イチイバルが帰宅すると、そこには机の上に髪を広げてダウンしているミュルとギャラルの姿があった。今にも頭から湯気が出そうな勢いで顔を赤くしている。
「……どういう状況?」
ただいまと言うことも忘れ呟くと、ミュルがササッと紙を纏めてイチイバルへと突きだす。とりあえず受け取ると、そのまま自室へと逃げ出した。
「ギャラル、これは?」
休んでいろと言った筈なのに、なんか勝手にヤバい状態になっているギャラルに訊いてみる。ゆっくりと振り向いたあと、呟く。
「それ、読んで」
「うん?」
とりあえずチラッと目を通すと、イチイバルはギョっとする。専門用語が多く詳しいことは分からないが、白塩化症候群に関して調べたレポートなのに気が付く。
……この内容、少なくともミュルやギャラルが書いたものではないだろう。これは確かに読むのは難しいだろう。
「これ、どうしたんだい?」
「……みんな集まってから説明するわ」
ぐでーと滑って、床に倒れてしまう。何やら家を開けている間に一悶着あったようだ。
どうやら相当疲れているようだし、ギャラルを起こしてソファに寝かせ直す。みんなが集まる前に一度、目を通した方がいいだろうと考えイチイバルは読み始めた。
それからロジェが帰ってきて、夕飯の支度を始めた。そこから少し遅れてカイムとアンヘルの二人が帰ってくる。契約者同士は連絡が取れるのが便利だからと別行動させることが多かったが、久々の二人でのレギオン狩りには満足したようだ。
ロジェの夕食の支度が終わると、寝ていたギャラルも目が覚め、逃げ出していたミュルもヒョコっと顔を出す。
「こ、これは……!?」
「うな重、作ってみました」
「うなぎか。あんな魚まで食べるのか……?」
ギャラルの快気祝いも兼ねてかなりの贅沢をしたようで、食卓に見慣れない料理。各々の反応をしつつもしっかりいただいた。
そんなこんなで、ようやく全員で落ち着ける状況になった。
「そろそろ聞いてもいいかな?」
「ギャラル、お願〜い」
「……カステラ一回分、なしね」
「え〜。じゃあミュルが説明しようかな」
そうしてミュルは昼間の出来事を話した。実はパラケルススが生き残っていて、重要なメモを残してくれたこと。しかし暴走寸前の状態になっていて、自ら姿を消したこと。
「それで、そのメモには何が纏めてある?」
「僕も目を通してみたけど、白塩化症候群とキル姫の暴走及び洗脳について、重点的に書かれているみたいだね」
「確かに重要なものだな。我にも見せてみよ」
アンヘルが手を伸ばすと、イチイバルは紙の束を手渡す。
「その上で、パラケルススはどちらも魔素が関係していることを突き止めたみたいだね。魔素を通じて神が何かをしていると」
「……そういえば、異世界があるって話、ギャラルがする前は確信してなかった気がするな。よく分かったよね〜」
しかし、これで見えてきた。この世界の異変を止める方法が。凄く単純な話、この世界から魔素を無くせばいいのだ。
その具体的な方法についてはこれから考えるとしても、パラケルススが命懸けでヒントを持ってきてくれたことには感謝してもしきれない。
真剣な表情でメモを読んでいるアンヘルの横から、カイムもちらりと内容を見てみる。これでも元王子であり、教養はある方だと自負している。
なるほど確かに書いてあることは難しいことばかりで、流石に専門外である以上カイムに全てが分かるわけではない。しかし、要点だけに絞って読めばイチイバルが読み得た情報は確かに乗っている。
しかしアンヘルは一つ気になっていた。このメモに花、或いはユグドラシルのことについての記載がないのだ。まるで、今回の異変とは無関係のような……
「情けないな。僕らが自力でここまで辿り着くべきだったのに、天才の名が廃ってしまうよ」
「いや最初から自称でしょ」
「あ、あの、私にも見せてもらえませんか?」
「まだ読んでなかったか」
今度はアンヘルがロジェに渡す。これで一応は全員は目を通したことにはなる。最初に読んだはずの二人は、全然理解出来ていないが。
「イチイバルよ、後悔するのは容易いが、そこに逃げるでないぞ」
「……分かってるさ」
もう日も落ちているので、その日は解散となった。ギャラルが塞ぎ込んでからしばらくカイムは別室で休んでいたが、今日からまた一緒の部屋か……と考える。嫌なことではないが、嬉しいことでもない。複雑な感情のままギャラルの部屋に向かおうとしたら、ギャラルが手を掴んで止めた。
「今日はまだ、別の部屋でいいかな……?」
「どうした?まだ何か抱えているのか」
「別に、そういうことじゃないんだけど、その」
アンヘルの問いに、少し赤面しながら答えるギャラル。……これはそういうことだな?とアンヘルは察する。
「ならば別にしておけ。ただ、時間は有限であることを忘れるな」
「……うん」
一人察することの出来てないカイムが首を傾げるが、アンヘルに引っ張られていく。
これはこれで複雑な気持ちだなと思いつつ、カイムは自室へと入っていった。