そこまで大きな街でもないようで、入り口でも大したことはされなかった。軽くボディチェックはされたものの、その程度。しかも二人共武器を持っていることにはお咎めなし。
今はどの街でも、レギオンや魔獣等からの襲撃から実を守るために武器を持っていることは特段おかしなことではなく、当たり前になっているからだ。
それが当たり前になってしまっていることが、現状を示している。
「それで、まずはカイムの服だったかい?」
「そうよ!流石にあの服一枚だけはよくないわ」
見回りとして来たものの、それとは別に買い出し等の用事もある。一番は服だ。
ギャラルもカイムもアンヘルも、あんな形でこの世界に来たため持ってきていた荷物は少なかった。一応アンヘルが持っていたものの、武器含め荷物のほとんどを落下したときに落としてしまったのもある。
しかも唯一男であるカイムは、服を借りることもできず未だに着替えていないのだ。
ギャラルはロジェから、アンヘルはイチイバルから服を借りているので何とかなってはいるものの、カイムにはないのもどうかしてるので買うのが最優先だ。
「あまりお洒落なものは無いからね」
「……うん」
せっかくカイムのために服を買うのだから、お洒落なものを選んでみたかったが仕方がない。
そもそもカイムはお洒落がどうこうよりも、機能性の高い服のほうが喜びそうではあるが。
歩いていて分かる。明らかに人通りは少ないし、みんな塩避けに何か羽織っているので見た目も良くない。何より活気はない。当然といえば当然であるが。
しかも、見慣れない女二人組がいるのだ。奇異の視線が二人へと突き刺さる。まあ、そういうのは慣れているのであまり気にはならないのだが。
しかしながら、そんな状況でもちゃんと社会が出来ているのは逞しいと思うべきか。
目的の店を探し、適当な服を三着見繕う。もう少し買いたいところだが、残念ながらお金がない。できれば自分とアンヘル用のものも買えればよかったのだが、カイム用の服さえ満足に買えないとは思わなかった。
「服、高すぎないかしら?」
「今は大抵の物が高いよ。貴重だからね」
そう言ってから、何かに気がついたようでイチイバルは質問をする。
「そういえば、君達はお金を持ってないのかい?」
「カイムは持ってるんじゃないのかしら。ギャラルはないわよ。使うことも、稼ぐこともなかったし」
「金目になりそうなものもほとんど残っていないんだろう?仕事をしたほうがいいのかな」
金銭面に関しては、ミュルがバイトをしているくらいだ。ロジェには家事をしてもらっているし、イチイバルも防衛や調査などやらないといけないことがある。だからこそ手一杯だったし、碌な進捗もないのだが。
他の面子が残っていた時に持ち合わせた分が貯金として残っているので何とか食いつないではいるが、いつまで持つのだろうか。或いは、お金が意味をなさなくなるのが先か。
そうして最低限の買い物をしつつ、街を見ていた時だった。ギャラルが突然鋭い悲鳴を上げた。頭を抱えしゃがみこんでしまう。
「ど、どうしたんだ!?」
ギャラルは聞いてしまったのだ。それは、赤ちゃんの泣き声。育てられなくて捨てられたのか、単に部屋の窓が空いていて漏れてきたのか。理由は関係ない。ただ泣き声が聞こえてきた、この事実がギャラルの精神を深く傷つける。
『ごちそう、いっぱい』
『さぁ、行って!行くのです!!』
『私は一度死んだ身です』
『皆が立ち向かうと決めたのです』
『おしまいだ!おしまいだー!』
『忘れないでっ!僕のこと!!』
フラッシュバックするのは、あの何もかもがおかしくなってしまった帝都の光景。降り注ぐ"敵"。散っていった仲間達。残していった仲間。……その時感じ続けていた、絶望。
泣き出しそうになるのを必死に堪え、頭を振り思考を振り払う。
あれはただの子供だ、"敵"じゃない。違う違う違う違う違う!!
乱れた息を整え、溢れてきた涙を手で拭い、何とか立ち上がる。
「ご、ごめんなさい。心配させたわね」
「……いや、謝らなくていい。君だって目が覚めて一日しか経ってないんだ。無理をさせてると気づけなかった僕が悪い」
その泣き声がイチイバルの耳に入っては来ていなかったこともあり、ギャラルが何に反応したのかは分からなかった。けれど、こうして普通に歩いているだけなのにこうも様子がおかしくなる程度には傷付いているということだけは理解させられた。
重い沈黙が二人の間に訪れる。お互いなんて言えばいいのか分からず黙っていたが、その沈黙は突然の声に打ち消された。
「レギオンだーっ!!みんな備えろ!」
街の人間が全員戦えるわけではないし、何より訓練された兵士というわけでもない。威勢のよい人達は声のした入り口の方へ各々武器を携え走り始め、そうでない人達は慌てて家屋に隠れ始める。
当然二人は同時に外へ向かって走り出す。イチイバルがギャラルの顔を見てみれば、そこには先程までの鎮痛な面持ちだった彼女はいない。度重なる戦いの続いた旅が、彼女をそうしてしまったのだろうか。
遠くから白い怪物の群れが走ってくるのが見える。辛うじて人間の形を残しているが、肥大化し塩に包まれたその姿をして人間だと思う者はいないだろう。
「あれは元々は人間だ。無理して戦わなくても」
「弱点はある?」
「……頭だ」
心配するイチイバルの言葉を遮り、冷静に状況を分析する。見えるだけでもレギオンは十はいる。そして武器を構え走っていく人達と杖を構え呪文を唱えようとする人達。こちらは戦力として数えなくてもいいだろう。
