スレッタちゃんを餌付けするだけの話 作:プロリハビラー
「大丈夫か? マーキュリー」
俺が声をかけると、部屋の隅で体育座りしていたスレッタが顔を上げ、こちらを振り向いた。
「うぅ、りぐざぁ゛ん゛……」
甘えたような、悲しむような涙声を出しながらこちらに向かってくるスレッタは、いつぞやのICカード事件の時同様の半ベソだった。いや、あの時はまだ笑いごとで済まされる雰囲気も残っていたが、今回はそれすらない。
無理もない。決闘で華々しく勝利した数時間後、いきなり生徒指導部の教師たちに有無を言わさず連行され、スレッタは訳も分からず独房に叩き込まれ今に至る。
「ほら、飯持ってきたぞ」
「あ、りがとう、ございます」
俺の差し出したプレート(カレーライス)を受け取って、もくもくと食べ始めるスレッタ。動きがどことなくしょんぼりしていて可愛いらしくはあるが、今は眺めている場合ではない。
「食いながら聞いてくれ。ここには本来、決闘委員会のエラン・ケレス先輩がいることになっている。俺は先輩に代わってもらった」
「はぐ、んむ……エラン、さんが?」
スレッタの"罪状"は、条約で禁止される
それが本当なら決闘は無効になるし、スレッタにはかなりの厳罰が課されることになるだろう。
だが、それにしては些か対応が手緩い。
確かにここは重度、もしくは度重なる規則違反のある問題生徒に反省を促すために使われている空き部屋だ。口さがない者には懲罰房だの反省室だのと言われ、年に2、3人は叩き込まれる者が出る。
体罰等に煩いご時世なので校則上には影も形もないが、概ね学園側の認識としては経歴に傷のつかない処分として最上級、直上に停学処分がある程度の罰則とされる。
――ガンダム所持の疑いにしては軽すぎる。
本当にアレがガンダムなら、今頃は連日執拗な取り調べを受けた上、学園の空き部屋などではなくフロント管理社の拘置所に放り込まれている所だろう。
「という訳で、その辺りの事情をケレス先輩に聞いて来た」
俺の説明を、スレッタは食べながら黙って聞いているようだ。
彼女はそそっかしい所があるし何かとオドオドしているが、頭の出来がかなりいいのはこないだの小テストで分かっている。こういう難しい話にも普通について来るスペックがあると俺は知っていた。
「今の所、"ガンダム疑惑"を上はほとんど信じてないらしい。ことがことだから調査してるというポーズは取るが、一通り形式的なことを済ませたらすぐ辞めるそうだ」
スレッタが戦った相手がグラスレー寮、立会人を務めたケレス先輩がペイル寮の人間だったことから、若干所轄争いで揉めた後、初動捜査はペイル社が担当することになったらしい。そこに、この学園の"決闘の掟"がいい具合に働いた。
騒いでいるのが例の「ガム女」であることは最早公然の秘密。生徒たち、ひいては企業の連中からすれば「(名誉)アーシアンに決闘で負けたスペーシアンの面汚し」である彼女が不正を主張した所で、まともに取り合うに値しないという訳だ。
一応、内容が内容であるためスレッタのモビルスーツ開発元……シン・セー開発公社のトップに確認が飛んだそうだが、答えはこうだ。
『エアリアルはガンダムではありません。我々シン・セーが開発した、新型のドローン技術です』
「……この回答内容を、ジェタークとペイルの両CEOが支持したらしい。後ろで何があったかは知らんが、勝負あったな」
当のグラスレーもまた、何も言ってこないあたり、自社推薦のパイロット科一人切り捨てて庇う価値がエアリアルにはあると既に感づいているのだろう。流石に御三家ともなると上が優秀である。
そして御三家二つが結託したら、いくら強権的な学園長であっても崩すのにかなりの労力を要する。事実上、この件は「デリング・レンブラン総帥の耳に入れるまでもないと下が独断で片づけた与太話」という形で決着するのが決定的となった。
「えと、つまり」
話の内容をおおよそ理解できたらしく、スレッタが弾んだ声で問いかける。
「そう遠からず、お前の疑惑は解消、ここからも放免される手筈だそうだ。元々この措置も、フロント管理社に出張って来られないためのポーズという部分が大きいらしいからな」
しかし気になるのは、地球寮の二年生である俺にここまで内部事情を喋ってくれたケレス先輩の真意である。
