ギャラルは歩きながら、ふと空を見る。正確には遠くに見えるモノを。閉じてはいるが、どう見ても巨大な花だ。どうしてあんな蕾なんかがあるのか。
「ユグドラシルがどうかしたかい?」
「……何でもない」
隣を歩いているイチイバルがそう聞く。
一番の疑問は、アレをユグドラシルと言っていることなのだが。ユグドラシルは大樹であり、決して花ではなかったはずなのだが。
それは朝へ遡る。
三日も眠っていたからなのか、慣れないベッドで眠っていたからなのか。早朝に目が覚めたギャラルはカイムを残し一人で外に出た。
風はない穏やかな日。塩もほとんど舞っていない。地面に落ちているソレを広い、少しだけ舐めてみる。
しょっぱい。
やはり塩なのだろう。もしかしたら、雪の上に少し塩が積もっているだけなのかもとか現実逃避していたが、そんなこともないようだ。
恐ろしいのはこの塩の量。どれだけの人が塩にされてしまったのか……?
「早い目覚めだな」
「アンヘル?アンヘルも早起きなのかしら」
「……寝付けなくてな」
自分が一番早く起きたものかと思っていたが、既にアンヘルがいた。
アンヘルは顔を逸らし遠くを見つめる。釣られて見てみると、何かが見える。
「あの花はなんだ?」
「なに、あれ?」
「知らぬのか?……あの花も異変に関係しているかも知れぬな。しかし、妙だ」
「まあ、あんな花があったら変よね」
「そうではない。ひと目で分かる異変の筈だが、イチイバル達は一度もあの花について話しておらぬ」
言われてみて、確かにそうだとギャラルも考える。聞いているのなら、あんな花があることを今初めて知ることにはなってないだろう。
……そう思いながら辺りを見て、もう一つ異変に気がつく。
「ユグドラシルが見当たらないわ」
「何?この世界の根幹に関わるものなのだろう?」
もしかしたら相当離れた地域まで来ているせいで、見えないだけという可能性はあるけれども何とも言えない。
イチイバル達の家は街から離れた所にあり、森など視界を遮るものも近くにはないので考えられる可能性はそれだけだろうか。
次に起床したのはロジェだった。朝食を用意しようとして、先客がいることに気がつく。
「おはようございます。もしかして眠れませんでしたか?」
「ギャラルは平気よ」
「……我はこの生活に慣れるのに、もう少し時間がかかりそうだな」
身体の動かし方や視線の低さといった、身体的なアレコレにはすんなりと慣れたアンヘルだったが、生活の変化まではそうすぐに慣れるものではなかった。
ただ今はそんなことよりも重要な話がある。話が逸れていってしまう前にアンヘルが質問をする。
「それよりもだ、何故昨日は話さなかった?」
「何の事でしょうか」
「異変についてだ。……或いは、ギャラルが知らぬだけでお主らには普通のことなのか?」
「……?」
ロジェは、はて何のことだろうかと首を傾げるだけ。直接言わないと分からないのかと呆れながらも改めて質問する。
「花のことだ」
「花、ですか?確かに塩害も酷く、最近はあまり花を見ていませんが……」
なんだか話が噛み合っていない。花と言って尚伝わらない程度には当たり前のことなのだろうか。
焦れったくなったギャラルはロジェを引っ張り外へ連れて行く。アンヘルも着いていって、様子を窺う。
「あれよ!あれ!」
遠くに見える花を指差しながら、ギャラルは言う。しかし返ってきたのは想像もしていなかった言葉だった。
「ユグドラシルですか?花がついている様には見えませんが……」
沈黙が訪れる。何か不味いことを言ってしまったのかとあたふたするロジェだったが、そんな彼女の様子に脇目も振らずギャラルは混乱する。
あの花をユグドラシルと言った。しかもそれが当然と言わんばかりに。
「なるほどな。……いや、我らの勘違いのようだ」
「そ、そうですよね?花、ついてませんよね?」
「ああ。何か別のものを見間違えたのだろう」
何かに納得した様子のアンヘルがそういうことで話をまとめると、ロジェは朝食の準備をするので待っていてくださいとだけ言って家へ戻ってしまう。
もう何がなんだか分からない。というのを視線でアンヘルに訴える。
「まあ、少し待て。まずは確認だ」
それから残りの面子も起きてきて、ロジェが用意した朝食を食べ始める。
お互いとりとめのない話をしながらも朝食を終え、イチイバルがさて……と仕切ろうとした所で、アンヘルが割って入る。
「まずは一つ確認したいことがある。我らの見間違えならよいのだが」
「もしかして、朝のことでしょうか?」
「ああ、お主を疑うようで悪いがもう一度見ておきたい」
アンヘルが事情を説明し、皆を外へ連れて行く。曰く、ユグドラシルに花が咲いているように見えたから皆に確認してほしいと。
説明が上手いな〜と関心しながらギャラルも着いていき、もう一度見てみる。……やはり見えるのは、ユグドラシルではなく花だ。
「ミュルにはな~んにも見えないわね。全く、こんな無駄なことするくらいならカステラの一つでも頂戴」
「うーん……僕にも見えないね」
『確かに咲いてはいないな』
三者三様の反応を見せる。その中で、アンヘルはやはりカイムには花に見えるのだと確信する。
『花に見えるか?』
『ああ、どう見ても花だろう』
『それが、小奴らにはユグドラシル、つまり大樹に見えるらしいな』
それ以上アンヘルがそのことに深入りすることはなかった。ただギャラルにだけ聞こえる声で小さく声を漏らした。
「三人には気をつけよ」
それが今朝の出来事である。結局何だったのか分からずじまいだったのもあり、どうしてもあの花が気になる。
「そんなに花が気になるかい?僕が見ても見えないんだ、咲いてなんかいないよ」
「……そうね」
イチイバルはその名が示す通り弓のキラーズ。主に狙撃でのヒットアンドアウェイを得意とする彼女は視力がいい。楽器に纏わるキラーズであるギャラルホルンの耳が良いのと似た理由だ。
そんなイチイバルがないと言うのだから、ないのだろう。
納得いかないが、こればかりは駄々をこねてどうにかなるものでもないだろう。本来の目的の為に歩くのを再開する。
目的は近隣の街。毎日二人ずつ見回りをしており、今日はギャラルとイチイバルになったのだ。
塩避けの為のマントを羽織った二人は、再び目的地へと足を進めていく。
この認知の違いが、後に大きな影響になることを知らずに。