少女は、コップに注がれた赤い液体を見つめる。体感数分間は見続けていたが、我慢の限界が来たのだろう。手に取り、一気に飲み始めた。
「ぷはーっ!やはり、これに限りますね」
居酒屋のおっさんくらいのノリで飲み干した彼女へ、グラトニーは冷たい視線を送る。
赤い液体というのはトマトジュースであり、飲み干したのはエンヴィもといロンギヌスである。
「飲んだのは何日ぶりでしょうか。グラトニーも飲みますか?」
「い、いや……」
グラトニーは名前の通り暴食の業を背負っている。その副次作用で、大食らいになっている節がある。そんな彼女の前で、そこまで美味そうに飲まれたら、いやでも飲みたくなるだろう。
「それより話を戻さないか。それを飲むためだけにここに来たんじゃないだろう」
「……あまり、真面目な話をする気にはなりませんが」
空になったコップをゆらゆらと揺らし、それから近くの店員に追加で注文した。三杯も。
酒が入っていないと話が出来ない駄目人間みたいな雰囲気を感じて、グラトニーは呆れる。神を裏切ったのは失敗だったかもしれないと、冗談半分に考える。
「どうなるか、ですよね」
「間違いなくあるだろうね」
カイム達が行う、最後になるであろう作戦。それを聞いた二人は心配していた。
伝えに来たミュルグレス曰く、上空へ裏側へのゲートを開き、そこから魔素を全て異世界へ送り返す算段らしい。そのために魔術の心得がある人間を集めている段階のようだが、何事もなく終わることはありえないと二人は知っている。
「異世界由来のものならば、自然とそちら側へと惹かれていく。だから裏側のゲートへ空気ごと魔素を送れば自然と還元される。面白い発想ではありますが」
その作戦の是非については、二人共何とも言えない。むしろその裏側から呼び出された側であるのだから、思うところはあるが心配している点はやはりそこではない。
「裏側から現れるであろう異族や魔獣へ対処するために、ゲートを一箇所だけにする。確かにそれは間違いではないが……」
「さて、対処出来ますかね」
届いたトマトジュースへ手を伸ばしながら、ロンギヌスは考える。やはりトマトジュースは美味しい。こんなに美味しいのに、嫌う人がいるのが理解できない。いや考えるべきはそちらではなく。
ロンギヌスの脳裏に浮かぶのは"敵"の姿。神は結局の所、自分達のことを道具としてさえ信頼していなかった。だからこそ、神はまだ手札を隠し持っているという確信があった。
「……僕たちは、ユグドラシルへ行くべきなんだろうね」
「ええ。お別れはいりますか?」
「いいだろう。これが最後なんだ。キミも、表舞台に出てくるべきだと思うけどね」
ガタッと近くで物音がする。二杯目のトマトジュースに手を伸ばし、小さくため息を吐く。
自分達は、結局の所存在しないものだ。今でこそこのラグナロク大陸から秩序は失われ混乱の最中にあるものの、全てが正常に戻るとき、存在しないものはどうなるかというのは想像が付く。
誰かさんはミーミルを介することで存在を保っていたようだが、自分達にはそういう依代とか、伝承とか、信じて待っている仲間とか、そんなものはないのだから。
「最期の休息になりますから。あげますよ」
「………いや、随分と押してくるね?」
差し出された三杯目のトマトジュースを見て、グラトニーは苦笑いをする。別に苦手ということはないのだが、ここまで強火に押されると逆に引いてしまう。
まあ、彼女がトマトジュースを愛する心も、ある意味理想なのかもしれない。と、無茶苦茶な考えを浮かべながらトマトジュースを一気飲みするのであった。