天井。薄暗い部屋の中、ふと目が覚める。いつの間に寝ていたのだろうか。今は何時なのだろうか。
考えようとしてやめる。もうこうして何もせずにいるのも、どれくらい経ったのか。昼だろうと外はそこまで明るくないし、カーテンも全て閉じきっているし、この部屋はいつだって暗いままだ。
ゆっくりと身体を起き上がらせ、ベッドの上に座る。最初はカイムやアンヘルが来てくれていたが、もう来なくなってどれだけ経つのか。まあ来ても追い出したのは自分なのだ。
……あのハロウィンの日。自分のわがままで少しだけハロウィンを過ぎてしまったあの日。その結果あの子は母親と再開出来たし、父親とも会えた。死んでしまってはいたが、それでも会えた。あの日はそういう日だった。
そんな自分のわがままのせいで出た影響のせいで、パラシュは旅立つことになった。でも、パラシュも納得してくれた上での旅だったし、あの子だって一緒にキャールブの所にいってしばらく過ごして、それで幸せになれたはずなんだ。
それを、ころし
「うっ」
吐き気がする。どうして考えてしまったのかと考えるが、それこそ何もしていないからだろう。何もしていないから考えることしか出来なくて、考え続ければ嫌なことだって考えてしまう。
この場で吐くのだけはよくないと残った理性で考えて、何日ぶりかも分からないけど久々にベッドから出る。
重い体を引きずるように必死に歩いて、何とか洗面台へと辿り着いて、吐く。そして、出てくるのは胃液だけ。それもそうだ、しばらく何も口にしていないのだから。
口にしていない。それを考えたと同時に、急激に空腹感がやってくる。吐いた気持ち悪さは残っているけれど、空腹感による気持ち悪さまで相まって頭がおかしくなりそうだ。
何かないかなと冷蔵庫を開いてみると、最低限の食材。今の気分で料理なんて出来ないなと思いながらもよく見てみると、そこには食べれそうな物があった。
カステラだ。……でも、これはミュルのだろう。そう思って他の物を探そうとして、そのカステラの包みに付箋が貼ってあることに気がつく。
『ギャラルの分』
そのカステラを取り出してみる。あのミュルがわざわざ自分のために残してくれたという事実に、思わず泣きそうになる。
泣くのを必死に堪えながら、気持ち悪さを抑え込んでカステラを一口食べてみる。
……美味しい。凄く美味しい。これはミュルがカステラを食べたがるのも頷ける。
久々の食事をしたからか、ようやく頭が回り始めた気がする。自分は今まで何をやっていたのだろうか。ああやって塞ぎ込んで、誰かが助かるのだろうか。いやむしろ迷惑をかけるばかりだった筈だ。
それに、今更ああやって塞ぎ込む権利なんて自分にはないんだ。帝国兵だから、レギオンだからと言い訳してどれだけの人を殺してきたのだろう。その人は誰かにとって大切な人だったかもしれないのに。いや、そうでなくたって一人でも多くの人を救いたいからと言いながら殺し続けて来た大きな矛盾さえあるのに。
確か妖精族の長にもそのことを馬鹿にされた気がする。なのに目を逸らして来たからこうなったのだろう。
まだ本調子ではないが、何かしないとダメだ。みんなに迷惑をかけた分、取り返さないと。
そう考えてから、そういえば誰の気配もしないことに気がつく。いつもは少なくともアンヘルかロジェがいるのだが、そんな気配さえ感じない。みんなで出払った時なんて、それこそレッドアイの討伐に向かった時……
そこまで考えて、ギャラルは慌てて着替えて外に出る。そうして外に出た直後、狙ったかのように空から何かが落ちてくる。目の前に勢いよく落ちたそれは、白くて丸いナニカ。繭のような、卵のような。
「再生の卵……」
初めて見たはずだけど、何故かその言葉が自然と出てきた。
封印が破壊された時に現れるという伝説上の存在。奇跡が起こるとされる物体。アンヘルが、処刑台と揶揄していた存在。
この世界に封印なんてものはない筈だし、仮にあったとして再生の卵があるのはおかしい。やはり異常事態になっているのに違いがない。
そんな時でさえ勝手に塞ぎ込んでいた自分に情けなさを感じながら、カイム達を探すために飛び立つ。
