もはや帰るべき場所はどこにも無い。
ただ、この世界の破壊を食い止めるために、残された者達は"敵"の巨大な本体を目指した。
ギャラル達が進んでいく中、"敵"の母体は膨張を続ける。それは子を妊む母親のように、お腹に当たるであろう部分が膨らんでいく。
「アレは一体何を?世界の何を奪っているのだ!?」
ただ膨らんでいるだけではない。帝都を中心に、世界が歪み始めている。世界から何か奪い膨張している、恐ろしき光景なのだ。
「あの大きくてコワイやつは……"時間"を操るんだよ」
「セエレの言っている”時間”とはもしや……"おおいなる時間"のことか?」
「"おおいなる時間"?」
ヴェルドレの言う聞き慣れない単語に、ギャラルは聞き返す。彼女の作戦の邪魔になる要素であることを心配してだ。
「"おおいなる時間"とは世界を成り立たせている時のことだ。神話の中での話だが……」
「時間、か。関係ないわね、全て終わるのだから」
契約の代償として時間を失っているセエレだからこそ、母体が時間を歪める存在であることに気がついた。そして神官長であるヴェルドレは、"おおいなる時間"という概念を知っていた。
しかし、幸いにもギャラルの行動の邪魔にはならなそうだ。世界を終わらせるというのは物理的な話ではない、もっと概念的な話だからだ。
「また神話か。しかし、もはやそれしか頼る術はないか……」
いつもなら、また寓話に頼る愚かな人類を否定するだろう。しかし、自分もまたその寓話の力に頼るしか道が残されていない現実に、自らの弱さを噛みしめる。
散っていった者達が開いた道のおかげで、母体への距離は縮まっていた。アンヘルは、この距離ならばギャラルを送ることが出来るかもしれないと考え始める。最期の決断だ。
「ねえ、ギャラル。行くんだよね?」
「ええ、全部終わらせるわ」
「……分かった。ゴーレム、残ろう!」
走り続けるカイム達を残し、セエレはゴーレムと共に立ち止まる。
少年の決断に、残った彼らも驚きを隠せない。
「良いのか?」
「うん!だって、"僕たち"は勇者なんだ!みんなで戦って、世界を守るんだから。だから……だから……」
続く言葉が出ないセエレへと、ギャラルは歩み寄る。そして彼の小さな体を持ち上げ、優しく抱きしめた。
「うん、"ギャラルたち"で世界を守るのよね。ありがとう」
それ以上は言わない。死地へ残る彼に遺すべき言葉は、思い浮かばなかった。ただ彼の勇気に感謝するだけ。
勇者というのは、ただ力が強ければなれるものではない。彼のように、勇気を持つ者が真の意味で勇者なのだと心に刻む。
セエレを下ろし、ゴーレムへ視線を向ける。セエレではなく、ゴーレムに向かっての言葉を告げる。
「セエレのこと、守ってあげて」
「セエレ、イッショ……ギャラル、マモル」
みな、覚悟などとう終わっていた。たった一人を除いて。その一人は、ついに自身を守ってくれる存在がいなくなってしまうことも、更にはギャラルが何をしようとしているのかも全て理解してしまう。
つまり、どう足掻いても死ぬのだ。唯一逃れる方法は、"敵"に侵食されているこの地域から脱出することだが、それは不可能だということも分からないほど馬鹿ではない。
「助けて!神よ!! 助けたまえ!」
「………」
現実を理解してしまう、けれども受け入れたくない、そんな彼の嘆きをただカイムは呆れた様子で見つめる。
全ての元凶である神に救いを求める様は、あまりにも無様だった。
「死ぬ!死ぬ!死ぬのはイヤだ!!」
セエレでさえ覚悟を決めたこの空間で、ただ嘆き叫ぶヴェルドレの姿に、それでもギャラルは笑いも否定もしない。
死ぬのが怖いのは当たり前なのだ。彼のように戦うことが、死ぬのが怖い当たり前の人たちを守る力を欲したのだ。
「ごめんなさい、ヴェルドレ。もう……」
「謝らないでくれ!まだ可能性はあるのだろう!?イヤだ!こんなことで死ぬなんて!」
ギャラルの謝罪が、もう助ける術などないと否応なく現実を叩きつける。
もう残すことはないと、ギャラルもカイムは"敵"の母体を見つめ、セエレとゴーレムは迫る"敵"の大群を見つめる。
「神話において勇者はいつも"希望"だ。我らもまた、この世界における希望となるか?」
「うん、アンヘルも、みんなも、"希望"だよ。だから、行って!」
「待ってくれ!行かないでくれ!一人にしないで〜!!」
カイムとギャラルはアンヘルの背に乗る。ゴーレムも、"敵"を倒すために拳を握り歩きだす。
絶望と混乱の最中に残されたヴェルドレを置いて、彼らは最期の戦いへと歩み出した。