司教は語る。キラープリンセスは人間に復讐すべきだと。自分もまた神に利用されている道具の一つだと気づかずに。
不気味なほど静まり返った神殿の中で、カイムは空中要塞のことを思い出していた。ギャラルホルンに案内され進んでいた時、カイムを止める者はいなかった。
今回もまた、罠を張られているのではないか?と慎重になりながらも進む。また取り返しの付かないことになる、そんな予感だけが頭の中に残っていた。
「見てください。あれは……!」
神殿の奥、祭壇にあったのは再生の卵だった。しかし、外で見たものとは違う一際大きな卵。アレを破壊すれば全ては終わるのだろうか?
しかし、その卵の前に小さな影が現れる。その姿を見て、カイムはそれが誰なのかにすぐに気がついた。空中要塞でも待ち受けていた、司教マナだった。
『気をつけろ。司教だ』
「あれが司教なのですか!?」
カイムの"声"による忠告。レオナールが伝えると同時に、皆に動揺が走る。
世界を滅茶苦茶にし破壊しようとした天使の教会、その司教があんな幼い子供だとは誰も想像していなかったのだ。
「あのような幼子が、世界の再生を?何者なのだ……」
「何者だろうと構うものか。あいつがフリアエを殺したんだろう!」
イウヴァルトの中にあるフリアエへの強い執着は消えていたものの、一人の友人として、元婚約者として想う気持ちまで消えた訳では無い。そんなフリアエを殺した元凶に、イウヴァルトは怒りを露わにする。
「待ってください。幾ら司教とはいえ、殺すのは……!」
しかし、七支刀はそんなイウヴァルトを制する。そしてカイム達の前に立ち、司教へと歩み寄っていく。
「わたくしは七支刀と申します。あなたは?」
相手が人間ならば、言葉は通じるはずだと考え声をかける。
「どうして世界の再生を?何のためにそんなことを」
「ふふふっ。バカね、あんたなら分かるでしょう?キラープリンセス」
「司教はキル姫を知っている……?」
ヴェルドレは怪訝な表情を浮かべる。ここまで会ってきた誰もが、キル姫のことを知らなかった。しかし、よりによって司教がその存在のことを知っている。
そこから考えられる可能性。人一倍賢く臆病な彼だからこそ、すぐにその答えに辿り着く。
「……ギャラルホルンが帝国に利用されたのは、最初からそのつもりで呼んだと?」
レオナールやカイムもまた、ヴェルドレの言葉で理解させられる。つまり、七支刀がこうやって帝国に牙向いているのは想定外の出来事であり、むしろギャラルホルンが利用されたことが本来の筋書き通りだったのだ。
「ギャラルホルンは神に造られたキラープリンセス、あんたとは違うわ。でも、あんたは人の業そのものよ。神と悪魔に逆らうために犠牲になれ、今なお使われている人形よ。折角復讐の機会を与えたのに、人間に付いて利用され続けるなんて、ホンモノのバカがすること」
「……復讐なんて!わたくしは人間のために」
「そう思わされている。都合よく使い続けるために」
七支刀の言葉を遮り、一方的に言葉を植え付けようとする。七支刀にはギャラルホルンのような精神的な欠陥がほとんどないことを知っている。
僅かな欠陥も、押し開いたところで天使の教会、いや神に従うようなものでもないことを知っている。赤目の病を発症させ、無理矢理従わせることも選択肢ではあるが、今更それを採る理由もない。
「いや、違う。七支刀は人形なんかではない!人間だ!」
しかし、そんな司教の言葉さえ強く否定された。……それは、イウヴァルトだった。
「イウヴァルト様……」
「七支刀は俺に希望を与えてくれた、彼女の言葉で。それは誰かに操られたものでもない、彼女の心だ!キル姫だか知らないが、一人の人間なんだ!」
「………あっそ」
司教はそっぽを向く。イウヴァルトの言葉が本心であり、また七支刀がそれに支えられていることを理解したからだ。お互い支え合ってここまで来た、とんでもなく美しく、ゲロを吐きたくなるような関係なのは、心を読めるからこそわかる。
更にもう一つ、"時間稼ぎはもう十分だからこれ以上話す必要はない"のだ。
いち早く気がついたのはレオナール、この場にいる誰よりも感覚の鋭い彼だからこそ早く気がつく。何かが後ろから高速で接近している。しかし、目が見えないからこそそれが何かまでかは分からない。
『避けろ!カイム!!』
そして、ほぼ同時にアンヘルからの"声"がカイムに届く。具体的に何が起こったのか、説明することさえ出来ないほど切羽つまっている……
