二人は走る。ギャラルの案内に従って進んでいくと、近くの森で交戦している気配。ギャラルに近い背格好をした少女が、短剣を片手にレギオン相手に戦っていた。
「待って、あれ!」
「もしかしてなくてもキル姫でしょ。生き残りが他にもいたなんてね〜」
風を乗せて斬撃を放つと、目の前にいたレギオンの首が吹き飛ぶ。近くにいたレギオンがその隙を狙おうとするが、当然把握していた少女はひらりと拳を躱し、再びの斬撃。そして、最後の一体へと攻撃しようとして走り、少女が力を込める。しかし現れたのは風ではなく雷だった。
雷を纏った短剣を見て驚く少女、短剣に気を取られ拳を防ぐことが出来ずに拳を叩き込まれ、見ている二人の方へと飛んでくる。
その少女と入れ替わるようにギャラルは飛んで接近し、炎を纏いながら一閃。周囲に引火しないように手加減したが、それでもあっさりと首は落ちていた。
「君達は?」
すぐに体制を立て直した少女は、二人の姿を交互に見る。出番がなくて、ちょっとつまんなそうにしているミュルだが、それは仕方ないと諦めつつも少女に話しかける。
……少女と言っても、ミュルよりは大きいが。
「自己紹介もいいけど、落ち着けるところに行かない?近くにあるからさ」
「そうか。……いや、助かったな」
心底ほっとした様子で呟く少女の元へ、ギャラルも戻ってくる。近くに他の敵がいる気配もないので、構えも解いている。
「あなたもそれでいいわよね?」
「大丈夫さ。わたくしも拠点があってくれた方が助かるからね」
そういうことで、家へと歩みを始める。道中、最低限の自己紹介はしたほうがいいだろうとする。彼女はキル姫、パラケルスス。曰く、パラケルススというのは人名であり、彼の用いていた短剣がキラーズらしい。ただ、その短剣に特に名前がないからパラケルススという銘になったようだが。
そんなパラケルススだが、ギャラルが自己紹介すると視線は剣へと向けられた。明らかに何か気になっている様子だったが、着いてから話すとのこと。
そうして家に着いたのだが、コートを纏っていた二人はともかくパラケルススにはそういう装備がないせいで塩まみれになっている。
「シャワーならあるし、浴びてきたら?」
「嬉しい提案だけど、今は急ぎたいんだ」
そこまで急ぐ理由は何だろなと二人で顔を見合わせる。その間にも塩を払ってから、お邪魔するよとパラケルススがずかずかと上がっていく。
それからリビングで、彼女が肩にかけていた小さな鞄を机に置いた。
「ではまず一つ。ギャラルホルン、君はどうしてここにいる?行方不明になっていたと聞いているが」
「異世界に行っていたと言って、信じられるかしら?」
パラケルススは少し考えた後、答えた。
「いや、むしろありがたい話だ。そしてもう一つ、君は剣のキラーズではない筈だが何故剣を?」
「ギャラルは神器がないと何も出来ないし、他に戦える手段が欲しいって思ったんだけど……」
なんか凄い質問攻めされてる?と考えながら素直に返事する。わざわざ騙す理由はない。
「ならその剣はどうしたんだい?見慣れない剣だが」
「アコールって商人から買ったのよ」
「アコール?」
「ええ、アコールだけど」
先程よりも難しい顔で考え始めるパラケルススだが、考えを振り切るように頭を軽く振る。
「君がこちらに返ってきてからどれぐらい経っている?」
「うーん、どうだっけ?」
「いやミュルに訊かれても。……まあ、一ヶ月は経ってないんじゃない?」
「なるほど、だいたい分かった」
何が分かったんだろう。口には出さないが、多分顔には出てしまっているとは思いつつ、パラケルススが特に何も言ってこないので気にしないことにする。
すると、彼女は鞄から複数の紙を取り出す。結構な枚数あるそれを机の上に広げる。
