彼らが休む中で、三人のキル姫は話し合う。その中でエンヴィが得た一つの答えがあった。
ギャラルが大きく伸びをしてから、テントの中で座る。エンヴィを運びながら海の神殿への往復、更に連戦が続き流石に疲れがたまっていた。
「すみません、やはり私を運んで飛ぶのは疲れたのでは?」
「謝らなくてもいいわよ。お陰でエンヴィの新しい一面を知れたし」
「新しい一面?何かあったのですか?」
同じテントの中に三人のキル姫がいる。この隊の数少ない女性であり、分けた方がいいだろうということで詰め込まれたのだ。
フリアエはカイムといるのを望んだため、今はカイムと二人で過ごしているだろう。
「それはね……」
ギャラルは海の神殿であったことを、ざっくりと七支刀に伝える。先程の戦いが終わったあとの会話のことも思い出しつつ、七支刀もなるほどと納得した顔になる。
「だから、私はそんな人では」
「でも、今だって心配してくれたじゃない。ぬひひ」
エンヴィは、言われて確かにそうだと考える。今も別にギャラルのことを心配する必要はどこにもないのだ。いや、表面上だけでも仲良くするためだ……と言い訳を考えようとしたところで、言い訳をする程度には気にしていることも自覚してしまう。
「ねえ、エンヴィはキル姫として戦い続けたいの?戦うために生きてるの?」
「それは、えっと……」
それはそうだ。神の道具でしかないし、神の指示で戦っているだけだ。そう説明するのは出来ないので、どう言えばいいのか考える。
「そうです。キル姫とはそういうものでしょう?」
「そうでしょうか?わたくし達には自分の意思があります。何のために戦うか、そもそも戦うかどうかも選べます」
確かに意思はあるが、それは単に人間を素材にしているから人格が残っているだけで自由を選ぶためのものではない。
「ですが、お二方も戦っていますよね?」
が、自分たちはそもそも昔の人間だった頃の人格を覚えてはいないし、何よりラグナロク大陸から来たであろうこの二人にとってはそういう認識もないかもしれないので、他のことを聞く。
「ギャラルは、戦わないと平和になんて出来ないって思ってるわ。帝国も話が通じればそれが一番だとは思うけど」
「わたくしも、戦う力があるのに逃げるわけにはいきませんから。そうすれば、その分誰かが傷つきます」
「結局、戦うことを選んでいるではありませんか」
呆れた顔でエンヴィは言う。あーだこーだ言ったところで、キル姫は戦うことしかできない。そのための道具でしかないのだ。
「でも、ギャラル達は"自分の意思"で戦ってるわ。エンヴィはどう?」
真っ直ぐ見つめてくる琥珀色の瞳に、エンヴィは押し黙るしかなかった。
確かに自分は命令されたから戦ってるだけであって、そこに意思はない。二人とは違う。
そんな自分にここまで積極的に関わろうとしてくれることに、チクリと胸が痛む。最後はこの二人も含め連合軍を裏切り戦う、そのつもりなのだから。
知れば、この二人は軽蔑するだろうか。裏切り者だと言い武器を向けてくるだろうか。
「エンヴィ」
「えっ、あっ、はい」
ギャラルが距離を詰め、手を取ってくる。突然の行動に驚き変な声が出る。
「何か悩んでいること、あるよね?だからそんなに悩んでる」
「悩み事があるなら相談してください。わたくし達は仲間です」
「そ、それは!」
気が動転していることもあり、なんて言えばいいか分からずに頭の中で思考がぐるぐる回る。悩み事はあるがそれは決して言えないことで、でも言ってどうなるかという興味はあって、それよりどうして二人はここまで自分の心配をしてくれて、なんでなんでと思考をかき混ぜ続け、言ったのは余計なことだった。
「私は幽霊みたいなものです!そんなに優しくしないでくださ………い……」
突然の大声と、とんでもない言葉。理解が追いつかずギャラルも七支刀もぽかんとする。
そして、それを言った張本人も遅れて自分が何を口走ってしまったのかを理解する。これは絶対どういうことなのか聞かれるし、それを説明しようとすれば全部話さないといけない。
やってしまったと後悔するが、そんな時間は当然与えてくれない。
「ど、どういうこと?エンヴィが幽霊?」
「わたくし以前に幽霊さんに会ったことありますが、身体はありませんでしたよ?」
「………はあ」
そしてとうとうエンヴィは諦めた。
「私は既に一度死んでいます。ただ、生き残った"可能性"から生み出された幽霊のようなもの」
「……もしかして、"裏側"でしょうか?」
ギャラルも七支刀も、"裏側"のことは噂でしか聞いたことがない。ラグナロク大陸には裏側と呼ばれる空間があり、選ばれなかった可能性がそこにはあるとか何とか。
