スレッタちゃんを餌付けするだけの話 作:プロリハビラー
日刊36位、ありがとうございます。
昼休みの時間も、意外と学食は混雑しない。
以前の俺のように外のベンチで食べたり、教室で食べたり、実習の合間にその場で食べたりなど、場所が分散する傾向にあるためだ。
つまり、昼間は特に日当たりがよく、眺めもいいこのラウンジを広々と使えるということ。俺、ニカ、チュチュ、マルタン、スレッタの5人は、この席に陣取って昼食をとるのが恒例だった。
「お、お代わりしてきます!!」
「じゃあ俺も行こ」
「んじゃリっさん先輩、あーしの分もヨロシクぅ♪」
丁度いいとばかりに(スレッタ一人だとまたドジをしそうな気もしたので)席を立つと、チュチュが自分のトレイから味噌汁の容器を取り出し、こちらに寄越す。
「ったくしょうがねえな……」
「へへー、リっさん先輩やっさしぃ~! よっアーシアンの星!」
「安っすい星もあったもんだなァ」
調子よくもてはやすチュチュを適当にあしらいながら手元のトレイを持ちやすいように纏めていると、気になる所でもあったのかスレッタがこちらをのぞき込んできた。
――ここ数日は、編入してきたスレッタに学校のことを教えたり一緒に飯を食ったり、忙しくはなったが楽しく過ごせている。
俺たちのようなアーシアン(地球出身者)にとっては何かと過ごしづらいこの学園では珍しい時間だ。俺も二年に上がって暫くたつが、こうも穏やかに過ごせた時間は今くらいしかない気がする。
しかし、世の中そうそう上手くは行かないものだ。こちらに向かって一直線に歩いて来る二人組を視認した瞬間、それを数日ぶりに思い出した。
「リク、さん?」
スレッタが俺の表情の変化に気づいて問いかけるのとほぼ同時、「どいてくれる?」という嫌味な声がかけられる。
「そこ、いつもあたしたちが使ってんだけど」
女子の2人組。いや、よく周りを確認すると、もう3人ほど近くに控えている。俺とスレッタがいるのを踏まえて増員したか。覚えている限り、学年は混成だが全員パイロット科だった筈だ。
参考までに言っておくと、今日の学食は特に空いている。席が取りたいのではなく、俺たちアーシアンを排除したいのだ。
「そんなのいつ――」
「ケンカ売ってるならそう――」
応戦にかかったのはチュチュと俺がほぼ同時。パイロット科はこういう時、経営戦略科とメカニック科に代わって前線に出るのが役目みたいな所があり、翻って好戦的な者も多い。
「丁度今、食べ終わった所だから」
それを遮って立ち上がったのはニカ。これも、比較的よく見る流れだった。
「お先に……」
違ったのは、女子生徒がそのニカのプレートにガムを吐き捨てたこと。流石に、ここまでやる奴はそうそう居ない。腹は立つが、それ以上に、俺は周りを見なければいけない。
溜め込むタイプのニカ、こうなると激昂して話を聞かなくなるチュチュ、されるがままのマルタンだけでは対応不可能だ。
「食べ終わったんでしょ? 一緒に捨てといてよ」
一瞬間を置いてから、いくつかのことが同時に起こった。
キレたチュチュが席を蹴とばす勢いで立ち上がり、俺がそれを静止。
マルタンはドン引きしてプレートを見つめ、ニカはフリーズ。
そして――
「ダメ!!」
完全にノーマークだった、スレッタの大声がその場に響いた。
「た、たた食べ物を、粗末に扱っちゃ、ダメ、です!! おおお母さんに教わら、なかったんですか!」
テンパっているのか何なのか、変なポーズで女子二人組を糾弾する。
内容はあくまで食事を粗末にしたことに対してだったが、彼女がニカのために、俺達のために怒ってくれたことが嬉しく、そして同時に、これで完全に彼女はスペーシアンと断絶することになるだろうと確信した。
「それ! 鯖の、水煮って言って、すっごく美味しいんですよ!」
「は? 誰アンタ」
「知らないわよ、アーシアンの食べものなんか」
二人組は一歩も譲らず、場にヒリついた空気が漂う。
「それとも何? まさかあたし達と戦おうっての?」
「ちょっとやめてよ! あたしなぶり殺しとか趣味じゃないんだけど!」
この時俺は――
「……ます」
「え?」
「決闘、します!!」
――スレッタに決闘システムについて教えていたことを、後悔しなかった。
◆
「アレ見たか!?」