レギオンに明確な弱点があるのは助かるが、そもそもどれほど頑丈なのかを見ておきたい。イチイバルは目立たないようにと神器を用意はしてないが、流石にその辺の人達よりはまともな戦力になる。なるべくイチイバルの射線は開けながら戦ったほうがいいだろう。
考えながら走り始める。街の人々をあっという間に追い抜き勢いよく月光と闇を振ると、炎の柱がレギオン共の足元から吹き上がり焼いていく。
とてつもない威力の魔法に驚き竦む人達だったが、反対にレギオンは炎を突破し進軍してくる。倒すことは出来なかったものの、焼き焦げた塩の肌を見る限り炎自体は効果があるようだ。
先頭を走るレギオンの目の前まで一瞬で距離を詰め、炎を纏わせた剣で敢えて腹めがけて勢いよく振り切る。強い抵抗を感じたものの、レギオンの身体を真っ二つに引き裂く。
念の為外れた上半身の頭に剣を突き刺し、次の獲物を狙う。
ギャラルを危険だと判断したのか、そもそも眼中にないのかレギオンは無視して街の人々へ襲いかかろうとする。
手近なレギオンへ飛びかかり、頭部を狙って剣を突き刺しそこから勢いよく振る。頭部が裂け血をバラマキながら力を失い倒れていく。
しかしその間にも他のレギオンは、その剛腕で人々へ容赦なく襲いかかる。あるものは剣で防ごうとして弾かれ、あるものは恐怖で動けなくなりまともに攻撃を食らう。遅れて後方から炎の弾が幾つか撃ち込まれるが、炎の柱も突破してきたレギオンには軽傷にしかならない。
イチイバルはギャラルの視界に入っていないレギオンを狙い、そのレギオンが襲いかかろうとしている人に対して空間跳躍を仕掛ける。少し離れた場所にいたイチイバルとその人の位置が一瞬で入れ替わり、レギオンの目の前に現れるのは弓を引き絞ったイチイバルの姿。ゼロ距離で放たれた矢は頭部を貫き絶命させる。
倒れ込むレギオンを避けながら近くのレギオンへと構え直し、正確な射撃で頭部を撃ち込んでいく。
二人のキル姫の圧倒的な暴力の前に、レギオンは数を減らしていく。多少の被害は出たものの、襲撃しにきたレギオンの数の割には軽微な被害だろう。
残るレギオンも少なくなってきた所で、突如一体のレギオンが背を見せ逃げ去ろうとする。
「逃がすかあ!」
今トドメを刺したばかりのレギオンを蹴り飛ばし、逃げ出すレギオンの元へ飛翔する。頭部目掛けて剣を突き出し倒そうとするが、別のレギオンが割り込みその頭部へと剣が刺さった。
同時にイチイバルが隠れて街へ接近しようとしていたレギオンを補足し、撃ち抜いた。
全てのレギオンが駆逐され、どうにか自体は収まった。
「た、助かった……!あんた達は強いんだな」
唖然とし固まっていた男性が一人、感謝の言葉を述べようとする。逃げ出したレギオンを追おうとして離れていたギャラルも諦めて、イチイバルの元へ戻っていく。
「これは感謝の気持ちだ。少ないけど受け取ってくれ!」
そう言って、確かに少額ながらもお金を渡そうとする別の男性にイチイバルはたじろぐ。
「い、いや、僕達は別に金のために戦わった訳では……」
「そんなの関係ないさ。受け取ってくれないと俺が困る」
しかし、そんな雰囲気を破壊する言葉が別の男から出た。
「お前ら、キル姫だろ」
残った街の人々の間にどよめきが走る。それはすぐに口論へと発展していく。街を助けてくれたあの人達がキル姫なわけないだろ。いやあの強さで普通の人間のはずがない。キル姫なのかは知らないけど、助けてくれたことには違いないだろ。
「あいつらが指揮を取ってるんじゃないのか!レギオンが逃げ出したり庇うなんて、聞いたことないぞ!」
「……それ、ほんと?」
「僕も初めて見たな。でも待ってくれ!別に僕達はレギオンを操ったりなんかしてないんだ!」
「こいつ、キル姫だってことは否定してないぞ!やっぱりそうなんだな!この汚れたキル姫が!」
やっぱりキル姫なのか。もしかしたらあいつらがこの街に来たからレギオンの襲撃があったんじゃないのか。それならただのマッチポンプじゃねえかよ。
話はどんどん悪い方向に流れていく。説得なんて出来る雰囲気ではない。
「イチイバル、服とご飯は無事?」
「あ、ああ。それは何とか……」
「じゃあ行こう。歓迎されてないし」
キル姫は出ていけー!この街に二度と近づくなー!
意見はまとまったのだろう。二人に浴びせられる罵倒を背中に、二人は歩きだす。
しばらく歩いてから、ギャラルは口を開いた。
「イチイバルはこういうこと、初めてなの?」
「もう何度目かは分からないけど、慣れないよ。それよりも、ギャラルは大丈夫なのかい?」
「……まあ、別に」
どれだけ人の為に戦っても、感謝されないどころか罵倒されたり怖がられたりすることには慣れている。昔からそうだ。天使の言う通りに戦っていた、昔から。
けれども、キル姫だと分かる前は素直に感謝してくれていた人さえも、キル姫と分かった途端に罵倒する側に行ってしまったのは、少しだけ胸が苦しい。
「それと、一つ気になったんだけど聞いていいかい?」
「いいけど」
わざわざ確認するのは、聞きづらいことなのだろうか。
「レギオンを……人間を殺すことに、随分躊躇がないんだね」
「それは貴方達には言われたくないわ。でも、そうね……」
答えたギャラルの顔は笑っていた。
「人を殺すことに、慣れてしまったのかもしれないわね」