第1説 そんなこと
ギャラルは座っていた。頭の中で思考がぐるぐる空回り。日も差さない薄暗い部屋でただ一人座っていた。
あの少年を、自分が殺してしまった。それは確かに辛かったし納得も出来てないが、それはきっかけでしかなくて。結局の所自分が殺しをやっているという事実から逃げ続けて、逃げ切れずに掴まっただけ。
考えていると、足音がする。またアンヘルが来てくれたのだろうか。でも、その割には妙にうるさいような……
と、違和感を覚えた直後に扉がバーン!と勢いよく開く。
「ひっ!?」
変な声が出る。そんなことをした犯人はもちろんアンヘルではなかった。ミュルグレスである。何かを片手にニヤけ顔で、ずかずかと部屋に入ってくる。
どうせ誰が来ようとも、話したい気分ではないし追い返そうとは思っていたが、なんかそういう雰囲気ではない。
「いつまで塞ぎ込んでるのよ。こっちまで湿気そうなんですけど」
「……ごめんなさい」
「だからそういうことだって。そんな調子だと美味しいものも不味くなるって」
そう言いながら差し出されたのは、小皿に乗っているカステラだった。
「なーんかたくさんカステラくれたし?ちょっとくらいなら分けてあげようって思ったのよ。まあカステラの布教よ」
一人で勝手に言い訳しながら、食えと小皿を突き出される。ただ、カステラがどうこうというよりも、単純に食欲がない。
仮に食欲があったとしても、こんな急に出されて素直に食べる気分になるかと言われると、そんなことないが。
「いらない」
頑張って拒否の姿勢を示すが、ミュルは露骨にむっとした表情になる。
「……カステラを食べられないって言うわけ?」
「いや、その、あまりお腹空いてないし」
「そんな量ないけど」
「食べたい気分じゃないわ」
「このあっまい匂い嗅いでそんなこと言える!?」
ぐい、ぐい!とミュルの顔とカステラがどんどん近づいてくる。いきなり部屋に突撃してきてそんなこと言われても、凄く、困る。
「あーもう!聞き分けのないやつ!」
「きゃっ!?」
遂にはミュルは小皿を置いてベッドの上に乗り込んで、そのまま勢いで押し倒してきた。ミュルが自分の上に覆いかぶさる構図になって、驚く。
心臓が早鐘を打つ。いや、これは驚いているからで別に変な理由とかはなくて。
誰に言い訳するしてるのか、勝手に心の中で弁明していると更にミュルが近づいてくる。もう手で直接カステラを持っていて、その手と顔がぐいっと近づいてきて。
「あーん」
「あ、あーん?」
気迫に押されたか、雰囲気に呑み込まれたか。とにかくつい口を開いてしまい、そこにカステラがツッコまれた。
直後、口の中に広がる甘くてふわりとした感触。砂糖が多めなのか、ちょっと甘すぎる気もするけど凄く美味しい。舌の上でとろけるような感覚に、驚きながらも咀嚼して飲み込んでいく。
「どう?美味しいでしょ?」
そして、何故かドヤ顔のミュル。別にミュルが作ったわけではないだろうが、よくそんな顔出来たものだと関心する。
……そう思っていないと、近すぎる顔にドキドキしてしまう。
「……美味しい」
「うんうん。これで今日からカステラのために頑張れるでしょ」
「……」
確かにカステラはとても美味しかった。でも、それだけだ。ミュルがその為に頑張るのは納得できたけど、それを理由に立ち上がる気にはならない。
「そんなに悩むならさ、相談すれば?」
凄く真っ当なことを言われる。変な状況なのに。
「……とりあえず、退いて欲しいわ。近くて、その」
「うん?…………ん?」
ギャラルが言って初めて気が付いたのだろう。ミュルの顔が途端に真っ赤になっていく。視線も泳ぎだす。けれど、顔をふるふると振ってから、もっと近づいてきて耳元で囁いた。
「えっち」
「!?」
ゾクッと変な感覚が背中を走る。しかしミュルはそれで満足したのギャラルから離れて、隣に座る。よく見ればまだ顔は真っ赤だ。
「変なこと意識させないでよね」
「ミュルが勝手に近づいてきたんでしょ」
「あんたがカステラ食べようとしないからでしょ!?」
「それは!……そもそも無理矢理押し付けてきて!」
流れで言い合いになりそうになっていると、ミュルがにっしっしと笑い始める。何か笑われるようなこと言っただろうか。むきになって怒ろうとして、しかしミュルに先に言われてしまう。
「もう元気じゃん」
「………」
固まる。さっきまで怒鳴る元気なんてなかったはずなのに、迷わずそうしようとしていた。
わざとなのかそうでないのか知らないが、いつの間にか元気づけられていたみたいだ。……凄く強引だったけど。
「……でも、その」
「特別にミュルが聞いてあげようか?口止め料はカステラ一個ね」
「…………はあ」
なんだろう。ミュル相手に強情になっていたところで、疲れるだけな気がしてきた。
「あのレッドアイ、私の知ってる子だったの。……それを殺してしまった。私が」
「それはむしろ良かったんじゃないの?」
「なんで……?」
「そいつがどんな奴か知らないけどさ、化け物になって暴れ回って、人を傷つけるのを喜ぶようなやつではないでしょ」
「それは、そうだけど」
でも、治す手段があったかもしれない。そう反論しようとして、レッドアイにトドメを刺す瞬間の光景を思い出す。
……ありがとうって、言っていたっけ。
「じゃあ解決ってことで」
「待って。……あの子はそれで良かったのかもしれないわ。でも、帝国の人達も、レギオンも、沢山殺してきてしまった」
ミュルが眉をひそめる。それから大きなため息を一つ。
「いやいや、それ以前に世界を終わらせようとしたじゃん。しかも他のキル姫暴走させて、ミュル達に襲わせたのも誰かさんの仕業だった気がするけど〜?」
「……何が言いたいの?」
「逆にミュル達だって、奏官とキル姫を皆殺しにするのが世界を救う正しい方法だって思い込んで暴れたし、そもそも奏官の元にいたキル姫だって奏官同士の争いに参加してだろうしさ」
自嘲気味にミュルは笑ってから、続けて言う。
「キル姫なんてそんなもんでしょ。だから、やってしまったことに悩むより、これからどうするかの方が大切。ミュルはそう思うけどな〜」
そこまで言って満足したのか、ミュルは立ち上がり部屋から出ていく。
これからどうするか。多分、そんなすぐに割り切れはしないけど。でも、きっとその方がいいんだろうなと思い、ギャラルも立ち上がった。