それは復讐のためか、愛のためか、ただ目の前の敵を排除するためか。
強大な力のぶつかり合いに他の種族が近づくことはできない。彼らだけの空間になっていた。
『お前は何のために戦う?何故俺を助けた!?』
もはや目の前の敵をカイムと認識さえ出来ていない。それを理解していても、心は止まらない。彼女の存在がここまで自分の心を惑わす理由が分からない。
「助ける……?そうよ、アナタも助けてあげるわ。死ねばそれ以上の苦しみは訪れないわ」
「その言葉、そのまま返そうぞ。死なせてやるのがせめてもの情けと思え!」
アンヘルの目にも、正気を失い傀儡と化したギャラルホルンは哀れに映る。彼女の言う通り、殺す以外に救いなどないだろう。
これ以上罪を重ねる前に、死を。
『おぬしが感じている感情、知りたいか?』
内緒話をするように、アンヘルが"声"で語りかける。
『お前に分かるのか?』
『ああ、今なら分かる』
今なら……それは、昔は知らなかったということか。この旅の中で知ることの出来る感情なのか?
カイムは疑問に首を傾げる。戦いと殺戮しかなかった戦場で、このもやもやする感情の正体を知ったのか?
『……愛。人は愛に溺れ縛られる、憐れな生物だと思っていたが、我も溺れてしまったようだ』
『誰かを愛しているのか?』
『ええい、鈍い男よ!戦いに臨む時くらいに鋭くはなれぬものか!』
理不尽にも怒られてしまう。何が悪かったんだ?と考えるが、その時間は終わりのようだ。
「内緒話はもういいかしら?そろそろ……始めましょう?」
「構えよ!知りたいのなら……生き残るぞ!」
ブラックドラゴンはただ待っているだけでなく、魔力を溜めていたようだ。いきなり大魔法を放ち、炎の魔法がカイム達へと降り注ぐ。
空を泳ぐようにスイスイと飛び躱して行くが、逃げ道を限定するように更に炎の追撃が襲いかかる。降り注ぐ炎を何とか避けきれそうになった瞬間に、一際大きな炎がアンヘルへ放たれる。しかし、アンヘルもただ躱していただけではない。口に蓄えられていた炎を放ち、相殺する。
巨大な爆発が起き、迂闊にも近づこうとしていたモンスターが一瞬で消し炭になる。並の存在が相まみえることのできる戦場ではないのだ。
二匹のドラゴンは、ただ爆発を呆然と眺めているだけではない。ブラックドラゴンは煙に紛れ込み、アンヘルは迎撃するために大魔法を構える。
しかし、ブラックドラゴンは予測出来ない行動を取っていた。迎撃されるリスクを投げ捨て、真っ直ぐ煙の中を直進してきていたのだ。影が見えた瞬間にアンヘルは大魔法を放ち、放たれた炎の追尾弾は次々とブラックドラゴンの影に襲いかかる。
しかし、影は止まらない。煙から飛び出したブラックドラゴンの背中には、鉄塊を構えるギャラルホルンの姿。カイムもゆり葉の剣を構え、迎撃の姿勢を取る。ブラックドラゴンは錐揉み回転しながら迫り、お互いのドラゴンの背が接近する。すれ違いながら二人の剣は交わる。
ギャラルホルンの一撃を何とか耐えるが、剣を握る手が反動で大きく痛み、危うくアンヘルから落ちそうになる。
「大丈夫か!?おのれ……!」
アンヘルは素早く反転しながら、背を見せるブラックドラゴンに炎を素早く撃ち込む。しかし、ギャラルホルンが鉄塊で炎を振り洗う。
そのまま空高く飛翔し、巨大な炎を口にため始める。先程の攻撃とは比べ物にならない魔力が溜まっていく。しかし、これは明確な隙だ。腹から攻めればギャラルホルンも斬ることはできない。
懐に潜り込みながら、再び大魔法を放つ。先程の大魔法を強引に突破したのだ、幾らかはギャラルホルンに斬り落とされたのだろうが全ては無理だろう。傷も蓄積しているはずだ。次も当てれば致命傷になるかもしれない。
しかし、二人は失念していた。ギャラルホルンは単独でも飛ぶことが出来ることを。
大魔法に紛れながら小さな影がブラックドラゴンの背から飛ぶ。それは真っ直ぐに、それももの凄い速さで接近してくる。アンヘルも大魔法を当てるためにブラックドラゴンに接近していて、しかもこの状況で下手に背を向ければ相手の強力な炎に追撃されるだけだ。
どうすべきかアンヘルは迷い、次の瞬間に迷っている時間はなかったと理解する。
鉄塊の巨大な刀身が、速度そのままにゆり葉の剣に打ち付けられる。弾丸と化したギャラルホルンの一撃に、カイムは耐えることが出来ない。アンヘルの背から弾き飛ばされる。
「くっ……!」
アンヘルは慌ててカイムを拾いに回ろうとするが、ブラックドラゴンに生身のカイムが追撃される可能性を潰すために大魔法を至近距離で放つ。
しかし、それを待っていたようにブラックドラゴンは溜めるのをやめて回避し始める。更にカイムへ向かうことを妨害するように、細かく炎を吐き続ける。
カイムは重力に乗り地上へと落ちていく……