙の上に横たわっていた。
今は昼休みだ。俺もこのベンチに腰掛けて、自作のサンドイッチを齧っている所だった。すると彼女は恐らく、編入手続きやら何やらで昼が遅くなっているんだろう。
水星の下りを掘り下げたい気持ちはあるが、とりあえず……
「……腹減ってるのか」
「わ、え、ええと、違くて……」
「もう一個あるけど、食うか?」
"飯は渋るな"、爺さん達の教えだが、俺はこれが好きだ。
それがなくても、縮こまっている彼女をなんとなく放っておけず、カバンを漁り始める。
昼過ぎの休み時間にでも食べようと、多めに作っておいた分があったのを思い出し、取り出したのだ。
残り物かつ手作りで二重に申し訳ないが、手元に食べ物がこれしかないので仕方ない。嫌なら断るなり貰ってから捨てるなりしてくれれば問題ないだろう。
「い、いいんですか!?」
まだ警戒心が残っているが、解りやすく声が弾んでいる。きっと食べ物を差し出されたたぬきは、こういう感じになるに違いない。現物を見たことがある訳でもないのに、何故かそう直感できた。
何と言うか、そう、彼女は身体こそ大きいが、仕草が小動物のようで可愛らしいと思ったのだ。
「いいよ、丁度残ってたから。手作りので悪いけど」
「作ったんですか!? あ、ありがとうございます!」
今度は噛まずに言い切って、サンドイッチを受け取る。
「えーっと…………あー」
「おいバカ、ラップごと行くやつがあるか! ちょっと貸してみろ!」
「うぇ!? かか、紙は剥きましたよ!?」
慣れない手つきで紙を取り、ラップのまま齧りに行った彼女の手からサンドイッチをひったくり、慌ててはがしてやる。
それを再度渡し直すと、彼女はサンドイッチと俺を何度か交互に見た後、俺が頷いたのを確認してからその場にぺたんと座った。
おずおずと一口齧って咀嚼している間、ひと噛みごとに「ぱぁっ」という効果音が聞こえて来そうなくらいに顔を輝かせていくのが見ていて分かった。
「んぐっ、おいしい! これ、何ですか?」
「何ってそりゃ、サンドイッチだよ。その辺に売ってるだろ」
6枚切り、厚めの食パンに多めのレタスとハムとチーズを挟んで半分に切り、マヨネーズとマスタードで味付けしただけのレタスサンド。パンの裏側にバターを塗った程度の工夫しかしていない、至ってシンプルなものだ。因みに俺は、サンドイッチのパンは焼く派である。
「さんどいっち……は、初めて食べました。この挟まってる緑っぽいやつ、すごくシャキシャキしてて美味しいです!」
「レタスな。……もしかして水星って、こういう野菜とかないのか?」
「野菜、これが、本物のお野菜……!!」
眼をキラキラさせながらサンドイッチをぱくついている彼女が、なんだか急に不憫に思えて来た。
一体何をどうやったら、この歳までサンドイッチの食べ方も、味も、本物の野菜という概念すら知らずに育つのだろう。
だが勝手に同情するのは、それこそ彼女に失礼だ。
思い直して、再び彼女を見る。
とろけた顔で口いっぱいにサンドイッチを頬張っている姿に悲壮感はない。むしろどこまでも幸せそうだ。
その姿を見ていたら、なんだかすっかり放ってはおけなくなってしまった。
「……美味いか?」
「ふぁい! ……んぐ、この黄色いのと、赤っぽいのも!!」
「チーズとハムだ。俺は爺さん家が農家……つっても分かんねえか、まあ農業プラントの管理官でな。よく収穫した野菜やらご近所の酪農家と交換した肉やらを送って来るんだよ」
あまりに美味しそうに食べる彼女を見て、必要以上に喋ってしまっているのを感じる。
「で、無駄にするのも悪いから、こうして料理して食ってるんだ。スペーシアンの、特にこう言うとこ来るような連中は地球産野菜とか食わねえんで、同じ地球寮の一部以外は誰も貰ってくれないんだよな、美味いのに」
お陰ですっかり上達しちまった、と肩をすくめながら言ってみるが、彼女の反応はない。
「もぐ……むぐぐ……」
しかし一心不乱にサンドイッチを食べる彼女を見ていると、一々指摘するのも野暮のような気がした。