本人はいつもの無機質な調子で「スレッタ・マーキュリーに興味がある。よろしく言っておいて」とだけ言っていたが、惚れた腫れたで機密を流してしまうような人間ではないのは1年あまりの付き合いで良く知っている。
彼はペイル社のCEO達とほぼ直通レベルで関係の深い人間。きっと何か指示を受けているのだろう。考えられるのは、スレッタに恩を売ることで取り込みを狙っている、とか。
「スレッタ・マーキュリー。釈放だよ」
そこまで考えが及んだ所で、ケレス先輩が空き部屋のドアを開けた。
「えっ、もう?」
「その様子だと、リク・レイゼンから事情は聴いているみたいだね。さあ、こっちへ。君は後でこっそり出ていくようにね」
ケレス先輩の言に「了解です」と短く返して、連れ出されて行くスレッタを見送る。
「あ、り、リクさん……」
「大丈夫だ、その人についてけ。また明日な!」
よく知らない人が、とでも言いたげなスレッタの不安そうな瞳を受け、とりあえず安心させてやる。人見知りは相変わらずらしく、なんでもかんでも俺に頼ってきがちなのは、悪い気はしないが少しずつ治すべきだろう。
「……! は、はい!」
"また明日"というのがお気に召したらしく、表情を晴らしてスレッタは出て行った。
少し時間を空けてからさり気なく部屋を出るにあたり、俺は考えを巡らせる。
――先ほどの説明にはいくつか、故意に省いた点がある。
例えば、稼働中のエアリアルには、ガンダムに特有の基準値越えのパーメットスコアが認められたこと。
確かに「ガム子」の言い出したことではあるが、一度は本格的にエアリアル排除の方へと話が傾きかけ、その直後、シン・セー開発公社のトップが回答したあたりから不自然に流れがスレッタ側へ傾いたこと。
(そもそも、シン・セーのCEOはスレッタの母さんだったよな)
恐らく、スレッタがこの学校に入れた理由。シン・セー開発公社について俺は詳しくないが、確か俺の後ろにいる会社ともいくらか取引があったはずだ。
あいつは一体、何者なのだろうか。
「…………まあ、いいさ」
後ろに何が付いているか知らないが、恐らく彼女は何も知らされていない。
だったらそれで構わない。少なくとも俺は政治等を置いておいて、美味そうに飯を食うスレッタのことを既に友人だと思っている。
俺とスレッタの関係は、それでいいだろう。ニカが何と言うかは知らないが。
――因みに、スレッタが観察処分となった翌日には、件の生徒は人知れず高専を退学している。その後の動向までは、俺のあずかり知る所ではない。
◆
「つまり、あのガンビットの群体制御は継起的空間コンセプトを併用しているのね」
「要はコマ送り的に状況を分析・把握を繰り返すことで疑似的に人間のような判断が出来てるってことになるのか。ダリルバルデですらベイズ推定のレベルから逸脱出来てないらしいのになあ」
翌日、アスティカシア高専図書館。
名門大学のそれと遜色ない規模を誇るそこは、学生のために解放されているものの、前世紀と同様大半の学生にとっては授業の調べもので仕方なく行く場所でしかない。
恐らく8割の学生にとってはその程度の場所だが、ひとたび真面目に勉強しようと志せば、この場所は無用の長物から宝の山に変貌する。
「うへぇ……パイロット科ってこれ全部覚えるん……?」
エアリアルの装備について根掘り葉掘り聞いては盛り上がっている俺とニカ、二人がかりで褒め倒されて(ついでに、やりたいことリストの一つが埋まって)満更でもなさそうなスレッタの3人は"勉強できる組"として、特に俺とニカは頻繁に図書館に籠っては技術書とにらめっこしている。
翻って、マルタンは勉強というより、文学を始めとする旧世紀の娯楽目当てで図書館にいることが多い。スペーシアンの、特に乱暴な連中が近寄らないから、いじめられっ子として避難所的に使っている側面も強いようだ。
そもそも彼に関しては"お互いずっと図書館にいる者同士"から仲良くなって今に至るので、俺達のMS談義を聞き流して読書にふけるのはすっかり得意技のようだった。
そしてチュチュ。彼女は典型的な感覚派なので、俺達が誘わない限り図書館には来ないタイプの人間だ。
今も書架から引っ張り出して来た年代物の漫画本――俺が所在を教えた――を片手に、俺たちが積み上げている技術書の山を指して戦慄している。興味のない事だろうが呼べば必ず来てくれる辺りが、彼女のいい所である。