「ハインドリーが瞬殺だぞ!」
「あの子、水星から来たって噂の?」
「でもアーシアンとつるんでるって聞いたぞ」
「決闘になったのもアーシアンを庇ったかららしい」
集まった観衆の会話を拾いながら、俺たちはしかし、信じられないものを見た驚きに支配されていた。
「何、あれ……」
ニカの口からこぼれた言葉は、まさしく俺達の総意。
何が起こったかは、確かに見えている。理解もできる。
グラスレー社製MS「ハインドリー」が、スレッタの操縦するエアリアルに完膚なきまでに粉砕されたのである。
試合内容は最早戦いと呼んでいいかも疑問が残るほど一方的なもので、エアリアルの放った11機もの遠隔操作兵器(確かエスカッシャンとか言うんだったか)に相手が対処しきれず、そのままオールレンジからのビーム攻撃によってあっと言う間に解体された。
エラン・ケレス先輩――決闘委員会から派遣された立ち合い人――が何事か呟いていたのが少し気になったが、ともかくお手本のような飽和攻撃だ。あそこまで効果的なAI兵器は見たことがなかったし、それをこともなげに扱ってのけるスレッタの腕前もまた凄まじい。
それこそ初見でアレをやられたら、かの学園最強の決闘者、グエル・ジェタークであろうと成すすべなくバラバラにされるんじゃなかろうか。
「う、うぅっ……おぇっ……」
「さぁ、お代わりもいっぱいありますからね!」
――そして今。
俺とニカ、チュチュ、マルタンの眼前では、先ほどガムを吐き捨てた生徒が泣きながら鯖水煮定食を食わされている所だ。
スレッタの名誉のため言っておくと、流石にさっきガムを吐き出されたのとは別の、新たに作り直された定食である。
「おっ、ぷっ……ひぐっ……」
「ケレス先輩……本当にいいんですかこれ……」
流石に居たたまれなくなって、テーブル脇で無表情に立っているケレス先輩に声をかける。
「スレッタ・マーキュリーは、自分が勝ったら彼女に鯖水煮定食をご馳走して、美味しさを分からせると言った。勝負がついた以上、速やかにそれは実行されなければならないよ。その履行見届けのために僕がいるんだから」
「それは……そうなんですが……」
「絶対に飲みたくない条件なら決闘を受けなければいいし、よしんば受けたとしても負けなければいい。少なくとも、決闘は両者の合意が無ければ行われないのだから」
そう言って、再び視線をスレッタたちの方に戻すケレス先輩。幸薄そうな見た目の割に情け容赦のない先輩のことだ。あれは完食するまで解放してもらえないに違いない。さながら大昔に流行った「スープを飲まされる男」の動画で描き出される光景のようである。
確かに規定上問題はない。
そして何も知らないスレッタは、多分鯖水煮定食をご馳走したことに他意はなく、「こんなに美味しいものをあなたはダメにしたんですよ! 謝ってください!!」という方向に持っていきたいのだろうが。
「態々イジメを行う程度にプライドの高いスペーシアンに、アーシアンの食事を強制する」という罰がどれほどのものか、彼女には恐らく分かるまい。
宣誓の場でいきなりこれを言い出した時は本当に肝が冷えたし、相手の女子生徒は完全に激高して「負けたら裸で土下座しろ」とまで言い放っていた。煽って冷静さを欠かせる作戦かと思ったくらいだ。
ただ少なくとも、その場の生徒たちにはすでに、風の噂で事ここに至るまでのストーリーを知っている。
いじめの一環として食事に粗相をされたことに怒り、決闘を申し入れ、それに勝利し、相手がその時ダメにした食事を改めて食わせる。
アーシアンの生徒にとって、スレッタは既に英雄だ。
集まっている観衆の内訳は、おおむねアーシアンとスペーシアンで8:2。
向けられている感情は、「いい気味だ」や「皆に代わってやり返してくれたんだ」のようなものが7割、スペーシアンからの「しくじるなよバカが」が2割、「流石にやりすぎじゃないか」が1割程度。
因みに、ガムを吐かなかった方の生徒はすっかり怖気づいてしまって今は寮の自室に籠っているそうだ。まあ、あの図太さならすぐ出て来るだろうが。
「う、ぐうぅ……っ」
「……うん。多少の食べ残しはあるけど……まあいいか、これで完食と認めよう。スレッタ・マーキュリー。これでいいかい?」
「あ、は、はい」
