皇国最後の反攻:novelized   作:[このユーザーは存在しません]

11 / 26
第十話:印度

 山下将軍の作戦を霊夢が許可したことで、畑俊六元帥の下でエ号作戦、すなわち第二次インパール作戦が開始された。

 日中戦争の終結による補給問題の大幅な改善、時期が異なることによる疫病の抑制、中国戦線の精鋭の投入、そして第一次インパール作戦の失敗要因となった牟田口司令官や渡部司令官の更迭によって日本は敵軍に対しても第一次インパール作戦時の日本軍に対しても遥かなる優勢を保っていた。

 大巴山脈など数々の山を踏破した経験を持つ精鋭の彼らは素早くアラカン山脈を突破し同山脈の防衛に固着する16万人以上のイギリス軍主力の包囲に成功した。

 また、同時期に山下将軍率いる第二軍がフランス領ポンディシェリに上陸し、機甲師団を用いて1942年のマレー進撃を再現するかのように快進撃を繰り広げた。

 

 その間にビルマ戦線ではインド守備隊がほぼ完全に壊滅した。米軍の援軍が到着する前にインドの確保にかかる日本軍は10万人の特殊部隊を6000m級の山が聳え立つヒマラヤ山脈の山岳地帯に送り込み突破させて北方からインドに侵入し、機甲師団は現地人を寄せ集めただけの烏合の衆同然だったインド植民地軍を圧倒し、機甲師団の後に上陸した自動車化師団は沿岸部を確保しながら北上してビルマ部隊と合流し、インドは三方面から100万人に攻撃される事になった。

 

 一方でインドの首都デリーへの道のりはまだ半ばであり、北ではブータンやネパールの部隊が頑強に抵抗し、南では米軍の援軍部隊、数にしておよそ20万人が到着した。

 しかしエ号作戦の目標である1945年中のインド占領を目指すため第二軍は交通の要所を確保しながら着実に北進し、防衛線を張られないよう部隊を包囲殲滅していった。

 同時期にネパールでも4万人を包囲したが、植民地部隊に構っている時間はなく殲滅よりもデリーへの進撃と制圧を優先した。

 結果として4月18日にデリーへの進撃に成功、翌日には同都市を制圧・占領した。

 

 

 

「諸君!今こそ立ち上がるべき時だ!」

 

 4月19日。インド帝国のある家の机の上に置いてあるラジオから勇気を湛えた男の声が流れる。

 

「私はジャワハルラール・ネルー!諸君、今こそが好機である!インド大反乱が鎮圧されてから87年、我々はずっとイギリスの圧政の元に虐げられてきた!何人もの総督によってインドは切り取られ、踏み荒らされ、その威厳は地に堕とされた!」

 

 インドの過去を嘆く悲痛な声は、すぐに更なる勇気を持ち直し、強く高らかに空へと響く。

 

「しかし状況は変わった!大日本帝国によるイギリス軍インド守備隊の掃討、そして今日行われたデリーの占領!これにより薄汚いイギリス傀儡のインドは失われた!さあ、今こそ反攻の、そして独立の時だ!武器を取れ!蜂起せよ!そして思い知らせてやるのだ、我々が永遠に、唯一の、インドの支配者であることを!」

 

 その声を聞いた家主は、こっそりと隠し持っていた小銃を手に取り、バタンと慌ただしくドアを開け放ち家から出て行った。

 

 

 

 独立家ネルーによる一斉蜂起の要請は完璧に功を奏し、デリー占領の翌日にイギリス領インド帝国は組織的抵抗力を失い降伏した。

 残存した米軍はインド方面軍によって殲滅が試みられ、既に連合国への加盟を表明していたイラン国境には部隊が終結し防衛線を築いた。

 

 

 

「掃討戦は非常にうまくいっているらしい。」

 

現地司令官からの情報を魔理沙が霊夢に伝える。既に疲労は回復したようで今度はしゃんとした恰好で椅子に座っている。

 

「そうか、良かった。」

 

「ところで、次はどこに進撃するんだ?私はオーストラリアかイランが妥当だと考えているが……。」

 

 その質問に霊夢は口角を上げて机の上で手を組みながら答える。

 

「いいや、もっと重要な拠点が射程圏内に入った以上、そこを制圧しない手はないよ。」

 

「重要な拠点?」

 

「そう、次の攻撃目標は地中海の入口たる北アフリカ……スエズ運河だ!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。