彼らもまた"ゆらぎ"について調査するために来たという。それが悪手なると気づいたのは、全てが手遅れになってから。
調査もあるけど、鍛錬も忘れない。少し頻度を減らしているものの、全くしないと鈍りそうなので続けてはいるのだ。
宿舎へと歩いていると、話し声が聞こえる。一人はパラシュで、相手は……誰だろうか?
扉を開き中に入ろうとすると、それを待っていたかのように視線がこちらに集まった。
「ほら、言った通りだろう?彼女はいつもこの時間に来るんだ」
そうパラシュが説明をしていた。その話し相手の一人、少女はなるほどと呟きながらギャラルを見つめている。
何だろうかと思いつつ、とりあえず上がる。よく見るともう一人、見覚えのない青年の姿。いや、何処かで見たような?
「どうしたの?」
「彼らが君に用があるみたいでね」
パラシュが朗らかな様子で話していたのを見る限り、彼らはパラシュの知り合いなのだろう。
「はじめまして。私はギャラルホルンよ。ギャラルって呼んでね」
「ギャラルホルン様ですね。私は……」
と少女は自己紹介をしようとして、止まる。突然ギャラルがそっぽを向いたからだ。はてな?という感じで首を傾げパラシュへと助けを求める。
「何か失礼なことをしてしまったのでしょうか?」
「ギャラルって呼ばれたいんだろう?」
「……」
つーんとした顔で知らんぷり。まあパラシュの言っているがことが正解なのだが。ギャラルと呼んでと言っているのにわざわざギャラルホルンと呼ぶのが気に入らないのだ。
とはいえ本気で怒っているわけでもなし。単なるわがままの域を出ない。
「では、ギャラル様でよろしいでしょうか?」
「いいわよ。……ちょっとむず痒いけど」
様を付けて呼ばれるような偉い人ではないし、実際に呼ばれたのも初めてだ。背中が少しこそばゆい。
「私はミーミルと申します。こちらのマスターの専属補佐官をしております」
「ミーミル……」
ギャラルホルンのキラーズとは、ミーミル及びミーミルの泉とは縁がある。彼女がその名前なのが偶然なのか意図して付けられたものなのかは分からないけど、不思議な縁もあるんだなあとこっそり関心する。
それはそれとして、マスターという単語を聞いて思い出す。隣の青年が何者かを。
「ああ、マスターね。久しぶりなのか、初めましてと言うべきなのか……不思議ね」
「うん、ラグナロク大陸で会ったのは初めてだよね」
「お知り合いでしたか?」
ミーミルが分からないのは仕方ないだろう。ギャラルとマスターが関わっていたのは、ユグドラシルが枯れる前のかつての世界での話。
この青年、見た目は普通の人間だし身体能力とかも普通なのだが、ユグドラシルの化身の一つである。分身と言ってもいいだろうか。とにかく凄い人物なのだ。
本来マスターというのは、キラーズと繋がったバイブスというモノを持つ人物のことを指すのだが、普通は一対一だし多くても数人だろう。しかし彼の持つバイブスは特別なものであり、多数のキル姫との主従関係を築いた。それでいて対等に接しようとしていたらしく、評判も悪くはなかった。
……まあ、自分のような特別なキル姫を初めとした例外はあったし、実際に彼と共に戦ったことはないはずなのだが、そういう知識があるのは覚えてないだけでそういう世界線もあったということなのだろう。
「まあ、そんな所かな」
「それで、ギャラルに用があるのよね?どうしたの?」
「私から説明させていただきます。今、私達はこの町"ゆらぎ"について調べています。何か心当たりはあるでしょうか?」
「ないわね」
今のマスターは"ゆらぎ"について調べてるんだなーと思いつつも、どうやら手掛かりはない様子。自分たちと状況は同じということだ。
ただ一つ分かったのは、パラシュと彼らが知り合いである理由。
「ところで、パラシュとマスター達があったのって、もしかして?」
「そう、以前"ゆらぎ"に遭遇した時さ」
なんかイシューリエルというキル姫が分裂して、オカルト肯定派と否定派に別れたとか凄い話を聞いた。それくらい分かりやすいことが起きていれば話は早かったのだが。
「それと、もう一つありまして」
「?」
なんか、凄い申し訳無さそうな表情でミーミルは言う。
「二人のキル姫を見てないでしょうか?赤い髪と青い髪をして、一緒にいるのでわかりやすいと思うのですが……はぐれてしまいまして」
曰く、その二人はマナナンとマクリルと言うらしい。そんな武器あったかなあと考えるが、単に知らないだけかもしれない。まあそこは重要ではない。
曰く、その二人は"裏側"について感知できるらしい。"裏側"というものが何なのかいまいち分からなかったが、"ゆらぎ"の影響を受けるものらしい。なので、極端な話二人がいればゆらぎについて解決する可能性があるのだ。
そこまで都合よくはいかなくても、原因くらいは特定できるようだし、その日は予定を変え四人でその二人を探すことになった。
そんな彼らの様子を観察しながら、その人物は日誌を書いていた。いや、記録と言うべきだろうか。
その人物……アコールは思案する。キル姫ギャラルホルンについて。
彼女は明らかに、他の分岐での影響を受けている。世界線をまたぎ活動する我々はともかく、あくまでいち分岐に存在するだけの彼女が影響を受けている理由は、この世界の特殊性があるのだろう。
この世界の根幹となるユグドラシルと共に世界は育ち、枯れる。そうして世界が滅びまた再生するということを繰り返しており、今あるこの世界もその間の一つすぎない。しかし、少し特殊なことが起きたようだ。
本来この世界においても世界線というものは存在しているのだが、それさえも世界の崩壊に巻き込まれ消えてしまうというのは大前提。そして以前の世界が滅ぶ前に、幾つもある世界線の中でも中心となっている世界で、その世界にいるキル姫を全て保護し現在の世界へ引き継いだという。
その行為の理屈は不明な所が多く、調査しないといけない点ではあるが、とにかくそれにより以前の世界の記憶を受け継いでいるようだ。それだけでなく、以前の世界に存在した全て世界線にいた同一人物が統合されているというのだ。この世界において平行世界の時間は同時に進んでいくため、以前の世界が滅ぶ直前にはもう残っていた世界線も少ないようだが、それにしても複数世界線の人格の統合というは聞いたことがない。
そういった特殊性が、あちらの世界へ行くことになるキル姫への影響が出ているのだろう。
そして、それだけ不安定な世界だからこそあちらの世界との接点ができてしまったのだろう。観察対象が増えただけだと思っていたが、こんな面白いことになるとは思わなかった。
キル姫ギャラルホルンへの好奇心を抑えきれず接触をしてみたが、あの剣を気に入っただろうか。そして、彼女が剣を振るうようになった本当の理由が特異点カイムの影響であるということを、理解する日は来るのだろうか。
「バレンタインまで、あと何日だったでしょうか?」
誰に聞くまでもなくアコールは呟く。日誌を書く手を止め、いつものバッグを片手に歩き出した。