スレッタちゃんを餌付けするだけの話 作:プロリハビラー
ふふ、矛盾が怖い。
午後9時。
アスティカシア高専の寮の門限は大体この時間で、過ぎれば寮監からたっぷりと嫌味を言われることになる。アーシアン達が詰め込まれている地球寮は特にその辺り融通が利かないので、皆自然と時間までには戻るようにしている。
ただでさえ教師からも睨まれやすいアーシアンだ。余計な攻撃材料を与えたくないという意識が強いのだろう。地球寮の生徒たちは、一般に言われているよりよほど優等生である。
「おい! ギリギリだぞ!」
「すいませ~ん」
案の定、入口で腕を組んで立っていた寮監の嫌味を聞き流しながらすり抜け、給湯室に到達。
スレッタは今の所地球寮で厄介になっている。急な編入で他に空きがないからというのが表向きの理由だが、要はここ以外の寮が良い顔をしなかったから押し付けられたのである。お陰で、5人揃ってこういう無茶もできる。
「どうにか全員捕まらずに来れたな」
寮の1F、旧式ながら一通りの設備が揃った給湯室は、アーシアンが唯一スペーシアンに勝っている所だと俺は思っている。他の寮には配膳装置が完備なので、作るという概念がなく、当然こんな部屋は存在しないのだ。
そこに立つ俺の眼前には、いつものメンバーが欠けることなく揃っている。正直、一人くらいは寮監の勘所に触れて説教コースになるかと思ったが、辛うじて門限前に入れたのが功を奏したようだ。
「消灯は23時。それ以降にここ使ってるのがバレると暫く出禁にされるから、食べ終わって片づけまで2時間で終わらせるぞ」
「おー♪」
俺の号令に、チュチュがノリノリで答えてくれる。こういう時、彼女はノリがいい。
「え、えと、私は何をしたら……?」
各自がテキパキと準備を整える中、スレッタがおずおずと聞いて来る。
当然だ。他の面子と違い、彼女は料理などしたことがないだろう。
「スレッタは初料理だからな。今回は俺と組んでもらう。言う通りに動いてくれ」
料理をするとなれば、当然火や刃物を使うことになる。一番の初心者である彼女からは、目を離さないようにしなければならない。
「リクエスト通り、今日はスパゲティを作る。とりあえずお湯沸かすぞ」
帰り際、散々唸った末にスレッタが出したリクエストは「スパゲティ」だった。大昔のコミックに、食うに困っている少年にスパゲティを食わしてやるシーンがあったのを思い出したのだという。
『つ、作れるんですか!?』
『むしろ一番簡単な部類だから、見てればお前も作れるようになるさ。まあ見てろって』
コミックのものを完全再現するのは(手元に原作本もないし)流石に無理だが、まあスパゲティでさえあれば問題はあるまい。そう言う訳で、簡単なものをご馳走しようという話になった。
いくら地球出身者とは言え、わざわざ給湯室を使って料理しようという好き者は精々が俺くらいである。それをいいことに、この部屋はほとんど俺の貸し切り部屋として、私物の調味料やら食材やらが並んでいるのだ。
「丁度ホールトマトと肉がある。ミートソースならいけるな」
そう言いながら、棚から大振りな瓶を取り出す。
「それ、何ですか?」
「トマトっていう野菜を煮たやつ。こっちじゃトマト缶も中々手に入らないんで、爺さんにトマト貰って自分で作った」
機械に任せればワンタッチで色々な料理を作れるので、スペーシアンのご立派な連中は料理なんてやらない。そちらに"普通"の基準が合わせられている関係上、学園内で「食事」にありつくのは簡単だが、「食材」を入手するのは途端に難しくなる。
「トマト……」
「そこの温室で育てられてる奴を貰えれば、それが一番いいんだけどな」
お嬢らしくブランド品種だし、と言いつつ挽肉を炒める俺を、スレッタは興味ありげに眺めている。
「トマトを、ここで育てているんですか?」
「危ないから回り込むな」
「わっ! すすすみません!」
案の定火を扱っている自覚がないスレッタをどかして(まあこういうのは回数こなさないと慣れないものだ)、改めて答える。
「俺が、ではないけどな。そういう酔狂な奴が他にもいる」
ミオリネ・レンブラン。ここの学園長の娘であり、ベネリットグループ総帥の娘。
彼女が普段、敷地の片隅にある温室の管理に明け暮れているのは公然の秘密だ。こないだの脱出劇に伴ってこっぴどく折檻され、ついにキレたジェターク先輩により温室が半壊していると聞いたが、今はどうなっているやら。
「だったら、リクさんとも仲良くなれそうですね!!」
その辺りの事情を知らないスレッタは、ごく簡単そうに俺にそう言った。
「……そう、だといいな」
少なくとも、俺が迂闊に近づいたらジェターク先輩に殺されそうだ。
そうやって周りの人々から隔離され、自分でもトゲのある態度を崩さず周りを寄せ付けず。彼女はいつも一人で温室をいじるか、ジェターク先輩にキツく当たるくらいしかすることがないようだ。
会うたびに暴言を吐かれているようだが、モノに当たっても本人を殴ったりはしないジェターク先輩の器のデカさを、俺はそれなりに尊敬している。
俺に対しても、その気になればいつでも潰せるだろうに、取り巻きをけしかけるでもなく放置している。アレで結構政治ができる人だ。
俺も一応農家の孫だ、温室に興味がないとは言わないが、自分からあんな伏魔殿に割って入るほど、俺は勇敢ではない。
「あんまりお嬢様だと、それはそれで大変そうだよな」