スレッタが認めた瞬間、女子生徒は弾かれたように立ち上がってどこかへと走り去っていった。
まあ、屈辱と不快感でいっぱいだったろうに、人前では決壊させなかっただけ根性がある方だと褒めるべきだろう。
途中からもうなんだか"マラソンで最後尾に一人残った選手"みたいな扱いを受けていた女子へパラパラと拍手が起きると、それを皮切りに群衆は解散していく。
「…………リクさん」
いつものメンバーだけが残ったラウンジで、スレッタがおずおずと問いかけてくる。
「私、ひょっとして酷い事を、しちゃったん、でしょうか」
流石に、あの女子生徒の様子を見ればなんとなく事態を察することは出来たらしい。
確かにやりすぎと言えばやり過ぎだ。この一件で、スレッタは完全に「地球側」としての立場を表明してしまった。
投じた一石は大きい。女子生徒からの復讐、学園上位陣からのマーク、その他さまざまな波風が、この先スレッタと俺達を襲うだろう。
だが……
「それでも俺は、あの時怒ってくれて嬉しかったぞ」
「あーしも!! だから、ありがとう以外に言う事ないわ!」
俺とチュチュでスレッタを挟んで頭を撫でる。
「わわっ……へへ……いいのかなあ……?」
「俺達の代わりに戦って、しかも勝ってくれたんだ。文句なんて一つもねえよ。それにアレだ。あいつがあんなに嫌そうだったのは味の好みとかじゃなくて面子の問題だろ? そんくらい、飯を粗末にした奴には当然の報いだ」
「そーそー! 勝ったんだからそんなん気にせんでよくねー!?」
ほめ殺しにされて照れるスレッタを見ながら、ふと思いつき、カバンから1本のチョコレートバーを取り出す。
「こいつは、今出せるだけの感謝の気持ちだ」
「いいんですか! わぁ、ありがとうございます!」
さっそく包装を剥いてかぶりつくスレッタ。きっと今頃は、口いっぱいに広がる粘着質な甘みを謳歌している所だろう。
「後はそうだな、時間が空いた時にでも地球寮の給湯室に来てくれ。何でも好きなもの作ってやるよ」
「うっわスレッタ! リっさん先輩がここまで言うのマジ激レアだかんね! ありがたく注文しなー!」
囃し立てるチュチュだが、当のスレッタは軽く頷いたくらいで、黙々とチョコレートバーを齧り続けている。こうしているとなんだかハムスターのようだ。
「あむ……ん……やっぱり、操縦で頭を使った後はこれですね」
「お、食べたことあるのか」
「はい。お母さんがよく、地球のお土産だってもって来てくれてたんです」
いつもの幸せそうな顔ではなく、懐かしそうな、いとおしそうな顔でチョコバーを平らげるスレッタ。
「地元、つまり地球じゃここのは有名だからなあ」
「ス〇ッカーズってヤツだね。これの他にも色々バリエーションが……」
マルタンが会話に参加し出したのを見計らって、俺は先ほどから遠巻きで黙りこくっているニカの方へ様子を見に行った。
「……そんなに凄いか、あの機体」
「っ! ……顔に、出てた?」
「さあ。俺は付き合い長いからなあ」
ニカの関心は、何よりあの機体、エアリアルにある。そして――
「ありゃ多分、グエル・ジェタークより強いぞ」
スレッタという鬼札が、期せずしてアーシアン陣営に転がり込んだことにも。
「やっぱりそう思う?」
「素の操縦技術だけでも御三家クラスかそれ以上、そこにあの機体と武装だからな」
考えたくもない、と肩をすくめて見せる。
彼女の強さは、機体の機能共々未だ底が割れていない。それ以上を知るには、実際に戦ってみる他ないだろう。
「……ねえ」
「そこまでする必要あるか?」
ニカの考えも同じらしかったので、相槌を省略して疑問をぶつけた。
「ある。だって私は、今まで
ニカはそう即答した。
「大袈裟だな。もし俺が何かの間違いでホルダーになったとしても、ドミニコスに入隊したとしても、大局が変わる訳じゃないんだぞ?」
「いいの。貴方は私に、夢を見せてくれたから」
結局その日、俺達の関係が大きく変わることはなかったが。
スレッタと戦うとしたら完全に目を付けられる前がいい。そう考え、俺のスレッタを見る目に、いくばくかの余計な考えが混じるようになるのだった。
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