全ては愛なのだと、マナは語る。偽りの愛につつまれながら。
「天使、天使、天使は歌うよ。ララララララ」
あいも変わらずふざけた調子で歌うマナへ、カイムは容赦なく剣を振るおうとする。
しかしセエレがマナとカイムの間に入って、両手を大きく広げてマナを庇おうとする。
「やめて!僕の妹をいじめないで!!」
流石のカイムも手が止まる。セエレごと斬るわけにもいかないし、何よりカイムにも大切な妹がいるからこそ、妹を守ろうとするセエレを無下にすることは出来なかった。
しかし、そんな彼らの様子を全く気にせずにくるくる回っているマナは、その勢いでセエレを殴り転ばせてしまう。
「ゴゴゴーゴ!」
「だめだよ!やめて、ゴーレム!この子は僕の妹なんだ!!それに……マナがこんな風になったのはきっとぜんぶ僕のせいだから!」
セエレを傷つけられたことに怒るゴーレムだったが、それでも攻撃をしないように説得していた。
「……うぅ……オカアサン……」
セエレがいるからなのか、洗脳が弱まったのか……突然マナが頭を抱えて苦しみだす。愛を受けずに育った少女は、愛ゆえに苦しむ。
「しっかりして、マナ!……母さんは……もう死んじゃったんだよ」
「……ララララララララ……天使を逃がすな」
しかし、突然元の様子に戻り回りだしたマナは、さり気なくセエレへと蹴りを入れた。突然の暴力に、セエレは対応できずに床に転がってしまう。
あまりの行為に、見守っていた一同は驚く。カイムとて、妹から謂れのない暴力を受けるセエレの姿は心配になったのだ。
それから、近くにある手頃な高台へ上る。そしてマナは"演説"を始めた。
「静粛になさい!あんた達にわたしは殺せない。だって、わたしは愛されているから!」
「違うわ。神はあなたを愛してなんかいない!」
ここまで沈黙を保っていたギャラルも、とうとう我慢の限界が来て声を荒げる。ここまで心配してやってきた弟を足蹴にし、偽りの愛に溺れる姿に耐えられなくなったのだ。
……自分もまた、偽りの愛を信じ戦ってきたからこそ、見過ごせない。
「いいえ、私はあの方に……誰より強く愛されてるの!いい? 人間は自分達が一番必要なものにまだ気付いていない!」
「神はあなたを利用しているだけ!愛してなんかいないの!」
「あの女やそいつとは違う、あの方の愛は本物。バカね。ほんっとバカばっかり!救いはそこにあるというのに……バカはあの方に愛されっこない」
盲目的に神の愛を信じ続けるマナ。何が彼女をここまで歪ませてしまったのかはギャラルには分からない。
ただ、兄であるセエレのことを、そいつと呼び見下しているのだから彼のことを信じてはいないのだろう。そんなセエレ自身も僕のせいだと言っていたのだから、何かこじれるだけのものはあったのだろう。
それらが何かは分からないし、今すぐ解決できるとは思わない。それでも、自分やエンヴィのように神の道具として使われ、罪を重ねてしまっているマナを殺して解決したいとも思わない。
「ララ、ララララララ……愛されないものに残るは……死よ!」
だからこそもう一度説得する言葉を吐こうとするギャラルに、エンヴィが強く手を握った。
「無駄ですよ」
「なんで!?」
「愛というのがどれほど面倒なものか、私は知っているつもりです。……これでも、ロンギヌスなので」
そう言うエンヴィの顔は、諦観に満ちていた。エンヴィとて元から今のような性格だったわけではない。ロンギヌスというキル姫も世界の平和を望み、武器を振ることを好まないような心優しいキル姫なのだ。
今もその心が残っているわけではないが、その記憶は残っている。ただ今のひねくれて嫉妬深くて面倒な性格になったからこそ、その頃に抱いていた感情は人を盲目的にさせる面倒な感情の一つだと認識している。
「セエレ、シヌ。カナシイ……」
「ごめんね、ごめんね、許して、マナ……助けて……ゴーレム……」
マナの言葉に反応して守ろうとするゴーレムと、そんなゴーレムを止めることをしなくなったセエレ。
セエレがこうも簡単に諦めてしまうのは、やはり子供だからか。しかしそうでない大人達も、誰もゴーレムを止めようとする気配はない。
ギャラルもまた、そんな彼らを敵に回してまで世界の脅威であるマナを庇おうと思えるほどの勇気はなかった。ただ目を逸らして、顔を歪ませる。
そんなギャラルのことを慰めるように、エンヴィが握っていた手は少し弱くなり、優しくもう一度掴み直した。
「今こそ、神の愛を知る時です」
マナを排除すべく歩きだすゴーレム。その姿を見てもマナは動じない。それどころか余裕の笑みで演説を再開する。
「深い愛、偉大な愛、そして!慈悲深き鉄槌を愚かな人間にくだすもまた愛……」
だって、私は愛されているから。愛されている限り、私は死なない。
ゴーレムの拳が握られ、腕を大きく引く。そしてその拳は容赦なく、マナへと叩きつけられた。
ギャラルの耳に届いたのは、肉が剥げ骨が折れ、潰される人間の音。そして、人を潰し血塗れになった拳から滴り落ちる、血の音。……神は、マナを守りはしなかった。
レオナールはセエレを庇うように側に寄り、カイムはどうでも良さげな顔で去ろうとする。
『どうせ殺すのならば、こんな茶番をする必要もなかっただろう』
そう考えていたカイムだったが、直後要塞全体が震えだす。何が起きたのだと辺りを見回してから、警戒しながらギャラル達の元へ戻ってくる。
「な、なにが始まるのですか!?この子供は本当に神の……?」
突然の出来事に混乱するレオナールは喋る。レオナールにとって、あんな子供が司教であり神の傀儡であったことは、心から信じていなかったのだろう。
そして、全員の視線は自然とエンヴィに集まる。だがそのエンヴィも、青い顔で頭を横に振っていた。