花の上で二人は対峙する。七支刀はまず最初にギャラルを目を見て、本来の琥珀の色で少し安堵する。
「生きて、いたの?」
ギャラルは困惑と驚き、そして少しの喜びの表情を浮かべながら七支刀に問いかける。七支刀自身生き残れたのは余程の幸運だったと認識しているし、顛末を見ていないギャラルが死んだと思い込んでいたのは無理もない。
「はい、ギャラル様。わたくしもギャラル様が無事で何よりです」
困惑の色は薄れ、純粋な喜びから笑顔へと変わっていく。
「良かったわ。にひひ……七支刀も花を破壊しに来たのよね?」
「待ってください」
直後、ギャラルの笑顔はスッと消えて無表情へと変わる。まるで他の人物にすり替わってしまったかのような冷たさに、七支刀はゾッとする。
けれど、そんなことで止まっては駄目だ。
「この花を破壊していいものかは分かりません。わたくしも怪しいとは思いますが、もしこの花がユグドラシルなら取り返しのつかないことになります」
七支刀の言葉を聞いたギャラルは、再び笑みを浮かべる。しかし、それは先程とは違う凶暴な、それこそギャラルというよりカイムのような笑み。
「……そっか」
諦めを抱えながら、ギャラルはカイムの剣を七支刀に向ける。
「ま、待ってください!どうしてそうなるのですか!?」
七支刀の言葉を聞いてもギャラルは動かない。暫くのチンモクの後、ため息を吐いてからギャラルは答えた。
「ギャラルね、七支刀のことまで殺したくはないな。神に操られていたとはいえ、パラシュだって……」
「なら!」
「でもね!私はあんたのそういう日和見な所は嫌いだった。仮に、仮にだ。この花がユグドラシルだったとして、他の解決策はあるのかよ。再生の卵が現れて、今も世界は壊れそうになっているのに」
ギャラルの言うことも尤もだった。確かに現状、この悲劇を止める手段なんてものは分かってはいない。けれど、諦めたらそこでおしまいなんだ。レオナールだって、確かに希望を託した筈なんだ。
「それでも、世界を滅ぼす選択は取らせません」
七支刀は静かに神器を構える。もう、お互いの言葉は届かない。止めるには戦うしかない。キル姫としての本能が、それを悟らせる。
「うん、それで良いよ」
ギャラルもまた、構え直す。二人のキル姫が、ユグドラシルの上で向かい合う。
先に動いたのは七支刀だった。ギャラルは迎撃しようとするが、攻撃しようとしてる割には違和感がありどう対処したものか考え少しだけ固まってしまう。
その隙に七支刀はギャラルの懐まで潜り込み、神器を振ることなくギャラルへと飛び掛かった。
勢いよく飛び掛かられ、ギャラルと七支刀はそのままユグドラシルから落下していく。不安定な花の上よりも、地に立って戦うことを選んだのだ。
あわよくばそのままギャラルを地面に叩きつけようとするが、流石に途中で振り払われ二人共着地する。
そこから二人は剣を振り、鍔迫り合いになる。しかし七支刀という戦いに向いていない独特の形状の剣を相手にまともに斬り合うのは分が悪いと感じ、わざと力を抜きもう一度距離を取り直す。
更にギャラルは剣を地面に突き刺す。すると地面から炎の槍が幾つも生えて、波のように七支刀へ襲いかかる。弾けるものでもないと考え波の届かない所まで距離を取り直すが、その波が消滅した時、七支刀の目には構え直しているギャラルの姿が。
ギャラルの周りに浮遊している九つの炎の槍が放たれる。大慌てで七支刀は神器を巨大化させ盾代わりにするが、耐えられたのは最初の三発まで。四発目でよろけ、その追撃で神器が弾かれてしまう。更に残りの四発も、全て七支刀ではなく神器に向けて放たれ、すぐに回収できない距離まで吹き飛ばされてしまう。
神器を取り返すのをすぐに諦め、信義を抜く。そして再び距離を詰め直そうとするが、炎の幻影が二つ現れクロスする形で斬撃を放つ。跳んでその攻撃を躱すが、無防備になった七支刀へ炎の拳が振り下ろされる。
しかし七支刀は迷わず信義の魔法を解き放ち、拳と相殺させた。
「その剣は……!」
ギャラルは、いやカイムはそこで初めて、それが信義だと気が付く。