そこまで理解して後ろを振り向くと、何かが迫っている。そのまままっすぐ動けば、イウヴァルトに直撃する。
イウヴァルトに危険を知らせようとするが、声が出ない。レオナールも声を出そうとするが、避けるのに一杯で口が開かない。
この中で数少ない一般人でもあり、司教へ意識が向けられているイウヴァルト本人は気がつかない。カイム達に遅れて気がついた七支刀が見たときには、避けろと言っても間に合わないだろうほど迫っていた。
「……!?」
突然、横から押されたイウヴァルトは驚く。その目には、何かに勢いよく突き飛ばされ、再生の卵に取り込まれるように中へ消えていった七支刀の姿。
尻もちをついたまま、唖然とする。
「……!!!」
しかし、カイムは七支刀を突き飛ばした何かの正体を、しっかり捉えていた。……ギャラルホルンの、死体だった。アンデッドナイトと同じ要領で操り、利用したのだ。
カイムの怒りは最大限まで高まる。あの子供のせいで両親は死に、妹が死に、ギャラルホルンが死に、更にその死体さえ利用した。
鉄塊を構え、司教マナの前まで歩く。カイムの表情は、常人が見れば怯えすくむような、阿修羅の如きものだった。
しかし、マナは少し怯えながらも気丈に振る舞った。
「私平気よ、愛されているんだもの。あんたなんかに殺されはしないわ。やってごらんなさい」
マナの煽りが、最後の枷を破壊した。もう、カイムを止めるものなどいない。
勢いよく振り抜かれた鉄塊は、しかしマナの体を斬ることはなかった。鈍い刃は、幼い子供の柔らかくしなやかな体を斬ることなく、叩きつけられた。軽い身体は吹き飛び、壁に頭を打つ。
マナは突然のことに、何が起きたのかを理解するのが遅れた。しかし、遅れて恐怖の感情が全身を支配する。垂れる温かい液体と、鈍い痛みが、何よりも鉄塊を引きずりながら歩み寄るカイムが、全てを物語っていた。
「ひっ、た、助けて……!」
一瞬にして、天使の教会の司教から、ただの子供に戻る。マナは自分が神に見捨てられたことを、本能的に理解する。愛されてなどいなかった。
「お母さん!お母さん!!」
ギャラルホルンを利用したマナだが、愛に恵まれていなかったのはマナの方だった。かつては似た境遇にあったのかもしれないが、様々な相手から愛されたギャラルホルンと、神に利用されたマナ、正反対だった。
「おか………!」
マナの言葉が最期まで紡がれることはない。振り下ろされた鉄塊が、憐れな子供の頭を叩き割ったからだ。
真に復讐を終えた、確かな感触を手にカイムは笑みを浮かべる。全てを奪い、世界を破滅させようとした存在に相応しい最期だと、笑う。
その顛末を見ていた他の者たちだったが、イウヴァルトは正気に戻る。司教が死んだのなら、再生の卵に飲み込まれた七支刀も返ってくるのではないかと。
「大丈夫か!?七支刀!無事なら返事をしてくれ!」
イウヴァルトは立ち上がり卵に駆け寄り、ギリギリ触れない近さで声を上げる。しかし、返事はない。
「再生の卵は、封印が破壊されたときに生まれるもの。天使の教会と、直接的な繋がりは……」
ヴェルドレは封印の番人だからこそ、マナが死んだから解決とは思わなかった。
マナを殺した感覚に浸っていたカイムは顔を上げ、死体を蹴り飛ばす。卵は危険だとイウヴァルトを引き剥がそうと、そちらに向かおうとしたと同時に異変が起きる。
卵が内部から光りだし、何かが中から現れる。それは、七支刀の頭だった。
イウヴァルトは七支刀の無事に歓喜し、声を掛け直す。
「無事だったんだな!早く出てこいよ!」
しかしその反対に、カイムには猛烈な悪寒が走る。
『逃げろ!イウヴァルト!!!』
「!?イウヴァルトさん、逃げ……」
走り出すカイムと、カイムの言葉を伝えようとするレオナールの目の前で、それは起きた。
卵から生えた触手のようなものが、イウヴァルトの心臓を貫く。
「えっ?」
胸に刺さった触手を見て、もう一度顔を上げるとそこにあったのは、化け物の顔だった。
眼窩は異常なほど開き、真っ赤に染まった目玉がぐりぐりと動く。耳まで裂けた口が大きく開かれ、迫っている。
化け物は開かれた口で、イウヴァルトの頭を飲み込み、首を引きちぎった。更に卵から何本も生えた触手が、残ったイウヴァルトの首からしたをズタズタに引き裂き、卵の中へ引きずり込む。
卵が割れ、誕生したのは……もはや七支刀となど呼べない、おぞましい存在だった。神殿の天上を突き破り、空へ飛び立っていった……