あたりは異様な雰囲気で満たされていたが、フリアエの気配を感じ取ることが出来ない。カイムは嫌な予感を感じながら、更に空中要塞へと進む。
祭壇では、この悪夢の元凶である「天使の教会」司教がカイムたちを待ち受けていた。
迫る帝国兵を蹴散らしながら、カイムとギャラルは真っ直ぐ進んでいく。進む先にまた階段があり、そこを上っていくと祭壇を見下ろせる場所に辿り着いた。
祭壇を覗き込むと、中央に立つ柱のようなものにフリアエが寄りかかっているように見える。しかしよく見てみれば、その胸にはナイフが突き立てられていた。
……間に合わなかったのだ。
「そんな……!」
いち早く気がついたギャラルが、その場に崩れ落ちる。もう何もかも終わってしまった。この世界に来てから、何度こうやって絶望させられたのか。
けれど今回の失敗は、今までとは違う。世界が終わるのだ。そして何よりも、カイムにとって一番大切なフリアエが、死んでしまったのだ。もうカイムに向ける顔なんて無い。
カイムも絶望のあまり膝を付きかけるが、まるで自分のことのように崩れ落ち嘆いているギャラルを見て、僅かながらも冷静さを取り戻す。しかし、冷静さを取り戻してどうなるのだ。もう、フリアエは返ってこない。
「天使を語ってはならない。天使を描いてはならない。天使を書いてはならない。天使を彫ってはならない。天使を歌ってはならない。天使の名を呼んではならない」
フリアエの死体の側を歩いている司教が、楽しそうに天使の教会の教義を口ずさむ。
そうだ、やつを殺せばいい。フリアエは戻ってこないかもしれないが、復讐なら出来る。やつを殺せば……!
『カイム!最終封印が解かれたのだな?早く外に出てこい!卵が生まれるぞ!』
カイムから湧き上がる怒りに、レッドドラゴンも間に合わなかったことを察した。
女神が死んだのならば、再生の卵が出現する。それが何だというのだ。もうフリアエは死んだのだ。
『カーイム!次の手を打たねば世界が滅びるのだぞ?おぬしの妹が耐えて守ってきたことがすべて無駄になるのだぞ?』
フリアエが耐え、守ってきたこと。そうだ、フリアエは理不尽にも封印の女神に選ばれ、あんな姿になってしまうまでの苦痛をずっと耐え続け、世界を守っていたのだ。
『カイム!』
カイムの中の怒りの炎が燃え尽きることはない。しかし、レッドドラゴンの呼びかけが、復讐のために身体を投げ捨ててしまうことを止めた。
俺が、世界を守らないといけないんだ。守れるのは、俺と……
視線の先には、絶望に身を震わせ縮こまり、動けなくなってしまった哀れな少女の姿。本当は戦いなど好きではないだろうに、世界のため、カイムのためだと必死に意地を張りここまで付いてきた少女の姿。
『ギャラルも何をやっている!まだ世界は滅んでいないし、カイムもそこにおろう!目を覚ませ、おまえの役割はまだ終わってなどないぞ!』
"声"で呼びかけている以上、ギャラルにはレッドドラゴンの言葉は届かない。それを忘れてしまうほど、必死になりながらレッドドラゴンはギャラルへ呼びかけようとしている。
『おまえはキル姫なのだろう?その力で救うのだろう!?ギャラルホルン!』
届かない言葉を投げかけるレッドドラゴンの代わりに、カイムがギャラルの手を掴み引っ張り上げる。
驚愕の表情でこちらを見たが、それは一瞬。すぐに顔を逸らしてしまう。
「結局、ギャラルは何も出来ないんだ。
全てを諦めたかのように、自嘲気味の笑みを小さく浮かべている。
ギャラルが望む通りに、嘲笑うことさえ出来ない。レッドドラゴンと契約して声を失ったこと、最初はこんな軽い代償でいいのかと驚いたくらいだが、こいつと何かある度に声を出せないことを悔やむことになる。
励ます方法も分からないが、この場でしょぼくれて世界が滅ぶのを待つのが、こいつにとっての正しい選択とは思えない。
カイムは、ギャラルを抱きかかえると、来た道を戻るように走り出した。
「カ、カイム!?」
ギャラルは驚きのあまりにカイムの顔をまた見る。そこで初めて気がついた。カイムの目から力が失われていないことに。
カイムはまだ、全てを諦めた訳ではないことに。
「降ろして!ギャラルも自分で走れるわ!」
カイムが諦めていないのなら、自分も共に戦おう。自分に何が成せるかなんか考えている時間さえもったいない。例え世界を救えなかったとしても、最期までカイムと戦おう。カイムを救うなんておこがましい考えも捨てよう。カイムが自分を求めてくれるのなら、それでいい。
全てを失ってしまった筈の二人は、再生の卵の出現を阻止するため、世界を救うために走る。