第一、自分の作ったものをこれだけ美味そうに食われたら、誰だって嬉しく思うだろう。ただでさえ、学園でこういうものを食べる奴は少なく、何なら揶揄われることも多かった分余計に。
しかし、そんなに急いで食べたらのどに――
「んぐっ!?」
「あーほら言わんこっちゃない! ほら水! 飲めるか!?」
それまでのにやけ顔が一転顔を青くする彼女を慌てて介抱しながら考える。
何かと世話の焼けるやつだが、既に俺は彼女の事を放っておけなくなり始めている。
いや、正直に言うなら。恐らくもうこの時点で気になり始めていた。
ただ、かわいいにも二種類あるとはよく言われる通り、彼女のは後者。小動物に癒されたり、愛しいと感じる方。少なくとも、今は。
小動物であり、世話の焼ける同級生であり、それが苦にならない愛くるしさを持っていると思った。また今度何か持って行ってやろう、とも。
――結局、そこそこ大きなサンドイッチ1つをペロリと平らげた彼女は、ようやくふやけた顔から立ち直ってこちらに視線をよこす。
「あ、ありがとうございました! えとえと……」
「おお、そういや名前言ってなかったっけ。リク・レイゼン。お前と一緒でパイロット科二年だ。よろしくな」
「あ、は、はい! 私、スレッタ・マーキュリーです!!」
最初に会った時と比べて、どもり方が改善しているような気がする。少しは気を許してもらったんだろうか。そうだと嬉しい。
「なあ、学校の施設とか分からないだろ。端末に校内マップやら何やら入れてやろうか」
「ええっ!? わ、わわ悪いですそんな!」
「案内の先生とかも付いてないし、そのままだと迷うだろ。無理強いはしねえけどちょっと出してみ――」
「ああ、スレッタ・マーキュリーさん?」
自分のスマホをデータ送信モードに操作していると、背後から聞き慣れた声がする。
「お、ニカ。丁度いい所に」
「うぇ、え、えと」
再びおどおどモードに戻ったスレッタは、ニカを前にもごもごしている。
それを見て緊張しているとでも思ったのか、ニカは自分から自己紹介を始めた。
「あぁ、初めまして。メカニック科2年の、ニカ・ナナウラです。わかんないことあったら聞いてね!」
髪の内側……とでも言うのか、一部が青色になっているショートヘアのニカは、外見のサバサバした印象と違って(あるいは、期待を裏切らず)面倒見がいい。この小動物が編入してきたと聞いて、早速様子を見に来たのだろう。
「ニカとは同郷で、俺のモビルスーツの整備も一部やってもらってる。昔から何かと付き合いが多いんだ」
「へ、へぇ~」
俺の説明を、何故か俺に隠れながら聞いているスレッタ。あまりにも自然にやるもんだから、突っ込み時を失ってしまった。
「ふふ、すっかり懐かれちゃって」
「そう……なのか?」
「え、ええと……あはは……」
ニカのフォロー込みで、頼られているようで悪い気はしなかった。
「マーキュリー、おまえもちゃんと挨拶しといた方がいいぞ、ニカは怒るとマージで怖いからな」
「ひぇっ!」
「リッ君、どういうことかなそれ?」
「そういうとこだよ」
俺たちの寸劇にいいリアクションを返すスレッタが面白くて、つい悪乗りをしてしまう。
「もー、スレッタさんまで……でも、それだけ仲がいいなら"スレッタさん係"はリッ君でいいかな」
「何だその微妙に可哀想な感じの係は……まぁいいけどな」
しぶしぶ受けた体だが、実は満更でもないのはニカにはバレているだろう。ニカはその辺りの気遣いができるやつだ。今度差し入れでも持ってってやるか。
「って訳だから、とりあえず放課後にでも一通り学校見て回ろうぜ」
「い、いいんですか?」
「今更遠慮しなくていい。いい食べっぷり見せて貰ったしな。結構嬉しかったんだぞ?」
「え、えへ……やりたいことリスト、"学校を探検する"が早速埋まっちゃった……」
「その感じだとコレもリスト入ってそうだな。ほれ」
スマホを操作して、スレッタの前に差し出す。
「え、と……?」
「連絡先。ニカのも含めて、あった方がいいだろ?」
「おっ、手が早いねリッ君」
「そう言うんじゃねえよ」
ふと、スレッタの端末が着信音と共に振動する。
俺が覗くより先に、それは消えてしまった。
「えへへ、家族からです」
