「しかし、また猪口才なことを考えたものよな。小賢しさで人を超える種族は中々おらんよ」
馬車が揺れる。ガタゴトガタゴト。なぜ竜が馬になど引かれればならぬのかと文句を言っていたが、意外と抵抗はしなかったなとロンギヌスは考える。
なら今アンヘルが何に対して憤っているのか。答えは単純、天使の教会のことだ。
現在の天使の教会が構えている土地だが、どうもユグドラシルのある方向とは真逆だったようだ。花と化したユグドラシルという明らかに怪しく目立つものとは真逆の方に構えていたのだ。
別の世界では侵略の形であれだけ暴れていた天使の教会が、こうも隠れて過ごそうとしていたとなれば気が付かなかったのも仕方ないであろう。
しかし侵略をしないのであれば、天使の教会はいったいなんの為に活動しているのか。アンヘルは既に答えを出していたが、合っているという確証もないので口には出していない。
まあ、仮にこの答えが正しいのであれば、また随分な皮肉だなと嘲笑しているのは、やはりカイムだけに伝わっている。
馬車と言ってもあくまで商隊のもの。本来なら荷物を載せるであろう荷台に数人詰め込まれている状況。あまり居心地はよくない。
どうしてこうなっているのかという点だが、理由は二つ。
一つはアンヘルが全員を乗せるのは流石に無理という点である。そうなれば、折角戦力を集めたのにバラけてしまう。
一つは、移動になるべく体力を使いたくないという点。体力が削れているところで奇襲を食らうだなんてことになれば笑い者だ。
そしてこの荷台には、アンヘル、カイム、ギャラル、ロンギヌスの四人がいる。残りの四人はもう一つの馬車へ。流石に八人はすし詰めだった。
「でも、何だかんだアンヘルって戦ってくれてるわよね?」
アンヘルは旅の中でもそうだったが、基本的に人間を嫌っている。だがその割にはカイムと共に戦ってくれている。
一見矛盾しているように見えるその行動に、ロンギヌスは密かに疑問を感じていた。それはギャラルも同じだったので、改めて聞いてみた。
「カイムと契約しているからな。だが何よりも、お主らが戦いに、力を貸したいだけだ」
「……ありがと」
「それに、あのような命を冒涜する存在と、世界そのものを破壊しようとする蛮行。見て見ぬふりなど出来んわ」
命を冒涜する存在。それはレギオンなのか"敵"なのか、或いは神の道具へと墜ちた帝国兵のことか。
神の道具という一点では、自分も同じだった。グラトニーとグリードもそうだ。向かい合わないといけない相手だ。色々な意味で。
『正義にでも目覚めたか?』
「お主とて、あのようなおぞましい存在だけが闊歩する世界、見たくはなかろう?」
一度は妹が人柱になってでも守ろうとした世界を、そして今は愛する人が救おうとしている世界を守るために戦おうとしている剣士は、それもそうだなと無言で肯定する。
「ところで、これは興味本位ですが……」
そんな会話の様子を見て、ロンギヌスが口を開く。わざわざ前置きしてまで聞きたいこと。言葉の通り、単なる興味本位であって特に他意はない、ロンギヌスはそのつもりで口を開く。
「昨日、何かありましたか?」
ロンギヌスの視線がカイムとギャラルを交互に見る。何故か荷台の対角、つまり一番距離が離れる位置に座っている二人を見て、だ。
ロンギヌスがこの世界で彼らと再開してから日は浅いが、少なくとも共に旅をしていた頃は、なんというか、距離感が近かった覚えがある。嫉妬の視線で見ていたのでよく覚えている。
確か、昨日は二人共同じ部屋で寝ていた筈だ。部屋が足りなくなったということで、ロンギヌスも七支刀と同じ部屋を使ったのだ。なので、順当に考えるとその時何かあったのだろうと思うわけだが。
「い、いやなんでも……ないわよ?」
視線が泳いでいる。嘘だ。ギャラルの性格からして、嘘をつくのに慣れているはずがない。
もう一度カイムの顔を見てみると、顔は無表情だがやはり目が正直に物語っていた。
「まあ、戦いに支障がないのならそれで構いませんが」
戦いという言葉が出た時点で、泳いでいた二人の目は落ち着きを取り戻していた。まあ、これなら平気そうだなと深掘りはしない。
そんな話をしていたところで、突然馬車が止まる。着いたぞとの呼び声。
六人のキル姫と二人の契約者がぞろぞろと馬車から出てくる。フードの下から覗く景色の先には、教会があった。……とはいえ流石にまだ遠い。商隊の人に突撃させるのは無茶があった。
「気を付けてくれよ。あの教会に近づいて、帰ってこなかった仲間は何人もいるんだ。中には塩になっちまったやつもいるんだろうが、皆が皆とは思えない」
「忠告ありがうございます。まずは宿を探そうか」
数日かけて馬車に揺られてきたのだ。途中で商隊の人達と一緒に宿に止まったり野宿したりとあったが、改めて一睡は取っておきたいところ。結局はここから徒歩なので、準備は万全に。
今いるのは教会から近い、それなりに活発な村だ。こうして普通に村として機能している以上、天使の教会にやられたりはしていないのだろう。
アンヘルは嫌な予感を覚えていたが。
道中でレギオンを撃退することはあっても、計画性のある襲撃ではなかった。レッドアイを撃破したこともあって、統率はあまり取れていないのだろう。
それ自体には特別おかしなことはないが、まだ遠くには見えるとはいえ結構近くまで素直に来れてしまった。あちらの世界での天使の教会とは根本的にあり方が違うのだろうが、それにしてもあっさり来れたたと旅をしていた仲間たちはどこか感じていた。
「良かったですね。ここまで大したこともなく」
「そうだね。一応、僕たちは日が落ちるまでは天使の教会について聞き込みをしてこようと思うんだけれど、みんなはどうするんだい?」
とりあえず宿は見つけたので、どうしようかと話になる。
休みたいと言い出すミュルに、イチイバルに付き合うというロジェ。気が休まらないからと素振りに行くカイムと、その様子を見に行くギャラル。暇潰しも兼ねて持ち込んでいた本を開こうとして、七支刀に少し話さないかと止められるアンヘル。
自分も少し休むかと早々に寝ようとして、気になることがあったと思い出し止まる。兵士長の聖槍を取り出し、見つめる。
数ある槍の中から何故これを選んだのか、実はロンギヌス自身もよく分かっていない。カイムが愛用していた古の覇王と鉄塊を優先して回収したあと、バレて大慌てで回収した一本というのはあるのだが。
「あの子供はどうなった?生きておるのか?」
「実は、わたくし達もアンヘル様達を見送ってからすぐにこの世界に来たので、後のことは……」
二人が何か話しているが、まあいいかと床に付く。既に爆睡しているミュルを尻目に、ロンギヌスも眠りについた。