帝国軍は”再生の卵”を出現させるために封印の破壊と女神殺害を目論んでいることを、囚えられていた兵士から聞く。
カイム達は封印を守る為、砂漠の神殿へと向かう。
一方、ギャラルホルンは何処とも知れぬ帝国の牢獄に囚われていた。
それに語りかけるのは「天使の教会」の司教、マナだった。
ギャラルが目を覚ますと、そこは見覚えのない空間だった。両手を鎖で繋がれていて、身動きが取れなくなっている。
確か、フリアエやイウヴァルト、神官長ヴェルドレを守るために囮になったのだが、赤い鎧の兵士に魔法を弾かれ抵抗できずに捕まってしまったのだ。
時間を稼ぐことはできたが、自分がいなくなって危険に晒されているかもしれない。急いで向かわねばと身体に力を込めるが、鎖は簡単に千切れそうにはない。神器も見当たらないので、どうすればいいかと悩んでいると、突如男の声が聞こえてくる。
「わたしに力があれば、捕まらずに守れたのに」
「誰!?」
驚いて周りを見るが、誰の姿もない。まるで頭に直接響くような声に、この場にいないことを察する。
「わたしに力があれば、世界を守れたのに」
「力があれば、戦争をいち早く終わらせられたのに」
「世界を終わらせることが、出来たはずなのに」
ギャラルは顔をしかめる。まるで、こちらの心を見透かすように告げる声に胸が痛くなる。
けれど、その程度で凹む訳にはいかない。戦えるのだから、キル姫なんだから。
「鎖の一つも千切れない貧弱なキル姫に、何が守れる?」
「……!」
声の相手が誰なのか、なんの目的でこんな言葉を投げかけてくるのか、何も分からないが口車に乗る訳にはいかないと必死に口をふさぐ。
「まともに戦うことも出来ないから、ママに見捨てられる」
「えっ?」
その声の主から聞こえた言葉、ママという言葉に驚き口を開いてしまう。いや、開いたのは口だけではなかったのかもしれない。
「ギャラルは頑張ったよ、ママ、捨てないで」
「ギャラルを褒めて」
「ギャラルを愛して」
「ギャラルのことを嫌わないで」
「や、やめて!」
ギャラルは嫌でも思い出してしまう。神魔大戦、神々に、天使に利用され捨てられた時の記憶を。頑張ればママに褒めてもらえると思っていたあの時のことを。
もう割り切ったはずなのに、心の奥底を見透かすような言葉に動揺が止まらない。
「頑張って悪魔と戦ったよ」
「頑張って世界を終わらせようとしたよ」
「頑張ったから、許して」
「封印なんてしないで」
「どこか遠くに行ってしまわないで」
「ママ、ママ!」
心をこじ開けるように放たれる言葉の数々に、ギャラルは絶叫する。
「こんな見知らぬ世界に来ても、頑張ってるよ」
「酷い戦争を今度こそ終わらせるから」
「ママ、今度こそギャラルのことを見て」
淡々と、しかし感情的に告げる男の声の数々に、精神を削られていく。
それを見計らったかのように、別の声が響く。それは、幼い少女の声。
「私もね、お母さんのために戦ってるのよ?」
「……誰?」
「私はね、マナ。天使の教会の、司教」
……天使の教会?
聞き覚えのない単語に首を傾げる。ただ、司教という言葉に只者ではないと考える。
「あなた達が帝国って呼んでるものよ」
「!?」
ギャラルの疑問に答えるように答えるマナ。それはつまり、帝国のトップということなのか?こんな子供が?
「私達は、世界を再生するために戦ってるの。お母さんの愛で、再生するの」
「嘘よ。あんな酷いことをして、そんなこと!」
この世界に来てから少ししか経ってないが、それでも帝国のやってきた殺戮が正しいとは思えない。あんなことをするのが、正しいなんて……
「世界の終焉のために、沢山のキル姫を暴走させた貴方がそれを言うんだね」
「っ!それは!」
かつて、
あの時は、それでも世界を終わらせることが人々の悲しみを終わらせるためだと、いわば善意でやっていたのだが、今になって考えてみれば残酷なことをしていたのかもしれない。
「そうよ。でも、悪いことなんかじゃないわ」
しかし、マナはそれを否定しない。まるで、ギャラルをそそのかすように、甘い声で告げる。
「天使の教会も同じよ。一緒に戦ってほしいな」
「でも……」
残った理性が、それでも否定する。昔の自分なら乗っていたかもしれないが、今は違う。そんなやり方で真に幸せな世界になんかならないと思う。
「ママも、それを望んでいるわ」
ゾクッと、背中に奇妙な感覚が走る。
「あなたにしか出来ないことよ」
求めていた言葉が、ギャラルへと突き刺さる。
「お母さんは言っているわ。世界の再生を手伝ってくれれば、その分愛してあげるって」
………そんな、こと。
「だから、力をあげる。ドラゴンと手を結んで得られる、特別な力を」
「………ふひひ」
精神が一度限界まで追い詰められ、その上で甘い誘惑までされて耐えきれるほどの精神性の持ち主ではない。長生きではあるが、心は見た目通りかそれ以下だ。
何よりも、笑っているギャラルの目は、赤く染まっていた。
「……カイム」
頭の中に浮かんだのは、何故かカイムの顔だった。戦いの中で快楽に染まった笑みを浮かべる戦闘狂。まるで暴走したキル姫のように暴れる青年の姿。
世界の再生、世界が救われるなら。まずは、彼を止めよう。何故か、不思議とそう考えていた。
ギャラルは気づいていない。この世界に来て初めて出会った圧倒的な力を持つ青年に、依存し始めていたことを。ママに愛されたいという気持ちと同じくらい、彼に愛されたいと感じ始めていたことを。