俺の呟きに、スレッタは小首をかしげるばかりだった。
◆
「ん~っ♡」
出来上がったスパゲティを啜り、精一杯咀嚼するスレッタ。フォーク捌きは中々のもので、巻き取って作ったスパゲティの塊をガンガン口に放り込んでいる。
「やっぱリク君の食事はいいね」
マルタンが代表して感想を述べる。
「それでいいのか? 寮長」
「いいんだよ。ただでさえ設備が貧弱なんだから、使えるものは使わなきゃ」
ニコニコしながら、彼は意外にもふてぶてしい。彼の助けと教師陣の無関心もあり、俺はこうして趣味の料理を続けられているという訳だ。
「で、どうだスレッタ。スパゲティの味は」
今回作ったスパゲティには、レストランで出て来るそれのように本格的に煮込んだ訳ではないが、一応トマトから作ったミートソースがかけられている。
茹でてソースをかけるだけなら5分で終わるからと、今回のは半分ほどソースを絡めた後、一度フライパンで炒め、さらに上から残りのソースとチーズをかけてオーブンで焼いてある。
お陰様で10時に食うにはやや罪深いチーズまみれのスパゲティと相成ったが、こういうのは多いほどいいと相場が決まっているのだ。
口からチーズを伸ばしながら幸せそうに咀嚼しているスレッタを見るに、その発想で問題ないようである。
「おひひいへふ!!」
「おいおい、服に付いたら取れないんだぞそれ」
答えるスレッタは、口の周りがすっかりミートソースだらけになっている。
「別に逃げたりしねえから、ゆっくり食え」
初めのうちはあまりの熱さに舌を火傷しかけたり、「ふー、ふー」とやり続けてチュチュたちに笑われたりしていたが、いざ食べ始めればすっかり夢中だ。
「爺さんの農地はトマトとかも作ってるからな。温室のがどんなもんか知らんが、本場地球産も中々負けてないだろう」
「んぐ……はい! この、チーズと合ってて、すごくおいしいです!!」
「私はちょっと、カロリーが怖いけどね……」
本人の希望でチーズ少な目の皿をつついているニカの言もまたいつものこと。
「こんな歳から変なこと気にすんなって。こういうのは濃い方がいいんだ」
「そーそー!! 美味しければいいし!」
同じ女性でも、チュチュは労働者階級出身だからか、どちらか言えばこういうのの方が性に合うようだ。本人曰く実家を思い出すそうで、彼女を給湯室に入れるとどんどんガッツリした方にメニューが寄っていく。因みに今回、チーズ入れて焼こうと言い出したのは彼女である。
「ぷは! ごちそうさまでした!」
「もう食べたの!?」
「いい食いっぷりだ。見てて気持ちいいよ」
やっぱり、料理を作るからには美味そうに食ってもらわないとな。その点スレッタは期待を裏切らない。チュチュに続き、食べっぷりのいい女子が増えて有難い限りだ。
食べ終えて、幸せそうに放心していたスレッタが、いきなり何かに気づいたように口の周りをぬぐい、立ち上がる。表情がコロコロ変わって面白いな。
「すっごく美味しかったです! あの、ありがとうございました! リクさん!!」
「美味かったろ?」
俺の返答に、一瞬首を傾げた後、スレッタは輝くような笑顔で答える。
「はい!」
「だったらいいよ。趣味だしな。まあ釈放祝いとでも思ってくれよ」
これくらいしか趣味がないし、食べなければ送られた食料が腐るのみ。こうしてたまにバラ撒く分にはいいだろう。寮長の許可も出ていることだし。
「作ってる最中もスゴい手際で……」
「慣れれば全員ああなる。お前も俺とつるむ気なら、この先しょっちゅう手伝わされるだろうからすぐだぞ」
「ここの人達は皆、食事をたかれるからってこぞってリク君を手伝いに来るんだ」
マルタンの補足通り、飯と引き換えに作るの手伝えと言い続けていたらいつの間にか皆ある程度料理が出来るようになった。
スレッタも興味があるようだし、そのうち作れる側の人間に仲間入りするだろう。
「でも、いいんでしょうか、毎回いろいろ、ごちそうになっちゃって」
そうスレッタが言うと、横から視線による圧力が飛んでくるのを感じる。
(分かってるよ)
圧力の元であるニカにアイコンタクトで返して、眼の前の健気な小動物に取引を持ち掛ける。
「何なら次は菓子でも作ってやってもいいぜ」
「お菓子!? えっと、やりたいことリスト24番の、お菓子作り!」
「お前のリスト何でも載ってるな……そう言う事なら一緒に作るのもいいが、代わりに一つ頼みを聞いてもらえないか」
少し心は痛むが、必要なことだ。
思い直してスレッタに視線を向けると、キョトンとした顔でこちらをのぞき込んでいた。
「は、はい! わたしにできることだったら、よろこんで!」
この素直さだ。これは本当に何でもやる気だぞ。
例えば俺が年齢相応に自分の欲望に正直だったら、今頃彼女は適当に丸め込まれて何をさせられているやら。
コミュ力の無さの裏返しなのか、彼女は一度気を許すと極端にグイグイ来るようになる。
今は俺達との付き合いが大半だからいいが、その内変な男を勘違いさせそうで少し心配だ。今でさえ、何かと俺の手を掴んでブンブン振ったり抱き着いて来たり……。
そういう余計な心配と共に、よぎって来る彼女の身体を脳内から追い出して告げた。
「俺と決闘してくれ」
「…………へ?」
日刊21位、ありがとうございます。
スレッタに食べさせて欲しいもの
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