ギャラルホルンの頭の中にあったのは、ただ目の前の敵を排除すること。それが今のママの願いであり、カイムに出来ることだ……
そうとしか考えられないように思考が固定されている。赤目の病の影響で神からの洗脳を受けていることを自覚することもできない。
ブラックドラゴンが、神器をアンヘルが持っていることに気が付き"声"を投げる。キル姫としての全力を出すために、それを寄越す用に命じる。
ブラックドラゴンの炎が神器を入れている袋へと当たり、弾き飛ばされる。ギャラルホルンの元へ飛んでいく用に計算しての攻撃。
神器を拾い上げ、鳴らそうとする。カイムもまた強化な攻撃が来るのを警戒して構えるが……上手く指が動かない。ぎこちない動きで鳴らされた神器が出すのは滅茶苦茶な音。これでは能力を行使することなんて出来ない。
「何で!?どうし……て……」
洗脳を上回るだけの驚愕と共に手元を見たギャラルホルンは、一つ気がつく。……手の甲にある紋様、契約の証。紋様は代償となっている部位の周りに出る。今まで不自由なことなどなかったので気にしていなかったのだが、まさか。
「……もう、使えないの?」
神器の、ギャラルホルンの演奏。もしかすれば笛の類全てかもしれないが、そこは重要ではない。ギャラルホルンを演奏出来ないことが、代償。
ならば、ギャラルは……わたしは、誰?
神器はそのキラーズの象徴とも言えるものであり、特にギャラルホルンの場合はその能力の殆どが神器に依存している。それが使えないのなら、一般人より力持ちなだけのただの少女であって、もはや自分はギャラルホルンのではないのだと考える。
そして、自分は誰だったのか……考えようとしても、思い出せない。キル姫として生きてきた、永すぎる時間はかつての自分を忘れさせるのには十分だった。
……足音が聞こえる。こっちに向かって、走って来て
「ああ!?」
突然の激痛。状況を理解しようと意識を目の前に戻せば、自分の腹に剣が突き刺さっていた。
カイムは突然の出来事に戸惑ったが、明確な隙を見逃すほど悠長な性格でもなかった。
自分の手と神器を見比べ硬直している彼女の元へ走り、容赦なく腹へ突き刺した。激痛にうめき目を見開く少女の顔面を蹴りながら剣を引き抜く。
蹴られた勢いで地に倒れた少女へトドメを刺すために剣を振り上げて……止まる。
「………」
『………』
まるで、時間が止まったようだった。カイム自身、何故止めてしまったのか理解が遅れる。それは、彼女の顔に……目にあった。琥珀色の目を見て、反射的に止まったのだ。
『正気に、戻ったのか?』
「はあ……気づい、ちゃった?」
少女は、自身の存在が否定された精神的なショックと、腹に刺された物理的なショックが重なったことで洗脳が解けたのだ。……解けて、しまったのだ。
痛みで少し鈍くなってはいたものの、自分がしてきたことを理解してしまった。乗り越えたと思っていたママへの執着と、理由の分からないカイムへの執着、そして世界を滅ぼすという愚かしい行為に加担したこと。
しかも、直接的ではないとはいえ、フリアエを殺したのは自分のようなものだ。カイムのためだと言いながら。
『なら戦え。戦って、償え』
別にこいつをここで殺すのは構わない。フリアエを攫ったのはこいつなのは変わらないし、怒りのままに殺すだけの理由はあるのだ。
しかし、同時に二度も救われているのだ。生かす理由もある。
「……お願い、殺して」
しかし、少女の口から出たのは死を懇願する言葉だった。カイムにとって、意外な言葉だった。確かに、腹には風穴が空き血が大量に流れているし、助かる可能性は低いだろう。
それでも、カイムは何処かで、またカイムのためだと口にして立ち上がることを期待していたのかもしれない。
痛みに苦しみながら、少女は自分の胸を指して、必死に口を開く。
「この胸にあるのは……ブラックドラゴンの、心臓。両親の仇、なんだよね?」
契約とは、お互いの心臓を交換して成立するもの。少女がブラックドラゴンと契約しているということは、そういうことなのだ。
だからこそ、契約者同士は運命共同体。どちらかが死ねばもう片方も死ぬ。今カイムが少女を殺すことは、ブラックドラゴンを殺すのと同じ……そういう理屈だ。
「わたしがカイムに出来ること……これしか思い浮かばないや」
『何故やつが仇だと?』
「契約、してるのよ?分かるわ」
カイムのために出来ることは、贖罪の手段はもうこれしかないと考えた。自分がしてしまったことは、普通にやって償えることではないし、仮に今トドメを刺されなかったとしてどこまで持つかも分からない。
最期まで、カイムのためと言うんだなと考える。やはり、彼女がどうしてそこまで俺に尽くそうとするのかだけは分からない。理由など分からないが、俺のために死ぬというのならそうしよう。ただ、これでいいのかと少し考え、少女に手を伸ばした。
「……えっ?」
少女は何が起きたのか、理解が遅れた。きっとカイムなら自分を殺してくれるだろうと考え、その瞬間を待っていたからこそ。
カイムの腕が少女の小さな身体を抱き、そっと頭を撫でていた。
「あっ……ああ……!かいむ!」
『………』
カイムは何も言わない。カイムもまた、少女に対して覚えている感情の名前が分からないから。
ただ、少女はカイムの腕の中で泣く。少女が欲していたものを、愛を感じて。これが許しかは分からないけど、ただ溢れる感情の波に押されひたすらに泣く。
血と涙が混ざり、生暖かい液体がカイムに付いていく。これでいいんだ。これで。ゆっくりと少女を地に倒し、側に置いていたゆりの葉の剣を握り直す。
「もう一つだけ、お願いしていいかな」
カイムは、剣を静かに構える。少女の言葉を待つように、ゆっくりと。
それを肯定と受け取ったのか、少女は最期の言葉を語りだす。
「わたしとドラゴンを殺して、復讐は終わりにして。わたしの代わりに、世界を救って」
泣き腫らした顔で、笑顔を浮かべる。無理のあるものでもなければ、ぎこちないものでもない。心からの笑顔で、純真無垢な笑みで、カイムに笑いかける。
こいつの笑顔、初めて見たか?
考えながらも、剣先を少女の胸に向ける。その胸の中にある、憎き両親の仇の心臓へ。
そして、その剣先を突き刺した。
胸から血を吹き出し、羽ばたく力を失ったのかブラックドラゴンは堕ちていく。その姿を見ながら、アンヘルは呟く。
『これで、良かったのか?』
カイムは答えない。その代わりと言わんばかりに走り出す。全ての再生の卵を破壊するために。少女の願いを、叶えるために。