あまり詮索するのも失礼だ。スレッタがそう言うなら、それでいいのだろう。俺は気にするのを辞めて、昼休みが終わるまで水星の話を聞くことにした。
『早速、2人も友達が出来たんだね。僕も嬉しいよ』
☆
「どういうことだ!!」
彼らが連絡先を交換したのとほぼ同時刻。ベネリットグループのフロント内では、男の怒号が響いていた。
「ば、爆破装置が起動しません!」
「そんなことは見ればわかる!! 何故そうなっているか聞いとるんだ!!」
叫んでいる男、ヴィム・ジェタークは、今期の決算報告の機にベネリットグループ総裁……つまり、自らの唯一の上司を乗機ごと爆破する計画を立てていた。
今総裁が死ぬとどうなるか。
ヴィム・ジェタークはベネリットグループ「御三家」と呼ばれる大企業、ジェターク社のCEOであり、社内で事実上No.2タイの立ち位置にいる。
そして彼の息子、グエル・ジェタークは現在、総裁の娘、ミオリネ・レンブランと婚約関係にある。
彼らの婚約は総裁の決めたルールに則ってのもの。総裁が死ねばこの関係を確定させ、グエルは正式に総裁の娘と結婚させることができる。
すると当然、ミオリネの夫になるグエル、ひいては義父になるヴィムにグループの経営権が転がり込む、という寸法だ。
すなわち暗殺である。
「ジャミング対策は万全だったはずだぞ!?」
だがその計画は失敗した。腹心の男が言う通り、遠隔起爆装置が動作しなかったのである。
当然ながら、ちょっとやそっとの妨害や事故で動かなくなるような素人仕掛けはしていない。裏切りによる下剋上をしようというのだ。少なくともヴィムは自分の権限で可能な限りの準備を整えていた。
だからこそ、現状は完全な想定外。慌てふためく二人は、いつの間にか近づいて来る人影があることに、かなり近距離まで気づかなかった。
「ご機嫌よう、ジェタークCEO」
特徴的なヘッドギアで頭の上半分を覆っている、異様な出で立ちの女性。
ヴィムは彼女を知っていた。
3年前、シン・セー開発公社の代表就任に際し、挨拶を受けたことがある。末席ではあるが、彼女もまた、ベネリットグループを構成する経営者の一人。
「れ、ディ、プロスペラ……!」
「なにやらお困りのご様子ですね」
戦慄するヴィムを前に白々しく言い放つ、レディ・プロスペラと呼ばれた女性。
「貴様、何の用で……いや、何故、
もはや言い逃れは出来ない状況。ヴィムは血の気を失った表情で問いかける。
「企業秘密です。ところでCEO……私がここへ来たのは、貴方にひとつご提案があったからでして」
――それに首を横に振れるほど、ヴィムの肝は太くなかった。
少なくともレディ・プロスペラの暗躍により、同じ高専で学んでいるミオリネ・レンブランとスレッタ・マーキュリーの学生生活が長くなったことは、疑いようもないだろう。
その平和がいつまで続くものであるかは、当のレディ・プロスペラにさえ分からないが。
スレッタはたぬき。そしてかわいい。
皆知ってるね。
リク・レイゼン
パイロット科2年。地球寮。
その辺にいるちょっと垢抜けた理系男がメガネを取ったような見た目だが、アドステラにあって珍しい自分で料理のできる男。
アーシアンであり、地球の農産・畜産物を仕入れるコネがある。図鑑や映像での知識がほとんどだが、かなりの動物好きで世話焼き、いつか生きたペットを飼おうと思っている。
スレッタに食べさせて欲しいもの
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主食(洋食系)
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主食(和食系)
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主食(中華料理)
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お菓子、デザート類
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ゲテモノ