「ごめんなさい、待たせたわね」
目一杯泣いたギャラルが、ようやく落ち着いた頃。ようやく気持ちの整理が出来たのか、その場の全員に誤った。もう日も落ち始めている。
「いや、いいんだ。それだけ辛いことを経験してきたんだろう?……その上で、聞かせてほしいと言うのもなんだか悪いね」
「いいわよ、別に」
アンヘルとギャラルは語りだす。アンヘルとカイムが契約し、ギャラルと初めて会ったあの城の出来事から。
帝国、天使の教会との封印を巡る戦い。契約者とキル姫との出会い。勝利が間近に迫るたびに襲いかかる絶望。無数の"敵"との戦いの果てに、この世界にたどり着いたこと。
「……ありがとう。でも、これで幾つか分かったことがある」
「ヒントになったか?」
「もし、キル姫の暴走がその神の仕業なら、僕らが暴走していないことも納得出来る」
「あー、まあミュル達も神と縁があるしね」
イチイバルの結論はこうだ。白塩化症候群及びキル姫の暴走、この世界で起きている異変は全てその神が仕組んだこと。そして、この世界の神々と神令して、今でも繋がりが残っている自分達には干渉しきれていないということ。だからこそ、自分達だけは暴走せずに済んでいる。
その理屈を聞いてギャラルは一つの疑問が浮かぶ。
「つまり、ギャラルは暴走の可能性があるのよね?」
「……そう、なるかな」
言いづらそうに、しかし確かに肯定する。
「その時は我らがいる。安心しろ」
「うん。ありがとう」
具体的にどうするとは言わないアンヘル。それでもギャラルには伝わるから。
「あのあの、七支刀さんはどうなったのですか?」
「先程も言ったが"敵"を食い止めるためにエンヴィと残ったのだ。あの数の相手だ、生きてはおらぬだろう」
「ふーん、そんなに強かったんだね。その"敵"って奴ら」
"敵"のことを思い出し、カイムがげんなりした表情になる。殺戮を好み戦いに身を投じる彼でさえも、終わらない戦いと無数に湧く"敵"、そしてその奇怪な姿は好ましいものではなかった。
「して……どうするつもりだ?今更異世界の神が仕組んだことと説明して、信じる愚か者などいないであろう」
「暴走、いや洗脳を解く手段があれば、生き残りを探すのもありかもしれないけど、今のところは無さそうだよね?」
「うん。話してどうにかなりそうでもなかったし、衝撃を与えて目を覚ますとかそういう感じでもなかったわ」
早い話が全ての元凶である神を叩けば解決するのかもしれないが、ならそれはどうやって行うのか分かったものではない。
カイム達でさえ一度たりとも見たことのないその神とやらが、触れることが出来るのかも知らないのだ。
「でも、あんた達も変わってるな。この世界に来たのは偶然なのに、手伝ってくれるんだ〜」
「ギャラルも七支刀も、異世界のことなど知らぬと投げ出したことは一度もなかった。それに、我らの世界の神が関わっているのなら無関係でもあるまい」
「何をするにしても人手が足りなかったんだ。凄く助かるよ」
カイムも手伝ってくれるんだな〜と、ギャラルがちらりと様子を伺ってみるとやはりあまり興味のなさそうな顔。しかしギャラルの視線に気がつくと、少しだけ笑った。
別にカイムにとってこの世界のことは大して興味がないが、ギャラルが守ろうとした人々と世界なのだから力を貸したいという気持ちもある。今なら素知らぬフリをして平和に過ごすのも選択肢としてあるはずなのに、戦いを選んでしまうことに少しだけ自嘲する。
それからしばらく話を続け、やるべきことは決まった。一つは神へ干渉する手段を探すこと。一つは白塩化症候群を止める方法を、神を倒す以外にないか探すこと。一つはレギオンを鎮圧し被害を少しでも減らすこと。
「人々は神話に救いを求めていないが、それでも助けるのか?」
「神話?……ああ、キラーズのことかい?別に、それは見捨てる理由にはならないさ」
話もまとまった所で、少ないながらも夕食を取りとりあえずその日は寝ることになった。
改めて誰がどの部屋で寝るかと話になったが、これが意外と長くなった。というのも、ギャラルのせいである。
「ギャラルはカイムと一緒がいいわ!」
「ここは元々僕らが全員揃っていた時から使っていたんだ。だから部屋は空いているけど……」
「そうじゃなくて、カイムと一緒なのがいいの!ね?」
同意を求められて、カイムは微妙な顔になる。確かに野営続きだったし、その関係で一緒に寝ることもなかった訳ではない。なのだが、一緒に寝る必要性がない中でわざわざそうしたいかと言われればそうでもない。
これはギャラルだから嫌だとかいう話ではない。禄に恋愛もしてこなかった青年には、女性と同じ部屋で二人きりということに抵抗を覚えてしまうのだ。
「やだやだやだ!一緒に寝るの!」
「まあ、カイムがいいなら僕は止めないけど」
「異議なーし」
「そう、ですね。夜は静かにお願いしますね……?」
「だそうだが、どうするのだ?」
しかし止めてくれる人は一人もいなかった。まあ心から嫌だということでもない、別にいいかと諦める。
ただカイムは駄々をこねるギャラルを見て少し驚いていた。多分、今の彼女のほうが自然体なのだろう。常に戦場を駆け回っていた時は、精神的な余裕がなかったからこそ素直に振る舞っていただけで、本当はこうなのだろう。
決してこの世界も平和とは言えない状況でも、少しでも心を休ませることができているのなら良いのだろうと思い特に言及はしなかった。する口も持たないが。
ギャラルに連れられるように部屋へと入っていくカイムを見送り、アンヘルは一人ベッドに転がる。人間に近い姿に深化してから日が浅いのもあり、違和感しかない。
異世界なんかに来たのだから、そういう自分でも驚くような深化をしてしまったことはもう仕方がない。
落ち着かないアンヘルは窓から外へ出て、塩のせいでよく見えない夜空を眺める。
霧のように視界を塞ぐ塩で見えにくいが、確かに遠くに奇妙なものが見える。アレは何なのかギャラルに聞いてみようとだけ考える。
「何なのだ、あの花は……」
彼女の独り言は誰にも届かず消えていった。