「そこは安心しろ、こんなもんメカニック科でも早々習わねえよ」
「リッ君は元々技師志望だったもんね」
「過去形にすんな、今もだ」
俺は元々、MSに乗る側より作る側に興味がある。そもそも出した願書もメカニック科だったし、偏差値的にも問題は無かったが……。
「もー、技師よりパイロットの方がいいって絶対!」
「リクさん、強いんですか?」
興味を引いたか、スレッタが会話に入って来る。
「スレッタさん、リっ君の学籍番号って知ってる?」
スレッタの疑問にいち早く(半ば食い気味に)答えたのはニカ。正直くすぐったいから勘弁してほしいのだが、いくら言っても辞めてくれないので途中で諦めた。
「えーと確か……LP011?」
先の小テストで掲示されたのを覚えていたのだろう。スレッタはすんなり答えた。やはり物覚えがいい。
「そーそー! 後ろ3桁は名前順とかじゃなくて、推薦企業のヒエラルキーとか、企業の中の誰とコネがあるかとか、そういうとこで決まってんの。地球産まれだと番号後ろに回りがちでさー」
説明を引き継いだチュチュもまた、若干興奮気味というか、誇らしげだ。ニカねえとかLM236だし、などと余計なことを口走ってニカを苦笑させてもいる。
「011はアーシアン史上最高番号。元々037だったのが、入学してから決闘で8連勝して付いた数字なんだ……!」
熱を持った瞳で、ニカが語る。いつもの事とは言え、この話になるとちょっと気合いが入り過ぎというか、何と言うか……。
「だとしても、俺は技術屋志望だよ。親父と一緒でな」
それをたしなめる意味も込めて、横からツッコミを入れる。
「お父さん?」
「親父、俺のバックについてる山稜重工の産業第一事業部長……要はMSの開発部門を取り仕切ってんだ。俺はそれを継ぎたいんだよ」
「サンリョウ……」
「地球向けの作業用モビルスーツを主に作っている旧日系企業だよ。色々あってベネリットグループ傘下に入っていて、売上高ランクは35位、企業ランクB。地球圏では最大手だね」
横からマルタンがスレッタ向けに解説を入れている。
「まぁそう言う訳だから、俺は卒業後はそっち系の分野……例えば、山稜のテストパイロットとかを経由して設計畑に行きたいから、ニカにその辺教えて貰ってんだよ。操縦の方はオマケだ、オマケ」
ニカのムっとした視線を黙殺しながら俺がそう締めくくると同時、館内にチャイムの音が響く。
端末の時計を見ると、20:00の表示が目に入った。
「いっけね、門限だ!」
ここから寮まで、通学用の電車で30分以上はかかる。21時の門限にはギリギリ間に合いそうだが、今日は寮の食堂が20時で閉まるとアナウンスされている。
「わぁ~しくったなー、これは皆夕飯なしで寝るしかないなー」
「えぇっ!? そんなあ……」
わざとらしいチュチュの言に、スレッタがびくりと反応する。
「そうだね。どこかに食材を余らせてて、それを快く振舞ってくれる人がいないと、私たち皆ごはん抜きになっちゃうな~」
「ぼ、僕は迷惑だろうって言ったんだけどね……!?」
ニカまでもがそれに乗ってきた辺りで、俺も遅まきながら状況を把握した。
「いいよいいよ。態々こんなことせんでも、帰りに何か作ってやる気ではいた」
要は俺に飯を食わせろということ。直接たかるのは流石に申し訳ないのか、こういう寸劇が付くことがよくある。
「手伝いくらいはやってもらうからなー」
「勿論!」
「え? え?」
事態が飲み込めていないらしいスレッタに、ひとつ問いかける。
「そう言えば前、好きなの作ってやると言っただろ。今日のメニューは任せるから、何でも言ってみろ」
「い、いいんですか!」
「いいよ。こないだのお礼と、厄介ごとに巻き込んだお詫びだ」
スレッタが"ぱぁっ"という効果音が出そうなくらい、目に見えて表情を明るくしているのを見ながら考える。
やっぱり、こういう日常が一番いい。ドロドロしたのは上の連中に任せていればいいんだ。
目をキラキラさせて「あれかこれか」と悩む彼女を、帰り支度を整えながら俺は微笑ましく眺めているのだった。
15:00追記 企業名の書き間違いを修正(グラスレー→ペイル)。
失礼いたしました。
スレッタに食べさせて欲しいもの
-
主食(洋食系)
-
主食(和食系)
-
主食(中華料理)
-
お菓子、デザート類
-
ゲテモノ