ミュルが何気なく一枚手にとって見てみるが、何やら難しいことが書いてあるようだ。分かる単語ないかな〜と思って目を走らせると、白塩化症候群という単語。
「これは白塩化症候群やキル姫の暴走、いや洗脳に関してまとめたメモだ。ちゃんとした資料もあったんだが、レギオンに滅茶苦茶にされてね」
「えぇ?これでちゃんとしてないの?」
渋い顔でメモとやらとにらめっこして、諦めて机の上に戻す。読み込めば多少は分かるかもしれないが、そもそも読み込む気を起こさせない文章量である。
ギャラルも適当なものを取ってみるが、そこに魔素という単語があることに気が付く。魔素といえば、あちらの世界にある魔力の源のようなものだが、何故ここ書いてにあるのだろうか。
「……生き残りは君達だけか?読めないなら最低限の説明はするつもりだが」
「イチイバルに任せれば大丈夫でしょ。それにアンヘルも賢そうじゃん?」
「うーん、イチイバルも専門ではないだろうし、ロジェの方が分かるんじゃない?」
「どうだろね?少なくともミュルはお手上げだよ」
降参のポーズをして諦めを表明するミュルだが、とりあえず話の分かる人がいそうで安心するパラケルススだった。
はああと重いため息を吐いて、ポニーテールに結んでいた髪を解く。結んでいてもかなり長い髪だったが、立っていても地面に着きそうな長さの髪が重力に沿って落ちていく。
「……長くて邪魔じゃない?」
「君も大概だろう」
同じくミュルの長い髪を、パラケルススの碧い瞳が見つめる。しかも二人共、小柄で素早い立ち回りを得意とするキラーズである。
そういうものなのかなあとギャラルが自分の髪を触る。そういえばフリアエも伸ばしていた気がする。ついでにアリオーシュも。
「君はそのぼさぼさな髪型をどうにかした方がいいんじゃないか?」
「……伸ばした方がいいかしら?」
「まあ、手入れは大変よ」
実感の籠もった声でミュルが言う。そう思うならそこまで伸ばさなければいいのに、何故伸ばしているのだろうか。
パラケルススが心底リラックスした顔でもう一度ため息を吐く。そんなにため息をする程大変な環境だったのだろうか。
「さて、わたくしの役割はこれで終わりかな」
だからこそ、そんな様子のパラケルススから放たれた言葉の意味が理解できなかった。
「いや、別に残ればいいじゃん。みんなもあんたのこと、追い出さないと思うけど」
「出来ればそうしたかったけどね」
ゆっくりとパラケルススが目を開く。ミュルは困惑の表情を浮かべ、ギャラルは驚きで固まる。
「待って、それ……赤目の病なの?」
「おや、呼び名がちゃんとあったんだね」
パラケルススの目は、先程の碧ではなく、赤に染まっていた。帝国兵やイウヴァルトと同じ、赤に。
「そのこともそのメモに纏めておいたよ」
パラケルススは立ち上がる。何処かうっとおしそうな顔をしながらも、ゆっくりと歩き出す。驚愕で固まっていたギャラルが慌てて立ち上がり手を掴む。
「まだ、まだ正気なんでしょ?治す方法があるはずよ!」
「……気持ちだけ、受け取っておくよ」
「いや!行かせな」
叫ぼうとするギャラルだったが、手をはたかれて止まる。そうしたのはパラケルススではなく、ミュルだった。
「見て分からない?パラケルスス、今相当我慢してるでしょ」
「察しがよくて助かるよ」
何でもないように薄い笑みを浮かべながら、軽くひらひらと手を振り家から出ていく。ただ、ギャラルには呆然と見るしかなかった。
「これは急いだほうが良さそうね」
「……」
ギャラルはただ無力感を前に立ち尽くす。さっきまで何処かふざけた様子だったミュルはメモを手に取り直し、真剣に読み始めた。
ギャラルもまたミュルに続いてメモを取る。自分にできることをしないといけない。心は納得してくれないが、理屈で押さえつけながらメモを読み始めた。