しかし、レオナールの所業にカイムは怒りを見せるのであった。
"声"は近い。村へ続く道を走り、道中の帝国兵を容赦なくカイムは殺していく。七支刀に任せれば逃してしまうかもしれないと、いつも以上に積極的に殺していく。
ただ、ゴブリン共と違い人間の帝国兵は機械のように統率が取れている不気味な部隊ばかりであり、逃走などするかは疑問だったが。
七支刀も追うように走りながら帝国兵に対処するが、カイムの考える通り逃げ出す様子など見受けられない。それでも、なるべく一人でも多くを殺したくない、死なせたくない七支刀の剣は鈍る。迎撃しなければ殺される、そうでなくともカイムが殺すということは見ていればわかるはずなのだが。
そうして進んでいった先に、一人の男性の姿が見えた。明らかに帝国兵とは違う風貌で、しかも周りには彼が倒したと思われる帝国兵の死体。
「そちらは、連合軍の兵士さんですね?剣さばきの音でわります」
二人へと気がついたレオナールは、そちらへと振り返る。
七支刀は厳密に言えば連合兵ではないのだが、協力している以上似たようなものだし説明する時間もないので、そこは説明しないでいる。
「初めまして。私、レオナールと申します」
礼儀正しく頭を下げ挨拶するレオナールに、契約者がカイムのような人ばかりではないと内心ほっとしていた。
しかし、彼が顔を上げても目を開かない様子に違和感を覚える。そういえば、さっきも"剣さばきの音"と言っていたような、と考え七支刀は質問をする。
「レオナール様、目はどうなされたのですか?」
「あぁ、私は目が見えません。そう、そちらの君と同じく契約の代償です。……それと、様と呼ばれるほどの者ではありません。私は卑しい男なのです」
「闇より明るい希望はなし……人間の愚かさを見ずに済むとは幸運よ」
アンヘルなりの気遣いなのか、単なる皮肉なのか、口を開く。どちらにしても、やはり人間を見下していることが伝わってくる。
「見ずとも……感じますから」
それは、単に見えなくても周りがわかるということなのか、或いは人間の愚かさは見なくても感じてしまうということなのか。
その愚かな人間の一人であるレオナールなりの、返しなのだろう。
帝国兵の死体の側へ寄り、レオナールは膝を折る。そして、頭を下げ地に伏せる。
『何をしている?』
カイムは明らかにイライラした様子でレオナールの近くに立つ。
「……死者はもはや土塊と同じ。悼むべき存在です」
「そう、ですね」
七支刀はそんなレオナールの様子に、素直に感心する。どうしても死んでしまうことは、殺してしまうことは避けられないのかもしれないが、死者を悼むことはできる。
彼女もまたレオナールの側で膝を付き、手を合わせ祈る。せめて出来ることだけは、精一杯のことはしたいから。
『ふざけるな。こいつらは帝国兵だ、死んだところで忌むべき敵なのは変わらない。死ぬことに価値があるクズ共だ』
死体を挟み二人の前に立つカイムは、またもや激昂していた。帝国の塵共に頭を下げ祈る、意味不明な行動。殺すべき相手の死を嘆き悲しみ、時には幸福を祈るなどバカバカしい。
『土塊でしかないのならば踏み潰せ。お前は土に祈るのか?』
「……わかりました」
レオナールは頭を上げ立ち上がる。カイムの"声"が聞こえるからこそ、カイムの怒りが直接伝わってくる。
死者を悼むことへこれほど怒ることに戸惑いは感じつつも、それを望むのならとやめる。
しかし、七支刀は違った。カイムの"声"が伝わらないというのもあるが、彼女の頑固な部分がカイムに反発しているのもあった。
「カイム様は何故そこまで怒るのですか?死者にさえ祈ることの何が悪いのですか!」
『死んだところで帝国軍は帝国軍だ。したことは変わらん。だいたいお前も何人も斬ってきただろう?今更聖女ぶるな』
こちらを真っ直ぐ見つめてくるムカつく女に、イライラを募らせながらカイムは答える。……答えて、伝わらないことを思い出す。
声など出ないほうが楽だと思っていたが、こんな形で欲しいと思うことになるとは思わなかった。
「やめましょう、彼をそこまで怒らせる理由もありません。それに、砂漠へ急がねばならぬのでしょう?」
『ああ、祈る暇があれば一人でも多くの帝国兵を殺せる。……それに、フリアエが心配だ』
七支刀は言われて、神殿でアンヘルが何か言っていたのを思い出す。村人の助けを放置もできずにこちらへ来てしまったが、そちらも放っておいていいものではないはずだ。
「砂漠で何が?」
「聞いていませんでしたか?神官長からの"声"が届いたそうです。女神達に危険が迫っている可能性があります」
女神。この世界に来てからずっとバタバタしていた上に、カイムは話が通じないしアンヘルも話しづらいしで、詳しいことを知らない。
エルフの人達が封印がどうと言っていたが、それと関係があるのだろうか?
とにかく、次の目的地は砂漠へ戻ることに決まったため、アンヘルが降りれる場所まで移動しようとする。その際、レオナールは一度だけ立ち止まり、死体の方向へと頭を下げた。
カイムもいい加減呆れたのか、すぐに終わると分かっていたからか素直に待っていた。
「……誰にでも……赦される権利はあると信じたい……」
まるで自分に言い聞かせるかのような小さな呟きは、誰の耳にも届かなかった。