……部屋に残された月光と闇は、静かに寂しげな光を放っていた。
少し飛んで、あちらこちらで阿鼻叫喚の事態になっていることが分かる。異様な数のレギオンによる襲撃だけでなく、魔獣や異族までもが進軍に加わり殺戮を始めていた。
カイム達と合流する前に、まずは目の前の敵を倒さなければと腰に手を回して、そこに何もないことに気がつく。こんな時に忘れてきたというのか。いや、そうではない。あの日から無意識の内にあの剣を遠ざけていたのだ。
自分の身勝手さに反吐を出しそうになりながらも、ならばカイム達と合流するのを優先しなければと考え無視して飛んでいく。
しかし逃さないとばかりに飛行型の異族が飛んでくる。巨大な斧を振り、ギャラルの身体を真っ二つせんと襲いかかる。
それは容易く避けられるのだが、反撃する手段がない。ロジェみたいに魔法が使えれば、武器がなくても最低限戦えたのだが。……いや、そういえば魔法を使っている人達を見ている筈だ。ならば自分にも出来るのではと一瞬考えたが、やり方が分からなければ出来ないことに違いない。
諦めて避けながらの飛行を続けるが、あちらこちらに再生の卵が転がっているのが見える。どうやらあの卵は大量にあるらしい。破壊できれば良いのだが、流石に徒手空拳で卵を破壊するのは危険か。触れて呑み込まれでもしたら大変だ。
考えている隙を突こうと、別の魔獣が死角からの斬撃を放とうとするが、音で気がついていたギャラルは追ってきている異族を盾にするように躱す。
見事異族が斬られ落ちていく。これならもう追われないだろうと考え、地上の様子を探るのに注力する。アンヘルがドラゴンの姿に戻っていれば分かりやすいのだが、それっぽい影は見当たらないので素直に探す。
そうして飛び回っている間に、レギオンの死体が多い場所を発見する。そこを集中して見ていると、走り回る人間の影。
あれはカイムだと確信し、そちらに向かって一直線。
「カイム!」
声を張り上げると、カイムも気がついたようで目の前の異族を斬り殺してから空を見上げる。
そのままカイムの目の前に降りて、声をかけようとするが続きの言葉が出ない。
「カ……カイ……っはあ……」
息が切れて上手く喋れない。しばらく動いてなかった身体に無理をさせすぎたようで、思ったよりも体力が落ちていることを初めて自覚する。
そんなギャラルの肩をカイムは掴み、少し屈んで視線を合わせる。何か言おうとしているがよくわからない。ただ、嬉しそうな表情になっていることだけは分かる。
良かった。無理してでも来て良かったんだ。そう安堵したギャラルの身体は突然横に投げ飛ばされる。
何が起きたのか分からずに素直に飛んでいくギャラルの視線は、先程まで目の前にいたカイムに注がれていた。空から投げ飛ばされた斧が、その刃がカイムの身体に突き刺さっている、その姿に。
「……は?」
カイムは勢いを殺すことが出来ずにそのまま地面に転がる。しかも、よく見ればその斧が刺さっているのは心臓のある辺り。
今度は空を見る。そこに一匹の魔獣の姿が見えた。得物を失った魔獣はふらふらと何処かに飛んでいく。あの魔獣がギャラルを狙い投擲し、それに気がついたカイムがギャラルのことを突き飛ばした。
その流れを理解したギャラルは慌ててカイムへ駆け寄る。苦悶の表情を浮かべているが、それでも何処か嬉しそうな顔で笑っていた。
「カイム!カイム!」
突然のことに、どうすればいいのか分からない。治療する手段なんてもちろん持ってない。いや、そうだ。アンヘルなら何か出来るかもしれない。きっとカイムの近くにいるはずなんだ。
「アンヘル!!」
精一杯の大声で呼ぶが、返事はない。ここにいるのは、カイムとギャラルと、後は死体だけ。助けてくれる人なんて存在しない。
絶望しかない状況に崩れ落ちたギャラルの手を、カイムが掴んだ。
「カイム……?」
遠くで咆哮が上がった。離れた所で戦っていたアンヘルの最期の咆哮が上がった。
ギャラルの手を掴んでいたカイムの手から力が抜け落ちる。その先にあるのは、カイムの剣。
………もう、いやだ!!!
絶望と混乱と狂乱の中、ギャラルはその剣へと手を伸ばした。