ギャラルが進んでいくと、花の全容が改めて見えてくる。閉じた巨大な白い花は、異様さを放っていた。
どう考えてもこれしか原因は考えられない。イチイバル達には普通のユグドラシルにしか見えていなかった理由は分からないが、もしかしたら自分達はあちらの世界から来たからこそ本当の姿が見えているのかもしれない。
ただ理由はどうだろうと、やることは一つだ。更に一段回加速させようとするが、突如現れた幾つもの鎖がギャラルを貫こうとする。
慌てて止まり、カイムの剣で全て斬り払う。しかし見覚えのあるその鎖に嫌な予感を覚え、一度着地する。
そしてその嫌な予感は当たる。立ち塞がるように立つ二人のキル姫がそこにはいた。
「……嫌なことしてくれるわ」
それは、カイムがイウヴァルトと対峙することになった時と同じだろうか、或いはそれ以上の苦さがあった。
かつてギャラルと共に永い時を過ごした無二の友であり、家族でもあった二人のキル姫、フリズスキャールブとグレイニプルがそこにいたからだ。
そして、その二人の目はやはり赤く染まっている。イチイバル達の話にあった暴走だろう。
けれど、ギャラルは剣を構える。カイムから託された剣と意思、何より自分の意思で戦わないとならない。ここで逃げ出したら、あの家で塞ぎ込んでいた時と何も変わらない。自分が苦しむことになるけれど、その結果一人でも多くの人が救えるのならやるしかない。
二人は駆け出す。剣を構え、魔法を発動する準備をする。そして射程内に捉えた瞬間に発動しようとして、違和感を覚える。
キャールブもグレイニプルも、攻撃する際にわざわざ近寄る必要はない。なら何で……?
その疑問はすぐに解決される。二人はギャラルを通り過ぎ、台座と鎖はその方向へ、迫りつつあった異族と魔獣の大群へと放たれる。
「早く行くのじゃ!わらわ達が正気を保てている間に……!」
キャールブがチェスの駒のような兵を作り出し、それを魔獣へと飛ばすと兵はバラバラに引き裂いていく。
「ギャラルの神器もあります。私達のことは置いて、早くユグドラシルへ!」
鎖が群れの周囲の空間から現れ、束になった鎖が群れをすくい取り球を作り出し、圧縮して潰していく。
「キャールブ、グレイ……」
苦悶の表情を浮かべながらも、必死に抵抗している二人を見てギャラルは固まる。これはもう抗いようのない現実で、二人と戦うしかないと腹を括ったはずなのに。それでも必死に抗って戦う二人の姿に胸がいっぱいになる。
グレイニプルの鎖がギャラルの近くに飛び出してきたと思えば、そこには神器ギャラルホルンの姿。きっと見つけたグレイニプルが、誰にも渡さないように守ってくれていたのだろう。
本当はこのまま二人と一緒に戦って、完全に目を覚ます手段を見つけて助けたい。けれど、二人の表情と必死さが、正気が長くは保たないことを示していた。
だからこそ、二人の意思を無駄にするわけにはいかない。神器を担ぎ、ギャラルは飛び立つ。その前に、一言だけ残してから。
「ありがとう」
それ以上の言葉はいらない。飛び立ったギャラルの背後で、鎖が巨大な壁を作り出していく。神への最期の抵抗。
鎖の壁の向こうから響く二人の咆哮を振り払い、飛翔していく。
もう、あれが最後だったのだろうか。レギオンも異族も魔獣もいない、他のキル姫もいない静かな所を飛んでいく。
花は目前だった。ユグドラシルが何故こんなものに変貌してしまったのか。きっと神の仕業なのだろう。
仲間のイチイバルを止めてくれたミュルも、必死に暴走から抗った二人も、みんなの後押しでここまで来れたのだろう。もちろん、新たな力をくれたカイムとアンヘルも。
花を目の前にして、ギャラルは改めて覚悟を決める。しかし、花を守るように最後のレギオンの群れがそこにはいた。数は……数えるのも馬鹿らしい。
「雑魚ばかりが数だけ揃えて……」
殺戮へ踊る心、自然と浮かぶ笑み。"カイム"は飛翔しレギオンへと飛んでいく。
ギャラルは炎を起こすと、それはドラゴンの形取っていく。炎のドラゴンと化したギャラルは、挨拶代わりに大魔法を叩き込む。強大な魔力を秘めた炎の弾が雨のように降り注ぎ、レギオンの群れを潰していく。
炎の雨に呑まれたレギオンの群れの中心へと、そのまま突っ込んでいく。炎が地面に触れると同時に爆ぜ、巨大な爆風を生み出す。
炎の雨から何とか逃れていたレギオン達が、爆風が晴れて無防備になったギャラルへと走っていく。しかしそこに立つギャラルが笑っていることには誰も気が付かない。
ギャラルホルンの秘めた潜在能力と、カイムの持つ剣技と凶暴性を併せ持った今のギャラルには、レギオンなど敵ではない。迫る拳をひらりと躱し反撃で頭部を貫き、更にその死体を放り投げ後続のレギオンへとぶつける。そこに炎で生み出した拳が叩き込まれると、突き飛ばされたレギオン達はまとめて灰燼と化す。
とてつもない火力へと、一瞬目を奪われたレギオン。しかしそのレギオンが視線を戻すとそこにはもうギャラルはいない。自身の首が空を舞っていることにも気が付かず絶命する。
一体のレギオンを刎ねたギャラルはその勢いで上空へと行き、炎の槍を作り出す。レギオンの群れに向かって剣を勢いよく振り下ろすと、頭部目掛けて槍が降り注ぐ。
あっという間に壊滅させられたレギオンの群れ。恐れをなして逃げ出そうとする残ったレギオンだが、炎の幻影が疾走り切り裂いていく。
そこにはもう、生者はいない。積み上がった死体の山は、塩だけを残し崩壊していく。
「後は、花だけか」
塩から視線をそらし、改めて花を見る。これほど巨大な花、素直に炎で焼けるものだろうか。それとも斬った方がいいのか。
考えながら俯瞰しようと飛んでいくと、同時に異変が起こる。
花が、開く。