正確に言えば、そこにはあらゆる可能性があり、そこには何もないという表側の理屈が通用しない特別な空間だ。
「ええ、そこから神によって実体を持たされました」
「神?神ってあの?」
ギャラルが思い出すのは、かつて自分のことも利用した神々の存在。……なのだがエンヴィは首を振る。
「いえ、この世界のです。まあ、そちらの神々にも道具として使われていたので、再利用したのかと」
「待ってください、この世界の神々がラグナロク大陸に干渉を?」
「はい。だから今あなた達もここにいます」
そう、ギャラルや七支刀がこの世界に来た原因は神である。細かい理屈までは知らないが、"ゆらぎ"の現象を利用したらしい。
エンヴィがいる理由はまた少し違うが、何にせよ神の仕業なのには違いはない。
「でも、何のためでしょう?」
「うーん、帝国軍を止めるためかしら」
「いえ、真逆です。天使の教会に協力させ、人類を滅ぼすためです」
「……え?」
そもそもこの世界の神の目的は一つ、人類を滅ぼすこと。その理由までは興味がなかったので聞いていないが、天使の教会を操って封印を破壊しようとしているのもそのため。
天使の教会の戦力を増やすためにキル姫を連れてきたが、うまくいかなかったため自分が呼ばれたと聞いている。
「もちろん私もそのためにいます。こんな形で話すことになるとは思いもしませんでしたけど」
あっさりと自分が帝国、天使の教会側の存在だと話すエンヴィに二人は固まってしまう。
言ってしまったし、もうここにはいられないだろうとそそくさと支度を始めようとするエンヴィだが、しかしまた手を掴まれる。ギャラルだった。
「いいの?」
「……何がです?」
「その神に言われたままに戦って、それでいいの?それは本当にエンヴィが望んでいること?」
今まで以上に真剣な表情で、ギャラルは言う。ただそこに敵意や悪意は感じない、あくまでも自分のことを心配してくれてのうえでの言葉というのがなんとなく伝わってくる。
遠回しに自分が敵だと言ったのだから、少なくとも良い顔はされないだろうと思っていたところにこの態度だから、エンヴィも驚く。
「私は、道具だから。したいとかしたくないではないです」
「……七支刀、このことはまだ皆に秘密でいいかしら?」
「そう、ですね」
ギャラルが言いたいことを理解したのか、七支刀は肯定する。
「誰にも言わないから、まだ一緒にいてほしい。そして、本当にエンヴィがしたいこと、考えてほしいわ」
「……何で、そこまでするんですか?」
「もちろん、仲間だからよ」
真剣な表情から一転、再び笑顔を作る。そんなギャラルを見ていると、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
感情に任せて手を振り払い、二人の顔を見ないようにして言う。
「考えるから、少し一人にして」
そのままテントから出て一人外に出る。夜襲を警戒して番をしている連合兵と、当然テントには入れないアンヘルがそこにいた。
「どうした?」
難しい顔をしたまま出てきたエンヴィに、アンヘルは質問をする。
「いえ、どうしてあの二人はあそこまでお節介なのかと」
星空を見上げながら、夜の砂漠の冷たい風に吹かれる。少し落ち着いてきて考えがまとまってくる。
あの二人は……特にギャラルは、自分のことを道具として見る気は一切ない。一人のキル姫として接してくれる。そんなことは今まで始めてだし、何より悪い気持ちにはならなかった。
「私は……自分のために戦っていいのでしょうか」
「私利私欲のために他者を傷つける。愚かなことだが、生きる者の特権よ」
どうやら、ドラゴンにさえ自分は生きている者と思われているらしい。事情を知っても、そう言ってくれるだろうか。
「まずはつまらぬプライドを捨てたらどうだ?人間らしく愚かでいればよい」
「人間らしく、ですか」
「我はキル姫というものに詳しくはないが、人間とそう変わるものでもないだろう」
……自分が道具ではなく人間なのならば、自分のために戦ってよいのならば。かつての天上での戦いで、一度は死んだはずの自分をそう認めてくれるのならば。
エンヴィは小さく笑う。もう神のために戦う理由がない。こんな自分に、こんなにも優しくてしてくれる人達がいるのに、何も与えてくれない神に味方する理由はない。何のために戦うかという答えは出た。
「本当に、あなた方の優しさが羨ましいですね」
迷いの晴れた、いい顔をするエンヴィを見てアンヘルは眠りにつくのだった。