驚いてまた隙を見せたギャラルへと七支刀は距離を詰め、上段からの一撃を振り下ろす。しかし冷静に防がれてしまい、更に剣同士がぶつかりあったとは思えない感触の無さに驚く。そのまま信義はカイムの剣の刀身を滑っていき、倒れ込む七支刀の身体を斬り裂こうとする。
しかし無理矢理身体の向きを変えて、なんとか躱す。代わりに地面に仰向けで倒れてしまい、そこへ容赦なくカイムの剣は振り下ろされる。
その攻撃もまた信義で受け止める。更に魔法を放ち、触れているカイムの剣の刀身を凍らせようとする。それに気が付いたギャラルは剣を離し距離を取り、更に炎の弾で追撃を狙う。
七支刀も急いで立ち上がり、炎の弾を最低限弾きながら再び魔法を放ちギャラルを凍らせようとする。しかしギャラルの周りに現れた炎の暴食に飲み込まれ魔力へと分解され、お返しに熱線が放たれる。
熱線は容赦なく七支刀の腹を貫く。幸いあくまで熱なので、物理的に穴は空くことはなかった。しかし衝撃と身体を焼く熱さに耐えきれず吹き飛ばされ、再び地に転がってしまう。
当然そこを狙いギャラルは飛んで、七支刀の頭部を貫こうと剣を突きだす。しかし七支刀は仕掛けていた呪術を放とうとする。同時に突き出された剣を弾こうと信義を構えるが、直後にギャラルは驚愕の表情を浮かべていた。
ギャラルの身体のコントロールは、呪術が放たれる直前に失われていた。それに気が付けず七支刀は構え迎撃しようとし、そして。
カイムの剣は七支刀の腹を、信義はギャラルの喉を貫いていた。
「……は?」
声にならない声を上げながら苦しみ悶え、血を吹き出しながらのたうち回る。そんなギャラルの姿を、自分に刺さっている剣の痛みも忘れ呆然と見ていた。
そして、ギャラルは最期に痙攣を起こしてから、全く動かなくなる。見開かれた琥珀の目から光が失われていく。
七支刀は大慌てで自分から剣を引き抜き、ギャラルへと近寄っていく。
「ギャラル、様?」
誰がどう見ても死んでいると分かるだろう。けれど、七支刀はそれを認めることが出来なかった。ギャラルと戦ったのは彼女を止めるためであって、殺すためではない。狙ったわけではなくとも、殺してしまったという事実に耐えることは出来なかったのだ。
「そ、そうだ、イチイバル様ならなにか……」
ギャラルの死体を担ぎ上げる。連戦からの怪我もあり、七支刀もかなり危険な状態なのだが、それを顧みず歩き始める。
まだ彼女は助かるのだと自分に言い聞かせながら、ゆっくりと歩き始める。そして、三つの死体に気が付いてしまう。何れも身体があり得ない方向にねじ曲がっている。とてつもない力で叩きつけられたのだろうと想像できる。その中に、知っている顔があった。
「パラシュ様……ですか?」
少し雰囲気は違うが、確かにパラシュだった。先程ギャラルがパラシュだってと言っていたことも忘れて、誰がやったのかと怒りと悲しみに身を震わせる。
それでも今はギャラルのことが優先だと考え、歩みを再開する。
そうして見えてくるのは、また三人分の死体。二つは真っ二つに斬り裂かれ、一つは穴だらけになっている。ミュルグレスの死闘の末路がそこにあった。
「………」
やはり、間に合わなかった。ミュルグレスを置いて進んだ結果がこれなのだ。
でも、そのお陰でユグドラシルは破壊されずに済んだ。だからこれで良かったのだと、自分に言い聞かせる。まるで言い訳するように。懺悔も悔恨も、誰も聞いてくれないというのに。
そして、七支刀の希望も遂に潰えた。赤髪のキル姫の死体に覆いかぶさるようにして倒れている、イチイバル。無数のレギオンと戦ったのだろう、血に塗れた塩が辺りに広がっている。
「なんですか、これ……!」
凄惨な戦いの末路に、七支刀はただ屈するしかなかった。
and no[B]ody's gone
死体だけの空間。戦いの音一つない空間。二人はそれを見ていた。
……結局、予測の通りになってしまったわ。そう呟く彼女へともう一人が話しかける。
キル姫ギャラルホルンが、新たなキラーズであるカイムと契約した時点で、滅びは避けられないでしょう。干渉するのならば、もっと早い所にすべきですよ、特異点。
貴方も手伝ってくれれば良いでしょ?
あら、少しは干渉したではないですか。本来観測者である私が多少なれど干渉したのですよ。
二人は去っていく。次なる分岐へと。